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「暇と退屈の論理学」by 國分功一郎

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2011年に刊行されたこの一冊。
とても大好きな本で、何度も何度も読み返したい一冊。
わざわざスイスまで持ってきて再読しました。

「暇のなかでいかに生きるべきか、退屈とどう向き合うべきか」

というのが本書のテーマです。
「暇」も「退屈」も改めて考えることってなかなかないし、そもそもあまりいい言葉じゃない。
でもこのありふれた言葉だからこそ、生きるヒントが隠されてる。
書き方もとてもやわらかくて、順序立てて説明されるのでとても読みやすいです。

まず第1章では、パスカルを挙げて人間の不幸を考える。
パスカルは言います。
「人間の不幸というのは、みなただ一つのこと、すなわち、部屋の中に静かに休んでいられないことから起こるのだということである。」
著者も言うように、この言葉は憎たらしいほどズバッと人間の不幸の根源を言い当ててる気がします。
家にいれば事故にも遭わないし、わずらわしい人間関係にも関わらずに済む。
でも、やっぱりずっと一人で家に閉じこもるのは限界がある。なぜなら人はその退屈に耐えられないから。
またパスカルはわざわざウサギ狩りに行く人を例に挙げて、その人にその目的であるはずのウサギを提供してみろと言う。
もちろんウサギ狩りに行く人はいい顔をしない。
なぜなら目的はウサギそのものではなく、狩りをするその「気晴らし」にあるから。
(ちなみにこれらが書かれているパスカルの「パンセ」はここまで冴え冴えなのですが、それから逃れるには宗教、それもキリスト教を信じることが道だということを延々と述べてて後半は正直読むに耐えません。)
この不幸の問題は現代の消費生活に当てはめてもよく分かる。
人々はそのものが欲しいのではなく、それを手に入れるということが重要。
ものには限界があるが、ことには限界がない。
飛びますが、第4章ではボードリヤールの思想を挙げながら、もの/こと=浪費/消費をあげて、人々は消費する限り永遠に幸せになれない。むしろ浪費をすべきだと著者は訴えます。
この消費こそ、現代人が苛まれてる最大の病だと。
それを逆手にとって、企業は需要が生まれる前から供給を開始する。
日本は特にそれが顕著な国だと思います。
エンターテイメントで溢れすぎて、本当にやりたいことなんて見えなくなってる。
供給側はどんどん次の手を送り込んできて、一層何がなんだかわからなくさせる。
「ありのままで」とか「オンリーワン」とか、曖昧模糊な「個性」を人々に押し付けて、「疎外」を感じさせ、ありもしない「本来」を取り戻させようとする。
最近はその思想が教育現場にまで浸透してきてるようで非常に恐ろしいと思います。
僕が大学に入って一番驚いたのが、作品の合評で、あまりにも「自分探し」という言葉を皆普通に使っていたことでした。
「自分探し」ってどういうこと?じゃあそこにいる自分は何なん?
これはどこかに「本来」の自分があるという誇大妄想がそういう発言をさせてるんだと思います。
僕は呑気だったのかそういうことを考えたことがなかったので、驚きました。
むしろ自分の場合は、自分が強すぎて、自分から離れたいという思いの方が強かった気がします。
作品のことを「表現」とか「自己表現」とか言う人もいますが、僕はこの言葉がすごく嫌いです。
作品というのは、「表現」なんてしようとしなくても、個人の思想や状況、環境、経験、歴史等々が、嫌という程に映し出されます。
「表現」というと、押し出すような感覚がありますが、そんなことしなくても出ちゃう。
かくいう自分も、大学の終わり、イギリスの留学が決まって、「日本人としての自分」という考えにはまってしまって、日本人らしい作品を作らなければというオブセッションに囚われたことがありました。
実際そうすればそうするほどどんどんやつれてしまって制作がまったく楽しくなくなってしまった経験があります。
途中で、いやそういうことちゃうやろ、と気づけたので、イギリス行った頃にはまたリセットできたのですが、この「らしさ」というのは非常に危ないと思いました。
らしくあろうとすればするほど無理が出てきて破綻してしまう。
そんなものは、勝手に出てきてしまうものだから、自然体でやっちゃえばいいんです。
話は少し逸れましたが、この章を読みながらそんなことを思い出しました。

また、第3章には暇との付き合い方に触れられています。
暇とは客観的な時間のことです。
それを退屈と思うか思わないかであくまで主観的なこと。
「暇」と「退屈」って混合されちゃうけど実はそこに大きな違いがある。
この章では、暇と退屈の関係を4つに分けます。
1「暇」だから「退屈」
2「暇」だけど「退屈ではない」
3「暇じゃない」し「退屈でもない」
4「暇じゃない」けど「退屈」
1と3はよくわかります。どっちもandで結ばれる正当なつながり。
2に関しては、例えば昔の貴族の生活が挙げられます。
彼らは「暇」との付き合い方をよくわかっていた。なぜなら教養があるから。
よく「アートはわからん」とかいう人がいますが、分かる努力したことある?と逆に聞きたくなります。
そもそも芸術は貴族のためのもので、庶民のものではありませんでした。
だから、芸術を理解するには教養がいるんです。これは仕方がない。
それを「敷居が高い」とか言われても、努力が足りないだけってなる。
例えば今の日本は格差社会は言われてるとはいえ、一億総中流の社会です。
誰にでもわかって、誰もが楽しめるものこそが正義。そこからはずれるものは悪。
その正義につけこんでるのが消費社会です。そして人々は退屈からますます逃れられなくなる。
教養を身につければ、その退屈を逃れる道が何本も見つけられる。
退屈と向き合うということは、自分と向き合うことにもつながる。
僕も今ではこんなアートオタクですが、大学入りたての頃なんて、現代美術はわからん!と言ってた側でした。
それが、重い腰を上げて色々見始めると本当に世界が広がって、今では世界中を回ってしまうほどです。まあ、これは不幸といえば不幸なんですが。。。それでも知れてよかったと思うし、人生が豊かになりました。これだけは自信持って言える。
ということで、皆さん教養を身につけましょう。
しかし問題は残った4です。かなり矛盾です。暇じゃないのに退屈。
それが第5章でハイデッガーの思想を挙げながら展開されていきます。

さて、ハイデッガーは退屈を3つに分けます。
1 何かによって退屈させられること。
2 何かに際して退屈すること。
3 なんとなく退屈であるということ。
詳しくは本書を読んでいただくとして、著者は最も大事なのは2だと説きます。
2に関しては、気晴らしと退屈が同義になってしまってるややこしいケースです。
先に挙げた4項目のうち一番謎だった4。「暇じゃない」けど「退屈」。
気を晴らすために、自分を投げ出し、自分自身を空虚にさせる。そのことに退屈を感じる。
この「退屈」こそ、実は我々が普段接している最も身近な「退屈」なのかもしれない。
そしてこの「退屈」との共存こそ、我々人類が築き上げてきた文明であり文化の形だ。
ちょっと飛びますが第7章の言葉。

「退屈と向き合うことを余儀なくされた人類は文化や文明と呼ばれるものを発達させてきた。そうして、たとえば芸術が生れた。あるいは衣食住を工夫し、生を飾るようになった。人間は知恵を絞りながら、人々の心を豊かにする営みを考案してきた。
それらはどれも、存在しなくとも人間は生存していける、そのような類の営みである。退屈と向き合うことを余儀なくされた人間が、そのつらさとうまく付き合っていくために編み出した方法だ。」


そう考えると「退屈さん、ありがとう」という気持ちにすらなりますね。

戻って第6章では、ユクスキュルの「環世界」を取り上げてます。
著者も言ってますが、僕ら人間は様々な「環世界」を行きつ戻りつしながら生きています。
たとえば僕の場合、普段の自分とアーティストとしての自分がいます。
普段の自分はせっかちで、色んなものごとを効率良く取り込みたいと思っている。
よく「生き急いでる」と言われますが、まさにそういうスピードの環世界を生きています。
しかし、一度アーティストの「環世界」に入ると、全く逆で、物凄く遅い時間を生きられます。
たとえば一つの作品を成長させるのに、現実の時間で5年かかると思っています。
それでもアーティストの僕の中では全くこれは遅くもないし、普通です。
こうして大きく二つの世界を行きつ戻りつしてるのが今の自分だと思います。
そして、ものづくりの人はこういう「遅さ」といかに付き合っていけるかがかなり肝だと思います。
最後に山本耀司のインタビューを貼っておきますが、最後の最後に彼は「待つ体力」という言葉を使っています。
「待つ」というのは、とても静的な動詞ですが、これほど忍耐のいる動作もないと思います。
5年かかろうが10年かかろうが、作品が成長する様を「待つ」こと。
今、個人的にこの5年目を迎えようとしているので、改めてこの本を読んで「待つ」ことの退屈さと向き合う覚悟ができたような気がします。
また、何年か後に読み返したいなと思います。

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