スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

山岡敏明 @ Gallery H.O.T


西天満へ山岡さんの展覧会を観に行ってきました。
山岡さんとは、5年前(!)、僕が大学2年で、西天満界隈のギャラリーを毎週足繁く通っていた頃、今はなきギャラリークオーレ(良いギャラリーでした。出してくれるジャスミンティーがうまかった)にて個展をされている時に出会いました。
その時の作品は今でも鮮明に覚えていて、壁に4点、矩形の塊がかけられていて、すごい迫力でした。
白と黒の、まるで牛の柄の如く塗られたそれらは一体何なのかと興味津々に在廊されてた山岡さんに話を伺ったのです。
山岡さんは、ずっと手がけている「グチック」という概念を熱っぽくお話くださいました。
「グチック」に関しては、誤解が生じてはなんなので、彼のHPでご確認ください。
で、作品はその断片なのだと。
次に観たのはGallery H.O.Tでの展示。
今度は壁が真っ黒になっていて、一点だけ正方形なマットの黒があるインスタレーション。
これもすごい迫力に思いっきりやられました。
ちょうど同じ時期に僕もこれまた今はなきホワイトキューブ大阪で個展をしていたので、山岡さんも訪れてくださり、その頃からお互いの展覧会を行き来する間柄になりました。こないだの京都の展示も遠路はるばる来て頂きました。

で、今回。(前置き長)
山岡さんからDMが送られてきて、ワクワクしながら行ってきました。
来週月曜から始まる現美センターでのgallerismにも出されるということで、こちらも同時に行こうかと思ってたのですが、やはり待ち切れませんでした。

入って左を見ると真っ黒な壁。
端の方は少し凸凹している。
その黒がマットで塗られているため、まるで、そこから先が無のような感覚に陥る。
その手前にはワイヤーが張られていて、近くまで寄ることはできない。
これが中々効果的で、本当に彼岸に立たされたような感覚に陥る。
ただただその黒を前にして言葉をしばし失ってしまった。
これはカプーアの作品を前にする時の感覚に似ている。
作品を前に、自分が何をすればいいのかわからなくなるのだ。
その逆側の壁には写真作品が飾られていて、街をグチックが横断している。
ギャラリーのスタッフさんの話によると、この壁の黒は、今まさにギャラリーを通り抜けているところらしい。
これはDMでも示されていた通りだ。
なので、上の僕が抱いた感想は作家さん的には違うのかもしれない。
でも、あの圧倒感は僕が山岡さんの作品を前にしていつも感じるたまらない瞬間なのだ。
最近は映像などの分野にも挑戦してらした山岡さん。
でも、僕はやっぱり今回のような作品が好きです。
入った瞬間ににやっとしてしまった。
そして呆然と見ながら、「こんな良い作品を作る人が周りにいるなんて幸せだなぁ」なんて思った。

ってことで超おすすめ展覧会です。関西の方は是非!

山岡敏明「GUTIC STUDY 16」@ Gallery H.O.T
2008.10.27(月)-11.8(土) 日曜休廊
12時~19時 (最終日は17時まで)

gallerism2008 @ 大阪府立現代美術センター
2008.11.3(月祝)-11.5(土) 日曜休廊
10時~18時 (3日、8日は16時まで 最終日は15時30分まで)

山岡敏明ARTWORK>>http://www.gutic.com/artwork/index.html

小川直樹@Oギャラリーeyes
山岡さんのを見たついでに西天満界隈のギャラリー散策。
もはや僕ぐらい見てると、不思議な嗅覚が発達するもので、ギャラリーの前に立ってる看板のDM見ただけで、観るべき展覧会か否かがわかります。
で、その嗅覚にかかったのが、この小川さんの展覧会。
ここはペインティングをメインに扱うギャラリーですが、今回も例によって絵画です。
小川さんの絵は、筆のストロークだけで人物や風景を描く作品で、それだけ聞くとデ・クーニングとかを連想してしまいがちだけど、そんな荒々しいイメージではなく、むしろ心穏やかなほっとさせられる絵画だった。
なんでだろう。むしろシュテファン・バルケンホールの彫刻に近いかも知れない。
とても大雑把なんだけど、これが不思議に心落ち着かせる。
なんしかとても「いい絵」だった。
作家さんは僕より一個下で、こういう良い若い作家に出会うにはやはり貸し画廊を回らなければならんなぁ、と改めて思った。昔はホント何やってるかわからなくても行ってたもんだけど、今は知り合いとか注目の作家さんがやってない限り貸し画廊なんて回りませんからね。ちょっとこれからまた貸し画廊巡りもしていきたいです。

ちなみに今月の注目貸し画廊展覧会を3つほど。
11.12-11.23 寺田就子@itohen
11.17-11.29 大村大吾@gallery wks.
11.24-11.29 増田敏也展@ギャラリー白3

中川佳宣 @ 信濃橋画廊
最後は恩師中川さんの展覧会。
今回も相変わらず寡黙な作品でかっこよかった。
本人はあんななのに、どうして作品はこんななんだろう笑
特にコンクリの部屋の緊張感はちょっと凄すぎた。
作品は彫刻がメインで、いくつか版画の作品も。
彫刻は本当に寡黙でつかみ所がない。
でも、空間をピシッと締め上げる緊張感をものの見事に演出している。
何回行っても中川さんの作品は不可解なところが多いんだけど、その作品によって引き締まった会場の雰囲気を味わいに何度も足を運んでしまうのである。
不思議な作家さんだ。。。
スポンサーサイト

53rd Venice Biennale Japan Pavilion

先日、来年開催される第53回ヴェニスビエンナーレにおける、日本館の概要が発表されました。
前回に引き続き、日本館の展示を指揮する国際交流基金が5組のキュレーターを指名。
その中から女子美大学教授の南嶌宏氏による展示が採用されました。
作家はやなぎみわ。日本館にテントをかけ、中は大きな写真作品を展示するらしい。

正直これが去年だったらなぁ・・・という感想。
去年の国別展示で話題の1つがドイツ・イギリス・フランスの三つ巴合戦。
それぞれ、イザ・ゲンツゲン、トレーシー・エミン、ソフィ・カルという、灰汁の強い女性作家が隣り合ったパビリオンで熱い火花を散らしておったのです。
これと負けず劣らず灰汁の強い作家やなぎみわが加わればおもしろかったのにな、と思います。
まあ、今更何を言っても後の祭。
ってか、他国のプランなんて事前にわかるもんじゃないんだから仕方ないですね。
来年、もしかしたら行く機会がありそうなので、適度に楽しみです。
詳しくはコチラ

最近青弓社から出てる「ビエンナーレの現在」という本を読みました。
これが結構おもしろくて、知っていると思ってたら意外と知らなかったことに気づかされたりもしました。
ここでももちろんヴェニスのことが書かれていて、昨年の日本館キュレーター港千尋氏のインタビューが特におもしろかったです。
氏は、このコンペ形式の日本館の選び方の難点を挙げておられました。
その難点とはつまり、指名されたどのキュレーターもベテラン作家を選ぶ傾向にあるということ。
これは、若手作家で、もしコンペで落ちた際に、自分の選んだ未来ある若手作家のキャリアに傷をつけてしまうのではという懸念がそうさせるようで、たしかにそうだな、と思いました。
それまでどういう風に決められていたのかわかりませんが、確かに2003年の長谷川祐子さんがキュレーションした日本館は小谷元彦と曽根裕なんていう、新鮮な組み合わせでしたしね。
2005年のビエンナーレでは韓国館が、若手ばかりのグループ展を催して話題を呼びました。
そういう新しい風を通さないと日本館も数ある国別パビリオンに埋没してしまうのではと思ってしまいます。

また、港さんが、岡部さんのライフワークとも呼べるプロッタージュをヴェニスでもやろうと、ヴェニスの建築学校の学生に呼びかけた所、すごくいい返事が返ってきたというエピソードも興味深かったです。
その反応に対し、学生になぜかと尋ねた所意外な答えが返ってきたそう。
「ヴェニスは歴史のない町だから、町の記憶を留めるプロッタージュを是非やってみたい」
いやいやいや、そんなことはないだろう、と港さんも戸惑ったそうです。
どういうことかとさらに尋ねると、そこにはヴェニスという島の抱える問題が浮き上がってきたのです。
それは、世界遺産になってからというもの、完全なる観光地と化してしまい、物価も上がって、この20~30年で人口は半分程になってしまったとか。年々過疎化が進み、もう伝統も引き継ぐ人がいなくなってしまうと。
確かにあの島に行ったことのある人はお分かりかと思いますが、あれは完全に夢の島です。
天然ディズニーランドというか、確かにあそこに住めと言われたら難しいと思います。
ビエンナーレの開催中のヴェニスは、もう外国人で埋め尽くされてしまいますし、イタリア語なんてほとんど聞こえてきません。
ヴェネツィア映画祭が行われるあの島には実際映画館なんて2館しかないそうです。驚きですね。

近年ビエンナーレやトリエンナーレというアート行事が各国で行われるようになりました。
そのほとんどが、地域活性化を目論みとして行われています。
しかし、そのビエンナーレの元祖が、それを続けることで、地域の過疎化を招いている。
なんと皮肉なことでしょう。
このままヴェニスはどうなってしまうんでしょう。
そして、これからのビエンナーレはどういう風になっていくのでしょうか。

Peter Zumthor


建築界において、僕が神と称する人物が2人いる。
1人はこのブログでも散々紹介している伊東豊雄氏。
そしてもう1人が今回紹介するピーター・ズントー氏だ。

この度第20回高松宮殿下記念世界文化賞建築部門の受賞を受けそのズントーが来日した。
この賞自体の名前は知っていたものの、美術界ではそんなに騒がれることはあまりない。
その理由は多分毎度受賞者が巨匠すぎるっていう点にあると思う。
正直「今更?」って感じが拭えない。
ちなみに今年の美術部門の受賞者はリチャード・ハミルトンとカバコフ夫妻。
なんにせよ、ズントーが奇跡の来日を果たしたのである!
しかもそれに際して東京大学で講演会を開くという情報をキャッチ!
ということで行ってきました、天下の東大。

東京着のバスが遅れて8時過ぎになってしまい、危うく席を取り損ねかけたけど、なんとか他の教室から借りてきてギリギリセーフ。
始まる頃には教室に溢れんばかりの人、人、人。(ってか実際溢れてた・・・)
まあ、教室自体が小さいってのもあるけど。
そして10時半。ズントーのおでまし。
なんと今回は安藤忠雄までやってきて、サプライズでした。
まあそもそも、今回の講演はズントーとも親しいこの東大名誉教授のおかげだったのでしょうね。
講演はスライドなどを見せるというものではなく、あくまで学生の質問に答えるという形でした。
にしてもさすが東京大学。
なんと通訳なんてありません。質問もすべて英語です。ロンドン行っててよかった。
気づいたら東大生に囲まれてました。こえー。

いくつか聞き取りにくいものもあったけど、僕が彼の建築に対して抱いてる興味深い質問もいくつか発せられました。
その中でも最初の方に出た「建築と時間」という質問は僕もしたかった質問。
彼の建築の最も凄い所は新作でも既に悠久の時を過ごしたような雰囲気があるという点。
現代美術や現代建築などの「現代」とつく表現の最も弱い点はこの時間にある。
マスター・ピースと呼ばれ、未だに人々に愛され続けている作品には、時の振るいにかけられてもなお残り続けているんだという強みがその作品をより一層輝かせているように思う。
現代表現というのはたかだか半世紀経とうか経たないかというものでしかない。
これが100年後、1000年後にまだ残っているかという保証はどこにもない。
しかしズントーの建築は、建った瞬間からマスターピースのオーラが出ている。
数百年前から此処に在りましたといわんばかりに堂々としている。
これは一体何なんだろう。
彼はその答えに「伝統を踏まえる」といったニュアンスのことを言っていた。
よく建築家に多いのが「環境に合わせる」といった言葉だ。
環境というのはしばしば自然であることが多い。
だが、所詮建築は自然にはなりえない。
人の手が加わった瞬間からすべてのものは自然ではなくなる。
そうではなく、人がこれまで培ってきたものを大事に継承していく試み。
環境という言葉が横軸だとしたら、伝統は時間という縦軸である。
全く新しいことをやるのではなく、丁寧につないでいく作業。
彼の代表作聖ベネティクト教会はその好例であろう。
「木の鱗」と呼ばれるこけら葺きの外壁は、その土地で伝統的に見られる技法だが、今は職人が少なく費用もかかるらしい。太陽光や風雨にさらされ、竣工から約20年ですっかり土地になじんでいる。
昨年できたドイツケルンのコロンバ美術館では、戦争で破壊された教会と見事な融合を実現している。
まるで人の体が傷を治すように、伝統的なレンガを使ったズントーの建築が傷口を補っているのだ。
そしてレンガをズラして組むことでとれる外からの採光はあまりに美しい。
このつなぐという点でいえば、僕の好きなファッションデザイナーマルタン・マルジェラもそうかもしれない。足袋シューズやジャーマントレーナーなど、既存のものからまた新たな魅力を発掘していく。近々、伝統のテーラードの技術を蘇らせるサルトリアルラインの設立も目指しているそうだし。まあ、ズントーとマルジェラって中々同列に扱われるのは難しいとは思うけれど、僕は中々面白い共通点が隠れているような気がする。

また、美術館に対する考えも述べてくださった。
「私は20世紀が築き上げたホワイトキューブが必ずしも美術作品を美しく見せる装置だとは思わない。白い背景に置くより、磨かれた木の上に置いた方が美しく見えることだってある」という言葉がとても印象的。
実際彼の建てたオーストリアにあるブレゲンツ美術館の壁面はコンクリート打ち放しである。
かつて写真家杉本博司がインタビューで、最も展示のしやすかった美術館はどこですか?と聞かれ
「一番はズントーのブレゲンツ美術館。ただ作品を掛ければよいだけの完成度があった」
と答えている。
彼は空間にはとてもうるさく、どうしようもない時は仮設の壁を築いたりする。
このブレゲンツ美術館の素晴らしい点はそれだけではなく、独特の採光システムがなんといっても特徴的。
各階の天井裏に採光の為だけの2mぐらいのスペースがあり、そこに入った自然光が天井のフロストガラスを通じて展示室に入ってくるという仕組み。この美術館には人工の明かりがほとんどなく、自然光で作品を見せてしまうという離れ業をやってのけているのだ。
この美術館は展覧会自体もかなり質が高いのでかなり注目の美術館です。
2001年のオラファー・エリアソンの展覧会は写真でみてもすごい。

改めて彼の存在は現在における奇跡だと思った。
彼の建てた建築というのは彼のキャリアからすると極めて少ない。
実際に公表されているものだけでも20あるかないかだ。
しかしそのひとつひとつがマスターピースたる威厳を発している。
それもこれも、彼がひとつひとつのプロジェクトに真摯に取り組んできた結果だ。
スピードと効率ばかりが優先される時代に生きながら、決して商業主義に走ることなく、己の道を信じて貫いてきた。彼の場合1つのプロジェクトに10年以上かけることも多々ある。
クライアント泣かせだと言えばそれまでだが、彼が建てた建築は建った瞬間から伝説となる。
昨年は先述したコロンバ美術館と、ドイツの片田舎にある個人チャペルが相次いで竣工した。
この2つは昨年建築界でかなり大きなニュースとなった。
コロンバ美術館はともかく、後者のチャペルに至っては5人入ればいっぱいになるような小さな建築である。
しかし、昨年だけで、2万部のリーフレットがなくなったと施主は言う。
アクセスは極めて悪い。それこそ車でしか行けない様な場所にある。
しかしそれでも人々は彼の建築を一目見ようと世界中から集まってくる。
まさに巡礼地だ。
この建築は僕も写真で見て大きな衝撃を受けた。
まず丸太を組んで構造にし、その上から長い時間をかけて、村人達が少しずつ少しずつ土を混ぜたラムドコンクリートという素材を重ねていく。最後に構造となっていた丸太を一ヶ月掛けて燃やして取り払ってしまう。すると、内側の壁には黒く焼けこげた丸太の跡がくっきりと残り、焼けたにおいが残り続ける。天井には穴が開いていて、雨も日の光も皆平等に降り注ぐ。

また、こんなこともあった。
ベルリンにトポグラフィー・オブ・テラーという野外博物館がある。
壁の歴史を綴る、大事な博物館だ。
それに建物を与えようということになり、コンペでズントーが選ばれた。
しかしその後、彼の提案した素材がベルリンの消防法で使えないということが判明した。
普通ならまた違う素材をあてるところであろう。
が、ズントーは違う。彼はこのプロジェクトを降りてしまったのだ。
建っていれば、かなりの評価が期待されたであろうそのプロジェクトを、たった1つの素材の問題も妥協できない、不器用と言えば不器用な建築家というより職人の姿がそこにあった。
こうした態度は、家具職人の家に生まれ、幼い頃から職人の息づかいを感じながら生きてきた彼の出自も大きく影響しているのだろう。


最後に建築学生に一言と言われて、ズントーが言った言葉はかなりズシンときた。

'Find out who you are. Be yourself' (己を知り、己自身でありなさい)

妥協を許さず突き進んできたズントーが言うからこその言葉だと思う。
当たり前のこと。この当たり前のことが実は一番難しかったりする。
しかしズントーは今までも、そしてこれからもそれをやり続ける。
人間としても最も尊敬に値する人物である。


ところでこの東大の後、赤坂でも講演会があったらしい。
僕としたことがこっちの情報をすっかり知らなかった・・・。
こちらでは新作の話などもスライドつきで行われたらしい・・・いいなぁ。
なんでもルイーズ・ブルジョワとのコラボなんかもあるらしい。
まったく似つかわしくない2人だけどどんな風になるのだろうか。
その講演会に関してはコチラで詳しく書かれています。

でもまあ、最後の言葉を聞けただけでもかなりよかった。
こんだけ書いておいてなんですが、実はまだズントーの建築まだ1つも見てません。
本来僕は写真だけを見て評価するのが嫌いで、これだけ歩き回って実物を見たりしてあーだこーだ言ってるんですが、ズントーの建築だけは別格で、写真を見ただけでもう凄いのがまるわかりっていうか。
ロンドンにいる間に見ておこうと思ってたんだけど、最後にとりすぎちゃいました。
一人っ子なんで大事なものは最後まで残しちゃうんです。
あとあれを見てしまったらもうヨーロッパに来る理由がなくなる!と思ったのも事実。
来年こそはズントー巡りするど!

にしてもズントーに関する書籍があまりに少ない。
これはズントー側がコントロールしてるのかもしれないけれど、ファンとしてはどうしても欲しい。
以前日本の雑誌a+uが臨時増刊号でズントーの本を出版した。
しかし今は絶版になっていて、こないだ本屋で10万円の値がついてた。定価4200円なのに。
あー、どうにか手に入らないものか。
ロンドンの大学ではこの本が図書館に入っていて、よく借りてにやにやしてました。
この世界文化賞受賞を期に復刊されることを切に願います。
是非賛同される方はこちらに投票お願いします!
http://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=37578

梅林の家 by 妹島和世


友人のブログに載ってて、
教えろや、コラ
と脅したらメールで地図送ってくれたので行ってきました死
ランダムな窓の取り方や植物など、妹島さんの特徴が現れてますが、
やはり驚くべきは壁の薄さ。
ご覧下さい↓


こんな薄くて外や中の音とか大丈夫なんかいな、と心配になってしまう。
それ以前に森山邸同様、建築フリークの巡礼地と化してしまってるのが何より問題ですね。
このサヴォア邸のような借景がいい感じ。
小さいながらも豊かな暮らしができそうなお家でした。


さて、前回の上京で実は品川某所にある妹島事務所も覗いてきました。
文字通り「覗き」です。別に何の知り合いもいません。
行ったら廊下に普通にローザンヌの模型が・・・拾ってこればよかった。


あと、青山で、道に迷ったらなんと伊東事務所も発見!

そのまま中に入ってしまいそうになった。。。
窓際にアメリカでの美術館の模型が・・・あぁ、入りてぇ・・・。
後ろ髪引かれる思いでその場を去りました。


青山には元伊東事務所の平田晃久さんの建築も観に行った。
横トリの「イエノイエ」の断片のようなものが見受けられる建築。
猿楽の作品も観に行ったけどそっちはあんまりやった。
最近はロンドンのフリーズでもタカイシイブースに作品を出品するなど美術分野にも足を広げつつあるのだろうか。
まだ建築に彼の思想が100%出せてない感じがするのでこれから期待したい建築家だ。ってお前は何者だというツッコミはやめてください、ごめんなさい。

丸山直文展「後ろの正面」@目黒区美術館


またまたまたまた東京に行ってきました。
今年6度目の上京。あと年内に1回は行きます。
「もう住んじゃえば?」
と各所で囁かれてますが、僕は関西にい続けてやります。

今回メインはまた後で紹介するとして、今回は目黒区美術館で開催中の丸山直文展。これが予想よりかなりよかった。
丸山さんの絵はグループ展とかで何度か見かけたことがあったけれど、こうして大きな個展として単体で観たのは初めて。
まず最初は2階からスタート。
2003年から今年までの新しい作品たち。
もう色彩が豊かで目がくらんだ。
それに対して、床が真っ白ですごく心地いい空間だった。
丸山さんの絵の特徴はなんといっても滲みだ。
綿布にたくさんの水を滲ませて画面を構成していく。
抽象画のようでもあり、でもちゃんと具象画でもある。
水面を描いたものから山を描いたもの。人の影の作品が個人的には好きだ。
よく近づいて見るとうっすら下書きの線が見える。
これには驚いた。
結構ランダムに色を配置していると思ってたら、かなり緻密な下書きを繰り返してるのがこれでわかる。
確かに薄塗りの作家程、作業量が少なく見えて、その作品に至るまでのプロセスが並大抵ではない場合が多い。
たくさん絵の具を使う人は結構やり直しがきくけど、うす塗りだと失敗がゆるされない。
マチスなんかがそうで、適当に描いてる様に見えて、実はあそこに辿り着くまでに何枚もドローイングを重ねたり色の配色を実験したりしている。
丸山さんがまさにそのタイプの画家だと改めて発見させられた。
他にも80年代後半から90年代の作品も展示されている。
特にロビーに展示されてた90年代半ばの白黒の作品がかなりかっこよかった。
80年代後半の抽象画はまだちょっとモチーフに迷いが感じられるけど、緑の抽象画はかなりよかった。
その展示室も普段のフロアを剥がして、かなり床が荒々しくなっててかっこよかった。
一階にも数点と、ドローイング。
そして見逃してはならないのが、丸山さんの制作風景を映した映像。
やはり、彼が1枚の作品に辿り着くまでの試行錯誤が映し出されている。
大体1枚の作品に対して、30枚程度のドローイングを重ねるらしい。
配置であったり、色構成であったり、かなり大変な作業だ。
面白かったのは、丸山さんの絵画に登場する蝶や蜂といったモチーフを予め描いて切っておいて、画面の上に実際載せてみたりしてる場面。他にも色の塊を置いてみたり、とにかくそのプロセスがおもしろい。
その映像の部屋には丸山さんの私物がたくさん置かれていて、生の画家を感じられる。
この展覧会は11月9日まで。
目黒区美術館初めて行ったけど、結構いい展示室やった。
次は石内都さんもやるみたいだし、また行ってみたい。


あと恵比寿に移ったNADiffにも行ってみた。
かなりわかりにくい場所で参った。
しかも品揃えも前の方がよかったような気がする。
サブカル系をフィーチャーしすぎて何だかなぁ、と言った感じ。
表参道の時はもっと気軽に行けたけど、もう中々行かなさそう。

笹倉洋平展「ツタフ」@PANTALOON

ほんの数時間前笹倉さんのOPパーティに行ってきました。
阪急中津駅という梅田から一駅ながら、とってもとっても小さい駅から、歩いて3分ほどの、「ホントにこんな所にギャラリーなんかあんの?」って感じの脇道にパンタロンはあります。
前からこのギャラリーの噂はよく耳にしていて、1度行きたかったんですよね。
ちょうど知り合いの作家さん笹倉さんの展覧会がやると聞いてオープニングにお邪魔しました。
「パンタロンから線が決壊する。」
今回届いたDMに書かれていた1文ですが、百聞は一見に如かず。
パンタロンというその独特の吹き抜け空間を活かした大作「ツタフ」は圧巻。
まさに「線が決壊する」という言葉通り。
まるで滝のように、線が落ちてきたり上昇したり、線による集積の凄まじさが観客の言葉を奪います。
先日東京で見た塩保さんの展示もそうですが、人間の手仕事があるラインを超えると、もう人の作ったように見えなくなる感覚っていうんでしょうか。笹倉さんの作品の場合、本当に「線」がまるで自ら意思を持ったかのように紙に張り付いてる感じ。
「ツタフ」というここ最近笹倉さんが取り組んでらっしゃる「蔦」をイメージして描かれた線の作品ですが、もう蔦を超えた、何者でもないものになってると、今回の作品を見て思いました。「ツタフ」ってタイトルはそういう意味であまり適切ではないように感じたんですが、笹倉さん的にはどういう位置づけでこの作品を制作したのか、またゆっくり話してみたいです。
にしても、噂には聞いてましたが、パンタロン。やはり独特の空間でした。
長屋3棟をつないで、中を著しく変化させてて、例えば笹倉さんのその大作が展示されてる部屋は、2階部分の天井をスパンと矩形に切り取ってしまって無理矢理吹き抜けにしてる感じ。2階に上って、その大作を見下ろしたりもできるんだけど、柵がないから平気で落ちてしまいそう笑
2階には小作品も飾られていて、これもまたよかった。
笹倉さんの場合、小作品と大作でまたテーストが違うのがいい。
大作の線はもの凄く荒々しくてほとばしってるって感じなのに対して、小作はものすごくコントロールされた冷静な線。その線の緊張感がこちらにも伝わってくる様な。
一階に展示されてた「ツタフ」シリーズの小作一点欲しいなぁ。割り引いてくれないやろか(死)
あと、別棟の2階にも一作大作と小作の間くらいの作品が。
これまた新たな展開の予兆って感じで、展示の仕方も贅沢でよかった。
神経細胞のような線たち。
ということで、笹倉さんの線の世界を存分に味わえる展覧会になってます。
この秋関西でのおすすめ展覧会のひとつです。詳細は以下に。

笹倉洋平展「ツタフ」
2008年10月4日(土)-10月26日(日)
水~金 18:00~22:00  土日 12:00~19:00 月火 休み
PANTALOON パンタロン
http://www.pantaloon.org/
カレンダー
09 | 2008/10 | 11
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
プロフィール

もりかわみのる

森川穣
現代美術作家。
森川穣 website

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

管理者用
カウンター
検索フォーム
To See List
RSSリンクの表示
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。