池田慎個展「蓬莱郷」終了しました。
カーキな視界:内海聖史展 @ 三越コンテンポラリーギャラリー
最近行った展示まとめ。
まずは銀座・日本橋エリア。
カーキな視界:内海聖史展 @ 三越コンテンポラリーギャラリー (会期終了)
まずは内海さん。
奇しくも前々記事の今井さん、前記事のマティスに続き色彩が重要な作家が続きます。
そんな色彩鮮やかな内海さんの作品に対して「カーキ」というくすんだ色が展覧会タイトルになってるのが意外でした。
これはステートメントにも書いてありますが、絵画を鑑賞した記憶が蓄積されていくと、色が混ざり合って最終的にグレイになるように、その記憶もグレイ、カーキになっていくのではという内海さんの仮説から始まっています。
理論的には理解できるものの、果たして本当にそうかな?とも思っていて、記憶ってそこまでロジカルなものではなくて、そこには情動のようなものもあるので、しっかりと色彩として記憶しているものだと僕は思います。
実際内海さんの作品を思い出す時は、必ず鮮やかな青だったり赤だったりをちゃんと思い出します。
ただ、内海さんの絵画の場合、「赤い絵」と言っても、色んな色相の丸が集合して一つの画面を形成しているので、実作を見ていたら、あれ、こんな色も入ってるんだという意外な発見も多々あります。
そういう意味では、記憶は単純化しているのだなぁと思わされます。
そして今回、まあ一筋縄では行かないとは思ってましたがやっぱりやってくれてました笑
僕が行ったのは5月10日だったのですが、5月9日になんと展示替えがありました。
その日はロシアの戦勝記念日で、赤・青・黄の大作のうち赤色が全て裏返されていて、残った青と黄がウクライナカラーに。
さらにグレイ・青・黄・赤の作品のうち、黄色が裏返されてロシアの国旗のようになっていました。
内海さんの作品自体には政治的なメッセージはほとんどないにも関わらず、色を選択することでメッセージが浮かび上がるという仕組みです。
ということで、前半で見られた色彩は裏返されて隙間からしか見られず。。。
デパートの会場でこんなことするなんて流石すぎます笑
作品の見た目はそこまで変化することなく、その状況を常に撹拌させることで絵画の可能性を広げていく内海さんの姿勢を今回も目の当たりにできました。



















川北ゆう・河内麻子二人展 ー波形ー @ 日本橋高島屋本館6階 美術画廊X (会期終了)
大学の同期の川北さんの展示。久々に見られて嬉しい。
全ての作品が青系の線や色彩の作品で清涼感がすごい。
さらに同時に展示されてる河内さんのガラスも相まってとても涼やかな展示でした。
ただ2人の作風があまりに違うのでなんでこの組み合わせ?とも思いました。。。
















須田悦弘|補作と模作の模索 @ Gallery Koyanagi (-6/24)
ロンドンギャラリーとの協働による展覧会。
杉本博司が選んだ古物に須田さんの草花が活けられます。
杉本さんのこのギャラリーへの介入はやや辟易しますが、この展示は物凄く良かった。
古物と須田さんの作品がもはや切っても切り離せないぐらいしっくり来ていて一つ一つがしっかりと世界を作り上げていました。
わざわざ畳を敷いてるのも流石。
会場にいくつか小さな植物が植えられているのでそれもお見逃しなく。
















新田 樹 作品展 Sakhalin(サハリン)@ Sony Imaging Gallery (会期終了)
木村伊兵衛賞の受賞記念展。
作品に写る一枚一枚の体温を感じるイメージたちと、その背景にある歴史とがあまりにかけ離れていて、どうしてもそこをうまく繋げられないもどかしさを感じて、どう見ていいのかわからないまま見終わってしまった。。。




続いて新宿エリア。
松下真理子「すべて水に映る」@ KEN NAKAHASHI (-5/27)
前期後期に分けられていた後期展示。
お手製のキャンヴァスに描かれたイメージたちは、まだ模索をしつつもめちゃくちゃ可能性を感じる作品群でした。
いつもの大型キャンヴァスを枠から外して展示した作品は物凄く良かった。
前から彼女の絵は、矩形の中で狭そうにしている印象があって、こうして枠を外すことで少し解放された感覚がありました。
絵画ってどうしても枠の中で描くものなので限界があるんだけど、そこをどう超えていくかが今後彼女の絵に期待するところです。











Gallery Artists Show @ KENJI TAKI GALLERY (-5/27)
ギャラリー作家による小品の展示。
塩田さんのドローイングはどうしても苦手なんだよなぁ。
村岡三郎さんのドローイングはやっぱカッコ良すぎた。




IWAKAN Magazine 6th EXHIBITION −男性制− @ gallery -1 (-5/28)
こんなところにギャラリーあった?ってとこにありました。
アパートメントホテル新宿というホテルの地下で一階がショップになってます。
IWAKAN Magazineというジェンダーをテーマにした雑誌のフィジカル展。
あまりジェンダー系ドメスティックに感じちゃって苦手なんだけど小寺創太さんが出されてたので行ってみました。
階段降りるところに展示されてたのは池野詩織さんの酔っ払いをイメージした写真。
池野さんってどこかで聞いたことあると思ったらこないだ35分で観た作家さん。
前回の佐渡を撮った爽やかな作品とかけ離れてたのでびっくり。
そしてさらにびっくりしたのが萩崎正広さん。
埼玉県は鳩ヶ谷というところで「ゲイ・アートの家」を運営されてて、僕も実は以前行ったことあるんだけど、彼のコレクションは凄まじいのです。
そのコレクションが床に投影されててかなり貴重。
お目当ての小寺さんは、本人のパフォーマンスはないものの、以前Token Art Centerで観た写真たちと、彼の存在を仄めかすような意味深な鏡があって、これは鏡だけの展覧会も成立するなと思いました。
今回前から気になってた寺田健人さんの作品が見れたのも嬉しかった。
会場で彼の冊子が200円で売ってたので買っちゃいました。
小ぶりながらかなり充実した展覧会でした。お近くの際はぜひ。







Being – Mom is a Woman – @ √K Contemporary (-5/27)
上述の展覧会が男性性に対してこちらは女性。
戦前戦中戦後まで、あらゆる女性作家を集めたもの。
こういうのも苦手なんだけど、「Mom is a Woman」ってタイトルが良かったので。
全体的に女性っていうだけで集まってるのでやはりとりとめがないんだけど、何人か気になりました。
冒頭の長谷川春子は明治生まれのペインター。冒頭に持ってきてるのが良き。
続く張静雯の集合住宅のベランダを描いた絵画や、Carol Chediakの対話をテーマにした写真と映像も印象的だったけど、この展示で一番気になったのは田口るり子。
前衛の時代の作家さんかと思ったらめちゃくちゃ今の作家さんだった。
他も松本陽子や堀えりせ党のベテランから、山田彩七光のような若手まで。
5月中旬から公開される三上晴子の作品は行った時まだ公開されておらず残念。
三上さんの作品はこの展覧会が終わっても展示されるらしいのでまた来よう。










まずは銀座・日本橋エリア。
カーキな視界:内海聖史展 @ 三越コンテンポラリーギャラリー (会期終了)
まずは内海さん。
奇しくも前々記事の今井さん、前記事のマティスに続き色彩が重要な作家が続きます。
そんな色彩鮮やかな内海さんの作品に対して「カーキ」というくすんだ色が展覧会タイトルになってるのが意外でした。
これはステートメントにも書いてありますが、絵画を鑑賞した記憶が蓄積されていくと、色が混ざり合って最終的にグレイになるように、その記憶もグレイ、カーキになっていくのではという内海さんの仮説から始まっています。
理論的には理解できるものの、果たして本当にそうかな?とも思っていて、記憶ってそこまでロジカルなものではなくて、そこには情動のようなものもあるので、しっかりと色彩として記憶しているものだと僕は思います。
実際内海さんの作品を思い出す時は、必ず鮮やかな青だったり赤だったりをちゃんと思い出します。
ただ、内海さんの絵画の場合、「赤い絵」と言っても、色んな色相の丸が集合して一つの画面を形成しているので、実作を見ていたら、あれ、こんな色も入ってるんだという意外な発見も多々あります。
そういう意味では、記憶は単純化しているのだなぁと思わされます。
そして今回、まあ一筋縄では行かないとは思ってましたがやっぱりやってくれてました笑
僕が行ったのは5月10日だったのですが、5月9日になんと展示替えがありました。
その日はロシアの戦勝記念日で、赤・青・黄の大作のうち赤色が全て裏返されていて、残った青と黄がウクライナカラーに。
さらにグレイ・青・黄・赤の作品のうち、黄色が裏返されてロシアの国旗のようになっていました。
内海さんの作品自体には政治的なメッセージはほとんどないにも関わらず、色を選択することでメッセージが浮かび上がるという仕組みです。
ということで、前半で見られた色彩は裏返されて隙間からしか見られず。。。
デパートの会場でこんなことするなんて流石すぎます笑
作品の見た目はそこまで変化することなく、その状況を常に撹拌させることで絵画の可能性を広げていく内海さんの姿勢を今回も目の当たりにできました。



















川北ゆう・河内麻子二人展 ー波形ー @ 日本橋高島屋本館6階 美術画廊X (会期終了)
大学の同期の川北さんの展示。久々に見られて嬉しい。
全ての作品が青系の線や色彩の作品で清涼感がすごい。
さらに同時に展示されてる河内さんのガラスも相まってとても涼やかな展示でした。
ただ2人の作風があまりに違うのでなんでこの組み合わせ?とも思いました。。。
















須田悦弘|補作と模作の模索 @ Gallery Koyanagi (-6/24)
ロンドンギャラリーとの協働による展覧会。
杉本博司が選んだ古物に須田さんの草花が活けられます。
杉本さんのこのギャラリーへの介入はやや辟易しますが、この展示は物凄く良かった。
古物と須田さんの作品がもはや切っても切り離せないぐらいしっくり来ていて一つ一つがしっかりと世界を作り上げていました。
わざわざ畳を敷いてるのも流石。
会場にいくつか小さな植物が植えられているのでそれもお見逃しなく。
















新田 樹 作品展 Sakhalin(サハリン)@ Sony Imaging Gallery (会期終了)
木村伊兵衛賞の受賞記念展。
作品に写る一枚一枚の体温を感じるイメージたちと、その背景にある歴史とがあまりにかけ離れていて、どうしてもそこをうまく繋げられないもどかしさを感じて、どう見ていいのかわからないまま見終わってしまった。。。




続いて新宿エリア。
松下真理子「すべて水に映る」@ KEN NAKAHASHI (-5/27)
前期後期に分けられていた後期展示。
お手製のキャンヴァスに描かれたイメージたちは、まだ模索をしつつもめちゃくちゃ可能性を感じる作品群でした。
いつもの大型キャンヴァスを枠から外して展示した作品は物凄く良かった。
前から彼女の絵は、矩形の中で狭そうにしている印象があって、こうして枠を外すことで少し解放された感覚がありました。
絵画ってどうしても枠の中で描くものなので限界があるんだけど、そこをどう超えていくかが今後彼女の絵に期待するところです。











Gallery Artists Show @ KENJI TAKI GALLERY (-5/27)
ギャラリー作家による小品の展示。
塩田さんのドローイングはどうしても苦手なんだよなぁ。
村岡三郎さんのドローイングはやっぱカッコ良すぎた。




IWAKAN Magazine 6th EXHIBITION −男性制− @ gallery -1 (-5/28)
こんなところにギャラリーあった?ってとこにありました。
アパートメントホテル新宿というホテルの地下で一階がショップになってます。
IWAKAN Magazineというジェンダーをテーマにした雑誌のフィジカル展。
あまりジェンダー系ドメスティックに感じちゃって苦手なんだけど小寺創太さんが出されてたので行ってみました。
階段降りるところに展示されてたのは池野詩織さんの酔っ払いをイメージした写真。
池野さんってどこかで聞いたことあると思ったらこないだ35分で観た作家さん。
前回の佐渡を撮った爽やかな作品とかけ離れてたのでびっくり。
そしてさらにびっくりしたのが萩崎正広さん。
埼玉県は鳩ヶ谷というところで「ゲイ・アートの家」を運営されてて、僕も実は以前行ったことあるんだけど、彼のコレクションは凄まじいのです。
そのコレクションが床に投影されててかなり貴重。
お目当ての小寺さんは、本人のパフォーマンスはないものの、以前Token Art Centerで観た写真たちと、彼の存在を仄めかすような意味深な鏡があって、これは鏡だけの展覧会も成立するなと思いました。
今回前から気になってた寺田健人さんの作品が見れたのも嬉しかった。
会場で彼の冊子が200円で売ってたので買っちゃいました。
小ぶりながらかなり充実した展覧会でした。お近くの際はぜひ。







Being – Mom is a Woman – @ √K Contemporary (-5/27)
上述の展覧会が男性性に対してこちらは女性。
戦前戦中戦後まで、あらゆる女性作家を集めたもの。
こういうのも苦手なんだけど、「Mom is a Woman」ってタイトルが良かったので。
全体的に女性っていうだけで集まってるのでやはりとりとめがないんだけど、何人か気になりました。
冒頭の長谷川春子は明治生まれのペインター。冒頭に持ってきてるのが良き。
続く張静雯の集合住宅のベランダを描いた絵画や、Carol Chediakの対話をテーマにした写真と映像も印象的だったけど、この展示で一番気になったのは田口るり子。
前衛の時代の作家さんかと思ったらめちゃくちゃ今の作家さんだった。
他も松本陽子や堀えりせ党のベテランから、山田彩七光のような若手まで。
5月中旬から公開される三上晴子の作品は行った時まだ公開されておらず残念。
三上さんの作品はこの展覧会が終わっても展示されるらしいのでまた来よう。










マティス展 Henri Matisse: The Path to Color @ 東京都美術館

2004年の西洋美術館での展示以来約20年ぶりの日本でのマティス展!
この2004年の展覧会は学生時代に行って泣きそうなほど感動した展覧会だったので、また日本でマティス展が開催されるのを待ちに待っておりました。
本当は2021年に新美で開催されるはずのマティス展がコロナで延期になって残念に思ってたら、まさかの都美がまた別のマティス展を用意してきたから発表当時は混乱しました。
結局新美の展覧会は来年になったので都美が先になってしまったのです。
都美は前回のエゴン・シーレ展がやや肩透かしだったのでちょっと不安でもあったのですが、蓋を開ければそれは杞憂だったことが判明しました。
どこを切ってもマティス!マティス!マティス!
今回はマジでマティスしか展示されてません。凄すぎる。。。
普通資料的に同時代の画家とか風俗とかを紹介したりもするんだけど、それすらありません。
それもこれも全面協力してくれたポンピドゥー様のお陰。
国内とポンピドゥーのコレクション合わせただけでマティスの初期から最晩年までに渡る回顧展ができるんだから本当に凄い。
まず最初の地下のフロアが早速凄まじいです。
一番最初の「読書する女性」(1895)は、学生時代に描かれた作品。
後にフォーブ(野獣)と呼ばれるマティスとは思えないほど暗い色調の絵で、ハンマースホイをも彷彿とさせる不思議な雰囲気。既に国家買い上げになってるの凄い。
翌年1896年の「ベル・イル」からは一気に色彩が登場してこれ以降徐々に色彩が爆発していきます。
本展覧会最初の目玉は新印象派を意識した点描の「豪奢、静寂、逸楽」(1904)。
シニャックの誘いで南仏を訪れたマティスがパリに戻ってから仕上げた作品。
新印象派の失敗って、色を点の集合と解釈してしまったのが大きいですよね。
どうしても濁って見えてしまって鮮やかさに欠けます。
ここから面としての色を使った切り絵に晩年なっていくと思うと感慨深いですね。
案の定1907年の同じ主題で描いた「豪奢」で点描は切り捨てられ、すっかり「マティス」になってます。
シニャックたちとの仲は大丈夫だったのかな。。。
それはともかくこの絵は本当に凄まじくて、しばらく絵の前から動けませんでした。
構図も不自然だし、色の塗り方も乱暴だし、色々破綻してるのに目が離せない。
当時サロン・ドートンヌで発表されたそうだけど、今でも意味わからないのに当時はそりゃ混乱するよな。。。
この不協和音のような気持ち悪さが絶妙過ぎてやっぱりマティスには敵いません。
近くに置いてある彫刻たちも、マニエリスムよろしくバランスがおかしくて、むしろヘンリー・ムーアを予感させるような抽象彫刻に近いです。
抽象といえば、続く2014年に描かれた「コリウールのフランス窓」。
これは本展の中で最も衝撃的な作品といっても過言ではないと思います。
なんせ窓らしきフレームの外が真っ黒に塗り込められてるもんだから、後の抽象表現主義の絵画のようなコンポジションと捉えられても仕方ないというか。。。
背景に第一次世界大戦があったという説もありますが個人的にはそれはないんじゃないかなぁと思います。
もちろん全くなかったとは言い切ることはできないけれど、マティスの絵画は政治背景とかを超えたところに常にあって、時事に左右されるものではないと信じたいんですよね。
この作品はサインもされてないことから未完成と見做されたりもするのですが、最初に発表されたのはマティスの死後、1966年のカリフォルニア大学美術館での回顧展。
当時隆盛していたカラー・フィールド・ペインティングの始祖として受け止められたようですが、マティス自身は抽象への可能性を慎重に避けてきた画家でした。
そのことは「画家のノート」の中でもはっきり述べています。
ところでマティスの作品には窓がしばしば登場します。
本展でも「金魚鉢のある室内」(1914)、「アトリエの画家」(1916-17)、「窓辺のヴァイオリン」(1918)と特にこの1910年代に多く登場しています。
窓はアルベルティを引くまでもなく絵画の隠喩としても画家にとって重要なモチーフ。
そのことは東近美で開催されてた「窓展」で散々見せられました。
但しアルベルティのそれが、あくまで切り取る装置としてであるのに対して、マティスの場合は内も外も全てが一体となる「流れ込むもの」として絵画に同化しているのです。
「壁にしつらえられた窓は、2つの異なる世界を作り出しているわけではないのです。」というマティス自身の言葉からもそれがわかりますね。
ところで「アトリエの画家」って変な作品ですよね。
裸になってるの画家の方かよ!ってツッコミ入れちゃいます笑
このフロアの最後は彫刻。
特に「背中」と題されたブロンズレリーフ。
1909年に始まり1930年の4作目で完成を向かえたようですが、高さ2m近い大きさのこの作品を同じモチーフで20年以上断続的に続けてることもそうだし、そもそも壁にめり込むような背中を向けた人物っていうのが不気味。
最終的に背骨が異常に進化したようなフォルムで美しさとは別のところにベクトルがあるのがわかります。
既にへとへとだけど次のフロアへ。
何故かこのフロアだけ写真撮影がオッケーなんだけど、先ほどのフロアのような劇的な変化もないのでやや緩慢といえば緩慢なんだけど、それでもやっぱり見どころはいくつもあります。
冒頭のドローイングも珍しい木炭のものから、マティス独特の線描のものまで。
あの消え入りそうな弱々しい線とは裏腹にとてつもない力強さを感じてしまうのは何なんだろうか。。。


次の見どころというか、観に行った人からやや議論になってるのが「赤いキュロットのオダリスク」(1921)。
この時代のマティスの絵画にしばしば登場する主題。
前フロアでも「アルジェリアの女性」(1909)が展示されていたけれど、それよりも挑発的なポーズ。
この作品のキャプションには絵画的な問題にしか触れられておらず、当時のヨーロッパの帝国主義やオリエンタリズムに一切触れられていないというのが議論の元。詳しくはこちら。
実際学芸員の藪前さんもTwitterでいくつかツイートされているけれど、このような言わばブロックバスター展でネガティブな面に触れるのは中々難しいところもあると思います。
今の時代背景と当時のそれとは空気も違うのでそこを責めるのは酷というのもあるし、カタログでアラステア・ライト氏が論考を寄せてるので玄人はそっちをご覧くださいとなるのもわかります。
以下ライト氏の論考より。
"マティス当人は、源泉としたアフリカ芸術と自分との関係を、どちらかといえばもっと型どおりな視点から理解していた。西アフリカ芸術を、ヨーロッパの絵画・彫刻を若返らせてくれる「他者」として使っているのだから、彼が依然として植民地支配的な世界観の内部にいたことは明らかである。アフリカは常に「異境的」なものとして、つまりヨーロッパの芸術家たちが自分の仕事の新たな生命を吹き込むにあたって、好きなように使える外部の存在として立ち現れる。"

やや重くなりましたが、一転して軽やかに静物画。
この辺りはセザンヌの影響が如実ですね。

続いて「夢」(1935)。
この作品を見て思い出したのが「ルーマニアのブラウス」(1940)。
2004年の展覧会に出品されてた作品。
この絵は1945年のマーグ画廊での展示の際、そのプロセスを撮った写真とともに展示されていて、当時の上野でも同じように展示されていて、ものすごく感動した覚えがあります。
マティスの作品は一見ささっと描かれているように見えてしまうけれど、その背景にはいくつものトライ&エラーを繰り返していることがそれらの写真からわかって、僕もそこからマティスの絵の見方が劇的に変わりました。
この「夢」にはそのトライ&エラーが画面上に浮き出ていてめちゃくちゃ感動しました。
ちなみにこの絵のモデルになったリディア・デレクトルスカヤは、絵のモデルだけでなく、アシスタントとしてマティスのもとで働き、制作過程の写真も彼女が逐一撮影していました。
次の「座るバラ色の裸婦」(1935-36)も彼女がモデルで、何度も修正した挙句にかなり抽象的なフォルムになってます。



室内画コーナー。
マティスの絵画の平面化がドラスティックに感じられる絵画群です。



1941年に十二指腸癌を患いまともに制作を続けるのも困難な中取り組んだのがデッサンと切り絵。
1943年にこれらのデッサンをまとめたポートフォリオを出版。
さらに、1931年から33年の間にアルバート・C・バーンズに依頼されて大壁画を制作する際に用いた切り絵という方法が既に1937年のヴェルヴ誌に掲載されました。



最後のフロアでは切り絵と最晩年に取り組んだヴァンス・ロザリオ礼拝堂でクライマックス。
この二つのプロジェクトは、まさにマティスの到達点。
最後の最後まで、創造を諦めない結果がここまで果たせるのかと思うと胸が熱くなります。
礼拝堂を設計するにあたりマティスは「神を信じているかどうかにかかわらず、精神が高まり、考えがはっきりし、気持ちそのものが軽くなる」ような場となることを目指しました。
ちなみに僕は実際この礼拝堂を以前訪れたのですが、運悪く改修中で、光の入り方も完璧ではなく、いつかリベンジしたいなと思っております。。。こちら。
マティスの初期から最晩年を網羅した、見事な「回顧展」でした。
もちろん彼の代表作である「生きる喜び」や「ダンス」は来ていないとはいえ、本当に貴重な機会だと思います。
(代表作はほとんどロシアにあるんだけど、今後見られる機会があるのだろうか。。。)
8月20日までやってますが、後半は確実に混むだろうし、日曜美術館に紹介されたらアウトです。
ぜひ早めに行くことをお勧めします。こちら。
僕が行ったのはGW明けの平日でしたが、そこまで混んでおらずストレス少なめで鑑賞できました。
国立新美術館の展示は来年の2月から。こちらも今から楽しみです。こちら。
今井俊介 スカートと風景 @ 東京オペラシティアートギャラリー

































昨年丸亀で開催されていた今井俊介展の巡回。
行けなかったのでめちゃくちゃ嬉しい。
今井さんの作品は過去にもいくつか観たことはあったけど、これだけまとめて観られるのは貴重。
入った瞬間に目に飛び込んでくる「目の醒めるような」という表現がぴったりの色彩に思わず笑みがこぼれました。
今井さんの作品を語るとしたらたくさんのキーワードが浮かぶんだけど、その点と点を繋ごうとするとうまく結べないというか、脱兎のように軽々とすり抜けていく爽快感があります。
絵画、デザイン、平面性、カラーフィールド、迷彩、抽象、、、
面白いのがこれらのキーワードってすっかり語り尽くされてたものと思ってたのに、改めて現代にこの議論を復活させてるのが今井さんの作品群。
例えば彼の作品はそもそも絵画なのか?って話。
確かにパッと見服のプリントにも見えます。
というかそもそも彼がこれらの作品を作るきっかけになったのが今回のタイトルにもなってる知人のスカートのドレープを見て描き始めたので、そう見えても仕方ないというか彼はそれ自体を絵画に落とし込んでいるのです。
なんなら実際にそのパターンを布にして服やエプロン、暖簾に旗まで作っちゃってる始末。。。
これは何と言われても構わないという強い自信を感じますね。(実際後半の映像でも仰ってます)
因みに僕が彼の作品を見て真っ先に思い浮かぶのがダニエル・ビュレンです。
ビュレンも街中にあるストライプを見て自身の作品にしてしまった作家。
絵画だけでなく布にプリントしたものがあるのも似てます。
違いは見た目にも今井さんの方が複雑だし、ビュレンのようなサイトスペフィシティはない。
今井さんの画面の複雑性は、やはりモチーフがスカートのドレープだったところにあります。
ドレープの立体性を平面化する。
ここがビュレンとの最大の違いでしょう。
実際このコンセプトをわかりやすく示していたのが山田晋平さんとの映像コラボ作品。
布を撓めて歪めて動かしていくことでパターンがどんどん変化していく。
その平面性はまた往年のカラーフィールドペインティングにつながっていきます。
特に今井さん自身も言及しているエルズワース・ケリーのマットな色彩構成画面の影響は大きいでしょう。
ケリーも今井さんも図録で見てもそれが絵なのかプリントなのか判断つきかねます。
しかし実際見てみると筆跡だったり微妙な滲みだったりが手作業の痕跡を思わせます。
今回ショップに今井さんの作品をプリントした布が売ってるんですが、その肌理を見ると違いは明らか。
それを意識して今回の図録は作品の寄りが沢山載っててありがたいです。
実際こんなに近づくと監視の方が飛んできますからね笑
そして色彩豊かな作品群を見ながら、岡崎乾二郎の「抽象の力」も思い出しました。
今井さんの絵はカラフルでめちゃくちゃ存在感がありますが、もし街中に展示されていたら案外目立たないのではないかと。
むしろ真っ黒な画面とかの方が都会の中では目立つのかもしれません。
今井さんの作品は、都会の中の迷彩なのかもしれないとふと思いました。
「抽象の力」の中でも抽象画と迷彩の関係が書かれていたのでまさにその部分を思い出した次第。
こうして美術の歴史ともつながっていきながら、黙々と新しい作品を作り続けている今井さん。
今回本当に作品数が多くて、10年以上もこれを続けていることに驚異します。
インタビューの中でも「展開って概念がない」みたいなことをおっしゃってて、確かにケリーのようにシェイプドキャンバスになったりしてもおかしくないのに、愚直に矩形の中に描き続けてるんですよね。
新しい作品を見ながら色数が少なくなってる感もありつつ、でもまた色が復活してたり。。。
特に最新作はより複雑なパターンになってて面白いです。
また、今回丸亀には出てなかった学生時代の作品も出ていて、それらはドレープではなく布のプリントのような絵画で、前夜が垣間見れて嬉しかった。
6月18日まで開催中なのでぜひ。こちら。
最近ここのコレクション面白かったんだけど、今回はそうでもなかった。。。
とはいえ凄い作品を実は持ってる寺田コレクションはさすが。
project Nの方はそこまで響かずでした。。。







目黒区総合庁舎(旧千代田生命本社ビル)by 村野藤吾

以前の記事でも触れた、「名建築で昼食を」というドラマをアマプラで見ていたら、村野藤吾の目黒区総合庁舎が出てきて、いつか行きたい建築リストに入れてた矢先に、ご縁あって建築ガイドツアーに参加させて頂けることに!
このツアーは、庁舎になってから毎年開催されていて、今年で19年目とのこと。
4日間の日程で各日20名の定員で募集したところ、なんと20倍近い倍率になったらしい。。。
そんな貴重なツアーに参加させて頂き恐縮至極。。。
これはなんとしても目に焼き付かねば、と臨みました。
と、その前に、ドラマに倣って腹ごしらえ。
話題のI'm donut?は行列で断念してドラマ通りダイワに行ったら誰も並んでなかった。。。
栄枯盛衰を感じつつ目黒川を見ながら優雅にランチ。

腹ごしらえも済ませていざ。
中目黒駅から駒沢通りの坂を登ると見えてきた瞬間にテンション爆上がりました!!
まずは9階建の別館がお目見え。美しすぎる。。。










1966年竣工のこの建物。元は千代田生命の本社ビルでした。
「村野先生のやりたいようにやってください」
という発注の元、贅を尽くした作りで総費用どんだけかかったんだろうか。。。
大文字のIが連続したような特徴的なファサードは、一つ一つがアルミ鋳造で、当時の値段で30万円。。。
それが一体何個あるんだ。。。それだけで天文学的な数字になりそう。。。
高度成長期とはいえ凄まじすぎる。。。
鉄で作ったらもう少し安価だったんだろうけど、アルミはメンテがほとんど必要ないんだとか。
当時は電車からも見えて、かなり映えたんだろうなぁ。
会社としてもこの建物を本当に大事にしていて、この建物の美しさを守るために看板もつけなかったんだって。
当時の経済人には志というか粋というか、魂がありましたよね。
その魂がここに結実していると思うと胸が熱くなります。
2000年に倒産してからも、この建物は壊されることなく2003年に今の目黒区総合庁舎へと生まれ変わりました。
会社のビルが庁舎に生まれ変わるって中々ないことですよね。
残って本当によかった。
話は戻って東口。ここは庁舎になってから作られた出入口。

2階駐車場へ。階段が既に良い。

圧巻の景色。。。30万円がいっぱいあるよ。。。

2階駐車場から別館へのアプローチ。庇!





この2階駐車場は元々何もない広場だったそう。
今の風景を見たら村野さんは卒倒するかも。。。
本来は本館までシームレスに続く風景があったとか。
その先には池があるんだけど、その柵を見せない為にわざわざ段差を儲ける徹底ぶり。
ここはレクリエーションの場所ではなく、本当に純粋な広場で社員さんも立ち入り禁止だったらしい。。。




何もないって書いたけど、一つだけこの広場には当時ヘンリー・ムーアの彫刻があったそうです。
それが今どこにあるのかは謎らしいんだけど、その痕跡はありました。
その彫刻を眺める為の岩も隅に残されてた。


広場の脇には小川や築山があって、そこから南口に渡ります。
もはやランドスケープですね。凄すぎ。






南口はVIP専用口で、こちらも社員は進入禁止。
改めて駒沢通りからのアプローチ。
まずは緑の回廊を抜けます。


当時はこのまま繋がってたそうですが、今は緑と南口の間に一本道路を挟んでます。
そして南口に車を迎えるための庇が凄すぎる。。。
それを支える柱も設置面がアールになってたり天井に向かうにつれて細くなってたり異常なディテール。。。











守衛室も美しいのよ。。。



雨樋も美しい。

やっと中へ入ります笑
わ!と声が出るような美しい白亜の空間。。。
ここも当時は社員さん出入禁止のVIP専用空間。
外の風防室は建物に対して真ん中なのに、中の空間は左右非対称になってる。
これは、屋上から見下ろしてようやくわかるんだけど、外の外壁を風防室が中央に来るようにわざわざ足して、外と中で印象が変わるような仕掛けを施してるとのこと。。。マニアックすぎる。。。
入って左側の柱は建物の外にあるのに右の柱は中にある。
さらに右側の柱の床には水が張られていて、当時はその水を揺らす装置まであったそうで、水面に反射した光が天井に映る仕組み。
左右の窓の形も微妙に違っていて、アクリルのオブジェみたいなのは照明装置。









天井には春夏秋冬をイメージした作野旦平によるモザイクガラスの作品から自然光が降り注ぎます。
入口側から春。

夏。

秋。

冬。

そしてこの奥にはこの建物の代名詞となっている階段が登場。
村野藤吾といえば階段。
もはや彫刻作品。
どこを切り取っても美しく、階段の裏すら美しい。
最後の一段は床から浮いてるディテールとか本当にすごすぎる。。。
VIPの方はこの階段を登って応接室に向かいます。





















壁はテッセラという大理石・貴石・ガラスなどから生産される素材でできてて、どのタイルも凹凸が違い、近くで見るとキラキラ輝いてます。
これ、外壁にも使われてて当時は白かったんだけど、庁舎になる時に加工されて茶色くなったりひび割れて黒ずんだりしたんだそう。勿体無い。。。




因みに坂の上に建ってる影響で南口が3階にあって東口が1階にあったりで、自分が一体何階にいるのかしばしばわからなくなりました。。。
1階には池があり、それを取り巻く全てのディテールがアールを描いています。
当時のモダニズムに反して、村野は有機的なフォルムを好みました。
ほとんどの接地面が垂直ではなくて、言われなければ絶対気づかないディテールに舌を巻きました。




なんと和室エリアもあり、ここは現在ワクチン接種待機場所に。。。
そんな中なんと本格的な茶室があります。ここも当時VIP専用。
ここは普段団体にしか貸してないので見れないんですがツアーでは見れました。
京都裏千家の「又隠」の写しと言われていて、庭も敢えて暗くするように上の庇をわざと出したり、機能とは全く関係ない美学が貫かれてて本当に贅沢な空間。
2階の駐車場から茶室を上から見下ろせます。








最後は屋上へ。
ここでは例のIが近くで見られて、テッペンの部分がちょっと変わってるのがわかります。


こうして2時間弱のツアー終了。
本当に本当に素晴らしかった!!!
ここ数年で最も興奮した建物でした。
お陰で気づいたら200枚ぐらい写真撮ってた。。。
写真整理するだけでも大変でした。
「神は細部に宿る」
この言葉がこんなにしっくり来る建物そうそうありません。
村野藤吾が改めて好きになりました。
他にもたくさん周りたい。
今回お誘いいただいたF様。貴重すぎる機会本当にありがとうございました!
ガイドツアーをしてくださってる全ての方々に感謝です。
そして村野藤吾様及び千代田生命様、こんなに素晴らしい建築を残してくれてありがとう。
最後は当時は社員さんたちの通用口だった西口からお別れ。
奇跡的に蝶々にお見送りして頂きました。


帰りは中目黒駅前にある鶏だしおでんのさもんさんで一杯。
仕事前だったので日本酒は泣く泣く断念しました。。。

番外。
先日たまたま日本橋高島屋行ったんだけど、ここの増築も村野藤吾だったのですね。
2019年に高島資料館TOKYOがオープンして最初の展示が「日本橋高島屋と村野藤吾」でした。
僕が行った時は、ゲンロンが企画した「モールの想像力」と題した展示がやってました。
狭いし文字多いしでよくわかりませんでしたが。。。
又高島屋行ったら増築部分ちゃんと見てみます。

<関連記事>
世界平和記念聖堂 by 村野藤吾
宇部市渡辺翁記念会館 by 村野藤吾
宝塚カトリック教会 by 村野藤吾
谷村美術館 by 村野藤吾
「アルベルト・ジャコメッティ」展 @ エスパス ルイ・ヴィトン大阪














先月お郷の大阪へ戻った際に行ったルイ・ヴィトンで開催中のジャコメッティ展。
東京ではティルマンスもやってるしヴィトン凄すぎ。。。
それにしてもミナミはほぼ訪日観光客でごった返していて日本語がマイナー言語状態。。。
ヴィトンにも沢山来てるんでしょうが銀座エルメス同様ギャラリーに行く際は専用エレベーターがあるのでショッピングエリアに立ち寄らなくて済むのはありがたい。
ここのエレベーターホログラムみたいになってるので毎回写真撮っちゃう。。。

で、本題のジャコメッティ展ですが、めちゃくちゃ良かったです!
作品数は7点と決して多くはないものの、空間の密度がすごい。。。
以前にもジャコメッティ展いくつか見てるけど、空間の大きさと作品数のバランスが最高に良かった。
作品も全身像から顔のみから群像から胸像まで満遍なく揃ってて素晴らしかった。
全部でいくらぐらいするんだろうか。。。
そんな邪推はともかく、今回は昼に行ったんだけど、照明と自然光で出る影が美しかった。
彼がひたすら追求していた「実存」が作品と影で補完し合ってる様でした。
顔の彫刻も荘厳だったし、歩いてる群像はめちゃ面白い。
写真家エリ・ロタールをモデルにした最晩年の胸像3点もめちゃくちゃ良かった。座ってる作品って珍しいのでは。
ドキュメンタリーも流れてたけど平日でも人が沢山いたのであまりちゃんと見ず。
行けなかったけど夜は夜でまた違った雰囲気になるとか。
大阪の方は必見の展覧会です。6月25日まで。こちら。
さらに詳しくは滋賀県美館長の保坂健二郎さんが書かれたこちらをどうぞ。
山城知佳子 ベラウの花 @ 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館











久々の高松・丸亀。
マリンライナーで渡る瀬戸内海相変わらず最高!
今回は高松でライブと行きたかったバーが丸亀にあったので。
丸亀まで来たのでMIMOCAへ。2017年の志賀理江子展以来。
山城知佳子展がやってたけど正直苦手な作家。。。
入ってやっぱいいかとも思ったけどせっかくなので観てきました。
うーん、、、やっぱり苦手だ。。。
どう苦手かうまく言語化できないんだけど、傷口を見せびらかされてる感覚というか。。。
ドギツイ色味とか、直喩的な表現とか、ポエジーに欠けるというか。。。
それでも新作の「ベラウの花」や「彼方」と題されたインスタレーションはかなり隠喩的になってて好感が持てました。
是非こっちの方向で行ってほしいです。
この展覧会は6月4日まで。
それにしても谷口吉生の建物相変わらず美しい。。。30年以上も経ってるとは思えない。。。








ちなみに丸亀で行きたかったバーというのはサイレンスバー。こちら。
新宿のオーセンティックバーで教えてもらったお店で、なんでもヴィンテージウィスキーの品揃えに関しては全国でもトップクラスのバーだとのこと。
丸亀にそんなところが。。。
今回高松でライブを終え、ここに行く為にわざわざ丸亀で宿を取りました。
場所は港のすぐそばで人通りはほぼなく、こんなところに本当にあるの??と半信半疑で歩いてたら、倉庫のような建物に「BAR SILENCE」のネオンサインを見つけて入店。
中はかなり暗くて薄っすら音楽が流れてる程度で、屋号よろしくマジで静か。。。
めちゃくちゃ緊張して席に着く。
先客が一名いて、ひたすら聞いたことのないウイスキーのハイボールを飲んでらっしゃって常連臭がすごい。
壁には無数のウイスキーがあり、どうしたら良いのか分からず聞くのも躊躇われたのだけど、偶々目の前に「陰翳礼讃」と書かれたボトルがあったのでこれはどこのですか?と聞くとアイラ島のなんちゃらとか仰り、え、漢字なのにスコッチ??と混乱しつつそれ以上質問するのも憚られそれを注文。
ピリッとスパイシーなアタックで美味しい。。。
飲み干して次に行こうとするも、マジで分からずギムレットでお茶を、いや酒を濁す。
だめだ。。。これ以上いれない。。。これ飲んだら帰ろうと思ってたら、隣のお客にマスターが「ハイボールお好きなんですね」と初の会話らしい会話があり、聞いてたら常連客と思われたその方もなんと初めてとのこと!
転勤でこっちにきて仕事場の人に聞いてきたらしく、その人も全然詳しくなかった。
それで一気に緊張が解れてマスターともお話しして、手頃なヴィンテージワインをいただく。
ここには19世紀のマッカランとかもあるので迂闊に飲むといくらになるか分からないのです。
出されたのは、松下電器がまだウイスキーを輸入していた頃に入ったスコッチ。
輸出で荷物をイギリスに運んだ船を空で帰って来させるのは勿体無いので当時高級品だったウィスキーを持って帰ってきたとのこと。
多分80年代ぐらいのウィスキーだけど、さっき飲んだのと違ってかなり角が取れてまろやか。
その後1杯目にいただいた「陰翳礼讃」はこの店の35周年でボトリングされたものだったことが判明。早く言ってよ!
偶然とはいえ飲めて良かった。。。
隣の人ともお話が弾み、ハイボールならサイレンスバーならではのタリソを是非とのこと。
タリソ?ってなってたらマスターが冷凍庫から取り出したのがタリスカー。
わざわざハイボール用に凍らせてて、タリスカーソーダ割をタリソって呼んでるんだって。
そんなの初めて聞いたよ!
最後にそれを飲ませてもらってお会計。1万円以内に収まってたので勝利。
いやはや極上体験でした!丸亀お越しの方は是非!!







山本恵「空気中には様々なものが漂っている」@ hitoto
























昨夏初めてGULI GULIさんで拝見して以来、冬の名古屋のHaseさん、そして今回3度目の山本恵さんの展示。
これだけ集中的に観ても全く飽きさせない美しい世界観。。。
かなり雑多なマテリアルをここまで調和させて構成するセンスは本当にすごい。
このギャラリーは僕の地元にあるので、以前にも蚤の市のようなものをやってる時に来ました。
美術の展示というよりは工芸や雑貨なども扱ってる場所で、考えたらGULI GULIさんもHaseさんもゴリゴリの美術会場じゃないんですよね。
山本さんの作品は美術だけに留まらない魅力があるのでこれらの会場からお声がかかるのも頷けます。
今回は影がテーマで、作品はもちろん影もめちゃくちゃ魅力的。
ゆっくり回る大作はいつまでも観続けられます。。。
この影を出すのに相当手こずったそうですが、濃すぎず薄すぎず確かに微妙なバランス。。。
会場が結構暗いので棚にある作品などは懐中電灯を持って見たりして冒険のようで楽しい。
ボールを裏返したという作品が気になりました。
週末の作家在廊日のみ点く小さな電灯もあったり。
僕がHaseさんで買った作品の兄弟のようなオブジェもあって嬉しかった。
この展示は終わってしまいましたが、夏にA'holicでも展示していただきます!!
今の所7/20-8/22を予定しています。是非チェックしてくださいませ。
「ワンダーシュゲイズム」@ studio J (会期終了)





















大阪時代に何度かお邪魔したstudio Jさん。
いつの間にかあみだ筋沿いに移転されてた。
現在A'holicでも展示中の池田慎さんが参加されてるグループ展「ワンダーシュゲイズム」を観てきました。
扉を開けたらいきなりのスルメの匂いに笑ったw
このグループ展の為に参加作家さん3名が制作したタイトルが階段登った先に展示されてるんだけど、池田さんのスルメがやっぱり凄まじい存在感。。。
スルメ臭を通ってホワイトキューブに入るとやっぱり池田さんの作品に目がいく。
本当に凄まじい手仕事。。。
単純明快に見えて案外制作現場が想像つかない。どうやったらこんな風に刺繍していけるんだろうか。。。
今回吊り下げられてたプラスチック容器2つが不思議な装飾で見れば見るほどよく分からなくて楽しい。
他の中村協子さんと八木春香さんの作品も、手芸という柔らかい作業で一見優しい表現のように見えてどこか不気味さがあるのは童話に潜む不気味さに近いものがありました。
特に八木さんの編み物はかなりシュールな世界観で気になりました。
堀井ヒロツグ、成田舞、片山達貴 透明な手で触れる @ GOOD NATURE STATION 4F GALLERY (会期終了)









KYOTOGRAPHIEが開催中だった京都。
個人的にあまり興味ないのでよっぽど観たい作家や会場がないと行かないんだけど、今回はKG+で友人の堀井くんが参加してたのでそれだけ観に行ってきました。
京都、めちゃくちゃ混んでた。。。
四条河原町交差点の元阪急、元マルイがあった場所がエディオンになってたりちょっと来ない間に変化してる。。。
そして会場になってたホテルも初めて。京阪がやってる最近できたホテルなのかな?
それはともかく展覧会。
展覧会タイトルである「透明な手で触れる」という言葉は、写真を撮る行為そのものを表してる気がして妙に腑に落ちました。
3名がそれぞれ関係性をテーマにしていて、これまでも共に話をしてきた堀井くんのステートメントはこれまでで一番「わかった」気がしました。
そして今回の作品に作家自身が登場してるのに驚きましたが、同時に彼のやってきたことがここに到達する必然性をものすごく感じられて嬉しかった。
これまでも確かに彼が写ってるものもあるにはありましたが、今回の作品の作家の在り方が「見る/見られる」「撮る/撮られる」の関係性を超えた両義性を宿していてまた一歩踏み出してる意識を強く感じました。
特に二重露光で自分と他者が重なってる大きな2つの作品「皮膚の思考(遅い鏡)」は今まで彼がやってきた関係性の一つの到達点のような気がして感慨深かった。
自分が他者になり他者が自分になる。
僕たちは身体としては分かれてるけれど、いくらでも何にでもなれる可能性を宿している。
本来境界線は曖昧模糊なんですよね。
成田さんの映像の中で堀井くんが「人類補完計画」という単語を出してるのが言い得て妙でした笑
「蓬莱郷 スルメ」登場!

制作中だった「鳳来峡 スルメ」が先日到着しました!
スルメに刺繍を施したとんでもない作品。
よく見ると5羽も鶴がいる!!
スルメに合わせて糸を換えてるのでわかりにくいですがじっくりご覧ください。
匂いがあるのでジップロックに入れて展示してます笑
オンラインストアでも販売中ですので是非。
https://aholic.stores.jp
店頭でのお買い上げはそれぞれ5%OFFとなります。
「蓬莱郷 スルメ」
スルメに、国宝の袴(国宝阿須賀神社伝来古神宝類)に描かれた蓬莱島を飛ぶ鳥を刺繍した作品。
2023年
スルメに刺繍
size : h290 x w110 x d5mm







