1日だけの展覧会『ハガキ』展 @ 信濃橋画廊

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信濃橋画廊の最後の展覧会に行ってきました。
やはり関西に活動している作家の端くれとしてこれは見とかなあかんかな、と思って。
1965年の開廊以来45年。
その別れを惜しむ人々で会場はごった返してました。
この展覧会は彫刻家の福岡道雄さんを初めとする有志の作家たちが、方々に往復はがきを送り、思い思いの表現をして送り返してもらうというもので、340人分ものはがきが展示されてました。
中には具体の元永定正や森村泰昌、椿昇、榎忠、植松奎二、河口龍夫等々錚々たるメンツ。
おもしろいのは、美術家だけじゃなくて、コレクターの田中恒子さんやジャーナリストの小吹さん、太田垣さん、森口まどかさんなんかもはがきを寄せていました。
どれもがオーナーの山口勝子さんへの感謝と労いで満ち溢れていました。
それだけ愛された画廊の閉廊。やはり寂しいものがありますね。

今やこうした貸画廊の存在は年々価値が薄くなっていっています。
そもそも貸画廊って回ることほとんどないですよね・・・。
たまに知人が展覧会やってる時に少し顔を出すぐらい。
信濃橋も実際数回行ったことがある程度でしたし。
学生の時は毎週毎週雨の日も風の日も春夏秋冬回ってたんですが。
ここ5年ほどで日本のアートシーンも随分様変わりしたものです。
それまでのアートシーンといえば、やはり貸画廊が中心でした。
今活躍している40代以降の世代はほとんど貸から成り上がってきた人たち。
森村さんもギャラリー白や16からだし、ヤノベさんややなぎみわさんもギャラリー虹から。
この信濃橋画廊からも多くの作家が世界へ羽ばたきました。
奈良美智さんなんかもここでグループ展をしたことがあるそうです。
学生にとって貸画廊で展示を行うことは、評価云々より、その経験がとても重要です。
やはり、展示の現場で学ぶことは大きく、僕も学生時代は何度かお世話になりました。
20歳の時に大阪の画廊でやった初個展は今でも僕のマイルストーンです。
(そしてその画廊も今はありません。寂しい。)
関西は特に料金もそこまで高くないので、学生でもバイト頑張ればなんとかやっていけます。
昔学生の頃、銀座の画廊回ってる時に、オーナーから「よかったら」と言って賃貸規約の紙を渡されて見たら、一週間30万円ってなってて即捨てた記憶があります笑
東京の学生ってどうやって展覧会やってるんやろ・・・。

今回の信濃橋の閉廊はひとつの時代の終焉を物語っていました。
こうした貸画廊の活動を、はいさようならと捨て去るのではなく、日本のアートの歴史の詰まった重要なアーカイブとしての役割を今後は担っていく機関としてあってほしいなと思います。
山口さん、45年間お疲れさまでした。

ついでに12月26日をもって、サントリーミュージアムも閉館しました。
関西のアートシーンは京都以外どんどん寂れてきてますが、なんとか頑張ってほしいです。
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