Chim↑Pom展:ハッピースプリング @ 森美術館

















































最初に断っておきますが僕はChim↑Pomのこと好きでも嫌いでもありません。
それでもこの展覧会は発表された時から楽しみにしておりました。
本来なら昨年の夏開催予定だった本展覧会。
2020年からのコロナ禍により森美的にオリンピックとぶつけたかったであろう「スター」展は中途半端な時期に開催されて、もしかしたらオリンピックの時期にChim↑Pomがかぶることになるのか!!と期待しましたがそれもずれ、さらに不自然すぎる「アナザーエナジー」展の会期延長。。。
ギリギリまでChim↑Pom展の会期が発表されず、やっぱり揉めてるんだろうなぁと中止になることだけは避けて欲しいと願っていましたが、ようやく発表され先週初日を迎えました。
好きでも嫌いでもないのになんで僕が楽しみにしてたのか。
それはやはり彼らの作品の時代を読む速さと的確な表現方法はどうしても認めざるを得ないのです。
そして今回、やっぱりすげーやと思わざるを得ない圧倒的な展示構成。
まず、入り口に託児所を兼ねた作品「くらいんぐみゅーじあむ」が置かれ、美術館にもう一つの機能を作品として付け加えるというこれまた独特のやり方。
それを横目に展示会場に入るといきなり鉄骨で組まれた工事現場のような風景が広がり、初期の代表作「スーパーラット」や「ブラック・オブ・デス」が散りばめられていていきなり観客の心鷲掴み。
さらに歌舞伎町で展開された「ビルバーガー」があり、天井を覗くとなんと上に空間がある!!
この2フロアにしてしまうというやり方は森美の展示史上初では。。。
上に早く登りたいという衝動を抑えながら、台湾の「道」プロジェクトや、イギリスで行ったペストをテーマにしたプロジェクト「酔いどれパンデミック」が並びます。
この「酔いどれパンデミック」はなんとコロナの前年2019年に発表したっていうんだから本当に予言者かよっていう驚き。。。
で、ついに上に。
絶句。。。
そこに広がっていたのはアスファルトの地面。。。!!!
今までいた下の空間はすっかりネズミたちの住まう地下空間と化してて、僕ら観客はそこから這い上がってきたというストーリーが成立している。。。!!
凄すぎる。。。
ところでなんか電話してる女性がいたんだけどもしかしてエリィだったのかな。。。
スロープでまた降りると大きなゴミ袋に入れる「ゴールド・エクスペリエンス」が鎮座。
その場で予約して1分だけ入れるんだけど、中で何か起こるのかと思ったら何も起こらずw
そんなこんなで前半終了。
後半への途中、それまで密密に詰まってた展示がいきなりすこーんと抜ける。
ここでは避難地域に展示された「Don't Follow the Wind」が紹介されてて、これもまた見せ方うますぎた。
ここの空間いつも中途半端なんですよね。
敢えてスカスカにすることで、不可視の放射能を思わせる不気味な空間になってるし、窓から広がる東京の風景もまたChim↑Pomの作品に見えてしまうという。。。
で、後半。
既に前半でお腹いっぱいだったんだけど、ここからまたギアが上がって、そうそうこれもあった!っていう代表作がこれでもかと言うぐらい連続で登場。
まずは「ヒロシマの空をピカッとさせる」。
無数の折り鶴で作られた圧倒的なパビリオンと共に、中止に追い込まれたあの伝説のプロジェクトを紹介。
さらにその奥には東日本大震災をテーマにした伝説の作品群「LEVEL 7 feat.『明日の神話』」・「リアル・タイムス」・「気合い100連発」が登場。
「気合い100連発」は2019年のあいちトリエンナーレの「表現の不自由展」に出ていて話題になったためかここだけ撮影不可。。。
この作品今見ても泣きそうになる。いい作品だなぁ。一番好き。
この後は近年の作品が続くんだけど、正直これまでの作品と比べるとどうしても弱い。
意外にオリンピックに言及したのがほとんどなかった。
最後のエリィのコーナーも初期の「サンキューセレブプロジェクト アイムボカン」以外はピンと来ず。
最後の最後、ショップも作品にしてたのはさすがだった。
千円のガチャ怖すぎてできなかったw
で、この展覧会、実は別会場があります。
案の定美術館側と揉めたようで、某アニメをイメージした代表作の「スーパーラット」が展示できなかったんですよね。
ちなみに森美術館の外にダニエル・アーシャムの件のアニメのブロンズ作品があるんだけど、それはいいんかい。
兎に角虎ノ門の方に別会場が用意されてるんだけど、これがまた知ってないと辿り着けない。
館側からの案内は一切なく、受付で聞かないと教えてくれない。
しかも時間予約制で、その日のうちでないとダメで、別会場17時まで。こちら。
これ会期終了間際とか混んで入れない人めっちゃ出そう。。。
で、行ってみたんだけど、森美の冒頭に出てた映像と例の問題のねずみちゃん、そして「ハイパーラット」と言う映像の3点のみで、僕は問題のねずみちゃんは何度か見てるしあんまり見応えはなかったかな。。。

兎に角、これまでの彼らのヒット作が目白押しのベストアルバム的展覧会見逃す手はないと思います。
ただただ回顧するだけでなく、見せ方が流石すぎるのでぜひ体験してみてください。
5月29日までですが、展覧会後半は特に混雑必至なのでできるだけ前半で行くのをお勧めします。こちら。
藤田貴大「Light house」@ 東京芸術劇場シアターイースト

久々のマーム!
新作で言ったらコロナ前の「蜷の綿/まなざし」以来。。。
コロナで観に行く筈だった「cocoon」も「路上」も中止になってしまって泣きました。
なので今回もどうかと思って祈るように上演日を待って無事観劇できました。
舞台は沖縄。
本来だったら2020年に再演する筈だった沖縄を舞台にしたマームの代表作と言える「cocoon」がとりあえず今年上演される予定になってはいるけど、また別の沖縄を描くということでどんなものになるのかと期待。
舞台上には砂浜を思わせる漂流物らしきものがたくさん散りばめられていました。
そこに演者が続々と現れ、黙々と静かに開演。
そこからしばらく食卓の場面になるんですが、このダラダラと続く感じが心地よくて、始まらない始まり方というのか、こういう始まり方結構好きです。
食卓はマームの初期作「待ってた食卓、」を想起するような原点感もあり、藤田さんにとって食卓の場面というのはとても大事なんだろうなぁと思いました。
そこから溜めに溜めて唐突に繰り出されるマームの真骨頂のリフレイン!
これめっちゃ気持ちよかった。
この食卓の場面はこの演目を通じて何度もいろんな感情で台詞が吐かれます。
そこから時の変遷があるんだけど、正直途中から全然ついていけず、え、今何が起こってるの??って大混乱汗
市場の場面は、特設サイトの藤田さんと沖縄の人の対談「沖縄での営みをめぐる」から来てるんだろうな、ってのはわかるんだけど、肝心のストーリーの根幹が全く飲み込めず。。。
最後の方は本当にカオスで、平和だった前半とは全く違う不穏な雰囲気。
マームの場合ストーリーはそこまで重要ではないのかもしれないけれど、ちょっと置いてかれてしまってポカーンとしてる間に終わってしまった。。。
んーーー、ちょっと消化不良でした。。。
3月6日までシアターイーストで上演中です。気になる方はこちら。
最後の方でずっと音楽だか映像だかをいじってる人が灯台守役としてまさかの登場してきたんだけど、この人美術作家の小金沢健人さんだった笑
まさか台詞まで言わされるとは本人もびっくりだったでしょうね。。。
この演目の環境演出も手がけてたみたいです。
今年は沖縄の本土復帰50年に当たります。
それがめでたいことなのかどうなのかは正直わかりません。
延期になったマームの「cocoon」もそうだけど、個人的には劇団チョコレートケーキの新作「ガマ」が物凄く覚悟いるけれど楽しみ。
<関連記事>
藤田貴大「蜷の綿(になのわた)- Nina's Cotton - / まなざし」 @ 彩の国さいたま芸術劇場
藤田貴大「書を捨てよ町へ出よう」 @ 東京芸術劇場
藤田貴大「BOAT」@ 東京芸術劇場
川上未映子×マームとジプシー「みえるわ」 @ 味園ユニバース
MUM&GYPSY『あっこのはなし』『ΛΛΛ かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと──────』@AI・HALL
ミニマル/コンセプチュアル ドロテ&コンラート・フィッシャーと1960-70年代美術 @ 愛知県美術館







































京都で泊まらせてくれた友人が仕事で一宮まで行くんだけど乗ってく?と言われて衝動的に愛知へ。
ちょうど川村記念でスルーした「ミニマル/コンセプチュアル」展が愛知県美術館でやってて気になってたところだったのです。
川村、同じ関東と言えど愛知県美の方が行きやすいっていう。。。
とはいえ次回の「カラーフィールド 色の海を泳ぐ」展は単館開催っぽいので久々に行かねば。。。
本題。
この展覧会は副題にもあるように、ドイツはデュッセルドルフにあるコンラート・フィッシャーギャラリーのコレクションを中心に展開されています。
ギャラリーの名前はなんとなく聞いたことあったんだけど、今回ここまでヨーロッパにおいて重要な役割を果たしたギャラリーであることを初めて知りました。
概要だけさらっと。
まずコンラート・フィッシャーは1958年にデュッセルドルフアカデミーに入学し、そこでリヒターやポルケ、パレルモに出会いコンラート・リューク(母親の旧姓)としての画家のキャリアをスタートさせます。
1964年にはドロテ・フランケと結婚し、卒業後はボイスを世に出したアルフレート・シュメーラのギャラリーで展示撤去手伝いとして働き、ドロテは美術教師として働きながら生計を立てていました。
(シュメール・ギャラリーは現在シュメール・ハウスとしてレジデンスや教育施設として存続。こちら。)
1967年10月、フィッシャーギャラリーをオープン。
当初からミニマリズムとコンセプチュアリズムを中心に紹介することを念頭にスタート。
出来上がった作品を輸送するのではなく、作家を直接来させてサイトスペシフィックな作品を作ってもらうか、指示書によって作家ではなくギャラリー側が制作するという、当時としては画期的なシステムで展示を行います。
このリモートの展示方法って、今のコロナ時代に改めて見直すべきやり方ですよね。
そもそもフィッシャー自身が元々作家だったのは大きかったとは思いますが。
制作のことをわかってる人だからこそ他の作家も信頼してたんでしょうね。
フィッシャーは自身のことをギャラリストではなく「アートエージェント(アートの媒介者)」として、売買よりも関係性に重きを置きながら活動し、1996年56歳の若さで逝去。
その後妻のドロテが運営を続け、彼女の死後は娘のベルタが今も運営しています。こちら。
この展覧会はコンラートの死後、ドロテからコレクションを譲り受けたノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館の全面協力の元開催されてるそうなんだけど、初めて聞いたぞと思ってたらデュッセルドルフにある通称K20/21のことでした。なるほど。こちら。
で、展覧会。
なんとなく資料の多そうな展覧会だなぁと思ってたのですが、思いの外実際の作品がたくさん出ていてびっくり。
のっけからカール・アンドレでテンションが上がる!
アンドレはフィッシャーギャラリーで最初の展示をした作家らしい。
いきなり床に敷き詰めた鉄の板を観客がその上を歩くっていうラディカルな作品。
フィッシャーが戸惑う観客に手招きして歩かせてる写真めっちゃいい。
そりゃ触れるだけでもご法度なはずの作品を踏めって言うんだから躊躇するよね。
他にも当時のDMや手紙が展示されてて、アンドレの文字がめっちゃ読みやすい字で親近感。
さらにその奥にはダン・フレイヴィンの「無題(タトリンのためのモニュメント)」が展示されててまたテンション上がる!
「ART SINCE 1900」で見て観たかった作品だったので。
そこからソル・ルウィットにベッヒャー、河原温と、今やスターと化した作家たちの作品が続く続く。
ルウィットの手書きの指示書もめっちゃ貴重。。。
ライマンの作品はミニマルなだけに壁の継ぎ目がめっちゃ気になった。。。
「ミニマル/コンセプチュアル」といえば当時アメリカが大きなポジションを築いてたけど、しっかりヨーロッパの作家も紹介。
パレルモやリヒターの同窓生の展覧会もやってて、感慨深かっただろうなぁと勝手に想像。
ビュレンやブロータース、ブラウンの作品も貴重。
スタンリー・ブラウンは、先日行った長野県立美術館でやってた松澤宥と関わりがあって、ブラウンの世界中の1平方メートルの土地を買うプロジェクトに実際松澤が土地を売ってて、そこに建てた「瞑想台」でパフォーマンスしてたりするんですよね。
松澤は他にも今回の出展者のヤン・ディベッツやギルバート&ジョージ、ハンネ・ダルボーフェンらとも交流してたりして、あの厨二病親父マジで只者じゃない。。。
最後はブルース・ナウマンとギルバート&ジョージでフィニッシュなんだけど、この展示、キュレーションもめっちゃしっかりしてるなぁと言うのが最後まで見終えての感想。
冒頭のアンドレやルウィットの作品からは、無機質で作家の主体性を消してしまうような作品が続くんだけど、河原温の「I AM STILL ALIVE」といった言葉やブロータースの署名から作家の主体を徐々に取り戻していき、ロングあたりからいよいよ作家の身体が「歩行」という形で仄めかされ始めて、ナウマンとG&Gでついに作家の身体が登場!という流れがうまく出来上がっててキュレーションすげーーー!!!って思いました。
いやはや正直そこまで期待してなかったので本当に来てよかった。
会場のハンドアウトも可愛いくて素敵!
カタログは会場だと千円安く買えます。林さんが寄稿してるけどもう良いんだろうか。。。
愛知県美での展示は3月13日まで。こちら。
その後兵庫県立美術館に巡回します。こちら。
兵庫県美は初日と次の日3月26,27だけ飯川雄大さんの展示が被るので行ける人はここ狙うべき!
さて、お次はコレクション展。ここのコレクションも侮れません。
まず20世紀のグラフィックと称したコレクションたち。
ウイーンの分離派のポスターやカタログからスタートしますが、個人的見所は何と言っても次のお部屋のマティスとピカソによる装丁のコレクション。最高すぎた。。。








そして、コロナ禍で始まった若手の作品を収集するプロジェクト。
これは本当に素晴らしい取り組み。。。
加藤巧

THE COPY TRAVELERS

大田黒衣美

青田真也


文谷有佳里

玉山拓郎

小栗沙弥子

展示室以外にも戸谷成雄の大作と木村友紀のインスタレーションが。
木村さんのは、おじいさんが昔撮った桂離宮の写真を使ったインスタレーションでめっちゃ良いです。
思わず見逃しそうなところにあるけど忘れないで!







Hello! Super Collection 超コレクション展 ―99のものがたり― @ ⼤阪中之島美術館




























僕が生まれた1983年に構想が発表され、1990年に準備室を開設。
その後何度も計画が頓挫しつつ、ようやくこの2月2日に約40年の歳月を経て大阪市中之島美術館が開館しました!
場所は国立国際美術館の目の前。
ずっと空き地でシルク・ド・ソレイユとかがやってた場所ですね。
今後国立国際とは連携して秋に具体展とかやるみたいなのでそれも楽しみ。
さて、この美術館。
僕が学生の頃には心斎橋に準備室があって、たまにコレクション展がやってました。
僕が以前観た記憶があるのは以下。
アートのひとStyle―自画像から現代のミューズまで (2003/10/4-26)
こんどは現代美術! (2006/4/22-7/2)
夢の美術館:大阪コレクションズ (2007/1/16-3/25)
写真の美術/美術の写真 「浪華」「丹平」から森村泰昌まで (2008/1/26-3/23)
途中でこれまでのチラシが展示されてて中々感慨深かったです。
特に最初のは南港の方でやってて、こんなの持ってるの!?と驚きました。
そこからももう20年経ってるわけですからね。。。
開館までにここまで苦節を強いられた美術館も中々ないのでは。
そもそも中之島には国立国際美術館があって、コレクションも被ってるし本当に必要?とは僕も当時思ってました。
いっそのこと国立国際美術館にコレクション寄贈してしまえば良いのではとか。
2007年の展示は国立国際美術館で開催されててこれでええやん、と実際思ったりして。。。
しかし粘りに粘って2013年にようやくGOサインが出され、建築は2017年にコンペで遠藤克彦建築研究所が選ばれました。
そして出来上がったのがブラックボックスのような建物。
中は吹き抜けで黒いエスカレーターが三方から伸びてるのが印象的。
入り口もいくつかあって、休館日も入れるってのが面白い。
コンペ時のテーマが「パッサージュ」だったのは頷けます。
正面入り口から入るといきなりショップってのもなんか大阪っぽいw
レストランはまだオープンしてなくて、国立国際美術館とつながる通路もまだ開通してない状態。
行った日は平日だったにも関わらずたくさんの人が来ててびっくり。
コロナ禍で行く場所ない中で新しい場所ができたのは大きいかと。
最初アートって大阪の人たちにも必要とされてるのか!と思ったけどお向かいの国立国際美術館はガラガラだったので今後落ち着いてくるかな。落ち着いた時にまた来たい。
2階でチケットを購入し、エスカレーターで4階へ。(3階は収蔵庫かしら)
現在これまで収集したなんと6000点にも及ぶコレクションが多数展示されてます。
そもそもこのコレクションは山本發次郎のコレクションを大阪市に寄贈されたところから始まってます。
その目玉は何と言っても佐伯祐三。
彼の代表作はほぼここに集まってると言っても過言ではありません。
山本のコレクションは佐伯だけではなくて、日本画や民族衣装まで多岐に渡っていて、特にインドネシアの衣装はめちゃくちゃ美しくて佐伯より感動しました。
そこから大阪ならではの丹平写真倶楽部や具体の作品、特に吉原治良がこれでもかと言わんばかりにありました。
さらに5階に上がると近現代美術の作品群。
特に目玉のモディリアーニやマグリットはここにあったの!?って感じでした。
モーリス・ルイスの大作のタイトルが偶然「オミクロン」w
その後、他の館では珍しいマッキントッシュやアアルトなどの近代デザイン家具のコレクションや、閉館したサントリーミュージアム大阪から寄贈された18000点のポスターの展示など独自性があって面白かったです。
ロシア・アヴァンギャルドのコレクションは個人的にめっちゃよかった。
最後は倉俣史朗や田中一光、亀倉雄策ら日本の近代デザインを支えた名品の数々でフィニッシュ。
2025年には大阪万博もあることだしこの辺のコレクションでなんかやって欲しいですね。
とまあ、2フロア一気に観てめっちゃ疲れた。。。
1990年から始まった収集はやっぱりとんでもなかったけど、正直散漫な印象も。
特に写真のコーナーに安井仲治や中山岩太のような関西写真界の巨人の作品がなかったのがえ??ってなったり。
今回はとにかくこれまでのコレクションを一気に見せるというものなので仕方ないんだけど、今後はもっとテーマを絞って面白い展示を期待します。
このオープニング展は3月21日まで。こちら。
ところで、2階の一角でこっそり現代作家の展示がやってます。誰も観てない。。。
荒木悠・林勇気・柳瀬安里の3名による「テールズアウト」。
事前に募集して集まった300点のVHSの映像を使って各々が作品を作ってます。
これ、ウェブサイトの展覧会情報のところに載ってなくてイベント情報のところに載ってた。。。
京セラのトライアングルもそうだけど、取ってつけたように現代美術やるのどうなんだろう。。。
こちらも3月21日まで。今後もここで現代美術やるのかな??





ちなみに大阪府にも美術館の準備室のような大阪府立江之子島文化芸術創造センター/ enocoというところがあり、コレクションもありますがここも当分箱はできなさそう。。。
今ちょうどコレクションの展示をやってるみたいなので興味ある方はこちら。
昔はパスポートセンターの下に大阪府立現代美術センターがあって、こっちは面白い展示もやってたし何回か行ってたけどenooになってから一度も行ったことがない。。。
感覚の領域 今、「経験する」ということ @ 国立国際美術館

この展覧会発表された時、なんか某ギャラリーの作家多くない??と思ってその某ギャラリーのサイト見に行ったら冒頭に掲げられてるモットーがこちらでした。

ちなみにこの展覧会の発表当時のタイトルは「感覚の交差点」。あちゃー。
とまあ、思いっきり政治力を感じながら期待せず観に行ったんですが、やっぱり作家がいいので普通に展示としてはよく見えちゃうんですよね。。。うーん。
タイトルも感覚とか経験なんて言葉曖昧過ぎるし、挨拶文も無難過ぎるし、そもそもジェンダーバランスが男女比6:1人で悪すぎるしキュレーションのキュの字もないけど。
ってことでまずはその某ギャラリー作家の展示から。
今村源







伊庭靖子


名和晃平



中原浩大

のっけから今村さんの作品にやられて泣いた。。。
ここの空間これまでで一番最高な使い方してる。。。常設にしてほしい。。。
今回の出品者の中で最年長だと思うんだけど、作品が最も若い。。。凄い。。。
前述の政治力が無効になるぐらい素晴らしい作品でした。。。
伊庭さんは最近の立体視のやつ何が面白いかわからない。。。普通に絵を描いて欲しい。。。
名和さんと中原さん思いっきり某ギャラリーのお仕事じゃないですか??
中原さんの作品は本になってていちいちスタッフの方が1ページ1ページめくるので見てられなかった。パフォーマンスとしては面白いかも。。。
で、その某ギャラリー色を薄める他の作家さんたち。
大岩オスカール


藤原康博




飯川雄大















大岩オスカールの版画はまず某ギャラリーの仕事だろうな。。。
藤原さん、初めて観たけど世界観が面白かった。深掘りしたい。
この展覧会で今村さんに並んで優秀賞は何と言っても飯川さん。最高でした!
壁を動かすなんて普通に楽しいし、館のサーキュレーションを組み替えるという脱構築的な構造も面白い。
ヨコトリで経験してたので知ってたけど、これ知らなかったら壁動き出したらめっちゃ怖いw
大きな壁を女性スタッフさんが1人で動かしてるの勇者感あってかっこよかったw
前回は全く説明がなかったけど、今回はスタッフの方が教えてくれた。
この教える/教えないは微妙だろうなぁ、と想像します。どっちでも面白いと思いますが。
館内にあるバッグも彼の作品。持ち上げるとめっちゃ重いです。
ハンドル回すと持ち上がるタイプもあったw
会場にヨコトリの時の冊子があったんだけど、これめっちゃ欲しい。。。
調べたけど入手方法がわからず。わかる人いたら教えてください!!
もうすぐ兵庫県美でも展示があるし飯川さんのってますね。
この展覧会は5月22日まで。こちら。
美術館ショップ行ったら某ギャラリー関連の本めっちゃ置いてて笑った。
コレクション2:つなぐいのち



















国立国際で絶対見逃せないのがコレクション展。
コレクションが凄過ぎる美術館はいくつかありますが(東近美とか豊田市美とか)、国立国際もそう。
特に今回マーク・マンダースがあったのがめっちゃびびった・・・。
都現美の展示の後そのまま買い取ったんだとか。。。凄い。。。
ボルタンスキーも国立新美の時に買い取ったんだろうか。。。
今回は「つなぐいのち」ってテーマなのでやや重めで僕好み。
特に村上三郎、館勝生、木下晋が並んでるのは熱すぎた。
館さんの作品、観るたびに素晴らしいんだけど、関東ではまだまだ知られてなくて残念過ぎる。。。
後米田知子やO JUNをこれだけ揃えてるのは凄すぎ。
今回もお腹いっぱいでした。
名和晃平個展「Kohei Nawa / Esquisse」@ Gallery Nomart





某ギャラリーです爆
学生時代はよく行ってたんだけど、本当に久しぶり。深江橋なんてまず降りる駅じゃないから。
今回は名和さんの学生時代のエスキースの展示ということで。
学生時代の作品出してくるってどうなの?って思いつつ、やっぱりこの頃の名和さんはノッてるんだよなぁ。
作品どれも素敵でした。
今回新たに出したエスキースの本も買っちゃいました。
あぁ、この頃の名和さんに戻って欲しい。。。
展覧会は2月19日まで。
ゲルハルト・リヒター「Abstrakt」 @ エスパス ルイ・ヴィトン大阪










先日2月9日御歳90を迎えたゲルハルト・リヒター。
今年はその生誕90年を寿ぐ展覧会が世界各地で開催されます。
日本でも東近美と豊田で開催される16年ぶりの回顧展にポーラ美術館が最近30億で購入した作品を見せる展示などが挙げられます。
東近美の展示はリヒターが直接指示したもので、豊田は前者より出品数が多いということで、同じ展覧会ではあるんですがやっぱりどっちも行く必要がありそう。。。
16年前もどっちも行ったなぁ。。。特に川村は雪で大変だった思い出。。。こちら。
そんなリヒター展に先駆けて開催されてるのが大阪のルイ・ヴィトンで開催されてる本展。
財団のコレクションからリヒターの抽象画に焦点を当てた展示です。
一企業でこれだけ揃えられるなんてドン引きです。。。
スペースは広くはないものの、一言に「抽象」と言っても様々なアプローチで展開されていてかなり見ごたえがたっぷり。
森の写真に絵の具を直接載せてるもの。
アクリル板で絵の具を圧着させてるもの。
筆と大きな板みたいなものでキャンバスに絵の具塗りつけてるもの。
そして色とりどりのストライプ。
特にストライプの作品は絵の具すら使われてないんですが、遠ざかったり近づいたりして見ると眩暈を覚えそうになります。
90になるにも関わらず旺盛な制作を続けてて、しかもクリエーションの質が落ちてないのは本当に凄い。。。
普通年取っていくと作品が段々とダサくなっていくんですけど何なのこのおじいちゃん。。。
今年の展覧会郡さらに楽しみになりました!
この展覧会は4月17日まで。こちら。
夜のルイ・ヴィトン大阪。美しい。。。

美の標準 —柳宗悦の眼による創作 @ 日本民藝館



松本民芸館行って泣くほど感動したり、東近美の民藝展が不満だったこともあり、民藝館に行きたい熱が沸騰したので行ってきました。
この日は前から入ってみたかった柳宗悦の元自邸(現・西館)にも入れる日なのです。(第2・3水曜日、第2・3土曜日)
想像してたより遥かにミニマルでびっくりしました。
スタッフの人がさらりと「バーナード・リーチさんがお泊まりになった部屋です」とか「息子の柳宗理さんの部屋です」とか案内してくれるのにいちいち伝説過ぎて凄い。。。
そして本館では現在「美の標準」が開催中。
棟方志功や河井寛次郎らの作品がたくさん見られますが、やっぱり僕は市井の人々が作った「生活の美」に魅せられます。
ここに来るたびに毎回ハッとさせれらる物たちに出遭えるんですよね。
今回柳宗悦自身がデザインしたものが展示されててびっくり。そんなことまでしてたんだ。。。
今年度は観たい展示づくしなので民藝館たくさん通います。
ここから駒場公園に行って、そのまま近代文学館にあるカフェBUNDANでお茶するのが定番のコース。
東京で一番好きな場所。
そこから代々木上原方面に向かい東京ジャーミイへ。
家から歩いて行けるのに中々足を運んでなかったんだけど、行ったら案の定良かった。
いつかトルコやイラン行って美しいモスク巡りしたい。。。
偶像崇拝を禁じたお陰でここまで美しいアラベスクを発明したイスラム本当に素晴らしい。







オルタナティブ! 小池一子展 アートとデザインのやわらかな運動 @ アーツ千代田3331


書くとこないからここに。
小池一子の業績を見せる展示がやってるのは知りつつ、ほとんど興味ないのでスルーしてたんだけど、なんと今回内藤礼の「地上にひとつの場所を」が展示されると知り急いで予約。
雪の中向かいました。
佐賀町エキジビットスペースで発表し伝説と化した作品。
今回どう展示されるのかドキドキでした。
展示室は地下一階。
受付を済ませて時間になって入室。
もちろん1人でのみの鑑賞。
当時よりかなり削ぎ落とされてるけれど、最近の内藤礼には見られない造形で当時の作品の気配を存分に感じられました。
作品と向き合い内省しながら過ごす10分間。至福でした。観られて良かった。。。
現在も2月はほぼ埋まってるけど3月は予約まだ空きあるので興味ある方は是非。
肝心の小池展は前半のパルコや無印の仕事はへぇって感じだったんだけど、やはり佐賀町エキジビットスペースの展示はすごかった。
ってか群馬近美で観た展示よりいいのでは。。。
展示は3月21日まで。
松本民芸館

















こんな時代じゃあ そりゃあ新しかろう
良かろうだろうが 古い物は尊い
椎名林檎「人生は夢だらけ」より
松本何回か行ってるんだけど毎回行きそびれてた松本民芸館。
1962年に丸山太郎によって創設され、1983年に松本市に寄贈されました。
丸山は自らが工芸作家であり、民芸の蒐集家でもありました。
館の冒頭にも掲げられている「美しいものが美しい」という文章でも分かる通り、場所も時代もバラバラだけど、美しさという共通点によって集められたものたちが展示されています。
東京にある柳宗悦の創設した民藝館ももちろん素晴らしいんだけど、こっちの方が自由な感じがしました。
江戸時代の日本のものがあるかと思えば南洋や南米のものまで古今東西ありとあらゆるものが並置されてます。
しかし全く雑多な感じがしなくて本当に驚きました。
櫛や煙管、鞠など世界は一つなんだなぁと感じられる展示。
美しすぎて涙が溢れました。。。
本当に素晴らしい場所。来られてよかった。
街の中心部には丸山のお店「ちきりや工芸店」があります。
僕が初めて松本に来たときに真っ先に向かったお店。
生憎この日は閉まってましたが、また爆買いするところだったので良かったのかも。。。

ところで今回は前から憧れてた美ヶ原温泉の旅館すぎもとに泊まりました。
平日おひとりさまプランという神プランを見つけてしまって。。。
とにかく飯が美味すぎてたらふく食ってしまった。。。最後の打ちたての蕎麦まじで最高だった。
もちろん温泉も最高。旅館自体広くてほぼ迷宮。やや雑多だけど泊まれて良かった。
松本民芸館から徒歩12分ほど。おすすめ!



















マツモト建築芸術祭 @ 長野県松本市内
釘町彰、本城直季 @ 旧司祭館







中島崇 @ 旧開智学校, アルモニービアン(旧第一勧業銀行松本支店), コーヒーラウンジ 紫陽花




松澤宥 @ 池上百竹亭 茶室










五月女哲平 @ 旧宮島肉店





鴻池朋子 @ 上土シネマ





土屋信子 @ 下町会館








白鳥真太郎 @ 白鳥写真館, 上土劇場(旧ピカデリーホール)



河田誠一 @ 珈琲茶房かめのや




石川直樹 @ レストランヒカリヤ



ロッテ・ライオン @ かわかみ建築設計室








磯谷博史 @ 池上邸 土蔵




井村一登 @ まつもと市民芸術館







鬼頭健吾 @ NTT東日本松本大名町ビル




写真貼るだけで疲れた。。。
ってことでマツモト建築芸術祭に行ってきました。
初回となる今回は扉ホールディングス株式会社代表取締役・齊藤忠政が発起人となり、実行委員長を務め、総合ディレクターはおおうちおさむが担当。
民間主導で街全体を使うのは滋賀県の近江八幡でやってるBIWAKOビエンナーレに近い形ですね。
兎に角回るの結構大変だったけど、ただただ松本のポテンシャル凄すぎてびっくり。
あるはあるは最高すぎる建築たち。
国宝になってるものから全く無名の建築まで全18カ所。
疲れ果てて断念した旧念来寺鐘楼と休みだった割烹松本館以外の16ヶ所回りました。
コロナの影響もあって、近々になってお休みになるケースも多々あるみたいなので行く人はウェブサイト常にチェックした方がいいです。割烹松本館休みだったのは痛かった。。。
ともあれ内容ですが、正直アートの方は添え物感がすごかった。
タイトルに建築がまずついてるのもあって、やはり建築が主役。
岡山芸術交流みたいに世界中から一流の作家集めるぐらいやらないと建築と芸術は中々マッチしないです。
そんな中で場所の空気を全く読んでなかった土屋信子の展示が最高でした笑
ここでやる意味ある?って感じだったけど、土屋ワールド全開で展示としては素晴らしかった。
他はまあ別に。。。
途中のかめのやのプリン最高でした。
2月20日まで。こちら。
会場じゃないんだけど旧宮島肉店から上土シネマに行く途中にあった宮島耳鼻咽喉科医院もすごかった。。。
松本来るたびに凄いと思わせてくれる街だなぁ。









中島崇 @ 旧開智学校, アルモニービアン(旧第一勧業銀行松本支店), コーヒーラウンジ 紫陽花




松澤宥 @ 池上百竹亭 茶室










五月女哲平 @ 旧宮島肉店





鴻池朋子 @ 上土シネマ





土屋信子 @ 下町会館








白鳥真太郎 @ 白鳥写真館, 上土劇場(旧ピカデリーホール)



河田誠一 @ 珈琲茶房かめのや




石川直樹 @ レストランヒカリヤ



ロッテ・ライオン @ かわかみ建築設計室








磯谷博史 @ 池上邸 土蔵




井村一登 @ まつもと市民芸術館







鬼頭健吾 @ NTT東日本松本大名町ビル




写真貼るだけで疲れた。。。
ってことでマツモト建築芸術祭に行ってきました。
初回となる今回は扉ホールディングス株式会社代表取締役・齊藤忠政が発起人となり、実行委員長を務め、総合ディレクターはおおうちおさむが担当。
民間主導で街全体を使うのは滋賀県の近江八幡でやってるBIWAKOビエンナーレに近い形ですね。
兎に角回るの結構大変だったけど、ただただ松本のポテンシャル凄すぎてびっくり。
あるはあるは最高すぎる建築たち。
国宝になってるものから全く無名の建築まで全18カ所。
疲れ果てて断念した旧念来寺鐘楼と休みだった割烹松本館以外の16ヶ所回りました。
コロナの影響もあって、近々になってお休みになるケースも多々あるみたいなので行く人はウェブサイト常にチェックした方がいいです。割烹松本館休みだったのは痛かった。。。
ともあれ内容ですが、正直アートの方は添え物感がすごかった。
タイトルに建築がまずついてるのもあって、やはり建築が主役。
岡山芸術交流みたいに世界中から一流の作家集めるぐらいやらないと建築と芸術は中々マッチしないです。
そんな中で場所の空気を全く読んでなかった土屋信子の展示が最高でした笑
ここでやる意味ある?って感じだったけど、土屋ワールド全開で展示としては素晴らしかった。
他はまあ別に。。。
途中のかめのやのプリン最高でした。
2月20日まで。こちら。
会場じゃないんだけど旧宮島肉店から上土シネマに行く途中にあった宮島耳鼻咽喉科医院もすごかった。。。
松本来るたびに凄いと思わせてくれる街だなぁ。


松澤宥 生誕100年 @ 長野県立美術館











昨年4月のリニューアルオープンから既に2回目の長野県立美術館。(前回はこちら。)
生まれ育った下諏訪でその生涯をかけて芸術活動を全うした松澤宥。
その彼の生誕100年展が長野でって観に行かない手はないのです。
オープニングが2月2日で彼の誕生日ってのも素晴らしい。
2月2日というのはもう一つ意味があって、2222年の2月2日が松澤によると人類最後の日なんですよ。
彼の300歳の誕生日でちょうど200年後。
なんか陰謀論めいてますね。。。ほぼ厨二病
美術館入って早速「人類よ消滅しよう行こう行こう(ギャテイギャテイ)反文明委員会」の横断幕から笑いましたw
実は彼の作品、何度見ても「ようわからん」で終わっちゃうんだけど、なんか気になるんだよね。。。
実際今回の展覧会観ても、なんのこっちゃ、だったんだけど、やっぱり無視できない「気になるアイツ」。
最初早稲田の建築学科を出てて、その頃から詩を書いてるんだけどもう凄い。
「私は鉄とコンクリートの固さを信じない、魂の建築、無形の建築、見えない建築をしたい」と謝恩会でのたまったのは有名な話。
哲学出身だった建築家の白井晟一に似てますね。
松澤の場合は建築から詩、そして芸術に行くわけだけど、詩をやってた頃北園克衛の「VOU」に入ってたのは今回初めて知りました。
言語に依らない「記号詩」はとても良かった。
その後1954年頃から絵画や立体に向かい、その頃から「プサイ」という言葉を作品に使い始めるんだけど、これはギリシャ数字の最後となる「Ω(オメガ)」のひとつ前が「Ψ(プサイ)」であることから、現在が終末のひとつ前の時代だということを表す言葉。
今コロナがちょうどギリシャ数字を使って名前つけられてるけど、この時代に松澤が生きてたら楽しかっただろうなぁと思いました。
Ωまで来たら人類はコロナによって滅ぼされるのかな?
と、ここまでで既に厨二病が過ぎてるんだけど、さらに1964年に夢の中で「オブジェを消せ」という明示を受けて、絵画や彫刻ではなく、文字を使った概念芸術に変遷していきます。
この変遷には元々詩をやってた経歴が生かされてたんですね。
文字を使うわりに字があまりお上手と言えないのがなんとも。。。
ここからはほとんど文字だし、儀式みたいなのが多いので観てても?の連続なので割愛。
最後は下諏訪にあった彼のアトリエで瀧口修造が命名した「プサイの部屋」の再現展示。
瀧口が命名したのに実際行ったことなかったのはびっくりしましたw
この「プサイの部屋」は今はないんだけど、2018年に長野県立美術館と信州大学工学部建築学科の寺内研究室により調査整理作業が実施されて会場に出現。
スマホ使ってVRでも見られます。
結構なボリュームで結局見終えるのに1時間半ぐらいかかってしまった。。。
この展覧会は3月21日まで。こちら。
常設展、あんま期待せず観てたら菱田春草と横山大観のコラボ作品とかあってびびった。
あと村山槐多の「尿する裸僧」がここ所蔵だったのはびっくりしました。
今回時間の都合で中谷不二子の霧観れなかった。。。
帰り道の景色が雄大過ぎた。

ちなみに現在各地で松澤宥の展示が開催されてます。
流石に全部は回れないけど参考までに。
松澤宥 生誕100年祭 @ 下諏訪
「私の死 松澤宥」展 @ マツモトアートセンター
松澤宥 生誕100年展 @ TS4312
タル・ベーラ伝説前夜
今年になって映画を観まくってるのでご紹介。
特にイメフォ通いが酷い。。。
タル・ベーラ伝説前夜
一昨年固唾を呑んで臨んだ7時間18分の「サタンタンゴ」。
今回それ以前にタル・ベーラ監督が撮った作品3本上映ということで、3本一気に観てきました。流石に疲れた。。。
まずはタル・ベーラが22歳の若さで撮った処女作「ファミリー・ネスト」(1977)。
この映画は才能ある若手に実験精神に富んだ映画を作らせるために創設された「バラージュ・ベーラ・スタジオ」の製作。
その牧歌的なタイトルからは想像できなかった悲惨な内容。
当時(1970年代)のハンガリーでは都市部の住宅問題が深刻化していて、特に若い人々は住む場所がなくあふれていて、空き家を不法占拠する労働者が後を立たたず、実際16歳のタル・ベーラはそんな人々に寄り添い警官が人々を追い立てる様を8ミリで撮影しようとして逮捕されるという事件があったんだとか。
それを元に作り上げたこの作品はまるでケン・ローチの作品かと思わせる社会派ドラマ。
16ミリの手持ちで撮った不安定な画面も相まって、ドキュメンタリーじゃないの?という生々しさ。
最後インタビューに答えるように独白する夫役の俳優の涙が美しすぎた。
そして2作目の「アウトサイダー」(1981)は、「ファミリー・ネスト」を撮った後に入った映画芸術アカデミーの在学中の作品。
ちなみに当時社会主義だったハンガリーでは、個人が勝手に映画監督になることはできず、アカデミーを経て国家公務員にならなければならなかったんだとか。
「アウトサイダー」は、タル・ベーラには珍しくカラー作品。
これもまた貧困に苦しむ男女の物語で、「ファミリー・ネスト」よりもドラマ性はあるものの、相変わらずカメラが不安定でたまたま撮ってて編集したらこうなったって感じが凄い。
そしてこの後「プレハブ・ピープル」(1982)、「秋の暦」(1985)と続くんだけど、どうせだったらこの2本もリマスターで是非上映して欲しい。。。
「秋の暦」はロカルノ国際映画祭で銅賞に輝き、1986年には日本のぴあフィルムフェスティバルで上映されて来日も果たしたとのこと。
今回の上映で特に目玉となったのがこの後に撮った「ダムネーション/天罰」(1988)の初日本上映。
何と言ってもクラスナホルカイ・ラースロー脚本、メドヴィジ・ガーボル撮影、ヴィーグ・ミハーイの音楽、セーケイ・B・ミクローシュ主演と、既に次回作「サタンタンゴ」の布陣が結成されている!!!
それもそのはず。そもそもラースローの「サタンタンゴ」を読んだタル・ベーラがこれを映画化したいと思いつつ、予算がないのでその前に一本撮ってしまおうという意気込みで挑んだのが今作。
正に「サタンタンゴ」の前身的作品。
なので、もう冒頭から「サタンタンゴ」を彷彿とさせるこれぞタル・ベーラ!っていう作品。
「ファミリー・ネスト」「アウトサイダー」と観てきていきなり変貌したのでビビりました。
それまでブレてた映像も、あの独特の舐めるように横滑りしていく撮影方法になってます。
「サタンタンゴ」の冒頭牛のシーンも相当インパクトあったけど、今作の火力発電所に石炭を運ぶリフトの風景も相当終末観が漂ってて、最後の作品となった「ニーチェの馬」にも通ずる世界観が既に出来上がってました。
タル・ベーラもこのロケーションについて語っています。
風景は主役のひとりです。風景には顔がある。音楽を探すように、正しい場所を見つけなければならない。ロケーション場所を見つけるのに通常一年はかけます。「ダムネーション/天罰」のロケハンでは、ケーブルカーを何度も見かけました。ひどい天候で、私たちは予算もなく、ただ何かを成し遂げようとしていたのですが、ひとつだけ確かなことは、ケーブルカーは動き続けているということでした。
あと印象的なのはやたらに降りしきる雨と野良犬。
特に最後のシーンの野良犬と主人公のシーンは凄い。
「サタンタンゴ」の少女と猫のシーンや「ニーチェの馬」の馬のシーンにも通じます。
どうやったらこんな動物のシーン撮れるんだ。。。
正直最後30分くらい中だるみ感があって、雨の中踊り狂う男のシーンで終わればよかったのに、って思いつつダラダラ観てたんだけど、その犬と主人公のシーン観せられてすいませんでした、ってなった笑
こうやってデビュー作から通してみると、当初の社会派から観念的な世界観に至るまでの系譜が見えてとても興味深かったです。
以下タル・ベーラの言葉です。
映画を撮り始めた当初は、社会的な怒りに満ちていました。社会がいかに酷いかを伝えたかったのです。その後、問題は社会的なものだけでなく、もっと深いところにあるのだと理解するようになりました。存在論的な問題だと理解したのです。そして、もっともっと人々に近づいていくと、問題が存在論的なものだけではないことが理解できるようになりました。宇宙論的な問題なのです。それが私が理解しなければならなかったことであり、映画のスタイルが変化した大きな理由です。
さらにパンフレット中の佐々木敦さんの解説もめちゃくちゃ納得。ちょっと長いけど引用。
初期作品では、(中略)リアリズムの原理で動いていた。だが作品を追うにつれて、そこに変容が生じてくる。登場人物は次第に寡黙になり、静謐なシーンが増え、画面はより暗く、黒く、重々しくなっていく。カメラの動きも誰かのアクションや表情を逐一捉えるアクティヴなスタイルから、厳密な映像設計に基づく絵画的なものに変わってゆく。(中略) タル・ベーラには何が起こったのか?
それは「リアリズムの内破」である。実のところタルの視線は、その視線の先にあるものは、何も変わってなどいない。それは相変わらず、ハンガリーの現実であり、世界の現実であり、人間どもの現実である。タル・ベーラは最初から現在まで、徹底してリアリズムの映画作家なのだ。だが、それゆえにこそ、彼はいわば「現実=リアル」を抉り出すために「リアリズム」から離陸し、芸術至上主義的と思われかねないような、極度に美学的な方向へと向かった、向かわざるを得なかったのだ。
リアルを描くために、リアリズム自体がーリアルの圧力に耐えられなくなった結果としてー内側から崩壊し、ほとんど幻想的と言ってもいいアンリアルなものに変容してしまうこと。それがタル・ベーラの「伝説前夜」に刻印された道程である。だがそれは断じてファンタジーではない。タルは「今、ここ」しか相手にしていない。
これ、タル・ベーラ作品だけじゃなく、あらゆることに通じると思います。
「リアリズムの内破」。金言過ぎる。
リアルを追求するとどんどんアンリアルになっていくのは必然だと思っています。
シュールレアリスムが最近とても重要な運動だったんだと再認識してきました。
イメージフォーラムでの上映は2月25日まで。その他全国でも続々上映とのこと。
ヴェルクマイスター・ハーモニーも是非4Kデジタルで上映してほしい。。。
「三度目の、正直」by 野原位
イメフォ行った時に何気なく見かけたチラシに衝撃が走りました。
え、これ純じゃない??
純というのは僕の人生ナンバーワン映画「ハッピーアワー」に出てた主人公の1人川村りらさん。
その彼女が主演と脚本を務め、ハッピーアワーで濱口さんと共同監督を務めた野原位さんの初監督作品とのこと。
しかも舞台が神戸で出てるキャストもスタッフもほとんどハッピーアワー!!
これは観ないわけには行かないと馳せ参じました。
ハッピーアワーの7年後というのがなんとなく意識されてて、まるでパラレルワールドを観ているかのようで大混乱。。。
りらさんの元夫がハッピーアワーで夫役だった謝花喜天さんで、まさかのチャラ男になってるし!
そして桜子の息子役だった川村知君はりらさんの本当の息子なんだけど、映画の中で擬似母子になってるのも凄い。
出村さんは7年前と髪型まで一緒だし、田辺泰信さんは元維新派だったことを今回初めて知った。
とまあ、ハッピーアワーを引きずりながら終始観てたんだけど、ハッピーアワーを観ている時に終始分泌されていたオキシトシンがこの映画では全く分泌されなかった。。。
というか、途中からハッピーアワーを利用してるように見えてきて少しずつイライラ。。。
場面がコロコロ変わるのもよくわからないし、映画としての粗も凄いし、なんか改めて濱口監督って凄いんだなぁと思わされてしまいました。。。
最後は僕の大事なハッピーアワーを汚されたようで悲しくなって映画館を出ました。。。
今回ハッピーアワーにはいなかった小林勝行が素晴らしかったのが唯一の救い。
「お伽話の続きなんて誰も聞きたくない」by 宇多田ヒカル
ところで野原さんって僕と同い年なんですね。。。見た目が。。。ヒッキーも同い年です。
「裁かるゝジャンヌ」by カール・テオドア・ドライヤー
なんと1928年の無声映画。
この映画は映画ファンならみんな知ってるはず。
でもちゃんと観たことなくていつか映画館でちゃんと襟正して観たいなと思っておりました。
ジャンヌ・ダルクはこれまで数々の監督が挑んできた主題でした。
僕の世代でいうと、ジャンヌ・ダルクの映画と言えばリュック・ベッソン。
最近もまた新たにフランスの監督ブリュノ・デュモンがミュージカル映画としてジャンヌを取り上げます。こちら。
でもやっぱり始祖の始祖はこのドライヤー版ジャンヌ。
もう、主演のルネ・ファルコネッティが素晴らしすぎた。。。
「聖女」をあそこまで表現するなんて。。。
映像だけでこの人には神が宿っているという説得力を持たせるのは凄すぎる。
この映像も90年以上前の映画とは思えないぐらい斬新で前衛的。
特に拷問器具を回すシーンはめちゃくちゃコンテンポラリー。
思えばこの頃バウハウスやノイエ・ザッハリカイトのような構成的な写真がドイツで流行し始めていたけれど、その映像版ともいうべき作品かも。
さらにフリッツ・ラングの「メトロポリス」もこの前年1927年の作品だし、この頃の映画って本当に前衛的で今観ても素晴らしいですね。
あと、何気にアントナン・アルトーが出ていてめっちゃびっくり。俳優もやってたんだ!!
息を飲む美しい映像体験させていただきました。
「ダ・ヴィンチは誰に微笑む」by アントワーヌ・ヴィトキーヌ
すっかりこの映画の公開忘れててギリギリ滑り込みで観ました。
丸の内TOEI初めて行ったけどめっちゃレトロで哀愁漂ってました。。。
それはそうとこの映画。そこまで期待してなかったけど案外面白かった。
一般家庭で発見された1175ドル(約13万円)の絵画が後に4億ドル(約510億円)という世界最高額で落札されるまでの過程を丁寧に追ってます。
映像も美しくて何年がかりで撮ってたんだろうという。
話の発端はこの絵の持ち主の甥がクリスティーズに連絡したものの、一蹴された結果地元のオークションハウスに回ったものらしい。
その後世界最高額を叩き出すのがまたクリスティーズってのが闇。。。
しかもクリスティーズは戦略的に古典部門ではなく現代美術部門として出品してるのがミソ。
現代美術部門だとそこまで専門的に作品の帰属を問われないとの判断。恐ろしい。。。
話は戻って、この絵画をNYの画商が発見してあっさり1175ドルで落札の後専門家による修復。
修復後、これはレオナルド・ダ・ヴィンチの作品に間違いないとなった画廊主がロンドンのナショナル・ギャラリーに連絡し、ちょうどダ・ヴィンチ展を準備中だったこともあり世界中の研究家の分析によりダ・ヴィンチの真作かもしれないとなって、2011年の展覧会に出品されるに至ったという。。。
このダ・ヴィンチ展すごい行列できてたの覚えてるけど、この時すでにこの作品出てたんだとびっくり。
こんな怪しい作品をナショナル・ギャラリーが出品するなんて。。。
最近のNFTもそうだけど、こういう軽薄なところがあるんですよね。。。
その後色んな怪しい人たちの手に渡り、フリーポートまで登場し、最終的にはサウジアラビアの王子が4億ドルで落札するも、ルーブルの鑑定によりやっぱりダ・ヴィンチの真作ではないという疑惑もあり、2017年のオークション以来この作品は一度も世に出ていません。
最近プラド美術館もこの絵を工房作との判断を下しましたね。
一枚の絵画が国家を揺るがすほどのインパクトを与えてるのが見ていて本当にスリリング。
まあ、真作じゃなくてももはや普通に観てみたいですけどね。
「名付けようのない踊り」by 犬童一心
田中泯の踊りも犬童一心の映画も好きでも嫌いでもないけど気になって観に行きました。
犬童さんがドキュメンタリー撮ってるイメージなかったけど、フィルムメイキングがうまいんだなぁと思いました。
2時間を90分くらいにできてたらもっと良かったんだろうけど、それでも場面転換や随所にアニメーションを入れ込んだりして、だからといって忙しない印象もなく見せてるのは凄い。
田中泯の踊りも好きではないとはいえ、自分を表現するのではなく、他人との関係を表現してる態度は素晴らしいなと。
最後の福島の桜も美しい場面でした。
タイトルは田中泯がカイヨワからもらった言葉だったんですね。
「ハウス・オブ・グッチ」by リドリー・スコット
1995年に起きたマウリッツォ・グッチの暗殺事件を元に、リドリー・スコットが監督、主演をレディー・ガガ、その他アダム・ドライバーにアル・パチーノと超豪華な布陣。
全員イタリア訛り英語で、だったらもうイタリア語にしちゃえよ、と思っちゃいました。
最初のアダム・ドライバーの登場シーンが既に凄かった。
彼の昭和顔がめっちゃこの映画に合いますね。
ガガも歌のシーンとか一切なく女優やりきってて凄かった。
そして皆言ってるけどジャレッド・レト演じるパウロ・グッチが凄すぎ。
最後の方に出てくるトム・フォードは本物と違いすぎて不満。。。むしろドメニコを演じてたジャック・ヒューストンの方がトム様っぽかったのに。。。
この事件のこと知らなかったし、今やグッチ家の人が1人もいないってのも知らなかった。
衣装提供してるけど、よくこんな映画をグッチが許したなという内容でした。。。
2時間半超と少し長いけど普通に娯楽映画として楽しめました。
第14回恵比寿映像祭「スペクタクル後」@ 東京都写真美術館
最後に映画じゃないけど映像ってことで恵比寿映像祭。
2009年に始まりもう14回目だけど初めて観た。映像ばかりって興味持てなくって。。。
今回は三田村光土里さんのインスタレーション目当てで行ったんだけど、正直ピンと来ず。。。
他の作家さんの作品もビビッと来るものがありませんでした。。。
やっぱり映像は難しいですね。。。
それでも来た甲斐があった!と思わせてくれたのが3階の展示室。
今回の「スペクタクル後」というテーマを示す資料展示なんですがこれは凄い!!!
これだけでカタログ作って欲しい。。。
やはり「スペクタクル」と言えばギー・ドゥボール。
近代的生産条件が支配的な社会では、生の全体がスペクタクルの膨大な蓄積として現れる。かつて直接に生きられていたものはすべて、表彰のうちに遠ざかってしまった。
という彼の代表作「スペクタクルの社会」を引用しつつ、近代に始まった博覧会から見世物小屋に到るまでのスペクタクルを通覧しつつ、そこにあった差別的な人間の残酷さを露呈させます。
ピグミー族や奇形の人々はおろか、福沢諭吉の顔まで細長い顔の一例として紹介されてたのは驚き。。。
戦後復興、東京オリンピック(1964)や大阪万博(1970)までスペクタクルは続きます。
資料の他にもダイアン・アーバスやアーヴィング・ペン、マーティン・パーなど有名海外写真家たちの写真や木村伊兵衛に東松照明、中平卓馬、そして杉本博司と本当に豪華な布陣が展示されてます。。。
これ観るだけでも本当に価値あると思います。2月20日まで。
特にイメフォ通いが酷い。。。
タル・ベーラ伝説前夜
一昨年固唾を呑んで臨んだ7時間18分の「サタンタンゴ」。
今回それ以前にタル・ベーラ監督が撮った作品3本上映ということで、3本一気に観てきました。流石に疲れた。。。
まずはタル・ベーラが22歳の若さで撮った処女作「ファミリー・ネスト」(1977)。
この映画は才能ある若手に実験精神に富んだ映画を作らせるために創設された「バラージュ・ベーラ・スタジオ」の製作。
その牧歌的なタイトルからは想像できなかった悲惨な内容。
当時(1970年代)のハンガリーでは都市部の住宅問題が深刻化していて、特に若い人々は住む場所がなくあふれていて、空き家を不法占拠する労働者が後を立たたず、実際16歳のタル・ベーラはそんな人々に寄り添い警官が人々を追い立てる様を8ミリで撮影しようとして逮捕されるという事件があったんだとか。
それを元に作り上げたこの作品はまるでケン・ローチの作品かと思わせる社会派ドラマ。
16ミリの手持ちで撮った不安定な画面も相まって、ドキュメンタリーじゃないの?という生々しさ。
最後インタビューに答えるように独白する夫役の俳優の涙が美しすぎた。
そして2作目の「アウトサイダー」(1981)は、「ファミリー・ネスト」を撮った後に入った映画芸術アカデミーの在学中の作品。
ちなみに当時社会主義だったハンガリーでは、個人が勝手に映画監督になることはできず、アカデミーを経て国家公務員にならなければならなかったんだとか。
「アウトサイダー」は、タル・ベーラには珍しくカラー作品。
これもまた貧困に苦しむ男女の物語で、「ファミリー・ネスト」よりもドラマ性はあるものの、相変わらずカメラが不安定でたまたま撮ってて編集したらこうなったって感じが凄い。
そしてこの後「プレハブ・ピープル」(1982)、「秋の暦」(1985)と続くんだけど、どうせだったらこの2本もリマスターで是非上映して欲しい。。。
「秋の暦」はロカルノ国際映画祭で銅賞に輝き、1986年には日本のぴあフィルムフェスティバルで上映されて来日も果たしたとのこと。
今回の上映で特に目玉となったのがこの後に撮った「ダムネーション/天罰」(1988)の初日本上映。
何と言ってもクラスナホルカイ・ラースロー脚本、メドヴィジ・ガーボル撮影、ヴィーグ・ミハーイの音楽、セーケイ・B・ミクローシュ主演と、既に次回作「サタンタンゴ」の布陣が結成されている!!!
それもそのはず。そもそもラースローの「サタンタンゴ」を読んだタル・ベーラがこれを映画化したいと思いつつ、予算がないのでその前に一本撮ってしまおうという意気込みで挑んだのが今作。
正に「サタンタンゴ」の前身的作品。
なので、もう冒頭から「サタンタンゴ」を彷彿とさせるこれぞタル・ベーラ!っていう作品。
「ファミリー・ネスト」「アウトサイダー」と観てきていきなり変貌したのでビビりました。
それまでブレてた映像も、あの独特の舐めるように横滑りしていく撮影方法になってます。
「サタンタンゴ」の冒頭牛のシーンも相当インパクトあったけど、今作の火力発電所に石炭を運ぶリフトの風景も相当終末観が漂ってて、最後の作品となった「ニーチェの馬」にも通ずる世界観が既に出来上がってました。
タル・ベーラもこのロケーションについて語っています。
風景は主役のひとりです。風景には顔がある。音楽を探すように、正しい場所を見つけなければならない。ロケーション場所を見つけるのに通常一年はかけます。「ダムネーション/天罰」のロケハンでは、ケーブルカーを何度も見かけました。ひどい天候で、私たちは予算もなく、ただ何かを成し遂げようとしていたのですが、ひとつだけ確かなことは、ケーブルカーは動き続けているということでした。
あと印象的なのはやたらに降りしきる雨と野良犬。
特に最後のシーンの野良犬と主人公のシーンは凄い。
「サタンタンゴ」の少女と猫のシーンや「ニーチェの馬」の馬のシーンにも通じます。
どうやったらこんな動物のシーン撮れるんだ。。。
正直最後30分くらい中だるみ感があって、雨の中踊り狂う男のシーンで終わればよかったのに、って思いつつダラダラ観てたんだけど、その犬と主人公のシーン観せられてすいませんでした、ってなった笑
こうやってデビュー作から通してみると、当初の社会派から観念的な世界観に至るまでの系譜が見えてとても興味深かったです。
以下タル・ベーラの言葉です。
映画を撮り始めた当初は、社会的な怒りに満ちていました。社会がいかに酷いかを伝えたかったのです。その後、問題は社会的なものだけでなく、もっと深いところにあるのだと理解するようになりました。存在論的な問題だと理解したのです。そして、もっともっと人々に近づいていくと、問題が存在論的なものだけではないことが理解できるようになりました。宇宙論的な問題なのです。それが私が理解しなければならなかったことであり、映画のスタイルが変化した大きな理由です。
さらにパンフレット中の佐々木敦さんの解説もめちゃくちゃ納得。ちょっと長いけど引用。
初期作品では、(中略)リアリズムの原理で動いていた。だが作品を追うにつれて、そこに変容が生じてくる。登場人物は次第に寡黙になり、静謐なシーンが増え、画面はより暗く、黒く、重々しくなっていく。カメラの動きも誰かのアクションや表情を逐一捉えるアクティヴなスタイルから、厳密な映像設計に基づく絵画的なものに変わってゆく。(中略) タル・ベーラには何が起こったのか?
それは「リアリズムの内破」である。実のところタルの視線は、その視線の先にあるものは、何も変わってなどいない。それは相変わらず、ハンガリーの現実であり、世界の現実であり、人間どもの現実である。タル・ベーラは最初から現在まで、徹底してリアリズムの映画作家なのだ。だが、それゆえにこそ、彼はいわば「現実=リアル」を抉り出すために「リアリズム」から離陸し、芸術至上主義的と思われかねないような、極度に美学的な方向へと向かった、向かわざるを得なかったのだ。
リアルを描くために、リアリズム自体がーリアルの圧力に耐えられなくなった結果としてー内側から崩壊し、ほとんど幻想的と言ってもいいアンリアルなものに変容してしまうこと。それがタル・ベーラの「伝説前夜」に刻印された道程である。だがそれは断じてファンタジーではない。タルは「今、ここ」しか相手にしていない。
これ、タル・ベーラ作品だけじゃなく、あらゆることに通じると思います。
「リアリズムの内破」。金言過ぎる。
リアルを追求するとどんどんアンリアルになっていくのは必然だと思っています。
シュールレアリスムが最近とても重要な運動だったんだと再認識してきました。
イメージフォーラムでの上映は2月25日まで。その他全国でも続々上映とのこと。
ヴェルクマイスター・ハーモニーも是非4Kデジタルで上映してほしい。。。
「三度目の、正直」by 野原位
イメフォ行った時に何気なく見かけたチラシに衝撃が走りました。
え、これ純じゃない??
純というのは僕の人生ナンバーワン映画「ハッピーアワー」に出てた主人公の1人川村りらさん。
その彼女が主演と脚本を務め、ハッピーアワーで濱口さんと共同監督を務めた野原位さんの初監督作品とのこと。
しかも舞台が神戸で出てるキャストもスタッフもほとんどハッピーアワー!!
これは観ないわけには行かないと馳せ参じました。
ハッピーアワーの7年後というのがなんとなく意識されてて、まるでパラレルワールドを観ているかのようで大混乱。。。
りらさんの元夫がハッピーアワーで夫役だった謝花喜天さんで、まさかのチャラ男になってるし!
そして桜子の息子役だった川村知君はりらさんの本当の息子なんだけど、映画の中で擬似母子になってるのも凄い。
出村さんは7年前と髪型まで一緒だし、田辺泰信さんは元維新派だったことを今回初めて知った。
とまあ、ハッピーアワーを引きずりながら終始観てたんだけど、ハッピーアワーを観ている時に終始分泌されていたオキシトシンがこの映画では全く分泌されなかった。。。
というか、途中からハッピーアワーを利用してるように見えてきて少しずつイライラ。。。
場面がコロコロ変わるのもよくわからないし、映画としての粗も凄いし、なんか改めて濱口監督って凄いんだなぁと思わされてしまいました。。。
最後は僕の大事なハッピーアワーを汚されたようで悲しくなって映画館を出ました。。。
今回ハッピーアワーにはいなかった小林勝行が素晴らしかったのが唯一の救い。
「お伽話の続きなんて誰も聞きたくない」by 宇多田ヒカル
ところで野原さんって僕と同い年なんですね。。。見た目が。。。ヒッキーも同い年です。
「裁かるゝジャンヌ」by カール・テオドア・ドライヤー
なんと1928年の無声映画。
この映画は映画ファンならみんな知ってるはず。
でもちゃんと観たことなくていつか映画館でちゃんと襟正して観たいなと思っておりました。
ジャンヌ・ダルクはこれまで数々の監督が挑んできた主題でした。
僕の世代でいうと、ジャンヌ・ダルクの映画と言えばリュック・ベッソン。
最近もまた新たにフランスの監督ブリュノ・デュモンがミュージカル映画としてジャンヌを取り上げます。こちら。
でもやっぱり始祖の始祖はこのドライヤー版ジャンヌ。
もう、主演のルネ・ファルコネッティが素晴らしすぎた。。。
「聖女」をあそこまで表現するなんて。。。
映像だけでこの人には神が宿っているという説得力を持たせるのは凄すぎる。
この映像も90年以上前の映画とは思えないぐらい斬新で前衛的。
特に拷問器具を回すシーンはめちゃくちゃコンテンポラリー。
思えばこの頃バウハウスやノイエ・ザッハリカイトのような構成的な写真がドイツで流行し始めていたけれど、その映像版ともいうべき作品かも。
さらにフリッツ・ラングの「メトロポリス」もこの前年1927年の作品だし、この頃の映画って本当に前衛的で今観ても素晴らしいですね。
あと、何気にアントナン・アルトーが出ていてめっちゃびっくり。俳優もやってたんだ!!
息を飲む美しい映像体験させていただきました。
「ダ・ヴィンチは誰に微笑む」by アントワーヌ・ヴィトキーヌ
すっかりこの映画の公開忘れててギリギリ滑り込みで観ました。
丸の内TOEI初めて行ったけどめっちゃレトロで哀愁漂ってました。。。
それはそうとこの映画。そこまで期待してなかったけど案外面白かった。
一般家庭で発見された1175ドル(約13万円)の絵画が後に4億ドル(約510億円)という世界最高額で落札されるまでの過程を丁寧に追ってます。
映像も美しくて何年がかりで撮ってたんだろうという。
話の発端はこの絵の持ち主の甥がクリスティーズに連絡したものの、一蹴された結果地元のオークションハウスに回ったものらしい。
その後世界最高額を叩き出すのがまたクリスティーズってのが闇。。。
しかもクリスティーズは戦略的に古典部門ではなく現代美術部門として出品してるのがミソ。
現代美術部門だとそこまで専門的に作品の帰属を問われないとの判断。恐ろしい。。。
話は戻って、この絵画をNYの画商が発見してあっさり1175ドルで落札の後専門家による修復。
修復後、これはレオナルド・ダ・ヴィンチの作品に間違いないとなった画廊主がロンドンのナショナル・ギャラリーに連絡し、ちょうどダ・ヴィンチ展を準備中だったこともあり世界中の研究家の分析によりダ・ヴィンチの真作かもしれないとなって、2011年の展覧会に出品されるに至ったという。。。
このダ・ヴィンチ展すごい行列できてたの覚えてるけど、この時すでにこの作品出てたんだとびっくり。
こんな怪しい作品をナショナル・ギャラリーが出品するなんて。。。
最近のNFTもそうだけど、こういう軽薄なところがあるんですよね。。。
その後色んな怪しい人たちの手に渡り、フリーポートまで登場し、最終的にはサウジアラビアの王子が4億ドルで落札するも、ルーブルの鑑定によりやっぱりダ・ヴィンチの真作ではないという疑惑もあり、2017年のオークション以来この作品は一度も世に出ていません。
最近プラド美術館もこの絵を工房作との判断を下しましたね。
一枚の絵画が国家を揺るがすほどのインパクトを与えてるのが見ていて本当にスリリング。
まあ、真作じゃなくてももはや普通に観てみたいですけどね。
「名付けようのない踊り」by 犬童一心
田中泯の踊りも犬童一心の映画も好きでも嫌いでもないけど気になって観に行きました。
犬童さんがドキュメンタリー撮ってるイメージなかったけど、フィルムメイキングがうまいんだなぁと思いました。
2時間を90分くらいにできてたらもっと良かったんだろうけど、それでも場面転換や随所にアニメーションを入れ込んだりして、だからといって忙しない印象もなく見せてるのは凄い。
田中泯の踊りも好きではないとはいえ、自分を表現するのではなく、他人との関係を表現してる態度は素晴らしいなと。
最後の福島の桜も美しい場面でした。
タイトルは田中泯がカイヨワからもらった言葉だったんですね。
「ハウス・オブ・グッチ」by リドリー・スコット
1995年に起きたマウリッツォ・グッチの暗殺事件を元に、リドリー・スコットが監督、主演をレディー・ガガ、その他アダム・ドライバーにアル・パチーノと超豪華な布陣。
全員イタリア訛り英語で、だったらもうイタリア語にしちゃえよ、と思っちゃいました。
最初のアダム・ドライバーの登場シーンが既に凄かった。
彼の昭和顔がめっちゃこの映画に合いますね。
ガガも歌のシーンとか一切なく女優やりきってて凄かった。
そして皆言ってるけどジャレッド・レト演じるパウロ・グッチが凄すぎ。
最後の方に出てくるトム・フォードは本物と違いすぎて不満。。。むしろドメニコを演じてたジャック・ヒューストンの方がトム様っぽかったのに。。。
この事件のこと知らなかったし、今やグッチ家の人が1人もいないってのも知らなかった。
衣装提供してるけど、よくこんな映画をグッチが許したなという内容でした。。。
2時間半超と少し長いけど普通に娯楽映画として楽しめました。
第14回恵比寿映像祭「スペクタクル後」@ 東京都写真美術館
最後に映画じゃないけど映像ってことで恵比寿映像祭。
2009年に始まりもう14回目だけど初めて観た。映像ばかりって興味持てなくって。。。
今回は三田村光土里さんのインスタレーション目当てで行ったんだけど、正直ピンと来ず。。。
他の作家さんの作品もビビッと来るものがありませんでした。。。
やっぱり映像は難しいですね。。。
それでも来た甲斐があった!と思わせてくれたのが3階の展示室。
今回の「スペクタクル後」というテーマを示す資料展示なんですがこれは凄い!!!
これだけでカタログ作って欲しい。。。
やはり「スペクタクル」と言えばギー・ドゥボール。
近代的生産条件が支配的な社会では、生の全体がスペクタクルの膨大な蓄積として現れる。かつて直接に生きられていたものはすべて、表彰のうちに遠ざかってしまった。
という彼の代表作「スペクタクルの社会」を引用しつつ、近代に始まった博覧会から見世物小屋に到るまでのスペクタクルを通覧しつつ、そこにあった差別的な人間の残酷さを露呈させます。
ピグミー族や奇形の人々はおろか、福沢諭吉の顔まで細長い顔の一例として紹介されてたのは驚き。。。
戦後復興、東京オリンピック(1964)や大阪万博(1970)までスペクタクルは続きます。
資料の他にもダイアン・アーバスやアーヴィング・ペン、マーティン・パーなど有名海外写真家たちの写真や木村伊兵衛に東松照明、中平卓馬、そして杉本博司と本当に豪華な布陣が展示されてます。。。
これ観るだけでも本当に価値あると思います。2月20日まで。