「EXIT THROUGH THE GIFT SHOP」by BANKSY

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話題のバンクシー初監督作品観に行ってきました!
なんせ「あの」バンクシーですからね。期待も高まります。
更に観た人のほとんどからの絶賛の声!

なんですが、個人的に「え、こんなもん?」って感じでした。。。
ちょっと期待しすぎたかも。
当初「クソのような作品をバカに売りつける方法」というタイトルがついてたそうで、そのままアートマーケットを皮肉った内容なんですが、アートマーケットが腐ってるのはバンクシーがわざわざ知らせなくても周知の事実だしなぁ、、、。
ストーリーとしては、何もかもビデオに収めなければ気が済まない、ちょっと変わった趣味の持つティエリー・グエッタという男が、従兄弟のグラフィティの様子を撮影したのを境にそのスリルにのめり込んで、様々なグラフィティライターと交わっていく中で、自分はそのドキュメンタリーを撮るんだと宣言。
最終的にコンタクト不可能と言われていたバンクシーにまで撮影を許可させ、撮り続け、やがて編集したものを観たバンクシーが見るに耐えない代物と、ティエリーをただの変態扱いし、お前もグラフィティをやってみろとふっかける。
尊敬するバンクシーにそう言われたティエリーは、すっかりやる気になって、ミスター・ブレインウォッシュ(MBW) と名乗り、いきなり最初にして回顧展規模の展覧会を企画し、バンクシーからのお墨付きもあって、ショーは大成功。作品は売れに売れ、しまいにはマドンナのCDジャケットまで手がけてしまう、という嘘みたいな本当の話。
この、ミイラ取りがミイラになる、という構図自体はおもしろいし、単純に色んなグラフィティライターの描いてるところや、バンクシーの貴重な映像など、見どころも多いんだけど、なんか痛快感がない。
最初にバンクシーが、この映画は感動作ではないが、何かの教訓になるかもしれない、みたいなことを言ってたけど、「アートは結局戦略次第」という教訓なら阿呆らしすぎる。
売れること自体は、MBWのようにすれば比較的簡単かもしれないけれど(もちろん手放しで容易いことではない)、作家の欲求がそれだけならあまりに悲しすぎると思う。
バンクシーは、このままいけば確実にアート史に名を刻む人物になると思う。
多くの作家は売れはすれど、その歴史にどれだけ大きな足跡を残せるかは別問題。
売れることと歴史に名が刻まれることは違う。
MBWの場合は、最初から作品の値段をどれだけ上げられるかが彼のモチベーションになっていて、作品をどう発展させるかなんて、ハナから念頭にない。
バンクシーのすごいところは、やはり作品の強度が桁外れということ。
ロンドンにいた時に、バンクシーのグラフィティに何度か出会ったけど、それはもう一目でわかる。
他のと圧倒的に違うのは、クオリティも去る事ながら、作品がその場所に拠っているところ。
つまり、現代美術用語でいうサイトスペシフィックであるということ。
この壁にはこの絵を描くんだという明確な意図があり、事前にリサーチも入念。
彼の作品に偶然出遭った時のあの悦びや興奮はたまらない。
美術館とかだと、自分の「観客」スイッチを予めオンにして臨むけど、彼の作品は本当にいきなり遭遇するので、いきなりスイッチがオンになってアドレナリンが止まらなくなる。
こういう構図もストリートでやってることの凄さだと思う。
あくまで「偶然」出遭うのがミソ。
バンクシーマップなんてのも売ってるけどそんなの邪道です!
そして、これほど社会性に富んだ現代作家を他に知らない。
ストリートで作品を発表するということの意味にすごく自覚的。
中でもイスラエルで行ったグラフィティはやはり伝説だと思う。
銃を向けられながらも、それでも描くんだという強い意志に感動した人は多いと思う。
特に9.11以降、日本ではサリン事件以降、公共で何かをやるには物凄く辛い時代だと思う。
日本でのかつてのハプニング等の活動は、今はほとんど出来る状態にない。
バンクシーが活動の拠点にしてるロンドンも2005年のテロ以降非常に厳しい状態が続いている。
それでも彼はストリートで発表することをやめない。
作品が数千万で取引されるようになった今でも保身に走らない。
かつてのベーコンやフロイドが、売れても売れても挑戦し続けたように、彼はその系譜をしっかりと継承しているように思う。自覚的かはわからないけど。
ちょっと映画は残念だったけど、でもやっぱり僕はバンクシーが好きです。

映画公式ウェブサイト>>http://www.uplink.co.jp/exitthrough/
Banksy公式ウェブサイト>>http://www.banksy.co.uk/

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テーマ : アート・デザイン
ジャンル : 学問・文化・芸術

dots「手紙/断章/往復させる、折りたたむ」@GURA

dotsの新作公演に行ってきました。
舞台はなんと、知人の宮永亮くんらが制作をしている伏見にあるGURAというアトリエ。
元々酒蔵だったのを自分たちで改装してアトリエにしています。
空間としても横長で広くて、梁とかとてもおもしろいです。
それにしても舞台までやっちゃうとは。すごいなー。
うちら90とはまた違う方向性で棲み分けできてるようで嬉しいです。
こういう色んな種類の場所がもっと増えたら京都はもっとおもしろくなるでしょうね。
今のところ白川にあるmuzzと三条にあるRADとGURAと我々90ぐらいでしょうか。
そんなわけもあってとても楽しみにしていました。
スタッフの本郷さんからメールを頂き、予約フォームがあったので、念のため予約しておいたらすぐさま予約は埋まってしまい、dotsの人気が伺えました。
舞台は、GURAの団欒の場所となってる大きな丸いちゃぶ台のあるところ。
その前に椅子が並んでて、客席と舞台の距離が半端無く近い。
ちょっと早めに行ったので真ん前の席をゲットできました。

舞台は実際に演出家の桑折さんが行っている往復書簡を軸に展開します。
今回異例なのが、その桑折さん自身が舞台に上がること。
そして、文章を「読む」という行為が今回メインとなるのですが、dotsの舞台って基本喋らないことが多いので、これはdotsとしては新たな展開と言えるでしょう。
そしてdotsの十八番とも言える壮大な舞台装置や照明も今回はありません。
今回の舞台は、そういった点でも異例中の異例で、これまで築いてきた「dotsらしさ」をリセットするようなとても危うい舞台だったと思います。
中々その「らしさ」を脱ぐことってできることじゃないと思うんだけれど、このGURAとの出会いがdotsをしてそういう決断に踏み切らせたのかなと思うととても美しい関係ですね。
実際に観終わってみて、これまでのdotsを求めてしまうと物足りなさもあったのは事実だけれど、それでも要素が色々剥がれることで見えてくるdotsの芯のようなものが見れたような気がしました。
そういう芯の部分が垣間見れたのはこれからdotsの舞台を観ていく中で観客にとっても貴重な体験だったのではないでしょうか。
初めてdotsの舞台を観た人はどんな感想だったのかも知りたいですね。
って、僕もまだこれ入れて3回しか見てないので、まだまだ勉強させていただきたいと思ってます。
それにしてもあの近さはすごかったなーー。
もうパフォーマーに触れんばかりの勢いでした。
それに、大きな舞台では中々見れないパフォーマーの細かい動きや表情まで観れたのはよかった。
あと舞台装置でもある封筒が、入場の時にもらえるやつと一緒なのがなんだか嬉しい。
公演は明日も続きます!こちら


ちなみにGURAと90は、緯度がほぼ一緒。
GURAからまっすぐ東に向かうと90です。よかったらどうぞ!

テーマ : 演劇
ジャンル : 学問・文化・芸術

「ハーブ&ドロシー」by佐々木芽生

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ついに先日関西で封切られた「ハーブ&ドロシー」を観てきました。
うーん、期待通り、素晴らしい映画。
というより、やはりこのモチーフとなるハーブとドロシーが素敵過ぎる。
彼らはNYを代表するコレクター。
コレクターというと大金持ちのイメージですが、彼らは違います。
夫のハーブは郵便局員、妻のドロシーは図書館司書という平均的な所得の中から膨大なアートを集めている。
生活費はドロシーの所得で賄い、ハーブの所得はすべてアートへつぎ込む。
40年間同じ1LDKのアパートに住み、細々としかし実に贅沢に暮らしています。
彼らの家は蒐集してきた作品で溢れていて、通り抜けるのも一苦労な状態。
そんな彼らにワシントン国立美術館から作品寄贈の依頼を受ける。
これまで他の美術館からも同様のオファーがあったが、様々な理由で断り続けてきた夫妻。
しかし「所蔵作品は永遠に売らない」「常設展は無料」というこの美術館になら、とオファーを快諾。
と、ここまではいいものの、実際家から出したらなんとトラック5台分にも及ぶ量!!
作品総数実に5000点近く・・・!!!
どうやってこんな1LDKのアパートに収まっていたんだ・・・。
さすがの美術館も容量オーバーで1000点のみワシントンが所蔵し、あとはアメリカ50州の50の美術館に50点ずつ分配するということに。(それでも3500点ですが・・・。)
その美術館たちが5年以内に50x50プロジェクトと題して「ヴォーゲルコレクション展」を開催。
佐々木監督はこの続編として50x50プロジェクトを追っているそうです。楽しみ。
というか、この映画を日本人が撮ってたのがびっくり。
佐々木さんは元々日本のテレビ局で番組制作に携わってた方で2002年に渡米し、この作品が初監督作品。
映画作りも初めてで、現代美術もよくわからない、さらに外国。
よくもこれだけのものを撮れたと思います。
資金繰りの苦労などたくさんあったようですが、全米でのヒット、さらに日本での公開まで漕ぎ着けたそのエネルギーに脱帽。
それもやはりこの夫妻の魅力があってのことなんでしょうね。

彼らのコレクションはこの何十年のアメリカ美術史を網羅している。
ソル・ルウィットやチャック・クロース、クリスト&ジャンヌ=クロードまで!
家に入ることと、無理なく買えることという条件さえ整えばガンガン買っていきます。
時には作家のアトリエまで訪ねていって、直に買ってたりして。
作家の作品の変遷をちゃんと追った上でどの作品が重要かを的確に判断します。
彼らのすごいのは、作品だけで事足らず、床に落ちてるスケッチとかまで買ってっちゃうこと。
現金で支払、そのままそれを持って地下鉄やタクシーで帰っていく。
中にはルウィットの指示書で風呂場にドロシーが描いたドローイングなんてものもあります。
見た目に乏しいコンセプチュアル・アートやミニマル・アートを蒐集していたのがすごい。
家に飾るだけの目的なら、もっと華やかな物が欲しくなるような気がするけど。
実際リチャード・タトルの紐の切れ端みたいなものまでコレクションしてる・・・。
「コレクション」のテーマをしっかりと決めているところが素晴らしい。
好きなものだけ買っていたら、ここまでのコレクションになってなかったと思います。
実際ハーブも「理解出来ないけど買ってしまうんだ」と言ってましたね。
「美人は3日で飽きる」というやつでしょうか・・・。
小山登美夫さんの本だったかで、作品を買うなら少し嫌だなとか理解出来ないと思うものを買った方がいいとか書いてあった気がする。
確かに日常にそれがあることで、少しずつ分かりあえてくるのかもしれません。
ドロシー曰く「一緒に暮らせば分かります。初めは好きになれなくても次第に愛着がわくんです」とのこと。
しかし、嫌いと思ってるものにお金を出すことって中々できることじゃありません・・・。
それもこれも彼らの審美眼なしには難しいでしょう。
いいと思ったら即購入。驚くほど迷いがありません。
映画の中で、彼らのペット好きな一面も見えて、誰かが「コレクターには動物好きが多い」というホンマかいな的発言がありましたが、実際ペットを見る目と作品を見る目が似ている。
慈愛というべき愛情に満ちた目。
というかネコとか作品引っ掻かないんかしら・・・。

とまあ、彼らのすごい点を挙げていくと本当にキリがありません。
作品への愛が映画からほとばしってました。
5000点近くもあるのに、一点一点ちゃんと覚えていて説明してくれる。
今や数点売ればもっと豪華な生活ができるのに、生涯で一作も売ったことがない。
こんな人達が本当に存在するのか、と夢物語でも見ている気分。
コレクターには色んなタイプの人がいますが、志を持ったコレクターに作品を買ってもらうことほど作家にとって幸せなことはありません。
こういうコレクターが世界にたくさんいてくれたらいいな、と思います。
彼らとすごく被るなぁと思うのが田中恒子さん。
関西のアート関係者で知らない人はもはやいないでしょう。
彼女も熱狂的なコレクターで、様々なオープニングでおみかけします。
そして昨年和歌山の美術館に作品を寄贈されました。
まさに日本の「ハーブ&ドロシー」!
田中恒子コレクション展@和歌山県立近代美術館

あとこの映画を見ていて、2人がNYにこだわって住んでるのも印象的でした。
こんな生活なので、旅行に行くこともない2人。
ほとんどNYを出ることはありません。
それでもやはりそこは世界の中心で、自分たちが行かなくても世界から集まってくる街。
アートもここに住んでいれば、世界の動向がすぐわかるというわけ。
その意味でもクリストとジャンヌのThe Gateは2人への最高のプレゼントになったのかも。
映画の中でまだ生きてるジャンヌの証言も印象的でしたね。

明日のとくダネではこの映画の特集が組まれてるそうです。
是非チェックしましょう。

テーマ : 映像・アニメーション
ジャンル : 学問・文化・芸術

高谷史郎「明るい部屋」@びわ湖ホール

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高谷さんの話題の舞台「明るい部屋」を観てきました。
2008年にドイツで初演されて以来初来日の舞台。
「明るい部屋」と言えばやはりロラン・バルトの写真論。
しかし内容はそこまでバルトのそれではなく、むしろその舞台の構造にありました。
まずすごいのが、1800ほどあるここの大ホールの席は一切使いません。
ホールに入ると皆舞台の「上」に吸い込まれていきます。
そう、観客も全員舞台に上がって、そこで鑑賞するのです。
なんて贅沢な使い方!
客席に全く人がいないのはなんだか異常な光景でしたが・・・。
舞台に上がるとまずその広さにびっくり。奥行きとか物凄くある。
中々舞台に上がる経験なんてないので、興味津々。
音響やライトといった普段舞台裏に隠れているものがすべて表舞台へ。
舞台中もセットが変わっていくさまや着替えまですべてが目の前で繰り広げられる。
それこそが「明るい部屋」。すべてを明るみにすることがこの舞台の軸になってます。
具体的なセットとしては、まず真ん中に正方形のカーペットが敷かれていて、最初は左右対称にソファとライトスタンドがあって、左右に観客席があり、観客は双方向から舞台を観る。
観客同士も向かい合ってるので、最初目のやり場に困った笑
しかし舞台が始まると、前に座ってる観客たちもセットのように見えてくるから不思議。
ここでは舞台のエレメントがすべて表にさらされている。
また天井にはこれまた正方形の布の張られた枠が3つ雲のように浮かんでいる。
その正方形を通してライトが均一にあたったり映像が映し出されたりする。
この演出はとてもおもしろかった。
例えば最初、真っ黄色のナトリウムランプで舞台全体が照らされているのだけれど、オラファーの作品のように、すべてが黄色とモノクロームの世界になる。白熱灯に変わった時に初めて本当の色がわかる。
映像もまるで雲が横切るように頭上で展開していく。
また、ライトスタンドの演出がすごくて、全部で16個のそれらがグリッドに並んだり、まっすぐに並んだりして、様々に位置を変えながら、この舞台の重要なキーになってる。
演出としては、その「明るい部屋」というイメージから連想された演出をコラージュしていくやり方。
これってdotsの作り方に似てますね。というかdotsが高谷さんやダムタイプから影響うけたのかな。
こないだの精華大学で行われたダムタイプの展覧会でもOPアクトやってたし。
実際dotsの桑折さんも観に来られてました。
でも、個人的にはdotsの方が好きです。
dotsの方が見せ方がサラッとしてる印象がありますね。
全体に通ずるのは、コミュニケーションのズレ。
それをさりげなく、コミカルに描いたりする。
最後の触れ合わずにダンスを踊る男女はまさにその極みでした。
そして、シンメトリーというのもこの舞台の特徴。
観客が双方向から観てるので、どちらからも平等に見られる演出が施されている。
しかし最後の最後、二人のパフォーマーが凄まじい映像と音の中で片方が椅子にゆっくりと座り、片方はそのまま静止したまま終わるシーンはとても印象的で、シンメトリーに収まることなく終わるのはよかった。
そんなこんなの1時間ちょっとの舞台。
とてもおもしろかったけど、なんだか物足りなさを感じたのはなぜだろう。
うまく言葉にできませんが、そこには新しいときめきが感じられなかった。
最近見続けている舞台にはどれも新しい発見や驚きがあったのですが。
ひとつ言えるのが、その明るみにされた舞台構造と、舞台の内容がほとんどリンクしていないのが物足りなさを感じる要因といえばそうな気がします。
特異な状況に身を置いているにも関わらず、舞台が始まってしまうと、普通に舞台を観ているのと変わらない状態になってしまってたんですよね。
これなら普通に客席から観るのと変わらないんじゃないの?と。
小さな劇場だったら普通にこういう双方向から観ることもありうるだろうし。
「舞台上」というコンテキストが抜けているような気がしました。
もう少し内容もドレスダウンしてもよかったんじゃないかと。
だって、池田亮司の音楽とか靍谷さんの映像とか普通にすごいんやもん。
そんな印象でした。

終了後に浅田彰氏との対談。
ピナ・バウシュの時もこの人の対談やったな・・・。
高谷さんが想像よりはるかに若くてびっくり。
確かにダムタイプの人やもんね。
てかダムタイプってやっぱり生きる伝説。
亡くなった古橋悌二をはじめ、この高谷史郎といい、池田亮司といい、高嶺格といい・・・。
決して枠に収まりきれない人たち。かっこいいなぁ。
対談もおもしろくて、浅田さんをすこし好きになってしまった笑

終わって舞台から降りてきた時のがらがらの客席の印象がすごかった・・・。


さて、今年の舞台はこれで終了。
来年はまたこのびわ湖ホールでやる地点を観に来ようと思います!

テーマ : 観劇
ジャンル : 学問・文化・芸術

「玄牝」 by 河瀬直美

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東京に行ってきました。。。確か今年で7回目。
INAXの田中の搬出です。もういっそ全しょ(強制終了)
しかも再来週も行く。10月以降一気に5回も行っている。。。
こんなに立て続けに行くと観る展覧会もほとんどないのが困る。
と言いつつ2つ観ました。その2つに関しては今度の上京報告と合わせて。

さて、どうするか。
そこで映画でもどうやろうと、見たい映画を調べてたらなんとまさにその日に河瀬さんが渋谷のユーロスペースで舞台挨拶をするという情報をキャッチ!
田中の搬出も無事(?)終わって駆けつけました。

河瀬さんの新作映画「玄牝」。
先月この映画はスペインのサンセバスチャン国際映画祭で日本映画で12年ぶりの国際批評家連盟賞を受賞しました。すごすぎる。
「玄牝」。「げんぴん」と読みます。
いつも思うけど、タイトルがいつも凄い。「殯の森」とか。
どこからこんな言葉見つけてきはるんやろ。
「谷神は死せず。是を玄牝と謂う。」という老子の言葉から。
意味は「大河の源流にある谷の神は、とめどなく生命を産み出して尽きることはない。これを玄牝ー神聖なる母性ーと呼ぶ」ということ。
繰り返される生命の生産。

今回のモチーフは、愛知県にある吉村医院という病院。
病院といっても自然分娩専門の日本でも有数な場所。
全国からこの病院をたよってたくさんの妊婦さんが訪れる。
出産は病気ではない。だから「病」院では産みたくない。
そう思われる妊婦さんって実際多くいらっしゃると思う。
昔写真家藤原新也の言葉にこんなのがあった。
「あの人骨を見たとき、病院では死にたくないと思った。
なぜなら、死は病ではないのですから。」
生まれることも死ぬことも病気ではない。
当たり前のことなんだけど、なんだか忘れがちなこと。
それでもたくさんの妊婦さんが病院で産む。
家で産むにも今時助産婦さんをさがすのも一苦労。
大事な生命のこと。素人でやるのはリスクが高すぎる。
やはりケアがしっかりしている病院で産むことを選ばざるをえない。
そこで予定日と合わないからといって陣痛促進剤を打たれたり、産道がうまく開かずに帝王切開をせざるをえなかったり、結構散々な目に合ってる妊婦さんは全国に多い。
実際うちのおかんも色々ひどい目にあって、自分一人で子供を生むのをやめた。
自分は生まれた時点で足が脱臼していたらしくて、生まれた直後にぶっといおしめをさせられて保育器に入ることになってしまった。おかんが我が子を初めてその手に抱いたのは産んでから数週間後だったとか。
これは病院のせいではないんだけど、多分お医者さんがよく言う「安静に」という言葉のせいなんじゃないかとこの映画見ていて思った。
吉村先生によると、ちゃんと生活していれば難産なんてありえないという。
安静にするなんて、どんどん妊婦を不安にさせるだけ。
体が健やかであれば心も健やかになりすっきり子供も生まれる。
ということで、この吉村医院では生まれる直前までとにかく動けという。
現代の医者が言う「安静」とは全く逆の方針。
実際そこでの妊婦さんは薪割りやスクワット一日300回など、産後ムキムキになってるんちゃう?ってぐらい凄まじい運動をしている。
その運動の仕方がおもしろいのはちゃんと機能がくっついていること。
薪割りはもちろん料理するときとかに火を起こすのに使うし、スクワットも、壁を上下に雑巾がけすることによって得られる運動。おかげで壁ピカピカ過ぎ笑
僕も運動だけを目的とする運動ってできないんやけど、何か目的があればいくらでも出来る。
そうやって自然に動かす術を身につけさせているように思う。
あとやっぱり予定日なんてどうだっていいんだって。
あくまで予定は予定。それを医者の都合で勝手に決め込んで早産させてしまう。
子供はちゃんと出てくる時を知っている。それを待ってあげるのが母のつとめ。
吉村先生の考えで凄まじいのは、死産もちゃんと受け止めなさいということ。
生まれるのも自然だし、死ぬのも自然。それは神様が決めること。
中には胎児の心臓が止まっているにも関わらず流産を待つ人もいらっしゃった。
心臓が止まっている時点でかき出すことも可能。
でもそれだと「もし生きていたら」なんて考えてしまう。
自然に出てくるのを待ってちゃんと死なせてあげなければならない。
これは相当つらい事だと思う。想像に絶する。
それでも映画の中のお母さんはその道を選んでいた。
見ていて相当つらかった。

映画の中には3人のお産のシーンが収められている。
そのどれもが神聖で、思い切り泣いてしまった。
涙が止めどなくあふれる。なんなんやろ。
お兄ちゃんお姉ちゃんとなる子供たちも母親のお産に付き添う。
恐くないのかな?と思うが、しっかり母の手をつないだり汗を拭いてあげたりしている。
そして生まれた瞬間に流れた涙。
「涙って悲しいだけじゃなくて嬉しい時にも出るんだね」
その少年は後日そう言ってたそうな。
生命ってすごい。
お母さんたちは出産中に「気持ちいい」と言ってた。気持ちいい?
やはり出産=激痛というイメージがある。
実際そうなのかもしれない。男の自分には想像もつかない。
それでも彼女たちは口をそろえて「気持ちいい」と言っていた。
やはりそれまでの運動が産道を広げやすくしていたのか。
それでも気持ちいいって何なんやろ。
中には生々しい喘ぎ声を上げていた人もいた。まるでセックスのような。
本当に未知の領域。
自然分娩では羊水でドロドロの状態で母親に抱かせる。
僕のイメージではお湯で洗ってへその緒を切ってから抱かせるイメージがあるんやけど。
そして皆そんな我が子に言う。
「会いたかったよ。生まれてきてくれてありがとう。」
皆そう言われて生まれてきたのかな?
その時の記憶が人々の中に残っていたなら、世界平和なんてもっと簡単に訪れるんじゃないのか。
その「ありがとう」の一言でいいから残っていて欲しかった。
それぐらい大きな「ありがとう」だった。

また、最後に吉村先生が河瀬さんに「ありがとう」というシーンがある。
彼自身は娘さんとうまくいってなくて、その様子もカメラに収められている。
カメラの前だから話せる親子の会話ってあるのかもしれない。
自然分娩の権威として、神様のように崇められている吉村正氏。
しかし河瀬さんは彼を人としてちゃんと撮りたかったという。
皆各々問題を抱えながら生きているし、悩まない人間なんていない。
たとえ神様と言われている人でもやっぱり人なんだ。
そういうことをちゃんとカメラで捕らえていた。
だから河瀬さんの映画は魅力があるのだと思う。
彼女はほとんど空気のようになってその場でカメラを回し続ける。
それだけのコミュニケーションをしてきた賜物だと思うし、彼女の姿勢がそうさせるのだろう。
ドキュメンタリーは、殆どの場合どちらかの立場に立って、監督の意志を反映させたものが多い。
河瀬さんのドキュメンタリーは実際今回はじめて見たけれど、全くYESもNOも言わない。
もちろん彼女も一児の母として、吉村先生のやり方に魅力を感じてカメラを回し始めたのだとは思うけれど、YESだけで進むならあの親子の会話は撮る必要はなかったと思う。
神様を神様として見せることの方が容易な道だから。
それでも河瀬さんは神様をちゃんと同じ地平に立たせて撮っている。
中庸の美しさというのを河瀬さんの映画から感じることができる。
そしてその姿勢が吉村正をして「ありがとう」と言わしめたのかもしれない。
神様とか天才とか呼ばれることの辛さだってきっとあるんだと思う。
そのシーンはこの映画の中でとても印象に残るシーンだ。

この映画には「ありがとう」が溢れている。
生半可な「ありがとう」ではない。
そこには生命が乗っかっている。強い言葉だ。
僕もやはり河瀬さんに「ありがとう」と言いたい。

ちなみに大阪での公開は来年だそう。遅い!
公開されたらもう一度観に行きたい。
それにしても東京はやはり羨ましい。
映画や舞台好きな人はやっぱり東京に棲むべきだと思う。
そして実際それらを愛する人が棲む街だと思う。
今回の上映にも映画館は満席だった。
皆河瀬さんの映画を愛する人達。そんな空気で包まれていた。
次の上京でも映画を観る。初ゴダール!楽しみです。

関連記事>>河瀬直美

テーマ : 映像・アニメーション
ジャンル : 学問・文化・芸術

「2001年宇宙の旅」 by スタンリー・キューブリック

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TOHOさんが開催している「午前十時の映画祭」
映画史に残る名作中の名作たちを再び上映するという企画。
選ばれた映画は50本で、全国を各フィルムが巡回する。
映画好きの方に聞いて、チェックしてみたらどうしても観たい映画が一本。
それがキューブリック監督の代表作「2001年宇宙の旅」。
大学1年の時に初めて観た時の衝撃を今でも忘れられない。
この映画を映画館で観ることができるなんて!
もう関西にこのフィルムがやってくるのを心待ちにしておりました。
そしていよいよTOHOシネマズなんばにやってきた!!
本当はツイッターで感想などつぶやく予定でしたが、140文字では絶対無理!!!
てか改めて映画館で観てみて、もうこれは芸術作品としか言いようがないと確信しました。
マシュー・バーニーの「クレマスター」なんて目じゃないっす。
ということで、このブログに掲載決定です。

観終わった感想は、もう「すごい」の一言。
ストーリーとは関係なく、その映像の素晴らしさに何度か涙が出ました。
この1本に映画20本分ぐらいの内容がつまっている。
公開から42年経った今でも一切色褪せないこの衝撃。
普通以前にすごいと思ったものっていつの間にか記憶の中で脚色されてて、改めて観たときに「あ、こんなもんやっけ?」となったりするんやけど、これに関しては「え、こんなに凄かったっけ!?」の連続。
今回はやっぱり映画館で観たってのは大きいと思う。
あの大画面で、あの音響。
冒頭のあの音楽(リヒャルト・シュトラウス「ツァラトゥストラはかく語りき」)がDOLBYサウンドで流れた時にはもう全身鳥肌が立ちました。。。
月面シーンでモノリスから発せられる音も凄まじかった。。。
この映画で重要なのはやはり音。
主にクラシック音楽が各場面に散りばめられているけれど、どの音楽も効果的。さらに宇宙での静寂や、飛行士たちの息遣いの音。
これらの音を聞くだけでも映画館で観る価値があります。
できればオペラの劇場なんかで、オーケストラピットなどを使って実際の演奏でこの映画を観てみたい。そんな贅沢な機会があればいくら払ってでも観に行きたい。

映像の素晴らしさは言うまでもありません。
冒頭の猿のシーンはやはり衝撃的。
今見てもどんな風に撮ってるのかわからないほどリアルな描写。
人間と猿が分かつ瞬間。
さらに時は400万年後の宇宙へ。
とにかく宇宙船のディテールが細かくて、43年前にこんな映像どうやって撮ったのか謎すぎる。
すべては科学的根拠に基づいていて、そのディテールが鮮明なのも、宇宙では空気がないため光の屈折が起きにくく、すべてにピントを合わせて撮っているとのこと。
先日読んだ村上龍の「歌うクジラ」で、宇宙船はドーナツ型で、遠心力によって船内の重力を生み出していたけれど、この映画でも宇宙船はドーナツ型だった!
無重力で動きまわる人々の動きも全く不自然さがなくて爽快。
そしてこの無重力が映画の映像的快楽を味合わせてくれる。
上下も関係なく円を一周ランニングするシーンや、ドアが色んな位置についてて体を反転させて入室していくシーンなどなど。
また、ロビーにあった椅子のデザインもすごくいい。
昔の人が描く近未来像ってちょっと恥ずかしいのが多いけど、ここに出てくるすべてのディテールが今見ても新鮮でかっこいい。
この感覚はもう驚異としか言いようがない。
さらに、HAL9000の暴走。あの恐怖感の演出はすごい。
赤いライトのアップだけでものすごく怖い。
そんでもって極めつけがラスト。
主人公がモノリスに出遭った瞬間に起こる爆発的な映像。
色の氾濫。これは大画面で見ると圧巻でした・・・。
2時間半、たっぷり酔いしれ最後の音楽が終わるまで一切立てなかった・・・。

2001年を10年近く過ぎた今、残念ながら月面旅行は未だ実現していない。
しかし、実現していない今だからこそ、この映画の醍醐味を味わうことができる。
宇宙という人類の果てしない夢がこの映画にたくさん詰まっている。
はやぶさが戻ってきて一握りの砂を持ち帰っただけで私たちは歓喜に湧いた。
この歓びは、実現していないからこそ味わえる歓び。
夢は叶ってしまうと夢じゃなくなる。
今この時代に再びこの映画に出遭い、夢を共有出来てることを幸せという他ない。
さらにこの映画が公開された1968年というのはアポロ計画が実行され、人類が初めて月面に足跡を残した歴史的な年。その熱狂的な年にこの映画が公開されたというのはすごいとしか言いようがない。
そして2001年を迎える前に訪れたキューブリックの死は、偶然とはいえこの映画の永遠性を表しているような気がしてならない。
映画館でこの映画を見られるという稀有な機会を与えてくれたTOHOさんに本当に感謝。
今週いっぱいなんばで公開され、後に兵庫、岡山、広島、愛媛へ巡回します。
あああーーー、もう一回観たい!!!
次の西宮あたり行こうかな・・・。
奇しくも友人がこの映画の原作者であるアーサー・C・クラークの「幼年期の終わり」を貸してくれてるので、これ読みながらもう少し余韻に浸りたいと思います。
来年あたり邦画50選とかやってくれないかな。
黒澤明の「乱」を映画館で観たいです。
やっぱ映画は映画館で観ないと!

ところで今週は映画三昧の一週間。とりあえず昨日今日だけで3本観た。明日も1本。
それらの感想は随時ツイッターで。
観たい映画がたくさんあって、困る。


おまけ
TOHOシネマズなんば近くにある新歌舞伎座。
昨年惜しまれつつ閉館。どうにか解体しないでほしい。
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テーマ : 映像・アニメーション
ジャンル : 学問・文化・芸術

RASTER-NOTON.@METRO

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京都のクラブと言えば今年20周年を迎えるMETRO
なんとここで池田亮司とカールステン・ニコライの音が聞けるというのでBIWAKOの搬出を終えて速攻駆けつけました。軽いフットワークが売りです。
実は初METRO参戦。前々から行ってみたいとは思ってたんですが、ついにチャンス到来です。
場所は京阪の神宮丸太町駅からなんと直結。それでMETROなんだ。
受付で会計を済ませ、入り口付近のロッカーに荷物を預け、コロナを注文。
どれぐらい入るのかわからないけど、せいぜい100人ぐらいか。
こんな小さなハコであの二人のコラボが見られるなんて・・・。
そんな期待と普段クラブなんて行かないのとでドギマギ。コロナで流す。
作家のM君と出会ってしばし歓談。そうこうしてるうちに19時半の開演時間。
今回はエレクトロのイベントで、何組かの演奏がある。
トップバッターは&ARTにも紹介されてるPsysExさん。
ってことでここからはこのブログ始まって以来初の音楽レビュー!といきたいところなんですが、実際僕の音楽ボキャブラリーではレビューなんてとてもじゃないけど書けません。
しかも楽器も何も無い演奏で、そもそもどんな風に音を鳴らしてるのかもわからないぐらいの無知っぷり。門外漢すぎます。
こういう音楽のレビューってどんな風に書くのかも想像がつかない。
なので、具体的なことは何も書けませんが、とりあえず好みだけの話をすると、PsysExさんの音はほとんど僕の琴線に触れることはありませんでした。。。
単調というかなんというか、僕には同じ音の繰り返しにしか聞こえませんでした。
映像も興奮を誘うような効果はなかったかな。残念ですが僕にはそんな印象。
ただ、次のNIBOさんの音がめちゃくちゃ良くて、「うわ、エレクトロ無理かも…」と挫けそうになった心が復活して、もうひたすら音の波に飲まれました。
円心上に延びる音にリンクした映像も素敵だったし、途中で音が壊れるように激しくなって、映像も円から混沌とした線の塊になる様はアドレナリンでまくりました。
最後の方は気持ちよくなってきて寝かけてましたが。。。エレクトロで眠くなるってすごい!
決して退屈だったからとかじゃなくて、それだけ気持よかったってことです。
で、いよいよ池田亮司とカールステン・ニコライのユニットCyCLO.の登場。
なんですが、僕の中では先のNIBOさんの音が良すぎて、こっちは正直期待はずれ。
でも映像との絡みはさすがにすごくて光と音の洪水が訪れる瞬間はやはり気持ちがいい。
まあ、ちょっと長すぎたのと、もっと耳が痛くなるような高音を入れてきてほしかったです。
他にももう一組とカールステン・ニコライの演奏があったけど終電の関係でここでタイムアウト。

エレクトロってリズムが命で、音のバリエーションもそこまでないから、すぐに単調になりがち。
繰り返して繰り返してクセになるぐらいのリズムを如何に作り出せるかがポイントなのかも。
もう全然ボキャブラリーがないので中途半端なレポートですがこのままアップします。
正直エレクトロはしばらくいいかも。
なんかおすすめの音があれば誰か教えてください。
舞台に続きこちらも少しずつ無理なく広げていければ。
あー、ライヒのライブにもう一度行きたい。

池田亮司とカールステン・ニコライの演奏は16日に京都造形大学でも行われるみたい。
こちらは浅田彰氏とのトークつき。興味ある方はどうぞ。詳細はこちら
池田亮司さんは今ギャラリー小柳でも個展中ですね。
なんと今月もう一度上京するハメになったんでそれも観に行こうかな。
<関連記事>
池田亮司「the infinite between 0 to 1」@東京都現代美術館
池田亮司「datematics」@山口情報芸術センター

テーマ : LIVE、イベント
ジャンル : 音楽

地点「――ところでアルトーさん、」@京都芸術センター

今京都では「KYOTO EXPERIMENT 2010」と題して国際舞台芸術祭が開催中です。
すべて注目すべき演目ばかりで素人の僕はどれを選んだらよいのか目移りしっぱなしですが、その中から知人のおすすめ地点をピックアップしてみました。
場所は京都芸術センター。
会場に入ると水の張ったプールとアンテナ、そしてアルトーのウォーホールのシルクスクリーンの幕がバックに掲げられてます。
僕は不勉強で知らなかったのだけれど、アルトーというのは演劇界の中で神のような存在らしい。
彼は生前分裂症で、終始薬物に侵され続けながらも表現活動に徹した強靭な人物。
今回は彼をベースにした演目なわけです。
やがて7人のパフォーマーが入ってきて舞台がスタート。
一人のパフォーマーが語りだすのだけれど、どこか日本語の発音が変。
その演説の後、また一人のパフォーマーがプールに入っていって何か語りだすのだけど、これまた発音が変で、最終的に他のパフォーマーたちもすべて変な日本語を話しだす。(一人は特にすごかった)
文法は正しくて、文章にしたら間違いではないのだけれど、文節や発音が歪んでいる。
こうして延々と読経の如く言葉の洪水を浴びせられるのだけれど、言葉はある一定の量を越すと意味が飽和状態になり、脳が全く理解をしようとしない。
読経という言葉が出たが、まさにあれも言葉がひたすら続く中で、言葉が音に変わっている。
言葉というのはとても具体的な意味を持つもののはずなのに、目の前でどんどんその意味が剥ぎ取られていき解体され抽象化していく様は見ていて(聞いていて?)爽快。
人によっては相当苦痛だと思う。(実際隣の人は最後まで船漕いでた笑)
途中全員が各々に話す瞬間があって、もう音でしかなくなっている。
今回、演出家の三浦基さんが掲げたテーマはこの声である。
そして、こういう身体性があるのかと、僕は開眼させられた気がした。
声を出すという身体性。
実際身体の動きはこの演目ではほとんど見られない。
なのにパフォーマーの額には汗がにじみ出ている。
つんざくように大きな声、張り裂けるような叫び声、諭すようなささやき声。
これらを使い分け、言葉をひたすら打ち続ける。
凄まじいパフォーマンスでした。
当初僕は台詞がある舞台は苦手と思ってたけどこういうものがあるのかと相当驚きました。
最近村上龍の新作小説「歌うクジラ」を読んだのだけれど、その小説も言葉が1つのテーマになってて、なんとすべての台詞にカギカッコがなく話が進められていきます。しかも途中で助詞を歪めて喋る人が現れたり、外国語の誤訳のような機械音声が登場したりと、かなり混乱をきたすんだけど、今回の舞台を見ながらこの小説を思い出しました。
しかしパフォーマーはよくあれだけの台詞を覚えられるなぁと普通に感心。
思いついたことをしゃべってるのではなく、ちゃんとアルトーの人生の主題を語っている。
それらのテキストを創り上げた三浦さんもすごすぎる。
とても衝撃を受けた演劇でした。観に来てよかった。
しかし2時間はちょっと長すぎた気がする…。

最後にポストトークもあったので聞いてみた。
トークは三浦さんとPortBの高山明氏による対談。
途中わからないことも多々あったけど、面白かったのは三浦さんの「ないない」を創りたいという下り。
よく本とか映画とか読んでて「あるある」と共有する部分って出てくると思うけれど、自分は最後まで「ないない」と観客に思わせたいという話。
変にリアリティを含ませるより、虚構で固めてしまうと演劇のリアリティが増すということか。
中々深いお話でした。

地点この舞台は7日まで続きます。機会ある方は是非。
http://kyoto-ex.jp/program/program-official/304/

んー、もう一個ぐらい見ようかな・・・。

テーマ : 観劇
ジャンル : 学問・文化・芸術

「ようこそアムステルダム国立美術館へ」 by ウケ・ホーヘンダイク



新たに「Other」カテゴリーを増やしました。
ここでは、美術・建築以外のアートを紹介します。
パフォーミングアーツもこちらにまとめました。
読んだアート系の本とかもここに記すことにします。
そして今回紹介するのは映画。
アートに纏わるものや僕が独断でアートだ!と認めたものを書いていきます。

さて、昨日は梅田のガーデンシネマで「ようこそアムステルダム国立美術館へ」を観てきました。
東京上映から約2ヶ月遅れての上映。
こういう映画は大体東京が先行してずるい。
大阪といえど所詮地方だと思い知らされる。
大阪でやったら観ようと思ってたので、1000円になる水曜を狙ってゴー。

内容は、2005年から始まったアムステルダム美術館の改修工事を巡ってのゴタゴタ。
これがまたややこしくて、なんだかんだで未だにオープンできてない状況みたい。
ヨーロッパは特に市民権が異常に強いので、こういう古いものをいじる時に大変な労力が必要。
市民が反対すれば、もちろん工事はストップするし、計画がおじゃんになることもざら。
フランスとかかなりキツそう。
だからこそ古い街並みが残されてきたというのもあって、一長一短。

映画としては、リズムがとてもよくて、すごく見やすくて好印象。
流れてくる音楽とかもよくて、最後まで楽しく見れました。
昔見た、ルーブル美術館やエルミタージュの映画は結構疲れた記憶があります。
館で働く人々の情熱や、苛立が非常にリアルに伝わってきました。
そして、皮肉なことに、工事が難航すればするほどこの映画はおもしろくなる。
市民の反対、建築家とのトラブル、館長の辞任、入札をめぐる駆け引き等々。
ここがドキュメントのおもしろいところで、現実を撮っているので、筋書きが監督本人にも読めない。
監督も当初は、なんとか苦難を乗り越えてオープンに漕ぎ着け皆で涙、みたいな映画を撮ろうとしてたんじゃないかな?
それが現実はそんなに甘くなくて、館長が辞任する辺りなんかは見ていてえ!ってなった。
そして映画のラストは結局未だに建ってませんというオチ。
厳しいですね。

映画の途中で、日本の金剛力士像を買い付けにやってくるシーンがあって、実際購入まで漕ぎ着けるんだけど、日本人としてすごく複雑な気分になりました。
こういう歴史的なものが国外に未だに流出することがあっていいのか?と。
少し前にアメリカのオークションで運慶の彫刻が出品されて、またも日本の宝が海外流出かとなり、結局日本の企業が競り勝ったということがありましたが、どうなんでしょうか。
それとも金剛力士像なんて腐るほどあるからいいのか?
この辺りちょっと詳しく知りたくなりました。
担当者が少年のような無垢な目をして力士像を迎えてるシーンはちょっとぐっときたけど。
無関心な日本人の元にあるより、こういう人の手元にあった方が力士たちも幸せなのかな。

あと、改修工事中の建物って、なんであんな魅力的なんでしょうか。
剥がれた壁、むき出しのレンガ、埃まみれの床。
もういっそこの状態で展示したほうがかっこよくね?って思うのは多分僕が現代美術好きだから。
ああ、誰かこういう「途中段階」をうまく完成形に持って行ける建築家はいないもんかね?
こういう現代美術館ができたらすごくカッコいいと思う。
それにしても、館内でも近現代美術の肩身の狭さを思い知った。
映画の中でも「20世紀の展示なんて本当に必要?」という議論が普通に交わされてて唖然。
文化に寛容なオランダでこれなんやから、日本はどんだけ肩身狭いんでしょうか。。。はぁ。


あー、オランダ行きたい!レンブラントの「夜警」観てみたいな。


次は「ハーブ&ドロシー」で。
大阪は12月まで待たなあかんらしい。
またもガーデンシネマ。。。

テーマ : 映像・アニメーション
ジャンル : 学問・文化・芸術

ヤン・ファーブル「Another Sleepy Dusty Delta Day」@AI HALL

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ヤン・ファーブル関西初上陸の舞台を観に伊丹へ。
まさかこんな狭いところでやるなんて・・・。
実際客席と舞台が相当近くて、演者の息遣いが生で聞こえてました。

そもそもヤン・ファーブルの美術作家としての顔は好きじゃない。
作品はゴテゴテしてるし派手だし素材感とか全然好きになれない。
だからこないだの金沢の展覧会も全然興味を抱けなかった。
でもそれは、美術館に展示されているからそう感じるんじゃないかと思う。
あるべき場所にないという感覚。
それが彼の作品に対する違和感や嫌悪感を生んでいたように思えて仕方なかった。
だからそれらが、もうひとつのコレオグラファーとしての顔で発揮されているんじゃないだろうか。
そんな期待も込めて、いつか彼の舞台表現は見てみたいと思っていました。
そしてやはりそれは当たっていたようで、今回の舞台はとても素晴らしかった。
なんといっても、演じているギリシャ人のアルテミスが過ごすぎる。
舞台上には彼女しかいなくて、あとはカナリヤの入った鳥かごが10個宙にぶら下がってて、石炭の小山がいくつかと、その周りを走るおもちゃの電車。
このタイトルは、ボビー・ジェントリーの「ビリー・ジョーの歌」からの一説。
歌の内容は、橋から飛び降りて自殺するビリー・ジョーの話を食卓を囲みながら話す家族の話。
実際この舞台の中でもアルテミスが歌っているのだけど、かなり変な歌。
教訓めいたものもないし、特に結末もない。
ただわかるのは「ビリー・ジョー」なる人物が自殺したこと。
そこからストーリーを膨らませていったのが今回の舞台。
最初に演じられたのは2008年で、当時の演者はクロアチア人のイヴァナ・ヨゼク。
彼女がこの歌を紹介し、共に創り上げた物語。
それを今回は300人の中からオーディションで選ばれたアルテミスが演じる。
決してその再演ではなく、アルテミスが演じるに当たって大幅な変更があった模様。
そのあたりは舞台後のトークで明かされたのだけど、最初はアルテミスにとって、他人が演じていたものをなぞるのはストレスだったそうだが、ヤンは、アルテミスにあわせて全く作り替えて、話し合いながら作っていったんだとか。
アルテミスはトークの際は本当に普通の女の子なんだけど、演じているとまるで別人のよう。
ビリー・ジョーを失い取り乱す女を見事に体現していた。
その動きは凄まじくて、ちょっとどう書いたらいいかわからない。
この舞台はアルテミス一人に掛かっているような緊張感があって、演出とかは最小限。
その潔さが見ていて気持よかった。
最後炭を全身に塗りたくって踊るアルテミスは、まるで人間ではなかった。
こんなに生命のエネルギーを如実に感じ取れた舞台は初めて。
途中ヤン・ファーブルお得意の下品で過激なシーンもあったけれど(トップレスになったり、ビール瓶をパンツの中に突っ込んだり)、概して素晴らしかった。
ホンマは観に行けないはずだったんだが、予定変更で観にいけてよかった。
この後高知、金沢と巡回するようなので、機会があればぜひ。


dots「nowhere」@京都精華大学
つい数日前にメールがあって、なんと精華大学で発表するとのこと!
こないだの「カカメ」で完全に虜になったので、もう行くっきゃないということで、行ってきました。
行ったら校内のギャラリー前でなにやらパーティーがやってたので、何かいな?と思ったら「LIFE with ART ~受けとめ、そして、渡す人~」展のオープニングでした。
これはダムタイプ周辺のパフォーマンスを改めて再考するという企画で京都で少し話題になってます。
僕も気になってはいたんですが、まあ精華まで行くことはあるまいと思ってたので、今日がオープニングだったのは行って初めて知りました。というかこのdotsの舞台もこのオープニングイベント関連だったみたい。
展覧会自体は、やはりアーカイブ的な内容で時間もなかったし特におもしろくなかった。
古橋悌二の「LOVERS」も以前京都芸術センターで見たようにガッツリインスタレーションをしてるわけじゃなくて、そのインスタレーションの様子を写した映像みたいな、よくわからないものになってました。
あとは古橋悌二をめぐる周囲のインタビューとか、エイズ関連の話題とか。
2階は高嶺格さんの展示で、またも「ベイビー・インサドン」。
今年に入って何回見たかわかんないぐらい見てるな・・・ひっぱりだこな作品。
展覧会自体はそんな感じ。
また、常設展示室では、イギリスのキングストン大学との連携で、学生たちがパフォーマンスを披露していた。ガラスケースの中に人がいるのはシュール。

さて、肝心のdotsのパフォーマンスは19時スタート。
こちらも2008年の初演からの再演。
これまた狭いスペースで舞台と客席が同じ地平。
真っ暗な中、ヘリウム入りの風船を付けたパフォーマーが登場。
風船と彼女の両手にだけ赤いライトが付いていて、かすかなシルエットが浮かぶ。
そしてスモークが焚かれ、プロジェクター三台による演出。
dotsは演出に長けたカンパニーだと思う。
普段はどうしようもなく汚い大学の施設が別世界になってた。
特に光と音の使い方が絶妙で、アドレナリンが放出。
それに対してパフォーマンスが少し劣る気がする。
前述のヤン・ファーブルの舞台を見たばかりというのもあって、やや物足りない感じ。
dotsにはやはりスペクタクルのある舞台を期待したいと思う。
また何かあったら絶対見に行きます。

久々に食ったれあた(食堂)の飯は最高でした。
ここの昼限定の豚のしょうが焼き定食は世界で一番うまいと思う。

テーマ : 観劇
ジャンル : 学問・文化・芸術

dots「カカメ」@栗東芸術文化会館さきら中ホール

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dotsの舞台「カカメ」を観に滋賀県は栗東へ。
ちょうどこの日友人の搬入で近江八幡にいて、どうしても観たかったので、途中でしたが放ったらかして観に行っちゃいました。なは。
結果的には観に行って本当によかった。(友人的にはどうか知らん)
僕の乏しい舞台経験史上最高の舞台でした。

dotsは京都を中心に活動するパフォーミングカンパニー。
昨年北山の陶板名画の庭でやってた「KSS」を見逃していて、すごく後悔していたので、新作がやるって聞いた時は迷わず観に行こうと思ってました。
舞台は、タイミングが合わないと中々行けないので、全然行けてません。
できるだけ観たいとは思ってるんやけど、むずかしいです。
先日のWANDERING PARTY然りね。
何事も数観ないと見えて来ないものってあるので。
でも今回はどうしてもって感じでごり押し。

「カカメ」とは鏡の原語らしい。「蛇の目」と書きます。
メンバーがそれぞれ鏡から連想するものを次々と出していき、それをつなぎ合わせて1つの作品に仕上げていくという作り方で、誰が脚本とか明確にない。
もっと鏡が直接的に出てくるのかと思いきや、出て来たのは最初の数分間だけ。
その最初の鏡の演出から引き込まれて、最後までノンストップでアドレナリンでまくりました。ここで終わってほしいというところでフィニッシュ。完璧。
僕が何度か舞台を観て来た中で、なんとなくですが、ツボがわかってきた。
それは以下の3点。
・身体的であること。
・抽象的であること。
・空間的であること。
ひとつめは言わずもがなで、身体表現として成立しているかどうか。
フィジカルな衝動というものが真に迫っているかどうか。
ふたつ目は、できるだけ具体的なストーリーやメッセージを持たないこと。
どうしてもそのラインを追ってしまって集中できないことがこれまで多々ありました。
チェルフィッチュの「クーラー」は好きだったけど、横浜で観た舞台はあんまりだったり、平田オリザのやつも全然楽しめなかったり。
今回の「カカメ」は鏡という1つのキーワードがありながら、まったく異次元に誘ってくれるような舞台でした。
そして最後は、演出の話。
今回の「カカメ」で関心したのが、舞台のスクリーン性の捉え方が絶妙で、特に横軸の使い方が本当にうまいな、と思いました。
最初の方のスモークを貫く光の淡い線や、ロープ。
そして、縦、横だけではなく、観客席まで覆うような光の幕!!圧巻でした。
あと映像や途中で出てくる家具の配置、音楽。全てが完璧。
そんでもって最後の幕が床ギリギリまで降りて、向こう側でパフォーマンスしてるメンバーの姿が床の反射だけで表現されてる様なんかはもう泣きそうになった!
こないだ観たピナ・バウシュの「私と踊って」でも、最初の場面で、鉄の壁に空いた穴からダンサーが踊ってる姿が垣間見えるという演出にも感動した。チラリズム最高!
そんな感じで、最後は大満足の拍手でした。
いやぁ、、、もっと観たい!もっと観たい!
ちなみに来月10月22~24日まで川崎でもやるみたい。関東の方是非!
この秋はダムタイプの高谷史郎さんの舞台と地点は確実に観に行く。
ヤン・ファーブルの舞台もチケット買ったけど、予定入って無理に・・・。
誰か買いません?
あぁ、あいちのローザスとか激しく見てみたいんやけど。
カテゴリーにPerformanceを加えるか現在検討中。

ところで両隣たまたまあった知り合いで、右隣は友人作家のN君。
dotsとも知り合いで舞台芸術に詳しい。色々解説してもらう。
こういう舞台の人たちは皆つながっていることを知る。豊かな関係。
こないだのWANDERING PARTYの時も会って、僕が目の前でチケット完売宣言をされてる前を悠々とチケット持って入っていきました笑
左隣は某雑誌の編集者さん。帰りも一緒で感想を語り合いました。
やー、楽しかったー。
dots website>>http://dots.jp/ja/
「カカメ」公式サイト>>http://dots.jp/kakame/
(この辺まで書いて記事が消えて、これ二度目。最悪)

湯浅良介「nothing and something」@rep
repの展覧会は見逃してはならない。
ので、この日もオープニングに駆けつける。
今回は、多摩美を卒業されたばかりの若い建築家さんの展覧会。
でもそこはradの仕掛ける展覧会。一筋縄ではいきません。
そこには普通の建築家同様、建築模型と建築ドローイングが展示されてるんだけれど、パッと見到底建築模型にも建築ドローイングにも見えない。
どういったらいいのか、模型はオブジェと言っていい程のフォルムをしているし、ドローイングは鉛筆で手描きのミニマリズム的ドローイングに見えちゃう。
アートとデザインのキワドいラインをいってる感じ。
作家さんとゆっくり話せなかったけど、多分これは純粋に建築としてやってるからすごい魅力があるんやと思う。少しでもアートを意識してたらこんなの作れない。
昨今アートを意識した気持ち悪い建築家の作品が増えてるけど、この作家さんの作品からはまったくそういった嫌味を感じられなかった。
確かにクオリティの面で足りない部分があったりもしたけど、でもおもしろかった。
なんか、ここ最近で行われた、ヴァレリオ・オルジャッティの展覧会みたいな感じ。や、実際それは観てなくて写真で観たけど、彼の展覧会は非常におもしろそうで、それも建築模型が展示されているのだけれど、すべてが白で統一されていて、美しいオブジェのよう。彼の場合、それが実際建ってたりするので、余計説得力が強い。そういや湯浅君のは逆に黒が多かった。色を統一するというのは、なかなかいい手かもしれない。
残念な点を挙げるなら、空間をうまく見せれてないとこかも。
DMにあったように、中をもっとのぞいてみたかったです。
てかDM観た時グチック?と思いました笑
いつもおもしろいもん観させてもろてます。

その他色々。
「横尾忠則全ポスター展」
900枚が集まった展示はやっぱ圧巻。彼の歴史が詰まってます。
これ刷り直したんかな?あまりに色が美し過ぎる。
高校生の時の作品から変わらないものがあるのはすごい。
でも基本的にやっぱ横尾さんは苦手です・・・。
「軽い人たち」@GALLERY wks.
タイトルがすごく好き。作品とすごくマッチしてる(失礼?)
でも実際作品作る人は軽くないと思う。
ZERO-ONEも観に行かな!
1 floor 2010 質朴/技術@神戸アートビレッジセンター
後輩の柴田君と先輩(?)の中村君の展覧会。
柴田君の作品は作家のフェティッシュがたっぷりつまった切り絵の作品がメイン。ポートフォリオ見てたら異常なぐらい切りまくってて、すご!ってなったんやけど、イマイチその興奮が伝わって来ないのが残念。
中村さんの作品は「1floor」というタイトルにぴったりで、床に敷かれたタイルが作品。自然過ぎて最初気づかんかった。カール・アンドレみたい。家の間取りをテーマにしたインスタレーション。楽しかった。
井上結理「ヌケガラ」@立体ギャラリー射手座
こちらも後輩の井上さんの展示。
自分が脱いだ衣服を上から俯瞰した写真で、床置きで展示。
井上さんの作品に通じるコンセプトはもの凄く共感できるのだけれど、キレイにまとまりすぎるきらいがある。今回もそう。もっと破綻した作品が見たいと思った。

以上!

テーマ : 観劇
ジャンル : 学問・文化・芸術

ピナ・バウシュ/ヴッパタール舞踏団「私と踊って」@びわ湖ホール

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ピナ・バウシュの舞台に行ってきました。
もう彼女が逝ってから一年経つんですね・・・。
2年前初めて見た「フルムーン」が、彼女の最後の来日公演になりました。
それもこのびわ湖ホール。
今回は彼女の初期の傑作と言われる演目「私と踊って」。
もうオープニングからすごかった。あの演出は素敵。
具体的には、鉄の壁があって、一箇所だけ隙間が開いている。
その隙間からダンサーたちが激しく踊っているのが垣間見れるというもの。
それを男が壁の外から椅子に座って悠々と眺めている。
このチラリズムがたまりません!
そして鉄の壁が上がり、スロープの舞台が登場。
ダンサーたちは駆け上がったり滑り降りたり、様々な動きを見せてくれます。
もう30年以上前の作品なのに、今も刺激的。
人間の複雑な感情が、見事な演出で描かれています。
照明の当て方や舞台美術も素晴らしく、かなり気に入りました。
夢を見ながら夢を見ている感じ。実際一瞬夢を見てましたが・・・。
そしてラストでなんと木が上から落ちてきて一気に目が醒めました笑
約90分の小作ですが、その分表現が凝縮された印象。
大作と呼ばれる作品も是非見てみたいです。
終演後は、浅田彰と楠田枝里子のアフタートーク。
なんかピナとの思い出対決みたいになってたけど、ピナの人となり等を知る機会になりました。
来年もやってほしいなー。

テーマ : 観劇
ジャンル : 学問・文化・芸術

「火垂」 by 河瀬直美

18切符で静岡寄って東京まで行ってきた。
18切符最長記録!
朝5時に出て、着いたら夕方の5時。12時間。ケツイタイヨ。

この日の17時半から水道橋にあるアテネフランセという所で河瀬直美さんの「火垂 2009 version」が上映されるとのことで行ってきました。
これは昨年カンヌで「金の馬車賞」を受賞を機に、2000年に発表した「火垂」を再編集して上映したもの。夏には奈良国立博物館の講堂でも上映されました。
僕は河瀬さんのストーリーものとしてはこの作品だけ見たことがなくて、ちょうど上京一日目で見られると知りなんとか間に合わせました。
アテネフランスは、なんなんやろ、語学学校?なぜか映画館もある。
そんな小さな映画館ですが、さすが河瀬さんで色んな人が駆けつけてました。
最前列に陣取ったんですが、真後ろにはなんと「沙羅双樹」の主演で甘酸っぱい青年を演じた福永幸平君が座ってた!
河瀬映画の中で「沙羅双樹」が一番好きなのですごい緊張した。
そして上映開始。

かなりびっくりした。
他の河瀬映画にはない暴力性の秘めた映画。
具体的に暴力のシーンはないけれど、なんだか恐ろしかった。
奈良のお水取りから始まり、様々な火のシーンがちりばめられている。
火というものの暴力性がこの映画には宿っている。
個人的にはあまり好きではないが、様々な場面が焼きついている強い映像。

上映後、映画批評家のドミニク・パイーニさんと河瀬さんの対談。
河瀬さんはとても気にかけてくれて、向こうから声をかけてくださった。ありがたい。
対談はとても長かったけどめちゃくちゃ面白かった。
まず、河瀬さんとこのアテネ・フランセの思い出。
ここは初めて河瀬映画を流した映画館らしい。
生き別れた父を探す旅を綴った「につつまれて」を河瀬さんが持ち込んで、おもしろいからと、他の作品と、それに合わせて作った祖母を題材にした「かたつもり」も上映してもらったそうな。
その際に名刺のコピーと、「萌の朱雀」の原案を配ったら、それを目にした方がWOWOWに持ち込んで制作が決定し、その後は知るところである。
そんな思い出の場所とは・・・おそるべし、アテネフランセ。

対談の内容はたくさんありすぎて書けないけど、パイーニさんの河瀬映画の見方が鋭い。
まず「火垂2009」に関して「殯の森」の編集の仕方と似ていると。
確かに「殯の森」以前と以降で河瀬映画はガラっと変わってしまっている。
僕は正直以前の方が好きなんだけど、そこにはフランスのスタッフと作ったことが大きく影響してるのだそうな。
だからこの「火垂」も作った当時から相当違ったものになったと。
オリジナルの方もぜひ見てみたいところです。
そして観客から河瀬直美は日本映画史、または全世界の映画史の中でどこに存在しているのか、という質問が飛び出し、それに対してパイーニさんは成瀬巳喜男を挙げてた。
僕はまだ彼の映画を見たことはないけれど、彼の映画も家族の消失を描いていて、それを取り戻すのではなく消失を受け入れたまま話が進んでいくのが河瀬映画と共通してるそう。そこは同じ日常を描いた小津とは違う世界観らしい。
なんだか昔の映画も色々見てみたくなってきた。。。
あと、河瀬さんの発言で食事のシーンの話はおもしろかった。
やはり彼女は理想の家族像というものを映画の中で無意識に描いていて、その中でも食事のシーンというのが重要で、よく大勢でテーブルを囲んでなんてシーンが確かに出てくる。
そして河瀬映画の食事はマジでうまそうに見える!
永谷園のお茶漬けのCMじゃないけど、なんだか豪快なんですよね、食べ方。
それを終わった後に言ったら、別に指導してるわけじゃないんだけど、うまそうに食う人が河瀬映画には集まってくるんだって。おもしろい。

とても充実した映画上映&トークでした。
というか通訳の人すごすぎ。よくあんな日本語英語フランス語をまくしたてられるな。

テーマ : 映像・アニメーション
ジャンル : 学問・文化・芸術

チェルフィッチュ「クーラー」@AI・HALL


バイト帰りにチャリ飛ばして伊丹まで。
念願のチェルフィッチュの舞台を観てきました。
高嶺さんの舞台といい、ここはものすごくいいのがやってる。
ものすごく小さな劇場なのに、レベルが高い。
そしてなにより安いのがいい。
今回もチェルフィッチュともう一組の二本立てで2000円。素晴らしいです。

まずチェルフィッチュ。
これは20分ぐらいのショート演劇というかダンスというか。
演者は男女2人。サラリーマンとOL。
この2人がまったく別の話をしながら、互いに聞いてるのか聞いてないのか、適当な相づちを打ちつつ、各々が好き勝手な動きを見せる。
男は日曜の討論番組の話。女は社内のクーラーの設定温度が低過ぎるという話。
これらのディスコミュニケーションが見ていてすごく不安にさせる。
そしてその動作。
動作が所作に変わる瞬間を見た気がした。
さする。あおぐ。振る。
普段の何気ない動きが強調されたりすることでとても異様な動きになっていく。
それを何度も繰り返し繰り返し行われ、もはやダンスと化している。
たった20分の間にどんどん引き込まれていった。すごい。
今度ドイツでこの「クーラー」の60分バージョンが発表されるらしい。見てみたい。
そして3月に横浜美術館で新作が発表されるそう。
束芋の展覧会と合わせて観に行こうと思います。

そしてもう1つがteutoによる「ソーグ-」。
これは7人の演者が全員自転車を乗りながらのパフォーマンス。
舞台の真中の扉が開け放たれ、初冬の冷たい風が客席に吹き込む。
扉の向こうは普通に外側の世界で、そこをパフォーマーが自転車で往来していく。中には本当に帰宅中のサラリーマンとか買物帰りのチャリのおばさんとかも歩いてたりするので、虚実が曖昧になってこれはものすごく面白い演出やと思った。
しばらくすると演者が入ってきてテクノな音楽に合わせて躍動感溢れる動きが繰り広げられ、見ていてとても爽快。というか途中から僕の頭の中でperfumeが流れてた・・・。
にしてもすごい自転車さばき。
ぶつかる寸前でよけたり、暗闇の中自転車のライトだけが浮かび上がる演出とか。
見ていてハラハラしつつ、その滑らかな動きがとても気持ちよかった。
最後はまた扉が開け放たれ外へ。
終わったら客席から人がいなくなるまでひたすら自転車で往来してはった。
そして僕も自転車に乗りながら帰路についたのでした。


なんとなく自分が何を見たいのかわかってきた。
やっぱり筋書きがあるのかないのかスレスレの舞台が見ていて楽しい。
今後も色々観て行きたいです。

テーマ : 観劇
ジャンル : 学問・文化・芸術

高嶺格「Melody?Cup」@伊丹アイホール


今日は淀川花火♪
ってことに全く興味がない僕は高嶺さんの新作パフォーマンスを観に伊丹へ。

最近パフォーミングアーツに興味があります。
ピナ・バウシュ、マース・カニングハムとダンス界の巨匠が相次いで亡くなり、改めて観ておかなきゃならないものがあるんだと思い知らされたのが大きいです。
このジャンルはやはり人間が主題なので、他の芸術と比べて、残すというのが難しいように思います。より「生もの」な感じがするんですよね。
ということで同時代のものをできるだけ観ておこうと私燃えております。
といっても超初心者なのでどれを観ていいかわからないもの。
なので、まずはアートに関連する公演は観ておこうと。
こないだの塩田さんが美術を手がけた「タトゥー」しかり。
そして今回は作家の高嶺格氏。

正直高嶺さんの作品ってよくわからない。
以前大学に講演に来てくれはったけど、話聞いてもわからない。
そして今回の舞台もよくわからなかった。
でも、確かに感動しちゃったんですよね。
すんごくシンプルなセット。
ブルーシートのプールみたいな大きな溝で繰り広げられる色々。
このブルーシートというチープな素材があそこまで美しく見えるなんて!!
何度も涙腺が潤むような美しさを見ました。
全体としては多層的過ぎてとりとめもないのでひとつひとつ取り上げませんが印象に残った場面のみ抜粋。

まずパフォーマーはタイ人5人、日本人7人の計12名。
全員がプロではなく素人。
それでも完全に人間から動物に変化するような狂気が見えた。
初っ端から叫んだり喚いたり笑い散らしたり凄まじいパフォーマンス。
リズミカルな音にのたうち回るパフォーマー。唖然。
日本人とタイ人がそれぞれの発音で色んな言葉を発する。
「ドラえもん」
「ドレェメン」
途中ふくよかなタイ人の美女に質問コーナー。これは要ったのか?
後半がすごかった。
ブルーシートの中を泳ぐ人々。
ブルーシートをつまんでランドスケープを作り出す女。
タイ人と日本人の禅問答。
ブルーシートが炎に変わる。
真っ赤なライトに染め上げられたシートが大きく膨らみ波打つ。
客席からハープを持った女が登場。
軽快にブルーシートの波に飛び乗る。
ブルーシートが海へと一変。
最後はストロボ。
パフォーマーが一人一人顔に白いペンキを塗りもののけに変わる瞬間。
この演出はヤバい。
最後はとっても爽やかにブルーシートの中で踊り狂うパフォーマーたち。
カーテンコール。

んーー、言葉にしても何も伝わらない。。。
やっぱりパフォーマンスは生もの。
ハマりそうです。
誰かおもしろいのあれば教えてください!


追伸
今回ユース料金で観れた!
25歳以下はユースやって。
来月でマイユースが終わる・・・。

<関連記事> 高嶺格

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トリスタンとイゾルデ@兵庫県立芸術文化センター


ちょうど2年前の話。
ロンドン留学が始まり、早速ギャラリー巡りをスタートさせた頃。
最初に入ったギャラリーでもうロンドンはすごい!と思い知らされた。
何がやってるか知らずに入ったらビル・ヴィオラ展だったから。
その展覧会は別の場所にある大学を使った展示もされていて、そのどれもがすごい力を放っていた。
これらの作品はパリのオペラの為に製作されたものらしい。
そのことを知って観てみたいなーとずっと思っていた。
日本に帰ってきて、この公演が日本で行われると知った時はびっくらこいた。
運命。
またそんなことを考えてしまった。
もうこれが運の尽きで、気づいたらS席58000円のチケットを買ってしまっていた・・・。
いいんです。金なんて天下の周りものなんです。ははは。

前置きが長くなりましたが、昨日パリオペラを観て参りました!!
まさかこんな年でオペラを観に行くことになるとは・・・。
アートを通して実に色んな経験をしている。
逆にアートがなければ僕の人生はとてもそっけないものになってたのかも。
なんてことを考えながら会場へ。
さすがにおじちゃんおばちゃんがほとんど。やっべー。
場違いを無視してS席に乗り込む。真正面。すばらしい。

で、結果からいうと、やっぱオペラは僕には早すぎました汗
予めWOWOWでやってた映画版の「トリスタンとイゾルデ」見て予習してたんですが、あれ見てなかったら確実にストーリーわからなかった。。。ドイツ語やし。
あ、ストーリーとしては「ロミオとジュリエット」の元となったような話です。
にしても全員でかい・・・やっぱ体力要るからね。
それにしてもイゾルデがでかいのはちょっと・・・と思ってしまった。おばさんやし。
そんでもってトリスタンも年とり過ぎです・・・。
やっぱあの話は「若気の至り」的なものでもあるので、その辺はリアリティなかった。
まあ、あれだけの力量積むには若いのでは駄目なんだろうけど・・・。
公演時間は休憩時間含めて5時間・・・さすがに疲れた。
最初の方とか慣れるまで何度も眠りそうになった。

オペラ自体は苦い経験となりましたが、やはり映像はすばらしかったです。
僕にとっては映像がメインなので、オペラはとても贅沢なBGM。
そもそも、このオペラはとても実験的で、舞台セットは台座1つのみ。
あとは役者(歌手)とこの映像のみという演出。
第一幕では「浄化」をテーマにした、男女の禊のような映像。
相変わらずこの人の水の表現は超越している。
第ニ幕での移り変わる空と木のシルエットの映像もすばらしかった。
しかしなによりすばらしかったのは第三幕。
一幕、二幕では、ちょっと舞台の内容と噛み合ないところもあったのだけど、三幕はこの舞台の世界観とヴィオラの世界観が見事にマッチしてすごかったです。
蜃気楼から現れる黒装束の女性の映像と、イゾルデが船に乗って現れるシーンは絶妙だったし、なんといってもクライマックスの火の映像と水の映像。
最後はトリスタンが天に召されるのが、大量の水で表現されてそれはそれはすごかった。

やっぱり大金はたいた甲斐があったってもんです。
ロンドンで見た時もすごかったですけど、やっぱ元のコンテキスト上で見て改めてこれらの作品が生きてくるという感覚が気持ちよかった。
まあ、もう当分オペラなんて観ることないと思うしいい経験になりました。
こういうアートと舞台の結合ってこれからもいっぱい観てみたい。
タレルやカプーアも以前やったことあるし、日本でやったら是非!
ちなみにこの公演は7月27日と31日に渋谷のbukamuraでも上演されます。
まだ多分S席は残ってるんじゃなかろうかと思うんで余裕があればどうぞ。

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