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「東京自転車節」by 青柳拓

最近観た社会派ドキュメンタリー2本をご紹介。



まずは青柳拓監督の「東京自転車節」。監督はまだ28歳!若い!
以前店に来られたお客様が関わってらっしゃると聞いていた映画。
ちょうど、美術手帖の今年の2月号のニューカマー特集にも載っていて気になっていました。
とはいえ、そこまで期待はせず、緊急事態宣言でまた店閉めちゃったし、ポレポレ東中野近いし観に行ってみるか、と行ってみたら今年最高の映画に出遭ってしまった、という感じです。

まず何が素晴らしいって、この映画のワイドすぎるレンジです。
これは、監督の青柳拓自身がiPhoneとGoProを使って、ほとんどの撮影を自身で行い自分自身を撮るというセルフドキュメンタリーと呼ばれるものです。
こういう映画にありがちなのが、独白とか内省とか、金払わさせられてオ○ニー見せられてしっまた感。
それがこの映画には一切ないんです。
この映画に映っているのは監督の生活そのものなんですが、そこからさらに広い社会というものを見事に映し切ってる。
それはこの映画が、未曾有のパンデミック下に撮影されてるのは大きいでしょう。

監督の青柳は、故郷山梨で職を失い、学校の奨学金と言う名の借金を背負った、どこにでもいる20代の若者。
そんな彼が一大決心をして、東京という焼け野原にウーバー配達員になるべく自転車を漕いで上京します。
その際におばあちゃんが孫のためにマスクを縫うんですが、もう世界観がお伽話。。。
そこからテーマ曲の「東京自転車節」が流れるわけですが、この冒頭から心を鷲掴みにされました。
僕もおばあちゃん子なんで、途中でおばあちゃん心配させないために「大金持ちになった」と電話で嘘をついて、路上で寝転がりながら涙を流すシーンなんて辛すぎた。。。
大雨の中ずぶ濡れになりながら配達したり、やる気が起きずひたすら眠り続けてお金なくなっちゃったり、誕生日に呼んだデリヘルがお金足りずにキャンセル料だけ払わされたりと、青柳はこれでもかというぐらい自身のかっこ悪さをスクリーンに映し続けます。
最後にはヒゲを蓄え、明らかに最初の頃とは違う目をしていて、この映画は青柳拓という一人の人間の成長劇、という面がまずあります。
映画が終わる頃にはすっかり彼のファンになっていました。

しかしそれだけだとやはりセルフドキュメンタリーの域を出ないのです。
この映画のすごいのは、それと同時に、スクリーンの青柳拓は、誰でもあるということ。
彼が鏡となって、このパンデミックで生き抜く全ての人々を代弁していたのが素晴らしかった。
途中でケン・ローチによる労働問題が出てきたり、コロナ禍での人々の分断、戦争、貧困等々、あらゆる問題がこの映画を通して噴出していました。
これだけレンジの広さを、わずか半径2m(奇しくもソーシャルディスタンス)ほどの世界を執拗に撮り続けることで映し出したのは見事としか言いようがない。
彼を通して見える最も深刻な問題は、この時代の若者の生きづらさだったと思います。

「僕たちは1993年生まれで、ゆとり世代と呼ばれる時代のど真ん中に当たる世代だと思います。実感はないのですが、よく言われるのが「ナンバーワンよりオンリーワン」。つまり上の世代よりも個性や主体性を尊重されて育ったのだと、上の世代の人と話をすると気付かされます。それは素直にいいことだなぁと思いますが、社会の土台は上の世代が作ってきたものなので、ナンバーワンになれなくてもナンバーワンを目指す志がなければ生きていけない状況は変わっていないのだと思います。個性を大事にと教育されてきたのに、社会では個性なんて大事にされない時代を目の当たりにして、その矛盾にもがいてる人は少なからずいると思っています。」

パンフレット内のインタビューで語る青柳の言葉はまさに、教育と社会の齟齬を言い当てています。
特に彼が選んだ配達員の仕事は、あくまで個人事業主と突き放されて、なんの保証のないまま、個性どころかただの歯車としてしか人間を見ていない社会の最も顕著な例だと思います。
僕の周りには案外ウーバー配達員がいなくて、僕自身も一回しか利用したことがないのでよくわからなかった実態がこの映画を通して見えました。
3日で70回配達を達成すると「クエスト」と呼ばれる追加報酬が貰えるのも知らなかったです。
その報酬のため、後半青柳はハイエナとなり、雨の中坂道を掛けあげるシーンは本当に息を飲みました。
「システムを掌握する」と宣言した彼の凄みがスクリーンを通して伝わってきた「ジョーカー」のようなシーンでした。
そして、緊急事態宣言を解除した時の安倍元首相の虚しいスピーチ。
「日本ならではのやり方で、わずか1ヶ月半で今回の流行を、ほぼ終息させることができました。まさにニッポンモデルの力を示したと思います。」
こんなこと言ってたんですね。今の状況見せてやりたい。。。
そう、この1年以上後の今、何度目かも忘れた緊急事態宣言下でこの映画を観られたことはとても意義深かったように思います。

映画としても、純粋に面白かった。
自転車の疾走感がそのまま映画になってるのと、特に舞台のほとんどが新宿で、僕も毎日のようにチャリで移動してるので、見慣れた風景がたくさん出てきて楽しかったです。
終わった時は、え、もうおわっちゃったの?と思ったほどでした。
映されてる内容は悲惨なのに、それだけではない前向きな力のある映画でした。
青柳監督は、今もウーバー配達員を続けているようですが、彼はその経験を見事に映画に昇華しました。
まさに「ピンチをチャンスに変えた人」です。
しかし、多くの、特に若い人たちは、ピンチがピンチになったままの人だと思います。
この映画を観れば、何か、肩を押す風になる気がする。
僕は正直「ピンチがチャンスになっちゃった人」だと思うけれど、それでも思うところは多かったです。
本当にいい映画に出会えました。
DVDになったら買おう。
青柳監督の今後も期待してます。

最後に私の敬愛する中島みゆき様の歌詞の一節を。

走り続けていなけりゃ倒れちまう
自転車みたいなこの命転がして
息はきれぎれ それでも走れ
走りやめたら ガラクタと呼ぶだけだ、この世では


(中島みゆき「断崖~親愛なる者へ~」より)








続いて「東京クルド」。
恐くて観に行くのが憚れてたんだけど、日本人としてやっぱり観ておくべきと勇気を持って観に行きました。
これはオザンとラマザンという日本に住むクルド人の二人の若者を中心に、日本の難民問題を捉えたドキュメンタリーです。
映画はこの二人がボーリングを楽しんでるシーンから始まるのですが、早速驚いたのが、二人とも日本語がペラペラなんです。
それもそのはず、彼らは生まれこそトルコだけど、トルコ政府によるクルド人弾圧から、彼らが小さい頃に両親が日本に亡命し、彼らはそのまま日本で高校まで卒業したということでした。
映画が進むにつれ、そんな彼らには日本での滞在許可がないことがわかります。仮放免という状態らしい。
入国管理局で難民申請をしても、そのほとんどがはねられます。
日本の難民認定率は、他国と比べて圧倒的に低いのです。
といわけで彼らには国籍がありません。
よって、高校を出ても働くことが叶わず、オザンは絶望し、解体の仕事でなんとか金を稼ぐもそれも入管に止められ八方塞がり。
ラマザンは、通訳になるべく専門学校を探すも、滞在許可を理由に断られますが、へこたれず第三の道を模索します。
そんな中、入国管理局に収容されていたラマザンの叔父が体調不良を訴え救急車を呼ぶも、入管によって阻止され、救急車は無人のまま入管を後にします。
その後なんとか一命をとりとめた叔父が言います。
「入管の中で死にたくないです」

今年の3月にスリランカ人のウィシュマ・サンダマリさんが33歳の若さで名古屋の入国管理局内の収容所で亡くなりました。
半年前に、パートナーによるDVから助けを求めてきた彼女を、ビザが切れてることからむしろ彼女を犯罪者扱いにし、身柄を拘束した上、体調不良も聞き入れず、最終的に20キロも痩せて死んでしまいました。
この国の入国管理局の酷さは噂には聞いていましたが、いよいよここまで落ちてるのかと驚かずに入られない出来事でした。
その後、5月には入管法改正の名の下に、政府は不法滞在者の排除に躍起になるも、なんとか裁決が見送られました。
不法滞在者と一言で言っても色んな人たちがいて、犯罪がらみの人たちももちろんいるでしょうが、この映画に出てくる人たちのように、事情があって国に帰れない人、日本で家族を持ってしまった人等、一括りにできないのです。
なのに入管は、彼らを全て犯罪者扱いにして、不当な扱いをしているわけです。
そもそもラマザンの叔父も収容されてる理由すら明らかにされてません。

とまあ、ひどい現実なんですが、映画としては質は決して高くなくて残念でした。
もう少し彼らの生活を丁寧に描いて欲しかった。
例えば、彼らには就労の権利がないのにどうして暮らせてるのか?
映画の中では、中流の家に住んで、子供達もスマホ持ってたけど、そのお金はどこから?
途中でオザンは家を出て別の家に住んでるけど、それはどうやって借りたのか?
支援団体の存在とかもそんなに出てこないし、色々疑問でした。
そして、入管についても、入口しか映してないけど、もう少し実態に切り込めなかったのかな?
酷いシーンがあるのかと怯えていたので、そういうシーンはほとんどなく杞憂だったのはいいのだけど。
まあ、改めてこの問題を考えるきっかけにはなりました。
帰りも、周りにいる外国の方のことが気になったりしました。色々知りたいです。

ちなみに現在オペラシティで開催中の加藤翼さん(後日アップ予定)の作品にも、在日クルド人と協働で作った作品があります。
今コロナで移動の制限をかけられた状態が彼らの常態だと思うと本当に苦しいですね。
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