長谷川裕子「3Mから3Cの移行の時代にあたって」@京都大学百周年記念ホール


京都大学で行われた長谷川裕子さんの講演会に行ってきました。
テーマは「3Mから3Cの移行の時代にあたって」。
さすが長谷川さん。わけがわかりません。
そのわけわからなさを孕んだまま講演会スタート。
まず冒頭は長谷川さん自身の経緯から。
長谷川さんって京大出身なんですね。というか関西の人ってのが驚き。
僕自身長谷川さんの話を生で聞くのは初めてだったんですが、すごく機知に富んでてユーモアもあり大変聞きやすかったです。そのあたりはやはり関西人の血が入ってるんやなって。
メディア等でお見かけする長谷川さんはよくそんなすらすら言葉が出てくるなっていうマシンガントークが印象的で、とっつきにくそうなイメージがあったけど、実際にレクチャーを受けてそのイメージは払拭されました。母校ってこともありリラックスされた様子ってのも大きかったのかな。まあ、実際マシンガントークでしたが笑
長谷川さんは京大では法学を学ばれていました。そこから自分には合わないと感じ元々好きだったアートの道に転向。大学院は東京芸大の美術研究科で学ばれました。
その後ホイットニー美術館の研修での経験が今のキュレーター人生に大きな影響を与えたのだとか。
当時のNYは不況下でショッピングバッグレディと呼ばれるカバンに生活のすべてを詰め込んだ女性たちがあふれました。彼女たちは必ずしもロウワークラス(低所得者)ではなく、教育もそこそこ受けた人々も含まれていたようです。そんな人たちが日々集まっていたのがMoMAのカフェで、当時いつ行ってもカフェは彼女たちに占拠されていたそう。その時の美術館の役割というものに長谷川さんは大変興味をもたれました。不況下のNYでは街中の治安が荒れ放題で、女性が一人で歩こうもんならたちまち襲われてしまう。そんな状況の中で美術館が彼女たちをかくまうシェルターになっていたのです。美術館というのはヒエラルキーの消失した「何でもない場所」であり、その「何でもない場所」は必ず生活に必要な場所だと確信します。そこから彼女は市民が気軽に集まれる美術館を作りたいという夢を持つようになり、金沢につながっていくのです。
そういう意味でポンピドゥーセンターの例も挙げられてました。当時あの美術館のあり方というのは画期的でした。というか未だにその革新性はまだまだ先を行ってる気がします。あの美術館には市民図書館が含まれていて、日々の入場者の6割が市民による図書館利用によって占められています。ポンピドゥーの登場は「開かれた美術館」という新しい美術館のあり方を世界に提示した最初のモデルです。これが30年以上も前のお話だなんてすごいことだと思います。
それから2001年に長谷川さんが総合コミッショナーを勤めたイスタンブールビエンナーレのお話。このビエンナーレはあの9.11の直後に行われたビエンナーレでした。あの事件の後、ビエンナーレの中止がささやかれました。あの直後のムスリムへの攻撃は凄まじく、当時アメリカは彼らの入国を頑なに拒否し、ビエンナーレを手伝っていた学生の中にもアメリカで留学予定だったにも関わらず入国拒否されて未来を閉ざされた若者が数多くいたそうです。そんな中でのビエンナーレ開催の危機。学生たちは長谷川さんに訴えました。
「これは僕らの誇りなんだ。だから決して中止だけはしないでほしい」と。
その言葉を聞いて長谷川さんはハッとさせられたそうです。つまり文化は彼らにとって誇りであり、唯一の窓になりうるのだと。その言葉を聞いてなんとしてでも開催しなくてはならないと確信し、努力の末に開催に至ったそうです。
このビエンナーレではトルコという、西洋と東洋のぎりぎりのラインにある国の面白さをビエンナーレに反映させたいというのが長谷川さんの当初からの想いで、このビエンナーレのテーマは’egofugal’という造語に至りました。egoは自我、fugalはラテン語の中心から拡散するという意味の言葉で、一極集中的に物事を考えるのではなく、むしろ多様性の可能性を示唆するタイトルでした。これは唯一神を崇めるキリスト教やイスラム教、ユダヤ教への皮肉とも捕らえることができ、奇しくもこの9.11へのメッセージにもなったんじゃないでしょうか。仏教やヒンズー教のような多神教的のたおやかさこそが21世紀に求められる考え方であり、新たな主体のあり方と個人と共同体の関係性をこのビエンナーレで提案したと長谷川さん自身おっしゃられてました。
さて、ここからこの講演会の謎のタイトル3Mと3Cにつながります。
3Mとは…Man(男性中心主義)、Money(資本主義)、Materialism(物質主義)
3Cとは…Co-esistence(共生)、集合知(Collective-intelligence)、Consciousness(意識主義)
言うまでもなく、3Mは20世紀的思考で3Cは21世紀的思考ですね。
長谷川さん曰く、とりあえずMとCがついてりゃなんでもよかったそうですが笑
ここで重要なのはフレキシビリティ。柔軟であるということ。先にも書いたたおやかさですね。裾野の広がり。
あと、集合知というのは、長谷川さんが東京現美で行った「Space for your future」におけるジャンルのクロスオーバー。あらゆる専門家が集まり知識を共有することでひとつのクリエーションが生まれるという考え方。デザインの分野ではそれが当たり前ですが、アートの世界ではまだまだ遅れた考え方で、未だにアートは個人のものであるという信仰のようなものが崩れてないですからね。といってもやはりアートは個人の考え方で成り立つからおもしろいんだと僕も思います。その考えに賛同する人々が結集してひとつの考えに向かっていくという方法論で行けばアートにおいてもこのクロスディシプリンは有効だと思いますが、集合になるとやはり各人の利権とかが生じちゃってアートの世界ではまだまだ難しそう。それをもっともラディカルに実践してるのがオラファー・エリアソンなんでしょうが、彼も最近の作品にはブレを感じざるを得ません。ここは慎重に進めていくべき考え方だと個人的に思ってます。そして、ジャンルという領域を崩すことでおもしろさがにじみ出てくるのであれば、そもそもその境界線をなくしてしまっては意味がなくなると思います。やみくもに領域をクロスオーバーする考え方にはちょっと賛同できないなーと感じました。
講演会の中で、他に印象的だったのは、やはり日本における文化力の弱さに対する長谷川さんの危機感です。文化に関わってるすべての人はこの危機感を感じてると思いますが、やはり第一線でそれを考え実践してる人の意見というのはおもしろいなと感じました。
そもそも日本は文化という言葉と伝統という言葉をごっちゃにしてる嫌いがあります。伝統を守ることのみに集中して、新しいものを未来に残すことに無頓着であるこの態度は明らかにおかしい。たとえば日本には数百の美術館がありますが、建築の模型やプロダクトデザインをコレクションする美術館はまだありません。ほとんどがポンピドゥーやMoMAにコレクションされて、多分気づいたときには時既に遅しで、この状態は、戦後気づけば重要な日本画や浮世絵、仏像彫刻が既に海外に流出していて、その回収に大変な労力を要した当時の状況と寸分違わないと思うんですが、残念ながらこの国は何も学んでないようです。現在進行形で生み出されているものを未来に繋ぐのは現代人に託された使命です。隆盛しだした韓国やシンガポール、香港などは既にそのことに気づいていて、次々と建てられていく新しい文化施設はそのことを念頭に置いたコレクションの方法論を展開しています。もう日本はすでに周回遅れですね。長谷川さんの実際に関わっている香港の西九龍文花地区の話なんかを聞いてより一層焦りを感じます。日本は未だにハコモノ行政から逃れられません。バブルの時代に箱だけ作って{80年代に作られた美術館の数だけでおよそ300!}、この不況で経営の存続だけに追われ、そもそもの美術品を収集し保管するという役目を果たせてない美術館の数の多いこと!もう一回全部潰して改めて数を絞って建て直したいという欲求にかられちゃいます…。
金沢を作る際、この経済の面もかなり考えられて作られたそうです。SANAAとの話合いの中で、ひとつのキーワードとして「透明性」というのがありました。これは外観を透明なガラスで覆い、外からでも中を見渡せることで、人々の関心を中へ誘う装置でもあるのです。また、無料ゾーンを設けることで中に入った後も楽しめ、さらに楽しもうと思えば有料の企画展やコレクション展に誘い込むという作戦も笑 無料ゾーンから有料ゾーンもガラスで仕切られているだけなので、一部の作品は見られ、さらに関心を引きますしね。
妹島さんがこの美術館のコンセプトを「新しいスカートを履いた時の感じに似た建物にしたい」という謎の言葉を仰られたという話は相当笑えました。フレッシュな気持ちになれるという解釈でよろしいのでしょうか笑 来館者の感想に「解放された気分になる」というのがそれなんでしょうね。展示室と展示室をつなぐ廊下を広くとってあることも重要で、そこが観客の休憩地点となって、自分のペースで作品を鑑賞できるのも魅力。
あと美術館の迷宮性に関しても言及してらっしゃいました。美術館とはそもそも迷い込む場所であってほしいという長谷川さんの考えで、これは最初の話における「どこでもない場所」という話につながりますね。実際会館当初兼六園から流れてくる何なのかわからず迷い込んでくる客とかも多数いたようで、その目的は十分達成済み。
そしてここがおもしろいところなんですが、金沢が出来てから兼六園も輝きだしたと言うお話。古いものと新しいものがお互いに影響しあう状況こそが文化力というもの。京都も金沢を見習っていただきたいものです。
そんなこんなで約二時間、飽きることなくお話拝聴しました。

ところで同じ京大内の博物館で、「物からモノへ」という展覧会が開催されてます。
これは21世紀における「もの」の新しい考え方を示唆すると共に、科学・宗教・美術といった、まさに長谷川さんのおっしゃる「クロスディシプリン」を実践したような展覧会です。
大舩さんが展示されてたので観に行ったのですが、やはり大舩さん以外はよくわからず・・・。展示の説明が明らかにお粗末で、もっと見せ方があったんじゃないか、と思わざるを得ない展示です。共有する気あんの?という気にすらなる。内容がおもしろそうなだけに残念でなりません。そもそもこの内容を説明しようとすれば本一冊分ぐらいになりそうなものをヴィジュアルだけで表現するのはかなりハードだと思います。長谷川さんがキュレーションしたらどんなものになったんだろう。
帰り際に偶然大舩さんに出くわし色々説明してもらいました笑
シンポジウム中心なので、機会があればシンポジウムへの参加をおすすめします。ちなみに16日には国立国際館長の館畠さんともの派の代表的作家である小清水斬さんと関根伸夫さんのシンポジウムがあったようです。31日まで。月火休み。

それから三条烏丸にあるneutronでは、来月僕と同じ会期で芸術センターのギャラリー北を使って展示される寺島みどりさんの展示が開催中です。すごい作品数で寺島さんの世界観がたっぷり楽しめるボリュームのある展覧会。こちらは2月28日まで。芸術センターの会期とも被ってるので是非合わせてご覧ください。

そしてそして本日23日より、河原町近くにある元立誠小学校で名前に「平」のつく作家ばかりを集めた企画展、その名も「平展」にうちのアトリエで現在展示中の泉洋「平」が参加してます。昨日一昨日と搬入やったんですが、思いのほか大変で最後はぐったりでした。その足で長谷川さん聞きにいったんですがね。スタジオの展覧会と合わせてご覧ください。どちらも今月31日まで。
平展blog>>http://hey2009.exblog.jp/i6/
studio90>>http://www.studio90.info/
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