schtucco x 鈴木理策 @ PANTALOON

12月24日に行われたschtuccoと鈴木理策さんのトークに行ってきました。
クリスマス?何それ?
というかこの日にイベントを打ってくるパンタロンさん素敵すぎます笑

schtuccoはグラフィックのデザインチームです。
聞いたことない方もおられるかもしれませんが、彼らの手がけた仕事を見ればどれも一度は目にしたことがあると思います。アートや建築の本やチラシなどを中心に活動しておられます。
詳しくはschtuccoのウェブサイトで>>http://www.schtucco.com/
この度中心メンバーの秋山伸さんと堤あやこさんが第一子ユニ君の誕生を機に、schtuccoを解散し秋山さんの故郷でもある新潟に帰ることになり、その道すがらを大きく迂回し大阪のパンタロンで最初で最後となる展覧会「お引越しとお葬式」を開催するに至りました。随分と迂回しましたね笑
この展覧会では、彼らの仕事はもちろんのこと、なんとギャラリーに一家3人がこの一ヶ月程実際に生活しておられて、その生活の様まで見せてしまってます。
ギャラリーにテントを張って、ユニ君の紙おむつや洗濯物、病院の診断書等も展示しています。
改めて、彼らの仕事はどれも目を惹くものばかりだし、数年前のものでも、たとえその本や展覧会を実際に観たことがなかったとしても、そのグラフィックだけは覚えてたりします。
膨大に流れてくる情報の中で、記憶に残るデザインというのは単純にすごい。
そしてそれが本当に製品になって存在しているという説得力がありました。
グラフィック門外漢でも十分楽しめる展示でした。

そしてトーク。
展覧会中何度かトークイベントやってますが、自分が今写真作品を作りは始めてることもあって、鈴木さんのが気になったので行ってきました。
鈴木さんとschtuccoの仕事は青木淳さんの青森県立美術館の本がきっかけ。
元々青木さんとschtuccoがこの前の青木さんの作品集の仕事をしていて、その時に鈴木さんのサントヴィクトワール山を撮った写真が素晴らしいという話をしていたそうです。
そして青森県立美術館が出来た時に是非撮って欲しいと依頼したのが鈴木さんだったとのこと。
実際に鈴木さんの撮ったその写真はいわゆる建築写真とは違います。
ピントがぼけていたり、雪をメインで撮っていたり、建築というより空気を撮っている感じ。
改めて見ると素晴らしい写真ですね。
なので、これらの写真は資料としては不向きなんですよね。
それでも青木さんは鈴木さんにどうしても撮ってもらいたかったんだそう。
実際その後もその写真を他で使うことは一切ないようです。すごい。
日本の建築はどうしても寿命が短く、写真の方が遥かに寿命が長い。
本来は逆だと思うんですがね・・・。ヨーロッパとか1000年以上の建物いっぱい残ってるのに。
西沢さんの本にもありましたが、やはり日本は特異な状況ですよね。
鈴木さんがある建築家に聞いたところ、建てる際にその建築の寿命を30年と設定しているんだとか。
30年・・・。あまりに短かすぎる・・・。人の人生より遥かに短いですね。
それでも写真の寿命ってどうなんでしょうか。
写真が登場してまだ200年も経っていません。
そして今になってデジカメというものが登場して、ものとしての写真の寿命は危うくなっています。
実際にカメラ業界は、印画紙を始め、様々な製品から撤退しています。
今アナログカメラを取り巻く状況は非常に厳しいです。
手焼きでやろうにも、まずラボが日本では東京に数件残るのみ。
鈴木さんも昔使っていた印画紙が生産中止になって、もう使えないと言ってました。
そりゃ効率的にも環境的にも手焼きは本当に手がかかります。
それでもどんなにデジカメの解像度が上がろうが、フィルムの解像度には到底かないません。
鈴木さんの作品を見ているとわかりますが、凄まじいディテールなんですよね。
特に滝を写した写真なんかは、水面に映る像がひとつひとつ鮮明なのは驚愕。
また、雪の作品も、あの微妙な階調は、中々プリントでは出ません。
手で焼いて微調整を加えることで、あの白の奥行きが出てるんですよね。
プリントに置いても、印画紙でのプリントと、デジタルデータによるプリントでは性質が違います。
デジタルプリントはあくまで紙にインクが載っているという物理的なもの。
一方印画紙は、化学反応なんです。
暗室の中で現像液に浸した時に徐々に浮かび上がってくる像。
あの感覚はやはりゾクゾクします。
鈴木さんの写真にはアナログの限界に挑戦してるところがあります。
アナログカメラだと単純にフィルムを介するので、コスト的にもリスクを背負っている。
シャッターを押す時はその緊張感も含みながら押すことができる。
でもデジカメだとデータを保留しているという感覚で、そこに写真家の確固たる決意のようなものをどう表現するのかを、これからデジカメで写真を作る人間は考えないといけないと仰ってました。
また、写真を選ぶ際にも、例えば森山大道は、コンタクト(すべてのネガを焼いたプリント)は作らず、暗室の中でネガの状態でパッと選んでいくんだそう。像の焼き上がりの状態がわからないまま選んでるので、そこに恣意的な意味を含ませずに済むという方法論ですね。彼の場合は撮影の時もパッと目に入ったものをどんどん撮っていくので、その方法を暗室の中でも行っているというわけ。
デジカメだとすべてが鮮明なので、やはり選ぶという作業が重要になってきますよね。
またレンズの話もしていて、90年ほど前に作られたドイツのレンズが鈴木さんのお気に入り。
ボケの美しさが他と全く違うんだとか。
実際それで桜のシリーズは撮っているそうです。
今のレンズは、できるだけクリアな像で写せるようになっていて、ボケが美しくないそうです。
ボケはあまり良くないイメージですが、鈴木さんの場合は、そのボケによって観客の視線を写真の上で彷徨わせることができる最高の機能とのこと。
失われていく技術。この先どうなっていくんでしょうか・・・。

他にも鈴木さんの写真論の話をたくさん聞けました。
意外だったのは、鈴木さんは写真を動画のワンカットのように撮っていること。
僕は彼の写真は圧倒的なストップモーションで見せてるんだと思ってたんですが、動きが重要なんだそうです。
確かに鈴木さんの写真は、同じような写真でも少し場所がずれていたりします。
この身体の移動によるロードムービーのような位置づけみたいです。
映画がすごく好きみたいで、特に成瀬巳喜男が好きと言ってました。
また、できるだけ写真の前では自分を消したいという話もしていました。
ただその風景がある、みたいな。撮っていると思われたくないという話。
それって写真だけでなく、すべての表現者が共有できる感覚だと思います。
作りたいんだけど作ったと思われたくないという矛盾。
これって一般的に理解できる感覚なんでしょうか・・・。
鈴木さんのシャッターを押す瞬間の話がおもしろくて、彼は何かを撮るときに周囲の音を聞いているそうです。例えば鳥がさえずった瞬間にシャッターを押すとか、枝がこすれた時に押すとか、できるだけ自分でタイミングを計らないようにしているんだとか。
それで像が特に変わるものでもないし、あくまで精神論だけど、すごくわかるなぁと思いました。
何か自分の外のものでルールを決めたいという欲求。
だからといって、まったくそこに自分を消したら監視カメラでもいいという話になるわけで。
鈴木さんは自分の故郷である熊野を撮っているわけだから、やはりそこには鈴木さんの血と肉があるわけですよね。だからこその魅力ってのもあるのでそのバランスが難しいところ。
実際鈴木さんも、そこに自分がいることが重要とも言ってましたしね。矛盾笑

さて、長くなりましたが、トークの主題は、実は写真集の話。
schtuccoと鈴木さんは写真美で行われた「熊野雪桜」のカタログでコラボレーションしました。
美術館の限られた予算の中からクオリティの高い写真集を如何につくり出すか。
schtuccoとしては、鈴木さんの横の写真をどう配置するかに苦労されたそうで、綴じの部分でイメージが歪まないように開きを如何に良くするかに心血注いだそうです。
何気なく本って見てますが、その何気なく見れるって実はすごいことなんでしょうね。
確かに開きの悪い本はストレスたまりますしね。
ましてやイメージを見せる写真集は余計気を使うべきなんだろうと思います。
そして、鈴木さんの恐るべき写真の濃淡をどうプリントで再現するか。
特に雪の写真の白の階調はちょっと手を抜くと簡単に飛んでしまうほどの微妙さ。
プリントに置いて、薄いグレイほど難しい色はないんだそうです。
それをCMYKで再現するには、それぞれ1%動かすだけで全然違う色になってしまう。
だからといってモノクロで再現すると色の奥行きがなくなってしまう。
かなり微妙な操作がなされていることを知りました。
また、鈴木さんの写真構成にはびっくり。
やはり映画を意識して作っていて、写真のシークエンスがとても重要。
そのシークエンスをいかに見せるかに重点が置かれていて、その為なら、以前の写真を引っ張り出してくることもあったり、びっくりしたのが、写真を上下逆さにしてたりする。
これには度肝抜かれました。。。
鈴木さんは、作品の天地は全然気にならないんだそうです。
逆でも見れるならそれでよしというわけ。
本は空間だという考えで、その配置には相当なこだわりがあるみたい。
やっぱり、写真作品と写真集の関係って微妙で、例えば絵画や彫刻は、もうメディアが違うわけだから、単純にカタログとしての情報であればいいみたいなところがあるけれど、写真はカタログでも写真(イメージ)として提示されるわけだからそこをどう処理するかはかなり難しいと思います。
それでも日本の写真集のレベルは世界でもトップクラスだそう。
海外の写真集はカタログ的な位置づけのところが多いみたい。
だからこそ日本の写真は強いのかもしれませんね。取り巻く環境って大事。
写真集を1ページずつ繰りながらのお話。
なんか改めて写真集というものをじっくり見たくなりました。
こういう切り口のトークって新鮮。とても楽しかったです。
ちなみにこの画集は僕も持ってますが、すばらしい本です。おすすめ。
青木さんのやつも欲しくなってきた・・・。美術館自体は好きじゃないけど汗

 
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