「絵画の自意識 初期近代におけるタブローの誕生」by ヴィクトル・I・ストイキツァ

「影の歴史」に引き続きストイキツァの著書。
この本は残念ながら絶版になってて、調べたら英語版までも絶版。。。
ものすごくおもしろかっただけに非常に残念。
ストイキツァの本はほぼ間違いないかも。

で、読みながらメモのようにして書き出してたらとんでもなく長くなったのでご興味のある方はどうぞ。。。

この本のおもしろさは、スタートとゴールがまず最初にはっきり明言されてるところ。
すなわち、ルターの宗教改革に端を発する聖像破壊が勃発した1522年から、アントウェルペン(なんでアントワープって表記しないのかな?)の画家コルネリス=ノルベルトゥス・ヘイスブレフツ(長)がタブローの裏面を描いた1657年の間という超具体的な年代を示している。
つまり、これまで絵画の主題であった宗教画の地位が揺らぎ始めた時代から、絵画は絵画としての自意識を獲得していく様がこの本の中で描かれているのです。
それまでは、あくまで絵画は絵画にあらず、それは映画のスクリーンのようなもので、キリスト教の教義やエピソードを伝える伝達手段でしかなかったものが、ここに来て一変します。
第一部ではまずアムステルダム出身の画家、ピーテル・アールツェンの「マルタとマリアの家のキリスト」(1552)からスタートします。こんな絵
この絵は本当に変な絵で、見れば見るほどわけがわからなくなってきます。
まず前景には今で言う静物画のように様々なモチーフが描かれ、その後景には聖書の一場面が展開しています。
今で言うって書いたのは、この当時、静物画というジャンルがそもそもなかったそうです。
なのであくまでアールツェンはこれを宗教画として描いている。
でも、その肝心の場面が奥の方で、それこそ「たまたま」描かれているように見えます。
というか、もはや静物画の中のメタ絵画のようにすら見えます。
ストイキツァによると、この絵はさらに厨房に飾られていて、現実の食べ物と絵画の中に描かれている食べ物とがリンクし、あたかも現実空間とつながるかのような設定になっているというのです。
さらにこれを進めていったのがベラスケスの同タイトル(1619-1620)のこの絵
ここまで来ると完全にメタ絵画です。前景と後景全く関係なし!
そして前景の2人の人物がまた問題で、宗教画における半身像(メッツェ・フィグーレ)というのは当時無法者扱いされていて、伝統的には人物は全身が入らなければならなかったらしい。
この半身像のパイオニアがなんといってもカラヴァッジョ。あまりに有名な「聖トマスの不信」「病めるバッカス」なんかがそうですね。
カラヴァッジョの後継者の一人、ピーテル・ファン・ラール(通称バンボッチョ<なんでや)がさらにそれを押し進め、こういうあからさまなフレーミング絵画を当時揶揄も込めてバンボッチャータ風とか言われてたそう。
このフレーミングという概念がさらに絵画の自意識に拍車をかけることになります。
それ以前アルベルティが、遠近法の隠喩として絵画を開かれた窓と表現しましたが、バンボッチョ以降、その窓は同じ窓でも場面をフレーミング(切り取る)役割としての窓と化します。
この辺から絵画がおかしくなってきたんだと僕は個人的に思うんですが、まさにその起源をついてきていてのっけからまたまた引き込まれました。
この章の最後に紹介されたベラスケスの「ムラートの少女」(1618)はすごくて、宗教画の場面は描かれているものの、ほとんどおまけ。笑えます。こちら
そして次章では、ついに聖像もいなくなり、静物たちが主役の座を奪い始める過程が描かれます。
元はそれらの絵は、聖像画の裏面に描かれていて、裏返してトロンプロイユのように使われていたそう。
そこから静物画、さらには風景画へと絵画はその道を歩んでいくわけです。
ところでこの「静物画」という言葉。この章でも触れられていますが、国によって色々呼ばれ方が違うのが中々おもしろいです。ここで詳しく書かれてますね。
この本読んでると知らない単語がいくつも出てきて、その度調べるので中々進まないですがすごく勉強になります。てか今までが不勉強すぎでした。
壁龕ってなんて読むねん!みたいな。答えは「へきがん」。当時の建築によく見られた壁の凹み。ここに祭壇とか色々飾られていたわけです。ニッチとも呼ばれるみたいです。
さらに章が進むと今度は風景画の問題。
風景を切り取る機能としての絵画が登場します。
しかもそれまでせいぜい等身大のトロンプロイユとして逸脱しだしたものが、さらにサイズも無視して、「風景画というもの」として自立するようになる。ストイキツァはこれを「自伝的」要素とよんでいる。
ここで出てくる絵がまた衝撃的。ヤン・ポルセリスの「嵐」(1629)。こちら
このあたりから絵画のフレーム(額縁)の問題が生じてきます。
このポルセリスの絵なんかは、すでに額縁が絵の中に登場しているような形。
さらに絵画の中の空間が複雑になっていき、ヤン・ステーンの「目覚め」サミュエル・ファン・ホーホストラーテンの「廊下の眺め」(1662)、さらに同作家の「三つの部屋越しの眺め」(1658)なんかが登場してきます。
しかしこれ以前にも額縁の絵画への介入は行われており、ヤン・ホッサールトの「ブルゴーニュのジャクリーヌの肖像」(1520)なんかに顕著。人物が絵から飛び出しているよう。
さらにさらには大御所レンブラントもこの問題に積極的に取り組んでて、彼は額縁だけに留まらずカーテンまで描いちゃってます。「聖家族」(1642)は、まず聖書の一場面を市井の人々によって構成してる時点でラディカル。そして額縁とカーテンですね。どこまでが現実のものでどこまでが絵画なのかがわかりません。
しかもレンブラントは彼の署名をカーテンがかかる手前に書いている。つまりこれは、場面として描かれているのではなく、カーテン越しに見たレンブラントの作品を描いているとのこと。。。すごい。
そしてカーテンを使って別のアプローチをしたのがニコラス・マースの「立ち聞き女」(1655)。こちらではカーテンによって覆われている部分が見えない上に、そこで何かが行われているような演出まで施されていて、観客をはっきり意識し、絵画の中へ誘い込もうとしています。
絵画の現実への介入がより一層激しくなるのです。なんだか現代美術の息吹をこの時代から感じさせますね。すごい。

第二部第四章では、イコン画が登場。ここで驚きなのが、ストイキツァが嵌入(inset)と呼ぶ、アッサンブラージュのように、絵の中に別の絵を嵌め込む方法が登場します。正確にはタブローの中にイコンを嵌め込む、ですね。ここではタブローとイコンがはっきりと分かれます。
当時「タブローータベルナクル」と呼ばれる手法があり、新しい絵の中に古いイコンをそのまま嵌入することで、その額縁までもイメージに取り込むという、究極のメタ絵画が宗教という枠組みの中で誕生しました。典型的な例として、ルーベンスがサンタ・マリア・エ・グレゴーリオ聖堂に描いた「ヴァッリチェッラの聖母の崇拝」(1608)の制作エピソードが語られます。
しかしこのメタ絵画はさらに宗教の枠組みからも外れ、いよいよ別の道を歩み始めます。
それが「花輪の聖母」といわれる、当時一世を風靡したモチーフでした。
はじまりはヤン・ブリューゲル(父)とされ、花輪が描かれたキャンバスにフレーム付きの聖母子の絵画が嵌入されるというもので、重要なのは、ここでの聖母子は、聖性を帯びたイコンではなく単なるモチーフとして描かれている点。さらにはこの最初の「花輪の聖母」に至っては、聖母子を描いたのはブリューゲルではなく、ブリューゲルによって雇われた別の人物(ヘンドリック・ヴァン・バーレン)であり、ブリューゲルはあくまでその周りの花輪を描いたのみ。しかもその聖母子を描いたバーレンが得た収入は12フィリッポに対し、花輪を描いたブリューゲルは248フィリッポも得ている。もはや聖母子はおまけというわけ。
ここでは、絵画の内容よりもそのモチーフに重点があてられています。
その背景には、この時代に登場し始める大コレクターの存在が大きい。そして今でいうギャラリーというものが登場するのですね。
彼らのギャラリーの様子はルーベンスらが描いた「視覚の寓意」(1617)などを見ればわかります。
そしてここにも「花輪の聖母」の絵が描かれていて、この絵の中では、画中画ならぬ、画-中-画-中-画というメタメタ絵画まで登場。。。もはやわけがわかりません。
そしてこの絵画中に登場する絵画が別の絵画の誕生のきっかけを作ったというエピソードまであり、絵画が絵画をモチーフにするという構造までできあがります。
この大コレクターたちの勃興は、やはりそれまで画家のパトロンであった教会の権威が、16世紀に起こった宗教改革により失墜したことが大きいでしょう。
その辺りに関して続く第五章では語られています。
ここではプロテスタント側の主張する偶像の否定が今後の美術を大きく揺るがしていくことになります。
中でもカルヴァンが語ったこの言葉はすごい。
「描いたり彫ったりできるのは、せいぜいのところ眼に見えるものだけである。神の威厳は眼で見ることはできないし、邪悪かつ無様な雑煮よって汚されてもならない。合法的に表象できるものに関して言えば、それには二種類ある。第一の種類には歴史が、そして第二の種類には、ほかにいかなる意味も持たない木、山、川、人物像が含まれる。第一の種類は教訓を与え、第二の種類は快楽しかもたらさない。」
この言葉どこかで聞いたことありませんか。
そう、近代絵画の父、クールベが語った言葉に非常によく似ている。
彼は、妖精など絵画に含まれる寓意をいっさい否定しましたが、まさに合致。
この言葉がすでに16世紀に語られていただなんてすごいです。
その後の章は主に愛好家のコレクションを見せる陳列室を描いた絵画の考察になります。
前述の「絵画の寓意」しかり、アドリアーン・ファン・スタルベント作とされる2枚の「愛好家の陳列室」、そしてウィレム・ファン・ハーストによる「コルネリス・ファン・ヘースとの陳列室」(1628)などが挙げられます。
メタ絵画の極地とも言えるこれらの絵は、17世紀初頭から増え始めます。
これらは、愛好家たちの栄華を見せつけるとともに、彼らの所蔵作品のカタログの機能も有していたというのはおもしろいですね。実際これらの絵の中にある絵画たちは実際に愛好家たちのコレクションとして存在する絵ですからね。
あとは、この時代にプロテスタントの聖像破壊が行われ、本来絵や彫刻が置かれていた教会から一気にそれらがなくなり、陳列室という形でそれらの場所が見いだされたというのもおもしろい。
教会内から装飾がなくなっていく中で、愛好家の陳列室は壁も見えないほどに満たされていく。
ここらへんから、博物館・美術館の芽生えを感じますね。
それにしてもこれらの小さな図版から、さらに中の絵についても言及していくので、探しながら読んでいくのに目がしばしばしました。。。

第三部ではまずデカルトから始まります。この時代、科学的にも相当色々解明されてきて、人々が自分たちを客観的に捉え始める時代でもあったことがうかがえます。つまり近代という時代が幕を開けようとしている時代です。その急先鋒がデカルト。「我思う、ゆえに我あり」ですね。
それに呼応するかのように、絵画も自分たちを客観視して捉えるようになってくる。
様々なジャンルの絵画が生み出された16世紀から、これまたその絵画が飾られる空間自体を自身の中に取り込んだ「室内画」というジャンルが隆盛を極めます。
その中での究極の終結点がなんといってもフェルメール。
彼の絵はこの第七章の中でさんざん取り上げられます。
彼の絵を見ていると、入念に仕込まれた室内のあらゆるディテールに驚かされます。
よく見ていくとフェルメール絵画における人物は、まるでその周囲の添え物かのような印象すらあります。
ここで取り上げられるのは「秤を持つ女」(1662-1663)「絵画芸術」(1665)「恋文」(1667)、そして「スピネッタを弾く女性」(1660)
ここで問題とされるのは、画中画、地図、鏡です。
画中画はこれまで散々出てきましたが、新たなキーワードとして地図が出てきます。
地図はこの大航海時代において、一気に発達した「平面」です。
絵画とも違うこの平面は、特にオランダ絵画にたくさん登場します。フェルメールの「恋文」、「絵画芸術」がそれにあたります。さらに、現在東京で展示中の「手紙を読む青衣の女」も加えることができるでしょうね。
フェルメール絵画の特徴は、なんといっても奥の壁にあります。
そこに様々なメッセージが貼付けられていて、画中画でさえ、それは絵の中の絵として描かれているのではなく、画中人物の心象風景のように描かれているのがおもしろいです。
地図といえば、最も象徴的な絵、エル・グレコの「トレドの景観と地図」(1610-1614)が挙げられます。
これがまた問題作ですね。。。シュールすぎてわけがわからない。。。
そして鏡は、絵画それ自体と例えられるぐらいの存在。その鏡が絵画の中でいかに機能したかが記述されます。
フェルメールの「スピネッタを弾く女性」の鏡にはなんと画家のイーゼルが映っている!
絵画自身が描かれていることに対して意識的であることの証明です。
鏡はヤン・ファン・エイクの時代から現れますが、17世紀になると、こうして絵画が絵画であるアイデンティティを指し示す為に使われたりするわけです。
次章では、この近代的自我と「自画像」の登場を重ね合わせていきます。
まずストイキツァは自画像を4つのパターンに分けます。
「テクスト化した作者」「仮面をつけた作者」「作者ー訪問者」「画中にもちこまれた自画像」
しかしこれらのパターンは、まだ画家が画中に紛れ込んでいるだけにすぎない。
というのも、この時代、あくまで絵画というのは注文主がいて初めて成立するものであって、画家自身を描いた自画像が注文されるわけもなく、それでも自己を投影したかった画家たちは、自身を絵画に紛れ込ませる、あるいは署名の代わりとして描いていたというわけ。
しかし17世紀になってくると、画家たちが著名人として扱われ、自画像にも注文が訪れる時代がやってくる。
ここでおもしろいのが1650年に描かれたプッサンの自画像のエピソード。
最初、この作品は、あくまで画家の肖像画として依頼され、プッサンは他の画家に描かれる、つまりモデルとして頼まれた依頼だったにも関わらず、その肖像画家に描かせるのはいやだと、自分で描いて、結果自画像になったという話。うーん。
この絵には、背景として彼の作品たちが現れていますね。さらには、直近のキャンバスには銘文(レザンドリの画家ニコラ・プッサンの像、56歳、ローマの聖年1650年)が書かれており、そのキャンバスが、この自画像が描かれるキャンバスであることを示しています。メタ構造すごい!
さらにさらに、ここに自分の影が投影されてるんですが、これは「影の歴史」でも取り上げた問題にも直結しますね。
ストイキツァはこの絵を自画像ではなく「生きているプッサン」そのものと位置づけます。
続いてアンニーバレ・カララッチによる「イーゼルの上の自画像」(1604)が登場しますが、これもまたすごくて、「自画像のイメージ」を描いている。これまたメタ構造ですね。
このようにして17世紀の画家たちは、自身やその絵画をも静物モチーフとし、「作品」と「制作行為」を同時に提示しようとする、両立不可能性こそを主題としてきました。
さらには画家は、その絵が描かれようとしている状況(制作シナリオ)までも表象化しようとします。
ヤン=ミーンセ・モレナールの「アトリエ風景」(1631)では、描かれた絵とそのモデルたちが描かれています。まるで今まで画家がそこにいたかのような風景です。
ヨハネス・ヒュンプの「自画像」(1646)に至っては、自画像が精製されるその制作シナリオを描いています。もはやホラーです。。。多角形の鏡から矩形の描かれたタブローへ、そして丸い実際の画面へと至る道筋は見事ですね。
これらが描かれた1620年から30年(あるいは1646年)を、ストイキツァは「制作シナリオ確率期」とし、いよいよおでましする、メタ絵画の達成への道筋に光を照らし出します。
すなわち、ベラスケスの「ラス・メニーナス」(1656)とフェルメールの「絵画芸術」(1665)の登場です。
もういつ出てくるんだろう、と待ちわびていた感のある「ラス・メニーナス」。ここに来てこの本の主題はさらに拍車を増す感じがすごいです。
もはや説明不要なこの名画ですが、残念ながら目新しい話は出てきませんでした。
それでも、ここまでメタ絵画の肉付けを丹念に行ってきて、この名画にたどり着く感じは、読者としても感慨深いものがあります。
さらにフェルメールの「絵画芸術」。彼の作品の中でも最も批判の多い、「信仰の寓意」との対比で書かれているのが印象深いです。すなわち、絵画の中の作者の在/不在がこの2点の絵画を並べると非常に際立つというお話。「絵画芸術」は、やはりそこに描かれている画家の存在があまりに大きいですが、その向こうにあるモチーフは、「信仰の寓意」に負けず劣らず寓意に満ちた風景です。
さらに「ラス・メニーナス」と並べることで、このスペインの名画の構造(作者はこちらを向き、絵画は裏を向いている)と「絵画芸術」の構造(作者は後ろを向き、絵画はこちらを向いている)の明暗がくっきり分かれています。
この2点は、これまで本書が描き出してきたメタ絵画の到達を表していて、これらの絵画が、スペインとオランダという、当時の芸術の「王道」であったイタリアからの周縁地域(ローカル)で発生したことは非常に示唆に富んでいます。
そして、いよいよ最終章「裏返しのタブロー」です。
この最終章は一人の画家に捧げられます。すなわちコルネリス=ノルベルトゥス・ヘイスプレフツに。
彼はアントウェルペン出身の画家で、ドイツ、オランダ、デンマークへと渡ります。
彼は様々な絵画実験を行いますが、とりわけ、絵画のはがれかけた絵画(「ヴァニタース」「『ヴァニタース』のあるアトリエの一角」(1668)など)では、絵画の表皮を剥ぐような、大胆な画面を描き出します。
そして、その到達点であり、このメタ絵画時代の終焉でもあり、本書のクライマックスである絵画が描かれます。
それがこの章のタイトルにもなっている「裏返しのタブロー」(1670)です。
ついに、画家は絵画の裏側を表象してしまいました。
そこには、あるはずのものがなく、ないはずのものがあるというメタ絵画の頂点を見いだせます。
「無の礼賛」。
アールツェンから始まった、メタ絵画の旅は、自己の存在、自己の無についての意識を獲得することでその終止符を打ちます。

終止符と書きましたが、この自意識の系譜は現代美術にも脈々と、というより、むしろ前衛として活躍中で、自己陶酔の域まで達しているように思えます。
この自己陶酔状態は、決して芸術の将来に良い影響をもたらすとは考えづらく、僕は個人的には、この16世紀に始まった「絵画の自意識」は芸術の過ちの始まりだと位置づけています。
それまでの「正しい」芸術のあり方をもう一度真剣に考え直す必要があるのではと思うんです。
なんだか、アダムとイヴがリンゴの実をかじってエデンを追放されたという原罪の物語をこの本を通して感じていました。
今の関心がそういうところにあるので、この本はまさにドンピシャ!
おかげでこんなに長くなってしまった。。。
ストイキツァは図版の使い方が非常に的確で、読んでいてドキドキさせてくれる希有な美術史家だと思います。
本書の130もの図版を、巧みにテキスト化していく様は読んでいて痛快。
これでもかこれでもかと繰り出されてくる技の数々に酔いしれました。
絶版なのが本当に悲しいです。ぜひ復刊を!こちら
次回は「ピュグマリオン効果」です。
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ジャンル : 学問・文化・芸術

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