大阪・アート・カレイドスコープ2008
2004年からスタートした大阪・アート・カレイドスコープ。当初はインディペンデント・キュレーターの加藤義夫氏による、アートの多様性を見せる様な展覧会でした。第1回は見てませんが、2回目の2005年に観に行った時には、「ああ、これは見んでええな」というほどのしょぼさでした。蔡國強やオラファー・エリアソンなど、錚々たる顔ぶれが並んでいたにも関わらず、出品されていたのは小品ばかりのオンパレード。現代美術センターの小さな会場に所狭しと並べられていただけでした。
しかしこの企画が激変したのが昨年2007年。
北川フラム氏がディレクターに就任したのです。
北川さんといえば、新潟の里山の風景を利用した越後妻有トリエンナーレを企画したり、かつては「アパルトヘイト否!国際美術展」という全国194カ所を巡る展覧会を企画するなど、僕が知りうるクリスト以外の美術関係者でこれほどの「行動家」は知りません。口でものを言うだけの人ならいくらでもいるんですけどね。
彼のこの一貫した姿勢はただただ「アートを社会に還元する」ということだと思います。
美術館やギャラリーに収まらないという姿勢は、今回の企画でも同様です。
北川さんは、まず大阪という街自体に注目しました。
そして着目したのが、大阪には古いビルが多いということ。
確かに、明治から昭和初期に建てられたような「西洋チック」な建物が未だに壊されずに雑居ビルとして使われているケースが多いんですよね。スクラップ&ビルドが激しい日本としては確かに珍しい街と言えるかも知れない。マルジェラもそこに目を付け、大阪農林会館という雑居ビルにブティックを構えてますね。
そうして出来上がった企画が、これらのビルを使って展示をするということ。
これによって、「大阪でしかできない展示」が実現したのです。
前回はロンドンにいたので見れませんでしたが、今回はばっちし見てきました。
「大阪時間」をテーマに、難波宮から現在の芸術センターまで、大阪という歴史を巡る旅。
マップ片手に歩き回って、最後には足がちぎれそうになりましたが楽しかった!
そして恥を恐れず断言します。
「大阪・アート・カレイドスコープはミュンスター彫刻プロジェクトにも匹敵する」
マップ片手に歩いていて、彫刻プロジェクトを回っていた時の気持ちが蘇ったんです。
今回出品されていたのは日本人ばかりでしたが、例えばこれをヴィエンナーレやトリエンナーレ形式にして、会場をもっと増やして、会期も長くして、海外からも作家を招くなどしたら立派な国際展になる。集客力は十分にあるように思います。
大阪って日本第二の都市でありながら、国際的にはパッとしない存在なんですよね。
外人さんが日本を訪れるのは、やはり東京か京都ですよね。
その動線を大阪に引き込むのにアートを利用するっていう手もあると思うんですよ。
京都のような神社仏閣は少ないけど、こういうビルっていうのは、かつては西洋の模倣だったのに、今じゃこんな建物たち海外では見られません。回り回ってオリジナルになっちゃってるんですよ。多分外人さんから見ても面白い風景だと思う。
財政難で暗い大阪を明るくするのにアートも一躍かえると僕はこの展示を通して確信しました。
さて、肝心の内容です。
僕が上のように感動したのも、やはり作品がどれも素晴らしかったからです。
こういう外に出て行く美術展というのは諸刃の剣のようなところがあって、場所と相乗効果で素晴らしく見える場合もあれば、下手すると場所に負けてしまう作品が出てきてしまうこともある。
そんな中今回はほぼ後者のような作品は見受けられませんでした。
僕がまず行ったのは芝川ビル。
1927年に建てられ、今や国登録有形文化財。独特の雰囲気の階段を上って屋上に着くと、かなもりゆうこさんの作品が展示されている。映像では、不思議なダンスを踊る作家自身の映像。その不思議さと、このビル独特の雰囲気が合わさっていた。また野外には色とりどりの様々な形に切り取られた折り紙のようなものがばらまかれていた。会期中は屋上にカフェも出現している。

続いて大阪ガスビルディングにて瓜生昭太の作品。
彼は僕の後輩に当たりますが、とても勢力的に活動している。
現代の風景を切り取ったような、ブロンズ彫刻と背景画を組み合わせたインスタレーションが得意な彼ですが、今回も同様、ビル内にある食堂の風景を切り取っていました。真後ろがその食堂かと思ったらそうでもなかったみたい。

続いてその近くにある北野家住宅へ。
1928年に建てられ、大阪の焼夷弾の雨からも免れ、「奇跡の家」と呼ばれた、こちらも国登録有形文化財。
今は誰も住んでいないけれど、オーナーさんが時々来てメンテナンスをしているとか。普通のうちにあがる感覚でお邪魔して、2階へ。
石塚沙矢香さんの作品は、この家にある様々な道具がまるで重力を失ったように宙に浮いているというもの。この家に眠る記憶が再び蘇ったようなとても素晴らしいインスタレーションだった。写真は撮れませんでした。
続いて船場ビルディングへ。
1925年に建てられたこのビルは、入ると吹き抜けになっていて、屋上からの光が降り注ぎとても気持ちのよい空間が広がっている。エレベーターで屋上まで登ると、行武治美さんの作品。丸い鏡が無数に置かれ、置くの鳥居がまるで水面に映る影のような美しい光景が広がっていた。こういう鳥居が屋上に置かれたビルもたくさん見られますね。

「水の都」と言われる大阪を称えて作られたのが、原田明夫さんと国府理さんの作品。
原田さんの作品は川のそばで海の音が流れるというサウンドインスタレーション。
最初作品がどこにあるのかわからなくて焦って、ぼーっと近くにある川を見下ろしてたら海の音が聞こえてきたのでこれか!と。
国府さんの作品は、橋桁の下から鯨の遺跡が発見されましたといった感じの作品。
車など工業製品で作られているのが面白かった。

北浜駅にある大阪証券取引所ビルでは、松井紫郎さんの大きなバルーンの作品が、アトリウムのを貫いていてびっくりした。写真に写っている人は壁の電光掲示板で株の値動きをチェックしていてとてもシュールだった笑

大阪府立現代美術芸術センターでは三島喜美代さんと土屋公雄さんが展示していた。
まず展示室Aの三島さんは、新聞記事がプリントされた、新聞の束の陶器が天井いっぱいまでうず高く積まれて、迷路のようなインスタレーションを展開していた。いつものセンターとは全然ちがった雰囲気で、とてもおもしろかった。新聞という事件の体積が異様な空気感を放っている。展示室Bでは土屋さんの展示。百個以上はある古時計が天井から楕円状に吊るされ、ひとつひとつが時を刻むチクタクが会場に充満していて、時間というものを体感できる。

最後は難波宮へ。
恥ずかしながら、大化の改心以降、都が飛鳥から難波に移っていたことを今回始めて知りました。
大阪はかつて日本の首都だった時代があったのですね。
その宮廷跡で展示を行ったのは、平丸陽子さん、遠藤利克氏、そして日本工業大学小川研究室。平丸さんは、生い茂った藤棚を使って、天井から色とりどりの布を垂らし、そこに1000個もの鈴を巻き付けることで、風が吹く度に鈴の音が鳴り響くというインスタレーション。とても神秘的でした。遠藤さんは火や水という自然物を使いながら作品を作る作家。今回は神殿と呼応するような儀式的な場を、焼けた木を使って表現されてました。小川研究所は、様々な棒のようなものを組み合わせたオブジェを制作。暗くなると光るとかで、その瞬間を見たかった。


20世紀が生み出したホワイトキューブという白い均質な空間は、場所性を排除し、作品がどこでも同じように見せられるという効果を生み出した。しかし、それは、作品と場所との関係を完全に無視したもの。今回の展示はこれらの作品を通して大阪という街を再発見することができた。僕は今は兵庫県に住んでいるものの、大阪で生まれ15歳まで育った環境だけに、なんだか自分のルーツを見る様な気分で回ってました。今月20日まで行われているので、お時間があれば是非回ってみてください。まずは芸術センターでマップを手に入れるのがベター。
同じく、ホワイトキューブを使わず公共の場で展示を行っている、「うちゅうのたまご」展へ。
こちらは、pia NPOというNPOばかりが入っているビル。
NPOってこんなにあるのか!とびっくりしました。大阪は特に多いらしいですね。
さて、中に入ってまずはまぐちさくらこさんの作品が展示されていました。
が、その展示があまりに「とってつけた」ような感じでのっけから引いてしまいました。
不安を憶えつつ、エレベーターで最上階まで。
非常階段に展示されていたのは梅田哲也さんの作品。こちらも残念ながら微妙。
また、窓に不思議なシートを貼付けた作品を出品されていた仙石彬人さんの作品は、外の景色が、まるで昆虫の複眼のように増殖していて楽しかったんだけど、素材に頼っている感が否めない。
そして今回お目当ての山岡敏明さんの展示。
写真作品のクオリティの高さに山岡さんらしさを感じてとてもよかった。すごい自然な感じで展示されているのも中々。ただモチーフというか、山岡さんが作り続けている「グチック」という物体が、ちょっと観客との距離を離しているような感もあった。特に「グチック玉」が空に飛んでいる写真も、純粋にその世界に入れたらいいんだけど、僕は入れませんでした。暗闇の中に現れる顔もこれまでの「グチック」ではなくて、改めて「グチック」とは一体何なのかを提示する必要がある気がします。特に始めて山岡さんの作品を見た方などは僕よりもっと戸惑われるのではないかしら。地下の展示は、プラセボ効果で出していた時よりバリエーションがなかったのも残念でした。
全体としては、「ここでなければならない」展示、つまりサイトスペシフィックな展示があまり見受けられなかったのが残念でした。山岡さんの写真作品が唯一この建物をテーマに作られていたのみ。まあ、制約は多々あったでしょうが。
こちらは今月23日まで。

追記
先ほど録画しておいた新・日曜美術館を見ました。
大阪ミナミの戎橋にあったKPO。昨年閉館し、その20年を振り返る内容。
改めて大阪のアートの殿堂がひとつ姿を消したんやな、としみじみしてしまいました。
大阪は功利主義な街なので、金になりにくいアートは育ちにくい環境です。
それでも今回のカレイドスコープのような活動を通して、大阪から発信できるアートがどんどん生まれていければと、日々思うのであります。
しかしこの企画が激変したのが昨年2007年。
北川フラム氏がディレクターに就任したのです。
北川さんといえば、新潟の里山の風景を利用した越後妻有トリエンナーレを企画したり、かつては「アパルトヘイト否!国際美術展」という全国194カ所を巡る展覧会を企画するなど、僕が知りうるクリスト以外の美術関係者でこれほどの「行動家」は知りません。口でものを言うだけの人ならいくらでもいるんですけどね。
彼のこの一貫した姿勢はただただ「アートを社会に還元する」ということだと思います。
美術館やギャラリーに収まらないという姿勢は、今回の企画でも同様です。
北川さんは、まず大阪という街自体に注目しました。
そして着目したのが、大阪には古いビルが多いということ。
確かに、明治から昭和初期に建てられたような「西洋チック」な建物が未だに壊されずに雑居ビルとして使われているケースが多いんですよね。スクラップ&ビルドが激しい日本としては確かに珍しい街と言えるかも知れない。マルジェラもそこに目を付け、大阪農林会館という雑居ビルにブティックを構えてますね。
そうして出来上がった企画が、これらのビルを使って展示をするということ。
これによって、「大阪でしかできない展示」が実現したのです。
前回はロンドンにいたので見れませんでしたが、今回はばっちし見てきました。
「大阪時間」をテーマに、難波宮から現在の芸術センターまで、大阪という歴史を巡る旅。
マップ片手に歩き回って、最後には足がちぎれそうになりましたが楽しかった!
そして恥を恐れず断言します。
「大阪・アート・カレイドスコープはミュンスター彫刻プロジェクトにも匹敵する」
マップ片手に歩いていて、彫刻プロジェクトを回っていた時の気持ちが蘇ったんです。
今回出品されていたのは日本人ばかりでしたが、例えばこれをヴィエンナーレやトリエンナーレ形式にして、会場をもっと増やして、会期も長くして、海外からも作家を招くなどしたら立派な国際展になる。集客力は十分にあるように思います。
大阪って日本第二の都市でありながら、国際的にはパッとしない存在なんですよね。
外人さんが日本を訪れるのは、やはり東京か京都ですよね。
その動線を大阪に引き込むのにアートを利用するっていう手もあると思うんですよ。
京都のような神社仏閣は少ないけど、こういうビルっていうのは、かつては西洋の模倣だったのに、今じゃこんな建物たち海外では見られません。回り回ってオリジナルになっちゃってるんですよ。多分外人さんから見ても面白い風景だと思う。
財政難で暗い大阪を明るくするのにアートも一躍かえると僕はこの展示を通して確信しました。
さて、肝心の内容です。
僕が上のように感動したのも、やはり作品がどれも素晴らしかったからです。
こういう外に出て行く美術展というのは諸刃の剣のようなところがあって、場所と相乗効果で素晴らしく見える場合もあれば、下手すると場所に負けてしまう作品が出てきてしまうこともある。
そんな中今回はほぼ後者のような作品は見受けられませんでした。
僕がまず行ったのは芝川ビル。
1927年に建てられ、今や国登録有形文化財。独特の雰囲気の階段を上って屋上に着くと、かなもりゆうこさんの作品が展示されている。映像では、不思議なダンスを踊る作家自身の映像。その不思議さと、このビル独特の雰囲気が合わさっていた。また野外には色とりどりの様々な形に切り取られた折り紙のようなものがばらまかれていた。会期中は屋上にカフェも出現している。

続いて大阪ガスビルディングにて瓜生昭太の作品。
彼は僕の後輩に当たりますが、とても勢力的に活動している。
現代の風景を切り取ったような、ブロンズ彫刻と背景画を組み合わせたインスタレーションが得意な彼ですが、今回も同様、ビル内にある食堂の風景を切り取っていました。真後ろがその食堂かと思ったらそうでもなかったみたい。

続いてその近くにある北野家住宅へ。
1928年に建てられ、大阪の焼夷弾の雨からも免れ、「奇跡の家」と呼ばれた、こちらも国登録有形文化財。
今は誰も住んでいないけれど、オーナーさんが時々来てメンテナンスをしているとか。普通のうちにあがる感覚でお邪魔して、2階へ。
石塚沙矢香さんの作品は、この家にある様々な道具がまるで重力を失ったように宙に浮いているというもの。この家に眠る記憶が再び蘇ったようなとても素晴らしいインスタレーションだった。写真は撮れませんでした。
続いて船場ビルディングへ。
1925年に建てられたこのビルは、入ると吹き抜けになっていて、屋上からの光が降り注ぎとても気持ちのよい空間が広がっている。エレベーターで屋上まで登ると、行武治美さんの作品。丸い鏡が無数に置かれ、置くの鳥居がまるで水面に映る影のような美しい光景が広がっていた。こういう鳥居が屋上に置かれたビルもたくさん見られますね。

「水の都」と言われる大阪を称えて作られたのが、原田明夫さんと国府理さんの作品。
原田さんの作品は川のそばで海の音が流れるというサウンドインスタレーション。
最初作品がどこにあるのかわからなくて焦って、ぼーっと近くにある川を見下ろしてたら海の音が聞こえてきたのでこれか!と。
国府さんの作品は、橋桁の下から鯨の遺跡が発見されましたといった感じの作品。
車など工業製品で作られているのが面白かった。

北浜駅にある大阪証券取引所ビルでは、松井紫郎さんの大きなバルーンの作品が、アトリウムのを貫いていてびっくりした。写真に写っている人は壁の電光掲示板で株の値動きをチェックしていてとてもシュールだった笑

大阪府立現代美術芸術センターでは三島喜美代さんと土屋公雄さんが展示していた。
まず展示室Aの三島さんは、新聞記事がプリントされた、新聞の束の陶器が天井いっぱいまでうず高く積まれて、迷路のようなインスタレーションを展開していた。いつものセンターとは全然ちがった雰囲気で、とてもおもしろかった。新聞という事件の体積が異様な空気感を放っている。展示室Bでは土屋さんの展示。百個以上はある古時計が天井から楕円状に吊るされ、ひとつひとつが時を刻むチクタクが会場に充満していて、時間というものを体感できる。

最後は難波宮へ。
恥ずかしながら、大化の改心以降、都が飛鳥から難波に移っていたことを今回始めて知りました。
大阪はかつて日本の首都だった時代があったのですね。
その宮廷跡で展示を行ったのは、平丸陽子さん、遠藤利克氏、そして日本工業大学小川研究室。平丸さんは、生い茂った藤棚を使って、天井から色とりどりの布を垂らし、そこに1000個もの鈴を巻き付けることで、風が吹く度に鈴の音が鳴り響くというインスタレーション。とても神秘的でした。遠藤さんは火や水という自然物を使いながら作品を作る作家。今回は神殿と呼応するような儀式的な場を、焼けた木を使って表現されてました。小川研究所は、様々な棒のようなものを組み合わせたオブジェを制作。暗くなると光るとかで、その瞬間を見たかった。


20世紀が生み出したホワイトキューブという白い均質な空間は、場所性を排除し、作品がどこでも同じように見せられるという効果を生み出した。しかし、それは、作品と場所との関係を完全に無視したもの。今回の展示はこれらの作品を通して大阪という街を再発見することができた。僕は今は兵庫県に住んでいるものの、大阪で生まれ15歳まで育った環境だけに、なんだか自分のルーツを見る様な気分で回ってました。今月20日まで行われているので、お時間があれば是非回ってみてください。まずは芸術センターでマップを手に入れるのがベター。
同じく、ホワイトキューブを使わず公共の場で展示を行っている、「うちゅうのたまご」展へ。
こちらは、pia NPOというNPOばかりが入っているビル。
NPOってこんなにあるのか!とびっくりしました。大阪は特に多いらしいですね。
さて、中に入ってまずはまぐちさくらこさんの作品が展示されていました。
が、その展示があまりに「とってつけた」ような感じでのっけから引いてしまいました。
不安を憶えつつ、エレベーターで最上階まで。
非常階段に展示されていたのは梅田哲也さんの作品。こちらも残念ながら微妙。
また、窓に不思議なシートを貼付けた作品を出品されていた仙石彬人さんの作品は、外の景色が、まるで昆虫の複眼のように増殖していて楽しかったんだけど、素材に頼っている感が否めない。
そして今回お目当ての山岡敏明さんの展示。
写真作品のクオリティの高さに山岡さんらしさを感じてとてもよかった。すごい自然な感じで展示されているのも中々。ただモチーフというか、山岡さんが作り続けている「グチック」という物体が、ちょっと観客との距離を離しているような感もあった。特に「グチック玉」が空に飛んでいる写真も、純粋にその世界に入れたらいいんだけど、僕は入れませんでした。暗闇の中に現れる顔もこれまでの「グチック」ではなくて、改めて「グチック」とは一体何なのかを提示する必要がある気がします。特に始めて山岡さんの作品を見た方などは僕よりもっと戸惑われるのではないかしら。地下の展示は、プラセボ効果で出していた時よりバリエーションがなかったのも残念でした。
全体としては、「ここでなければならない」展示、つまりサイトスペシフィックな展示があまり見受けられなかったのが残念でした。山岡さんの写真作品が唯一この建物をテーマに作られていたのみ。まあ、制約は多々あったでしょうが。
こちらは今月23日まで。

追記
先ほど録画しておいた新・日曜美術館を見ました。
大阪ミナミの戎橋にあったKPO。昨年閉館し、その20年を振り返る内容。
改めて大阪のアートの殿堂がひとつ姿を消したんやな、としみじみしてしまいました。
大阪は功利主義な街なので、金になりにくいアートは育ちにくい環境です。
それでも今回のカレイドスコープのような活動を通して、大阪から発信できるアートがどんどん生まれていければと、日々思うのであります。