Magic Numbers: 会場風景

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Photos by Frédéric Weigel


「1990」

小学生に上がるまで自分のことを「みのる」と呼んでいた。
やがて周りの友達からそれはおかしいとからかわれ、やむなく「みのる」は自分のことを「僕」と名乗ることになった。
日本語にはフランス語と違って一人称がいくつかある。
その中から皆知らないうちに自分の一人称を選ぶのだが、「みのる」は自身を名乗る一人称を見つけられなかった。
それ以来四半世紀経った今でもしっくりくる一人称を見つけられずにいる。
一人称を選択できなかったことで、自分なんてものはそもそもいなくて、自分は空っぽの存在なのではと思い至るようになった。
しかし、最近ではむしろ「みのる」は、無意識ながら「僕」でも「俺」でもない確固たる自分を既に見つけていたのかもしれないと思い直し、「みのる」のことをよく思い出している。


森川穣

プロジェクト参加のお知らせ:Magic Numbers @ palais des paris

フランス人作家マーシャル・デフラシューとピエール・ラバのプロジェクト「Magic Numbers」に参加します。
参加作家はCamila Oliveira Fairclough, Clément Murin, Hugo Livet, Hervé Bréhier, Johanna Fournier, Marie Lancelin, Marion Robin, Minoru Morikawa, Rémy Brière, Sébastien Maloberti, Vincent Carlier, Thomas Merretの12名。
作家たちは1桁から24桁までの数字を選び、その数字を選んだ理由とがなぜ自分にとって重要なのかが会場で示されます。

タイトル:Magic Numbers
会期:2014年5月24日(土)- 5月25日(日)
開廊時間:5月24日 14:00-20:00 ヴェルニサージュ 18:00-20:00 5月25日 14:00-18:00
会場:palais des paris (群馬県高崎市大橋町96-2)
http://palaisdesparis.org

ジュゴンの見える丘

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GWに沖縄に行ってきました。すんごいGWっぽいですが、僕にとって沖縄は特別な場所です。
というのも、自分の母方の曾祖父母が沖縄人、うちなーんちゅだからです。
自分は1/8うちなーんちゅってわけです。
小さい頃、よく曾祖母にサーターアンダギーを作ってもらってました。
このサーターアンダギーがそこいらの夜店とかに売ってるのとは全然違って、めっちゃ固いんです。
歯が折れそうなほど固いけど、うまいので必死に食べてました。
あの味はやはりうちなーんちゅしか出せません。
といいつつ、沖縄に行くの自体は今回で二度目。しかも高校の修学旅行以来十数年ぶり。
今では曾祖母も亡くなり、親戚付き合いもないのでそうそう行くこともありません。
特に祖母は、自分の両親がうちなーんちゅであるにも関わらず全く行きたがりません。
それは、彼女の若い頃、沖縄は外国で、うちなーんちゅ=外国人、しかも日本を負かした戦勝国アメリカなので、差別やいじめもあったみたいです。
祖母は自分がうちなーんちゅの子供だということを隠しながら生きてきた人です。
沖縄を訪れたのは沖縄海洋博を訪れていた曾祖父が現地で亡くなり飛んでいった1回切りという徹底ぶり。
それほど沖縄に対してコンプレックスや嫌な思い出があるんでしょうか。
今でこそエメラルドの海に南国ムード、歌手や芸能人をたくさん輩出する魅惑の土地で、なんでそこまで嫌がるのか子供の頃は不思議でした。
僕は沖縄の歌手Coccoの大ファンで、中学で彼女の音楽に出会って以来最も好きな歌手です。
祖母からは沖縄に関して聞きづらいので、Coccoを通して沖縄を学んできました。
Coccoの歌に「ジュゴンの見える丘」という曲があります。
言うまでもなく、沖縄は日本で唯一地上戦を経験した土地です。
その地上戦が終結した6月23日を「慰霊の日」として、沖縄では祝日になっています。
2007年の慰霊の日、大浦湾に2頭のジュゴンが現れました。
大浦湾は、アメリカ軍がヘリポート移設の為に埋め立てようとしている辺野古の海です。
既に海底調査器も入ったその上をジュゴンが泳いでいました。
その2週間後の7月7日のLIVE EARTHでその曲は披露されました。ジュゴンに向けて作った曲です。



この曲を聴いて僕は涙が止まりませんでした。
それ以来どうしてもこの「ジュゴンの見える丘」に立ってみたかった。
そしてその夢を今回果たしてきました。
行き方は地元のタクシーの運転手さんが詳しく書いてくれてて助かりました。こちら
約一年ぶりの本格的な運転でしたがなんとか近くまで到着。そこから細道をひたすら歩く。

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写真では中々伝わりませんが、言葉を失う程の絶景でした。
180度パノラマの輝く海。今まで生きてきてこんな光景見たことありません。想像以上でした。
それだけにこの光景が失われると思うと胸が傷みます。
1月に行われた名護市長選挙は、辺野古埋め立て反対派の稲嶺氏が当選しました。
前市長も最初は反対してたのに、圧力からか最後は屈してしまい、埋め立てを承認してしまいましたが、なんとか踏ん張って欲しい。切にそう願います。
稲嶺進・名護市長独占インタビュー 前編 後編

沖縄は明治政府によって琉球処分を受けて以来幾度もの苦難に見舞われました。
1929年にはアメリカ大恐慌の煽りを受けて、沖縄も職がなくなり、各地に出稼ぎに行きました。
この時大阪に出てきたのが曾祖父で、その嫁として大阪に嫁いできたのが曾祖母です。
中には船に乗ってブラジルに行った人たちも多くいます。日系ブラジル人には沖縄を祖とする人も多いと聞きます。
さらに戦前には創氏改名まで行われ、無理矢理ヤマト民族にさせられ、戦中には地上戦により民間人だけで9万4000人以上が命を落としました。中には日本軍によって虐殺された人までいたというのです。
戦後も今のいままで日本の人身御供となり、日本の国土の0.6%しかない沖縄の中に、国内の米軍基地の70%以上がこの沖縄にあります。
これらは今回行く前に読んだ「沖縄現代史」や、初めて訪れたひめゆりの塔や平和記念公園に行くことで改めて知りました。(高校の修学旅行で訪れなかったのは今考えると酷すぎると思う)
平和の礎に自分の親戚の名前が刻まれていないか探しましたが多過ぎて探せませんでした。
ここには沖縄戦で亡くなった方々や沖縄出身の戦没者の名前が刻まれていて、その数24万人以上。
すごいのは、敵味方も関係なく刻まれていて、アメリカ人の名前も多く刻まれていました。
ここはあまりツアーでも来なくて、中々遠い場所だけれど沖縄来たら是非訪れて欲しい場所です。

美ら海水族館も観ずにこんなとこばかり回ってましたが、いいGWになりました。
この国では現在集団的自衛権を巡って議論されてますが、戦争を「できる」状態にしてはいけないとこの旅を通じて改めて思いました。
また次回訪れる時は親戚の家も訪ねてみたいです。

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