「東京2020オリンピック SIDE:A/SIDE:B」by 河瀬直美
オリンピック公式記録映画の監督が河瀬直美だと発表された時、オリンピック協会も思い切ったことをしたなぁと思ったものでした。
とはいえその時点では開閉会式も野村萬斎、MIKIKO、椎名林檎という布陣で、クリエイティヴ面からいっても彼らをセレクトした側のセンスに僕的には期待してたので、記録映画も1964年大会の市川崑の監督したものに匹敵するものになるだろうと想像していました。
が、その後のパンデミック最中での強行にまさかのクリエイティブチームの解任、そしてその後のゴタゴタなどがあり、僕の中でオリンピックは不信に満ちたものに一転しました。
思い返せばエンブレム問題に始まり、スタジアム問題等問題だらけの東京大会でした。
僕はこういう国際的なスポーツの祭典大好きなんですが、今回のことですっかり冷めてしまいました。
ここまで日本国民をないがしろにされるなんて、というショックが大きかったのです。
実際昨年のオリンピックは一切観てません。
コロナがなければ実際チケットも当たってたのでバリバリに観てたかもなんですが。。。。
そんな中唯一残っていたのが河瀬直美。
そこだけが希望だったのですが、公開直前になってNHK捏造問題やパワハラ疑惑等で大バッシングを受け始め、彼女の発言も?というものが多くなってきて、映画への期待も冷め始めてました。
個人的に河瀬さんとは2010年の個展の審査員で選んで頂いてからご縁があり、これらの騒動はやや胸も痛くて、距離を取りながら静観していました。
とはいえ彼女の映画は封切られる度に観に行ってましたし、やっぱり観るべきだよなぁと思いつつ、実際近年の河瀬映画は「萌の朱雀」の頃から比べると劣化してると言わざるを得ず、河瀬映画と言うのと同時に今回の場合は「公式記録」という側面もあるのであんまりかもなぁという危惧もあり、観るべきかどうかかなり迷っていたのです。
が、一旦封切られるとTwitterで流れてくる感想が中々なものだったのです。
そんな中最も僕を映画館に足を運ばせるきっかけになってくれたのが以下のぼのぼのさんの連投でした。
『東京2020オリンピック SIDE:A』見る気は無かったのだが、いざ公開されると「予想と全く違う映画だ」という評判が次々と飛び込んできたため急遽見ることに。確かに直前までに予想されたような体制ベッタリ国威発揚映画とは対極にある作り。極めて純度の高い「河瀬直美の作家映画」になっている。 pic.twitter.com/Gl6h2CyhDC
— ぼのぼの (@masato009) June 5, 2022
というわけで前置きが長くなりましたが、観に行ってきました。
まずはアスリート側の視点で描いたSIDE A。
まず冒頭から真っ黒な画面に藤井風(?)が口ずさむ「君が代」に始まり、雪と桜の映像。
え、めちゃくちゃ河瀬直美やん。。。!!
と驚かざるを得ませんでした。
だって公式記録ですよ?
こんなに個人の作家性押し出しちゃっていいの??
そこからもう驚きの連続。
これは紛れもなく「河瀬直美の作品」です。
さらにいうと、これはオリンピックの記録にすらなってません。
この映画で描かれるのは、アスリートを通して見る、難民、BLM、コロナと今の世界が収められています。
そしてもっと大きな「人生」という主題。
映画を観た後「C'est la vie.(これが人生)」という言葉が浮かびました。
イランから亡命してモンゴル代表として出場する柔道家。
「母国には戻れない」と彼は言います。
その直後にはウズベキスタン代表の体操選手が現れます。
彼女はウズベキスタンに生まれれながら、ソ連、ドイツと国を変え、また改めて母国の代表として今大会に出場しました。
黒人差別と戦うアメリカの砲丸投げ女子代表。
オリンピック初となった空手で優勝した沖縄の選手。
故郷沖縄の人たちへのインタビューで垣間見える差別問題。
スポーツを通してこうした差別問題をエンパワーするアスリートたち。
母として赤子を日本まで連れてきたカナダのバスケットボールの選手。
彼女は「母」と「アスリート」どちらも選ぶために戦いました。
片や「母」となることを選び引退した日本の選手の姿も。
二人の交流は今回の映画の中でも象徴的でした。
「アスリートであることだけが人生ではない」
もう一人母として子供を連れてきたランナーの女性。
足の痛みにより途中で棄権してしまいますが、彼女が我が子に「諦めてもいいのよ!」と言うのは本当に凄いセリフだった。
これと対照的だったのが日本の柔道協会。
上層部の人たちがとにかく勝利に固執し、「切腹する覚悟」とまで言います。
それらのインタビュー映像が、多分わざとなんだろうけど、めちゃくちゃなクローズアップ。。。
鼻毛出てなくて良かったね。。。
しかも団体戦で日本が負けまくる映像を流すあたり、めちゃくちゃおちょくってますやん。。。
家父長的なものへの嫌悪が読み取れますね。
この映画に出てくる選手のほとんどが「敗者」です。
わかりやすく優勝して涙する、みたいなシーンがほとんど出てきません。
サーフィンの日本の選手が波打ち際で悔し泣きしてる姿が目に焼き付きました。
それとは対照的にスケートボードの女子の優勝した13歳の少女が軽やかに「やばいやばい!」と言って金メダル掲げてる姿は、勝ち負けというより純粋なスポーツの楽しみを象徴してるようでした。
こんな具合に、観ていて一体何の映画だっけ?と思う瞬間が多々ありました。
全編通してナレーションも皆無で、テロップも最小限なので、これがいつの試合で予選なのか決勝戦なのかすらもよくわからないというのが多々あります。
あの感動をもう一度!と思ってる方には不向きかと。。。
スペクタクルを徹底的に排除した仕上がりになっていて華々しさもほぼありません。。。
いやはや河瀬さん、恐ろしすぎる。。。
これ、一応関係者一通り観てるんだろうけどどういう感想抱いたんだろうか。。。
お次はその関係者に焦点を当てたSIDE B。
Aがあれだけ攻めた内容だったのでBになったらどんだけ。。。と思って観始めたのですが正直やや肩透かし。
というか、もはやゴダールやんってぐらいのカットに次ぐカットで、A以上に何の映画なのか混乱w
確かに今回のオリンピック、ただただ時系列に並べるだけでもドラマ過ぎたので、それは避けたかったのでしょうね。
実際あのオリンピックはトラウマレベルに失敗の連続でした。
この映画は確かにその失敗を克明に映してますが、それでもカバーしきれてません。
例えばエンブレム問題や競技場問題、開会式のゴタゴタ。
他所でも言われてますが、なぜか安倍元首相が出てこないのも不気味。
ただでも発狂するぐらい失敗の連続なのに、この映画にはリレーの失敗まで映されます。
いやいや、日本もっといいところあったでしょ。。。見てないから知らないけど。
とまあ、公式記録としては攻めに攻めた内容で、これはこれで未来へのレガシーになりますね。
冒頭は延期にするかどうかの会議から始まりいきなり閉会式、そこから時間は遡って最後が開会式という流れ。
最も印象的だったのが、皆さん仰られてますがやはり野村萬斎。
「文化の只中に生きているということを皆さんお分かりになってない」
という苦しい言葉は、思いっきり国と電通に向けられていると考えていいでしょう。
実際チームが解散され、電通の佐々木氏に受け継がれた際のスピーチ中の野村萬斎の目が怒りに満ちていて、その目のクローズアップがものすごく印象に残りました。
それにしても佐々木氏、本当に悪そうなお顔をされてますね笑
人は見かけじゃないと言いますが、ある程度人は見かけだと思います。
ここでマザー・テレサの言葉を思い出しました。
思考に気をつけなさい、それは、いつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それは、いつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それは、いつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それは、いつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それは、いつか運命になるから。
人の生き様は表に反映されるものです。
それは森元首相の退任劇にも物凄く表れていますね。。。
ところで野村さんの退任は描いてるけど佐々木さんの退任は全く描かれてませんね。
描くに値なしといったところでしょうか。
挙げればキリがないぐらい救いのないイベントでしたが、唯一希望として子供たちの表情やインタビュー(?)を挟むことで、あんなでも彼らの思い出の1つになれたのだな、ということが表現されてました。
今回結構河瀬さんが声や映像に出てくるのもAとの大きな違いでした。
そして、なんと最後の最後、主題歌が藤井風ではなく、作詞作曲河瀬直美とある謎の曲に差し替えられていました。。。
歌も河瀬さんなのかな??
僕は全然知らず、劇場でえ?となったのですが、調べたら公開の一週間前に差し替えになったそうで、これはどういうことなのか。。。
最後の最後までこのオリンピックのドタバタが反映されちゃってますね。。。
このBに関してはCDBさんのnoteが詳しいので是非。こちら。
それにしても記録映像、オリンピックだけでなくパラリンピックも作るべきだと思うんだけどな。。。
「ベイビー・ブローカー」by 是枝裕和
もういっちょカンヌの常連是枝監督の最新作です。
実際主演のソン・ガンホが韓国人俳優初となる最優秀男優賞を受賞、「ドライブ・マイ・カー」同様エキュメニカル審査員賞も受賞してます。
是枝作品で言えば、主演男優賞は「誰も知らない」の柳楽優弥以来の受賞ですね。
ソン・ガンホといえば言うまでもなくポン・ジュノ監督とのタッグで有名な超大御所俳優ですが、初受賞は意外でした。
実際冒頭の坂道の雨の中子供をベイビー・ボックスに捨てに来る場面はめっちゃ「パラサイト」やん!と突っ込んでしまいましたw
是枝さんは、前回もフランスで「真実」をカトリーヌ・ドヌーヴにジュリエット・ピノシュというフランスを代表する大女優と組んでますが、正直あの映画は失敗だったと思います。ほとんど印象に残ってない。。。
なので今回もどうかと思いましたが、正直劇中めっちゃ泣きましたw
これぞ是枝作品と言わんばかりの歪で不器用な疑似家族が描かれます。
疑似家族、本当に弱いんですよ。。。
僕のこの個人的な家族観は田中功起さんの作品の時に語ってるので良かったら。こちら。
子を捨てることに関しては、河瀬さんの「朝が来る」にも通じるものがありますね。
綺麗に描き過ぎてるきらいはもちろんあります。
赤ちゃんを捨てること、そして赤ちゃんを横流しするなんて、というのは倫理的にない方がいいに決まってますよ。
ただ、その背景はニュースだけでは伝わらないもっと複雑なのかもしれない、というのを映画というフィクションを通して描いているので、まあこれはこれでありよりのありなのかと。
泣ける映画=いい映画ではないとは思うのだけど、僕は好きでした。
「家族」に対して疑問のある人は是非観てみてもいいと思います。
最後に映画でもないし全く毛色違うけど映像ってことでマシュー・バーニーの新作「Catasterism」。
6月26日までネットで無料公開されてました。太っ腹!こちら。
シャウラガー美術館での観客を入れてのパフォーマンスをそのまま映像作品に仕上げてて凄い。
演奏されてるジョナサン・ペプラーによる音楽も良い。
彼の作品は、実際面白いのか毎回よくわからないんだけど、全ての食材を使い切って料理する感覚は毎度爽快。
この夏「クレマスター」シリーズが上映されるそうなので良い加減観なくては。。。
北京で観た「リダウト」もこの機会に劇場でまたしっかり観ようかな。。。
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