維新派「アマハラ」@平城宮跡維新派「アマハラ」@平城宮跡
維新派最後の舞台へ。。。
(ネタバレになるので続きは以下)
2013年の犬島での「MAREBITO」以降、2014年大阪での「透視図」、2015年奈良曽爾村での「トワイライト」と、毎年観てきた維新派の舞台。
今年の春に演出家の松本雄吉さんが亡くなられ、どうなるかと思ったら、やはり今回で最後になると聞いて行かずにはいられなかった。
今回の舞台は奈良の平城京跡。
シルクロードの行き着く最果ての場所として、松本さんが生前から望んでいた場所。
日本人のルーツを巡る維新派の旅がここで終わると思うと感慨深い。
近鉄大和西大寺駅から徒歩20分程度。
昨年の曽爾村よか全然アクセスがいいのが嬉しい。
それにしても平城京跡初めてきたけど、マジで何もない大平原。奈良のおおらかさを感じる笑
事前に客席には風が常に吹いて寒いという警告を受けて、すごく着込んで行ったんだけど、この日はすごく暖かくて、結局持って行った上着は上演中も着ることがなかった。
しばらくするといつもの舞台と屋台村。気分が高揚する。






屋台の側では松本さんを悼む祭壇が設けられて泣きそうになる。

16:45。開場。
今年の舞台は船をイメージしたもの。
遥か遠くシルクロードを渡ってきた船が、この平城京にたどり着いたという設定。
周りにはススキの野原で、舞台正面には生駒山を臨む最高の場所。

17:15。開演。
これが最後かと思うと、記憶に焼き付けたくて必死に観る。
「喋らない台詞、歌わない音楽、踊らない踊り」
松本さんが40年以上もかけて築き上げた、「ヂャンヂャン☆オペラ」が今も生きている。
維新派の舞台を見ていると、関西弁のイントネーションがいかに音楽的なものかを思い知らさられる。
別に歌っているわけでもなく、ただ関西弁を喋ってるだけなのに、しっかりと音楽になっていく。
音楽が鳴り止むと、今度は周りの虫の音が聞こえる。まるでこれも彼らの音楽の一部のように。
そして、ひとつひとつの美しい所作。
水平に展開していく演者の動きは本当に美しく、夕方から夜にかけて移り変わっていく逢魔の時間は、まさに彼らの幽玄さを象徴している。
白塗りに塗られた演者たちは、性別も年齢も全く分からなくなる。
舞台は「今ここ」でしか見られないものなのに、彼らの舞台は「今ここ」にはない。
かつてあった時間、かつてあった場所、まだない時間、まだない場所に向けて彼らは呼びかける。
「そこはどこですか?」
舞台では、江戸時代に禁じられていた海外渡航が解禁された1886年以降に海外(南洋の島々)に渡った日本人の姿が描かれる。
一人は山口百次郎。1879年に山形県に生まれ、サイパンに渡り住み、料亭「よか桜」を開業した日本人。
もう一人は松本金十郎。1902年に熊本に生まれ、フィリピンに渡り麻園を経営した日本人。
皆一攫千金を狙い南へ南へと渡り、一度はその夢を叶えるも、第二次世界大戦で一瞬のうちに全てを失う。
また、フィリピンのルソン島のベンゲット道路の建設にも多くの日本人労働者が関わり、その場面ではどでかいセットが舞台を横切っていく様が圧巻。
最後の「オーーーイ」の掛け声は、まさに時間と場所を超えて呼びかけていた。
その美しすぎる有様に涙が溢れる。
その声は松本さんのいる場所まで届いていたと思う。
難点を言えば、最初の場面が間延びしていた感があったのと、もう少し奈良の平城京のコンテクストに繋げられたらよかったんじゃないかとも思ったけれど、演出家不在の中、よくぞ作り上げたと思う。
本当に本当に美しくて、これが最後だなんて信じたくないけれど、とにかく素晴らしい舞台だった。
こんなことなら、もっと前から観ておけばよかったと思うけれど後の祭り。
来月には大阪の映画館で松本雄吉特集があるので、そこでいくつか観ようと思う。
本当に美しいものを観せていただきありがとうございました。
この公演は24日まで。当日券あるそうなのでぜひ。こちら。
今年の春に演出家の松本雄吉さんが亡くなられ、どうなるかと思ったら、やはり今回で最後になると聞いて行かずにはいられなかった。
今回の舞台は奈良の平城京跡。
シルクロードの行き着く最果ての場所として、松本さんが生前から望んでいた場所。
日本人のルーツを巡る維新派の旅がここで終わると思うと感慨深い。
近鉄大和西大寺駅から徒歩20分程度。
昨年の曽爾村よか全然アクセスがいいのが嬉しい。
それにしても平城京跡初めてきたけど、マジで何もない大平原。奈良のおおらかさを感じる笑
事前に客席には風が常に吹いて寒いという警告を受けて、すごく着込んで行ったんだけど、この日はすごく暖かくて、結局持って行った上着は上演中も着ることがなかった。
しばらくするといつもの舞台と屋台村。気分が高揚する。






屋台の側では松本さんを悼む祭壇が設けられて泣きそうになる。

16:45。開場。
今年の舞台は船をイメージしたもの。
遥か遠くシルクロードを渡ってきた船が、この平城京にたどり着いたという設定。
周りにはススキの野原で、舞台正面には生駒山を臨む最高の場所。

17:15。開演。
これが最後かと思うと、記憶に焼き付けたくて必死に観る。
「喋らない台詞、歌わない音楽、踊らない踊り」
松本さんが40年以上もかけて築き上げた、「ヂャンヂャン☆オペラ」が今も生きている。
維新派の舞台を見ていると、関西弁のイントネーションがいかに音楽的なものかを思い知らさられる。
別に歌っているわけでもなく、ただ関西弁を喋ってるだけなのに、しっかりと音楽になっていく。
音楽が鳴り止むと、今度は周りの虫の音が聞こえる。まるでこれも彼らの音楽の一部のように。
そして、ひとつひとつの美しい所作。
水平に展開していく演者の動きは本当に美しく、夕方から夜にかけて移り変わっていく逢魔の時間は、まさに彼らの幽玄さを象徴している。
白塗りに塗られた演者たちは、性別も年齢も全く分からなくなる。
舞台は「今ここ」でしか見られないものなのに、彼らの舞台は「今ここ」にはない。
かつてあった時間、かつてあった場所、まだない時間、まだない場所に向けて彼らは呼びかける。
「そこはどこですか?」
舞台では、江戸時代に禁じられていた海外渡航が解禁された1886年以降に海外(南洋の島々)に渡った日本人の姿が描かれる。
一人は山口百次郎。1879年に山形県に生まれ、サイパンに渡り住み、料亭「よか桜」を開業した日本人。
もう一人は松本金十郎。1902年に熊本に生まれ、フィリピンに渡り麻園を経営した日本人。
皆一攫千金を狙い南へ南へと渡り、一度はその夢を叶えるも、第二次世界大戦で一瞬のうちに全てを失う。
また、フィリピンのルソン島のベンゲット道路の建設にも多くの日本人労働者が関わり、その場面ではどでかいセットが舞台を横切っていく様が圧巻。
最後の「オーーーイ」の掛け声は、まさに時間と場所を超えて呼びかけていた。
その美しすぎる有様に涙が溢れる。
その声は松本さんのいる場所まで届いていたと思う。
難点を言えば、最初の場面が間延びしていた感があったのと、もう少し奈良の平城京のコンテクストに繋げられたらよかったんじゃないかとも思ったけれど、演出家不在の中、よくぞ作り上げたと思う。
本当に本当に美しくて、これが最後だなんて信じたくないけれど、とにかく素晴らしい舞台だった。
こんなことなら、もっと前から観ておけばよかったと思うけれど後の祭り。
来月には大阪の映画館で松本雄吉特集があるので、そこでいくつか観ようと思う。
本当に美しいものを観せていただきありがとうございました。
この公演は24日まで。当日券あるそうなのでぜひ。こちら。
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