今村遼佑展「畔を廻る」@PANTALOON

同年代の表現にとても興味がある。
僕ら80年代生まれは今まさに世に出てこようとしている芽のようなものだ。
なので、その小さな片鱗を追うのは中々難しい。
5年以内にはその中からもどんどん大きな株に成長して目につく存在がたくさん現れるんだろうけれど。今の70年代生まれの作家たちのように。
そんな中で今村君の作品は僕の中でかなり大きくなりつつある存在だ。
僕よりひとつ年上で、僕の展覧会に来てくれたことで知った作家。
作品より前に作家を知り、その後ガジェット展で見てファンになってしまった。
そして今回個展を、しかもあのパンタロンでということで行ってきた。
まずあのギャラリー独特の吹き抜けをどう使うのかと思いきや、普通に作品を置いてるだけやって、ちょっと拍子抜け。その作品というのも、パンチングメタルにたくさんの小さな歯車が取り付けられてて、すべてがちゃんとかみ合っている。その下では動く歯車がひとつ。なんで連動させて全部まわさなかったのだろう。あれはあれで合ってるんやろうか。ちょっと疑問。
他にも今村君のあのささやかな世界が表現された作品が3点ほど。
でも、本番は2階。
赤、青、黄、緑の糸が壁に張られている。
よく見るとそれらの糸は微妙に動いていて、裏には自動操作で糸を巻きとられていた。
この作品はかなりヒット。
もうずっとその糸の動きを追っていたいぐらい。
また、別塔の2階では、床に小さな光が仕込まれてたり、オルゴールがゆっくりなってたり、暗い中でささやかなものの動きを感じることができる。
どっぷりと今村ワールドを体験できたすばらしい展覧会。
同年代の関西の作家で今最も注目すべき作家の一人。

今村遼佑展「畔を廻る」
PANTALOON http://www.pantaloon.org/exhi_imamura.html
2009年2月7日(土)-3月1日(日)
水-金17:00-21:00 土日12:00-19:00 月火定休
今村遼佑website:http://www.geocities.jp/imamura_ryosuke/


FIX@元立誠小学校

京都の木屋町に廃校になった小学校を利用して展覧会やフリーマーケットをしているというのを前に聞いたことがあって、いつか行ってみたいな、と思ってたら友達から案内が来たのでここぞとばかりに行ってきた。
廃校を利用した施設としては京都には芸術センターもあるし、あの独特の雰囲気がいい。なんでも東京の吉本の会社も廃校を利用してるんですってね。
で、案の定いい感じなんやけど、この展覧会が本当にだめやった・・・。
友達が出してる手前こき下ろすのもなんなんやけど、やっぱ無理なもんは無理。
なんかもう、松井みどりが掲げる「マイクロポップ」な作品ばかり。
実はここにも今村君出してたんやけど、全体の雰囲気もあってよく見えなかった。
そしてこの展覧会の最大の謎が、公式HPにも挙げてる「ある試み」。
もう会期終わっちゃったんで言っちゃうと、2階と3階を利用して、その両方のフロアをほぼ全く同じ展示をするというもの。
確かに2階の展示見た後、階段を上って3階の展示見た時はびっくりしましたよ。あれ?わしどっから来たんやっけ?と。
でも、だから?ってのが後からやってくる。
今回のタイトルにもかかってんのかかかってないのかわかんないし。
この試みがどれだけ意味のあるものなのかよくわからんかった。
それどころか、この試みに作品まで足を引っ張られてるような印象すら受けた。
なんかもっと特異な空間なんだから、作品で真っ向勝負してほしかった。
んー、な展覧会。

京都オープンスタジオ 4つのアトリエ

京都にある4つのアトリエが同時にオープンアトリエをするという試み。
思っきし、僕らのアトリエはハミ子くらったわけだが笑
まあ、4つとも京都市立芸術大学(以後京芸)系列のアトリエなわけで、ちょうど京芸の卒展の時期と合わせてるってわけですな。
ちなみに4つのアトリエというのは太秦にある、吉岡千尋さんら女の子4人でやってるウズイチスタジオ(写真左)、先の今村君ら9人で借りてる陀里(写真右)、画塾が一緒だったが何の面識もない水田寛君ら8人で借りてる桂スタジオ、そして、グループユニットAntennaのギャラリー兼アトリエAntenna AAS。
Antennaには夏にお邪魔したので、他のアトリエがどんなのか、いい機会なので敵情視察潜入捜査してきた。
にしてもひとつひとつが遠くて大変やった。
って自分たちのアトリエも相当遠いんだけどね。
桂スタジオはちょっと雑多すぎて見るのに集中できひんかった。各々のスペースにとりあえず作品展示してるって感じ。うちより各スペースは狭い。
陀里は写真見てもわかるとおもうけど、築150年もあるおんぼろ伝統のある京長屋。屋内やのに蔦が生えてたり、完全に隙間風防げてなかったりやったけど、広かった。雰囲気もあの退廃的な感じがいい。
今村君の作品もスペースに馴染んでていい感じ。
その横の前川紘士さんの作品もいい感じやった。
ウズイチではウズカフェと題してカフェ形式。
500円払ってココアとクリームチーズ食べながら作品鑑賞。
作品は今流行りな感じ。
もっともうちとは対象を成すアトリエ。うちは野郎3人ですから笑
3つ見た中では陀里がおもしろかったけど、やっぱうちが一番やなぁ。
そんなstudio90での展覧会も3月1日までです。土日のみなんで見られる日はあと4日。まだの方は急いで急いで!

京都市立芸術大学学内展@京都市立芸術大学

初めて京芸行ってきた!
精華には敵わないとはいえ、京芸も中々な場所にありますな。
そして広い!
作品マップ片手に歩き回ってへとへとになった。
そしてそのわりにおもろい作品がほとんどない!どういうことや!
おもしろかったのは、写真左の森末由美子さんの作品群と、写真右の伊東宣明さんの映像ぐらい。あとはもうなんかなぁ・・・って感じ。
森末さんのは版画出身ながら、版画の枠にとらわれない自由な表現が気持ちよかった。写真のは辞書(?)を削って山形にしたり、歯ブラシの毛を伸ばしてみたり、なんかウィットに富んだ作品で心和んだ。
反して伊東君のは、死に瀕する多分作家の祖母と、作家自身(多分)を重ねあわせた映像。おばあちゃんの台詞を作家も寝言のようにつぶやき、最後は「五木の子守唄」を歌う。まったく場所とか違うのに、うまいこと台詞を重ねてるのがおもしろかった。
森末さんは今月24日から大阪のギャラリーほそかわで、伊東君は来月17日から京都の立体ギャラリー射手座で個展をするらしい。どっちも行っていようかしら。
にしても学校の中の展示って見にくいけど、やっぱいい。あんなゴミみたいな美術館で見るよりよっぽどいい。現場の雰囲気とかも生で味わえるし。絶対卒展は各学校でやるべきやと思う。ロンドンの卒展を思い出してちょっと楽しかった。

さて、今回同年代の作品とか活動を見てきたわけやけど、オープンアトリエなどに見られるように、個々の活動というより、グループで見せるというスタイルが目立ってきてるように感じる。でもあくまで個人個人はバラバラで、学生運動の頃のような雰囲気はない。リーダー不在のまま、個々が独立しつつも徒党をなしてる感じ。
それはひとつ上の70年代世代にも見られない特徴のように思える。
これからこうした活動は僕らの下の世代でもどんどん増えていくんじゃないだろうか。
僕らだって、周りがやってるからってはじめたんじゃなくて、ギャラリー等を併設したのも至極自然な流れやった。実際上の4つのアトリエだって始めてから知ったわけやし。
こういう活動の最大のメリットはやはりネットワークの拡大にある。
一人が繋がれる人の数なんて知れてるけど、多人数で各々の情報を共有すればかなりの人と知り合えたりする。
そうやって助け合うことで、作家活動という言わば孤独な作業を克服できるのではないだろうか。もちろんそれが馴れ合いになってしまってはいけないが、各々の活動を媒介してつながっていけるのはとても豊かな関係に発展できると思う。
今アートバブルが去り、これからやっていこうとしてる僕ら80年代生まれの作家にとって、未来は決して明るくないかもしれない。それでもお互いを蹴り倒していくのではない、もっと友好的な処世術が今だからこそ生まれてもいいのではないかと思う。
もっともっと同世代の作家を作品を知っていきたいもんです。
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No title

>鈴木君

コメント返していただきありがとうございます。しかも公開で。
確かにマイクロポップはここで議論しても埒明かない問題ですね。

言葉の使い方。ご指摘ありがとうございます。
「ハミ子」は冗談で書いたつもりだったのですが、確かに見る人が見れば冗談には聞こえないかもですね。
そして、攻撃的になるのは、単純に僕がそれらの作品に対して語りうる言語を持ってないからそうなってしまうのでしょう。理解できないものに対して不快な気分になる分文章で書き殴ってしまってるのは否めません。
これから諸々のご指摘受けて気を付けて書かせていただきます。

No title

マイクロポップという言葉は、私や森川君の言葉ではないので、議論するのは止めましょう。
それとFIX展も共感いただけなかったのも、仕方ないですね。残念です。

それよりも私が気がかりなのは、どうしてそこまで攻撃的になるかという問題です。
「思っきし、僕らのアトリエはハミ子くらったわけだが」と言うのもどうかと思いますし、「作品は今流行りな感じ」と一蹴し、公に発表することに少々疑問を感じます。
(別に馴れ合いを共有するわけでなく、そういうことはちゃんとリアルワールドで言えば良いはずです。)

まるで「それでもお互いを蹴り倒していくのではない、もっと友好的な処世術が今だからこそ生まれてもいいのではないかと思う。」
という言葉が嘘のように聞こえるのは私だけでしょうか。



No title

>鈴木君
マイクロポップ。DIY的なものという括りだけでは収まらないことは確かですが、その要素は多分に含んでることは確かだと思います。鈴木君にとってマイクロポップとは何ですか?そして、鈴木君はマイクロポップと言われてることが不愉快なんでしょうか?説明足らずだったことは謝りますが、これはあの展覧会を見てのありのままの感想です。嘘はついてないつもりです。
そしてあの試み。やはり納得がいきません。特異な空間というのはわかりますが、そもそも元学校というコンテキストがあれでは完全に抜け落ちてるのではないでしょうか。
今回このように不快にさせる文章を書いてしまったのは大変心苦しかったのですが、やはり本当のことを書くことが僕なりの誠意だと思ったので書きました。中身のない美辞麗句を書き連ねることの方が罪だと思ってるので。
それと、非公開コメントだと、二人のやりとりだけで終始してしまって、広がりがないので、第三者にも見れるように、もしまたコメントいただけるのなら公開コメントでお願いできますか?

No title

>鈴木君
どもどもご無沙汰。
案内ありがとね。でも名前の文字間違えてたよ笑

えっと、まずマイクロポップがそもそもわし苦手なんです。
身近な素材で作るDIY的な。
わしはアートにスペクタクルやイリュージョンといったものを見たいと思ってる人なので、マイクロポップ的なのはどこかマスタべーションというか、わざわざ人に見せるもんかな?ってのが正直な感想。
今回のFIXにはそういう作品が多かったと思う。
あくまで好みの問題ですが。
ってかなんであの演出の真の目的って何やったん?
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