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1968年 激動の時代の芸術 @ 千葉市美術館

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千葉・・・馴れない京成線に乗ったら乗り過ごしたりして行き帰り右往左往しつつ到着。
そこまでして観に来たのが「1968年激動の時代の芸術」展。
いっそこの後の巡回先の静岡で観ようかとも思いましたが、やはり観れる時に観ておこうと。

1968年。
パリの五月革命、プラハの春、ベトナム戦争。。。
この年は枚挙に遑がないほど世界中で事件が勃発していました。
戦後、皆が復興し理想郷に向けて走り出したはいいものの、理想郷のメッキが剥がれ始めたのがこの辺りなのでしょう。いわばパラダイムシフトの時期がこの1968年に当たります。
日本では全共闘が大学をバリ封したり、新宿騒乱もこの年にあったり荒れ狂った時代なのです。
この「熱狂」を知らない僕にとって、少し憧れの年でもあります。
もちろん当時にいたらいたで辟易した可能性大だけど、それでも少しは味わってみたかった。
そんな時代の「味見」をさせてもらえるのがこの展覧会です。
実際想像以上にボリューミーで大満足の展覧会でした!!
ちなみに内容的には1968年のみならず、1966年から1970年までの芸術の流れを示しています。

まず初っ端の東松照明や森山大道の白黒写真からやられた。
これは1968年10月21日に勃発した新宿騒乱を捉えた粒子の荒い写真たち。
この時代の新宿は本当に熱かった。
西口には西口広場があり、東口にはグリーンハウス。
花園神社では唐十郎の状況劇場、風月堂は文化人の坩堝。
あぁ、新宿。
今ではすっかり変わってしまったけれど、そんな地霊の息づく新宿が大好きだし、お店をこの地に出したいと思ったのもこれが理由。
歌舞伎町、ゴールデン街、新宿二丁目、紀伊国屋書店。
今だって十分カオスなんだけどね。
ちなみにこの展覧会にはなぜか出てませんでしたが、当時の新宿を知る資料として大島渚の「新宿泥棒日記」(1969) があります。映画としてはどうなのって感じですが、冒頭から唐十郎が出てきたり、主演が横尾忠則だったり(!)、状況劇場や新宿騒乱の様子、当時の紀伊国屋などかつての新宿がたくさん登場します。



それから1969年に公開された松本俊夫の「薔薇の葬列」。
ピーターのデビュー作でも知られますが、何気にゼロ次元や粟津潔も出てきます。




あと脱線だけど、最近三橋順子さんが出した「新宿 「性なる街」の歴史地理」が最高に面白かった!
江戸時代の内藤新宿の様子から新宿遊郭、赤線、新宿二丁目へと移り変わる流れが緻密な調査により浮かび上がってくる名著。新宿好きにはたまらない一冊です!
ちなみに前述の「薔薇の葬列」に出てくるバーの名前が「ジュネ」で、三橋先生が昔働いておられたお店もジュネなんだけどたまたまかな?

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閑話休題。

それにしてもこの時代の日本のカルチャーは凄まじい。
美術にはハイレッドセンターがいたし、デザインには粟津潔に横尾忠則、演劇には唐十郎に寺山修司、文学には三島由紀夫に安部公房がいて、建築は磯崎新らメタボリズム運動真っ只中。
美術批評も瀧口修造もいれば御三家(中原佑介、針生一郎、東野芳明)がいて、石子順造や宮川淳まで。
さらにこれらの人たちがジャンルを横断しながらコラボしまくっていた時代。
椹木野衣は各ジャンルの未熟さ(悪い場所)故というけれど、とは言えこの交配は刺激的。
「空間から環境へ」(1966)、「トリックス・アンド・ヴィジョン」(1968)、「人間と物質」(1970)等伝説的展覧会も開催。
他にも読売アンデパンダン、千円札裁判に美共闘など、国家(社会)と美術が繋がっていた時代。(好む好まざる関わらず)
本当にこの時代に生まれてなかったのが悔やまれる。
とは言え、こうして後から客観的に見ることでまとまってるけど実際はもっとカオスだったんだろうなぁ。
このカオスは1970年の万博で終わってしまいます。
前衛を葬り去った万博。
しかしこの万博さえも、やはりこの「熱狂」の頂点として今から見れば美しいのです。
実際この万博は言わずもがな国家総動員で練り上げた壮大な祭であり、そこには岡本太郎に丹下健三、実験工房に具体他一流の芸術家までも動員され、この時代の極点として相応しい祭典となりました。行きたかったなぁ。。。
そんな中、前衛外に現れたのが「もの派」。
1968年の10月、神戸須磨離宮公園現代彫刻展で、関根伸夫が「位相ー大地」を発表したことをきっかけに、ものそのもの、手の否定を主軸にした作品が増殖します。
これらが万博後も隆盛を極めたのは、皮肉なことに美術というジャンル内に留まったことが大きいのかもしれません。
「前衛」は、その言葉通り、社会や国家に対してのカウンターたる使命を帯びているのに対して、もの派にはそういう十字架がないのです。
ここから美術は、他ジャンルとあまり交わることなく独立化していくのですが、やっぱり刺激が足りない。。。
こうして展覧会を一望していて思うのが二人の人物の絶大なる存在感。
赤瀬川原平と高松次郎です。
最初から最後まで必ず登場する二人はやっぱり他の作家とは一線を画しているように思います。
赤瀬川さんは一人インターメディアやっちゃってるのでまさに「前衛」を体現するような人ですが、高松さんはずーーっと美術をやってるのがすごい。ハイレッドセンターは確かに赤瀬川色が強いけれど、読売アンデパンダンから影の絵画まで、ひたすら「虚」と向かい合って制作してる姿がかっこよすぎる。長生きしてたらどうなってんたんだろうと想像せずにはいられません。展覧会途中に出てくる自身が壁画を担当した新宿二丁目にあった「サパークラブ・カッサドール」でグラス片手にソファーに腰掛ける高松さんがイケメンすぎます!

そんなこんなで本当に素晴らしい展覧会でした。
千葉市美術館での展示は終わってしまいましたが、今後北九州市美術館(2018.12.01-2019.01.27)と静岡県立美術館(2019.02.10-03.24)に巡回するのでまだの方は是非!
ちなみに静岡では来年1月5日から「起点としての80年代」展も静岡市美術館でやるのでセットで観るのがいいかと。僕は年明けにこっちだけでも観に行けたらなという感じ。
カタログも2000円で凄まじいボリューム。資料的価値はもちろん冒頭の水沼啓和氏の文章や、ゼロ次元やハイレッドセンターの記録写真でも知られる羽永光利氏のご子息羽永太郎さんの文章もグッときます。
惜しむらくは英語訳がないこと。。。英語はやっぱり必要です。

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ところで、この展示でもキーパーソンになってた赤瀬川原平の未発表作品が国分寺にある丘の上APT/兒嶋画廊というところで12月9日まで開催中です。
ここ、よく知らなかったんですが、元々洋画家の児島善三郎氏のアトリエ跡地に建てられたそうで、建築家は赤瀬川さんとも所縁の深い藤森照信氏。
住宅地の中に突然現れる様子のおかしい建物笑
展覧会の内容は、1971年に限定200部だけ出版した本「あいまいな海」の原画が展示されてます。
赤瀬川さんってすごく不思議で、彼の作るものってどこかオリジナリティを避けてる感があって、実際作品見てもピンとこないんですよね。
そもそも「千円札」の頃からも、「模型作り」と言っていたように、トマソンにせよカメラのデッサンにせよ、ひたすら何かを模してる印象。
今回の原画も、1968年展に出てた漫画もどこかで見たことあるようなタッチ。
内容としては確かに赤瀬川原平なんだけど、パッと見て赤瀬川さんと言えるタッチって中々ない気がする。
とはいえ場所としてもとても気持ちいいしオススメです。こちら

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その他の展示。
「田根剛 未来の記憶」@ オペラシティギャラリー
今最も注目されてる建築家といっても過言ではないけれど、どうも好きになれない建築家…前半にあるエストニア博物館の藤井光による映像見てたらわかるけど、内部が綺麗すぎる。考古学といいながら、それが反映されてるのはせいぜい外部のみで内部に及んでいない。

主観主義写真における後藤敬一郎 @ スタジオ35分
この写真ギャラリーは隣にバーも併設されててとっても好きな場所。特に主観主義写真の再発見に力を入れてて、今回もその一環。主観主義写真は主に50年代に起こった写真の動きなんだけど、あまり顧みられることもなくきてしまっていて、実際当時のフィルムがなくなってたりして、再評価されるのは急務。今後美術館での展示やまとまった写真集の出版など動きが気になるところです。

川辺ナホ『Save for the Noon / 昼のために』 @ WAITINGROOM
元々川辺さんの作品って政治的だったっけ?って思うほど今回は政治的。
ベルリンの壁の崩壊以前の東西ドイツの話が背景にあるみたい。
とはいえ見た目がポップなので見ただけではわからないかも。その背景必要なのかな?

加納俊輔「ピンク・シャドウ」@ Maki Fine Arts
単調な展示。それを目指してるとは思うけどもう数シリーズ欲しかった。

齋木克裕|朝食の前に夢を語るように @ Sprout Curation
すいません、何のこっちゃわからず感想すら出ません。。。

安喜万佐子展 暁の石/沈黙の水鏡 @ アートコンプレックスセンター東京・B1ホール

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昨日(11/1)より四ツ谷にあるアートコンプレックスセンターで安喜万佐子展が始まりました。
この施設、住宅街の中に突然現れるお城みたいな建物でビビります笑
その地下に巨大空間(約100坪!) があります。
そんじょそこらの作家じゃ埋められない空間。。。
安喜さんは4年ほど前にも展示されてて、その時も広いな、と思いましたが、今回は搬入のお手伝いをさせていただいたので、まだ何も展示されてない空間を見た時の絶望感たるや笑
最終的には二日でなんと60点近い作品を展示しました!

安喜さんは僕の大学の先輩にあたりますが、卒業後に展覧会をご一緒させていただいたりして、語りつくせぬ程お世話になっており、今回展示のお手伝いさせて頂けるのはとてもありがたかったです。
展示に関していえば、今回照明がすごいです。
美術館でもたくさんお仕事されてる竹下誠司さんが担当されていて、プロってすごい!と改めて。。。
とっても勉強になりました。
今後美術館でも照明もっと気にして見てみたいなと思います。

さて、展覧会。
本当に盛りだくさんで、語りつくせないんですが。。。
まず入ってすぐの映像作家前田真二郎さんとのプロジェクションマッピングコラボがものすごいです。
金箔の松林図に波や雪が投射されてるんですが、無限の奥行きを感じる。
椅子が置いてあって、本当にいつまででも眺められます。
寒い日に窓から雪が降ってる冬の海を見ているような。
この「風景」や「窓」の関係は、安喜さんが数年来取り組んでらっしゃる主題です。
彼女の描く絵画はそのほとんどが所謂「風景画」です。
テンペラや岩絵具といった和洋の古典技法を用いながら、あらゆる「風景」を画面に落とし込みます。
しかしそれは果たして一言で「風景」と言えるような代物ではなく、むしろ「光景」といった方がしっくりくるのかもしれません。
彼女の作品はしっかり画面と対峙しないと見えてきません。
まるで明るいところから暗いところに入った時の暗順応に近いものがあります。
それは、彼女が対象そのものを描いていないからだと思います。
対象を光として細分化して、一つ一つ丁寧に色彩を置いていくのです。
金箔の絵画に関しても、描かれる対象は「空」(void)として残されます。
図と地の関係が反転していて、例えば松林図だと本来画題にもなってる松林はキャンバス地のまま残され、背景が金箔で覆われていることで松林が「白い影」として顕れるのですが、さらに先のプロジェクションマッピングの松林図に関しては、途中で急に描かれた松もあったり、金箔ではなく銀箔が貼られていたりして、何がなんやらわからなくなってしまうのです。
奥の部屋の大画面もすごい「光景」群。
本当に光に覆われるような感覚に襲われます。
そんな彼女が最近になって発表し始めた作品に「影の絵」というシリーズがあります。
刺繍枠に絹本を貼って、そこに描画して、最終的にそこに光を当てることで壁に絵画の影が投影されます。
僕はこれまで安喜さんの作品を見てきて、ついにここまで来たのか!と驚愕しました。
一人の作家をずっと追って見てるとたまにこういうことが起こります。
人生を懸けてものごとを突き詰めていくと辿り着ける境地みたいなのが垣間見えるんです。
物故作家だとカタログを時系列に見ながらなるほどなるほど、とその進化をたどれますが、今を生きてる作家さんはその途上をリアルタイムで見られるんです。これほどエキサイティングなことはありません。
ゴームリーが霧の作品を作った時や、石内都がフリーダ・カーロを撮った時もそうでした。
それが今回体験できました。
もちろんこの「影の絵」は発展途上だと思います。
まだまだできることがたくさんありそう。
もうそのことを勝手に想像するだけでワクワクします。
展覧会は11月18日まで。ぜひ!こちら
明日11月3日にはオープニングパーティーもあるみたいなので興味ある方は行ってみてください。僕も行きます!


さて、そんな安喜さん。
本日より僕のカフェで始まる「空間孝」で彼女の作品を展示させていただきます!
前田真二郎さんとのコラボレーションの映像作品です。合わせてどうぞ!
2011年に開催された僕も参加した「風景の逆照射」展の冊子もお配りします。

A'holic pop up cAfe
東京都新宿区新宿5-10-5 プログレス新宿5階
http://aholic.tokyo
13:00-18:00(l.o.17:30)

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内海聖史「あらゆる時間」@ GALLERIE ANDO

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内海聖史さん。ずっと追いかけてる作家さんですが、個展は久々に拝見しました。
そしてその久々の鑑賞はすごい体験だった。。。
なんせ、作品が見えないんだもの!
内海さん、何度かこのギャラリーで展示されてますが、毎度度肝抜くことしますね。
スペースの小ささを逆に利用して実験場にしている感じ。
今回の展示、具体的には、全部の作品がアクリルのボックスに入って展示されてるんです。
これがまた曲者で、アクリルのほとんどが色付きで、中には不透明なものもあり、そんなのに作品が入ってると言われてもなんだか化かされてるみたいな気分。。。
中にどういう作品が入ってるかみたいなファイルが見られるんだけど、本当に??みたいな不思議な感覚になりましたとも。
見えてる作品も、カラーアクリルのおかげで実際の作品の色味と全く違うし。。。
作品を鑑賞するとは何ぞやっていう根源的な問や、これを購入したら箱を開けるんだろうか等々なんだか物凄く色んなことを考えてしまいました。
それはそうと、ファイルを見ていたら表に出てない作品があって、「三千世界」と言われる5cm角の小さな作品を見せていただけることに。
これに関しては値段が手に届く範囲。。。買いました。
ついにギャラリーで作品を買ってしまった!!!
今お店の展示にと友人から作品買ったりしてたけど、ギャラリーでは初。
初の作品が内海さんというのはとても嬉しい。
というか内海作品が家にあるだなんてとっても贅沢!
5cm角でも凄まじい密度なので作品としての強度もあります。大満足。大事にします。

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さらに上野駅でも展示されてると聞いたので観にいってきました。
相変わらず絵画の可能性をズンズン拡張している。
内海さんの絵画自体ももちろん好きだけど、その向き合い方がなんといっても好き。
今回の展示のインタビューでのこの答えがすごい好きです。

「僕は表現の中で自分を発信するのではなくて、絵の中で自分をどれだけ消せるかということでやっています。僕のタッチというより人のタッチ、人間の総体の感覚みたいな感じで制作したい。僕には自分が素晴らしいセンスを持って生まれたという思いがなく、凡庸な自分を消していった方がいいものが出来ると何となく考えています。僕だからこの表現が出来たというより、ガラスだからこうなった、絵の具だからこうなったという形にしたい。何なら僕のこと忘れちゃっていいよ、と。僕ではなく絵だけ見てくれればいい、と。」

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前述の村上さんも内海さんも網膜では追いつけない程の「超網膜的絵画」だと思います。
絵画って基本的静的なメディアだけど、こんなにも動的になれるんだという可能性を教えてくれます。


最近見た展覧会ギャラリー編。

薬師川千晴展 @ 画廊くにまつ青山
カフェにも展示させてもらった後輩の薬師川さんの東京初個展。展示としては大人し過ぎたかな。

名和晃平「Biomatrix」@ SCAI THE BATHHOUSE
久々にこれぞ名和晃平!という展示。シリコンオイルの作品はさすがですね。人のオブジェはよくわかんないけど、ベルベットの抽象的半立体の作品は面白かった。案の定ベルベット作品二つとも売れてました。

井原信次 「MEYOU」@ KEN NAKAHASHI
笑えるぐらい超写実。現実というより写真寄り。でもリヒターのようなフォトペインティングとも違ってその先の内容が気になってしまう絵画(実際いろんな背景がある)それにしても現代のSNS時代に写真を元に描かれた写実絵画を改めて画像になって見るっていう体験はメタが過ぎて何が何やらわからなくなりますね。

村上友晴展― ひかり、降りそそぐ @ 目黒区美術館

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久々に作品の前で涙が出た。
この感覚、本当に久しぶり。。。
村上友晴展、想像の遥か上をいく凄まじい展覧会。
今年の2月に京都で見て以来ですが、美術館で、これほどの作品数が揃うのは奇跡。
いつも美術館の常設などで1点とかで凄まじい存在感放ってますが、これだけ揃うと威力がすごい。
ロスコやニューマンの系譜を見事に継承する「崇高な」絵画たち。
こういう感覚、今のソーシャルエンゲージドアートだのリレーショナルアートだの「先端」から見ると古臭いかもしれんけど、僕はこの「崇高」が大好物。
2階の階段上がってすぐの部屋は、そういった「崇高」なペインティングが並ぶ。
ボコボコした表面も好きですが、僕はむしろマットなんだけど何層にも塗り重ねられた作品が好き。
黒の上の赤とか本当に美しすぎてこの部屋だけで何周もしてしまった。
さらに次の部屋では「イコン」という黒い小さな絵画とそこに集う使徒のように「十字架の道」の白い14枚の作品の織りなす空気は異常。
もう展示がうますぎ。
入り口からその横一列に並んだ様が少しずつ見えていくのが本当に鳥肌もの。
「十字架の道」は版画の技術で真ん中に正方形の窪みを作って、そこをニードルで削るというもはや絵画ではないし、むしろ絵の具を足す作業とは真逆の紙を物理的に削ることでイメージを作り上げていく。
14枚とも表情が少しずつ違う。
網膜をフル活動させないと見えないこれらの画面。
写真では中々再現が難しいんだろうけど、網膜だと一瞬しか切り取れない歯がゆさ。
もう本当に目の奥に焼き付けたいと熱心に見つめるんだけど、中々難しい。
ちょっと監視の人たちが羨ましかった。ずっとずっと作品の前に対峙したかった。
できることなら作品の前に椅子置いて欲しかったなぁ。
椅子あったら何時間でも見ていられたと思う。
今年一番素晴らしい展覧会でした。12/6まで。こちら
ちなみにカタログは今月末納品だそうです。僕は予約注文してきました。


さて、芸術の秋だからか展覧会が目白押し過ぎて都内中駆け巡りました。
とはいえ、都内に住んでるってやっぱり素晴らしい。。。噛み締めております。
ということで今月観た展示は以下ざっくり。(美術館のみ)

ピエール・ボナール展 @ 国立新美術館
オルセーからの貸し出しなんだけど、正直あんまいいの持ってねぇなぁというのが感想。ロシアで観たボナールは格段に素晴らしかったので、結構良作はフランス国外にありそう。

カタストロフと美術のちから展 @ 森美術館
テーマとしては中々見甲斐があったけれど、なんでこれが?ってのがいくつかあった。(トレスとかルースとか)。逆にチラシにもなってる加藤翼の作品は、構造わかってない人が見たらなんのこっちゃわかんない感じで残念でした。でもわかってたら中々感動しちゃいます。

アジアにめざめたら アートが変わる、世界が変わる 1960-1990 年代 @ 東京国立近代美術館
前述のPara Siteの記事でも触れてますが、全体としては特に面白みはないです。ただ、日本の作品も普段「もの派」だの「具体」だのレッテルでくくられる作品たちが一個の作品として扱われてるのが面白かった。

マルセル・デュシャンと日本美術 @ 東京国立博物館
想像以上に日本のコーナーが蛇足過ぎましたね。。。あとデュシャンって見ても見ても見足りない感じがするんですよね。今回なんてフィラデルフィア美術館から結構いいものほとんど来ちゃってるぐらいのレベルなんだけど、なんだろうこの欠落感は。不思議な作家です。

リー・キット「僕らはもっと繊細だった。」 @ 原美術館

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現在ポップアップカフェで開催中の「良いニュースというのは多くの場合小さな声で語られるのです。」に関連する二つの展覧会をご紹介。

まずは原美術館で始まったリー・キット展。
今年マッタ=クラークに次いで楽しみだった展示です。
リー・キットは香港で生まれ育ち現在は台湾在住の作家。
一昨年行った香港では彼が主催しているスペースthings that can happenも面白かった。(既に閉廊)
またART ITのこの記事を読むととてもクレバーな作家なのがわかります。
リー・キット「ザ・グレート・プリテンダー」

彼が最も注目を浴びたのが2013年のヴェネツィア・ビエンナーレの香港パヴィリオンの個展。
僕もこの展示見ましたが、何が展示されてあったかはほとんど覚えていなくて、覚えているのはその空気でした。
なんというか、留守中の他人の家に勝手に上がり込んだ感じと言うんでしょうか。
僕の好きなキム・ギドク監督の「うつせみ」の主人公になったような感覚。
うしろめたいんだけど、なんだかワクワクする。
周囲の風の音とかそういう何気無いもの全ての感覚が鋭敏になる。
あの感覚はちょっと忘れがたい経験の一つです。
そして今回もまさに同じ感覚に陥りました。
はっきり言って、展示といえるものはこれといってありません。
驚くほど物質感がなく、あるのは光。
窓から差し込む光をプロジェクションで表現しているのか、この元邸宅の窓がことごとく開け放たれた感じ。
見る時間帯によっても見え方が色々変わりそうな展示でした。
これは中々万人がわかるにはあまりにも「繊細」。
そう、タイトルの通りその繊細さを感じ取れないと中々難しい展示だと思います。
万人にはオススメできないけれど、とても爽やかな気持ちになれる展覧会でした。12/24まで。
カタログは11月上旬に完成予定とのこと。間に合えばポップアップカフェにも置きたかったんだけど。こちら


内藤 礼―明るい地上には あなたの姿が見える @ 水戸芸術館
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水戸へ。遠い。。。
出来るだけ外したいんだけど内藤礼は外せない。
ということで内藤礼の個展としては最大規模の展覧会です。
結果から言うと、可もなく不可もなくといった感じでした。
展示室を自然光のみにしたのはさすがですね。
あそこの展示室は天窓があるので電気がなくてもかなり明るい。
電気がないと、展示室というか、ただの「場所」になっちゃう感覚が気持ちいい。
しかしあの展示室構成はやっぱり使いづらい。
展示室と展示室のつながりがいちいち断章しちゃうんですよね。
今回の展示とかシームレスに繋がって一つの作品みたいになってたら本当によかったと思う。
あと、やたら監視員が多いのが気になりました。繊細な作品多いし仕方ないのだけど。
タイトルの「あなた」は監視員のことなのかとすら思いました笑
あと、展示構成的には「鏡」を意識してるのかな、とも思いました。
実際の鏡はもちろん、展示室の対面でおなじモチーフが置かれていたり対になっていたり。
元々内藤さんの作品はシンメトリーの強いものですが、今回は特にそれを感じました。
個々の作品の説明は省きますが、なんだか取り止めがなくてちょっと残念でした。
もっと大胆に、何もない展示室とか作ったりしても面白かったと思うんだけどなぁ。
展示は10月8日までで、カタログは9月末だそうです。こちら


本日9月25日でこのブログ開設から丸13年になりました。僕は3○歳になりました笑
今後ともよろしくお願いします。

ゴードン・マッタ=クラーク展 @ 東京国立近代美術館

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先月から始まったゴードン・マッタ=クラーク展に行ってきました。
今年度一二を争う期待度の展覧会でしたが、それを遥かに凌駕する素晴らしい展覧会でした。

まず何が素晴らしいかというとその会場構成。
彼の展覧会をする上で最も難しいのが、作品そのものがほとんど現存していないこと。
ほとんどが一過性の出来事なので、展示となるとその大半が記録になります。
建築の展覧会とかもそうだけど、それそのものが持ち込めない展覧会ってしばしば退屈になりがち。
しかし今回はそこを飽きさせない為に会場構成で観客のテンションを高めていました。
会場構成を担当した元OMAの小林恵吾さんがカタログ内でもおっしゃったように、展示会場というより「広場」という印象の様々な建築的マテリアルで織り成す会場風景は爽快。
青木淳の「原っぱと遊園地」を思い出させる、伸び伸びとした原っぱに観客が各々好きなように過ごしているのが印象的。
小林さんの「現代の日本では都市の方が窮屈」という話も印象的。

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そして展示構成もわかりやすい。
「Museum」「Dwellings」「Streets」「Port」「Market」の5つにテーマがわかれています。
今回全体通して、改めて自分がいかに彼の活動を知らなかったかを思い知りました。
(彼の名付け親がデュシャンだったなんてことも!)
ここまで広範に展開していたとは本当に驚き。しかも彼の作家活動期間はたった10年なのです!
やはりゴードン・マッタ=クラークといえば「ビルディング・カット」。
中でも1974年の最初のカット「Splitting」は単純に建物を半分に割るという衝撃的な作品。
以降いくつか建築を切ってますが、やはりこのシンプルさには敵いません。
そしてここでも知らなかったのが、実は真ん中を切るだけじゃなくて、屋根の四隅も切っていたこと。
その四隅がなんと今回展示されているのです。これはアツい。

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あと、他の活動も本当に興味深いし、改めて彼の先駆者性を発見しました。
例えばその屋根の横に展示してあった、壁をプリントした紙。その名も「壁=紙」。
どこかのアノニマスな壁のプリントが壁に貼っているという二重性の時点で面白いのに、なんと1972年当時に観客に配っていたというのがさらに驚き。
これってフェリックス・ゴンザレス=トレスの先の先をいってますよね。
今回も持って帰れるので僕もちゃっかりお持ち帰りしました。

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それと、初期の食物を使って行っていたプロジェクト、特に「FOOD」という名のレストランをしてたのはなんとなく知っていたのだけど、それが地元アーティストの臨時の職場になっていたりしていて、今のソーシャルアートやリレーショナルアートのこれまた先の先をいっちゃってます。

カタログの中で沢山遼さんも指摘していますが、これまた初期の仲間内でやってた「アナーキテクチャー」の活動も、都市を「観察」する赤瀬川原平の活動にリンクします。
ただし赤瀬川さんはゴードンたちと全く同じ時期にやってるのがまたすごいんだけど。

他にもいらない土地を買っちゃってアートプロジェクト用に使うとか、木の上で生活するとか、ゴミで作品作って最後またゴミにしちゃうとか、本当に面白いことを短い期間に散々やっちゃってます。
彼の10年の活動の中に、近現代美術の歴史がかなり内包されちゃってます。
彼の多様でありながらも一貫した姿勢って、やっぱりコンセプト云々よりも、純粋に面白いと思ったことにまっすぐ突っ走った結果なんだと思う。
色々読んでると、どれもコンセプトは後付けな感じがしてそれがまた面白い。
彼が活動の中心に置いていたグリーン通り112番地のジェフリー・ルウの言葉が全てを物語っています。


アートはコミュニティだよ。でもそんなことを、考えてさえいなかったんだ。みんなその真っ只中にいたんだ。コンセプトのことを考えてる暇なんてなかった。生み出すのに忙しくてね。コンセプトというのはそうやって出来上がるものだと私は信じている。知的な思考じゃなく、実践によってだ。だからグリーン通り112番地は・・・グリーン通り112番地は、経験そのものだったんだ。



展覧会は9月7日まで。僕は最低もう一回は行こうと思います。超おすすめ。こちら

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今村遼佑「雪は積もるか、消えるか」 @ アートラボあいち

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最終日ギリギリ、東京帰りに無理やりねじ込みました。今村くんの展示です。
ポーランドの滞在を経て、どんな作品を作るのかとても楽しみにしていました。
昨年末アートスペース虹での展示も見ましたが、やはり小さなスペースなので物足りなさが残ったというか。
今回はとても広いスペース。
アートラボあいちは長者町にあった時代は知ってましたが、今はとても立派な歴史建築物の中にあります。
行ったら最終日だったため、今村くんがちょうど撮影していて色々話も聞けました。

にしてもこの人はブレない。
ポーランドでの滞在での影響はどこかしらかにあるんだろうけど、昔から変わらずそれでいて新鮮。
その場所を慈しむように、さりげなくさりげなくそこに潜む作品たち。
作品はあるんだけど、それそのものを見るというより、それを触媒にしてその場所を楽しめてしまう。
今村くんの説明を聞いていても、ここにどんな光が入ってきて、どんな音があってという説明ばかり笑
実際この空間は大きな窓がたくさんあって、光がすごい勢いで変化して空間の質がどんどん変化するのです。
僕が行ったのは夕方前ぐらいだったので、驚くほどの変化を楽しめました。
これが夜とかだとまた面白いんだろうなぁと。
彼の作品は冬がよく似合う。
夏のギラギラした太陽の光ではなくて、ぼーっとした淡い光。
(実際以前「冬の日」ってタイトルの展覧会もあったな)
って、今村くんの作品の説明がほとんどないけど、実際そういう作品なんです。
具体的にはバケツの中に映像があったり、廃盤になったクレヨンで書かれたドローイングがあったり、ついたり消えたりする電球があったり、壁を叩く小さな音があったり、ポーランドで撮った映像なんかもあるとか色々言えちゃうんだろうけど、個々の作品をあげつらうのは彼の作品にふさわしくないように思います。
どうしようか迷ったけど、行って本当に良かった。
改めて僕はこの人の作品が心底好きなんだなぁと思えました。
終わっちゃったのでなんの宣伝にもなってませんが、今後も追い続けたい作家さんです。

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今村遼佑展「畔を廻る」@PANTALOON



東京では他に恵比寿映像祭関連のALの展示とワタリウムのマイク・ケリーを見ました。
ALは秋山さやか、荒木悠、荒井美波の三人展。(全員Aから始まるのは偶然?)
中でも過去作ですが荒木さんの作品はよかった。オリーブを巡る誤認の話。
彼の作品は個展だとくどさがありますが、グループ展だといいスパイスになりますね。
マイク・ケリーは相変わらず意味不明笑
配られたチラシに映像に出てくる登場人物紹介が載ってるのが斬新でした笑

江之浦測候所/草間彌生美術館/長島有里枝

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杉本博司の夢の舞台が小田原に完成しました。
その名も「江之浦測候所」。
根府川駅からシャトルバスで10分弱。遠い。遠いよ!
で、いきなり感想としては

「一体何を見てきたんだろう?」

です。
正直感想と言える感想はないです。
予約とって入館料3000円と交通費かけてわざわざ行ったんだけどね。
まあ、行く前からなんとなくそんな感じなんやろうなとは思ってたけど。
この人って自己完結の人だなぁと改めて思いました。
ここには批評はないです。いいも悪いもないのです。
だから行って後悔ってのもないです。
とまあ、のっけからネガティブですがとりあえず写真バンバンのっけちゃいます。

まず全体図。広いです。
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待合棟。ここで受付。
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100mギャラリー。
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先からの海景。
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隣の小庭。
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下へ。
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100mギャラリーの下を斜めに突き抜ける道。このアプローチは直島の護王神社みたい。
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外から。
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上も登れます。
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隣は能舞台。
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大庭園?から門。
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茶室への道程。
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茶室。
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以上こんな感じ。
一体何の施設なのか謎・・・。人に話す時に困ります。
ご興味ある方は公式サイトからご予約くださいませ。こちら
帰りはシャトルバスを待ちきれずタクシーで小田原へ。絶品の鯵がいい思い出。


あと東京では開館したばかりの草間彌生美術館にも行って来ました。
なんか年内はもうチケット予約完売らしいですね。すごい人気。。。年明け以降の予約はこちら
こちらも写真でぱぱっと。外観はすごく地味。中は階段で上がらないといけない。
こちらも感想らしい感想はないです笑

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他には東京都写真美術館で開催中の長島有里枝展。
これまでの彼女の写真シリーズが一気に見られるベスト盤みたいな展示。
僕は彼女の写真といえば、彼女のパートナーを撮った「not six」が忘れられません。
学生の時に本屋で見て、赤裸々にパートナーとの私生活を覗き見してるようでドキドキしました。
表紙も赤裸々に「テント張ってる」写真笑
僕が持ってる唯一の彼女の写真集です。
それから10年以上が経って、今回の展示で彼女がその彼と離婚してることを知りました。
めっちゃ不思議なんだけど、なんかショックでした。
あの写真集にはそれだけ彼女と彼に感情移入させちゃう力があったんですよね。
どんな言葉よりもあれらの写真って単純に時間や関係性がビジュアルに詰まっちゃってる。
写真の持ってる力を改めて思い知らされたような気がします。
あと、その写真集にも写ってた赤ちゃんだった息子が大きくなってる写真もあって、まるで親戚の子のように「大きなったなぁ」と感慨深く見ちゃいました。
それと、僕の友人がモデルになっててびっくり。
長島さんが神戸にレジデンス来た時に撮ったみたい。
他にも家族じゃない人たちが家族みたいに一緒に写真に写ってる初期のシリーズとか、彼女のデビュー作でもある家族で裸で写ってる写真とか、僕はてっきり彼女の写真は「関係性」が重要なんだと思ってたんだけど、カタログとか彼女の発言とか見てるとかなりフェミニズムの人なんだなぁとわかって正直がっかり。
なんかもっと大きな広がりを彼女の写真に見てたのです。
とはいえ、やっぱり彼女の写真は面白い。11月26日まで。こちら

あと土屋信子が駒込倉庫でワーク・イン・プログレスみたいなのやってたから見に行ったけど、会期終了間際だったのにプログレスすぎてなんのこっちゃでした笑
scaiからカタログが出るらしいのでとりあえずそれをたのしみにしてます。

川俣正 -「 工事中 」再開 @ アートフロントギャラリー

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急遽東京へ。
まさかあの伝説の作品が「再開」されるなんて。。。
1984年に川俣正の名をアートシーンに確かに刻んだ「工事中」。
北川フラム氏からヒルサイドテラスの改修に合わせて何かやらない?と誘われて作った作品。
建物を囲むように木材で組まれたそれは、テナントからのクレームで中止に追い込まれますが今や伝説。
これ以降の活躍は周知の通り。ここから「work in progress」というスタイルを築いていくのです。
その作品が30年以上の時を超えて「再開」とな。これは逃すわけにはいかない。
とはいえ当時のように建物を囲むことはなかったものの、建物の屋根を這うように組まれた木材たち。
数年前に「TOKYO IN PROGRESS」というプロジェクトの木材を使ったそうです。
さらにこの作品は、今後取り壊される予定の歩道橋から見られることを前提とされてます。
とはいえフラム氏から、やっぱ構造の中に入って観られた方がいいでしょ、ということで土日のみ予約制で観覧可。
当日は雨予報でしたが、そんな予報もどこ吹く風。夕方の涼しい風と青い空とのコントラストが気持ち良かった。
9/24まで。こちら

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アピチャッポン・ウィーラセタクン「亡霊たち」@ 東京都写真美術館

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写美(TOP MUSEUMとは言いたくない)と、イメージフォーラムでやってるアピチャッポン特集に行ってきました。
後者の「トロピカル・マラディ」がメインでしたが、まずは写美へ。

美術館でのアピチャッポンの展示はグループ展でも@kcuaの個展でも観てるけど、正直ピンときたことはなくて、それはきっと彼の映像はある程度長い時間観ないと沁みてこないからだと思うのです。
展覧会だとどうしても散漫になるし、映像を一個一個丁寧に観られる環境じゃない。
その点映画館は、映像を観るのに特化した場所だから彼の作品は生きてくる。
なので、今回の展覧会もさほど期待はしていなかったのだけど、驚くほどによかったです。

まずタイトルがいい。
英題の"Ghosts in the Darkness"は彼が以前に書いた論考のタイトルらしい。
この「Ghosts」というワードは、彼の作品を表すのにとても適した単語だと思います。
彼の映像にはしばしばこの世のものとあの世のものが曖昧に描かれます。
「プンミおじさんの森」なんかは顕著ですが、新作の「光りの墓」なんかもまさにです。
近年特にあの世とこの世が地続きになってる感覚があります。
さらに以下この展覧会の冒頭で書かれていたテキスト

Ghostには二つの意味が潜んでいます。ひとつは写真や映像などのメディアを媒介することで作用する映像自体が持つ特性です。もうひとつは、現実社会で作用する目に見えない力、すなわち政治屋歴史の中に潜むモンスターのような見えざる力のことです。

ひとつ目の映像の持つGhostというのはすごくわかります。
よく昔の映画なんかを観てると、そこに出てる俳優も監督もこの世にはいないんだよなぁとしみじみ思うことがあります。
しかし作品だけはしっかりとそこに生き続けている。
以前TEDで河瀬直美監督も仰ってましたが、映像にすることで過ぎた時間を立ち返らすことができます。
The value of movies: Naomi Kawase at TEDxTokyo

この展覧会では、アピチャッポンの日常の愛おしさが伝わってくる映像がたくさん出ています。
家族との時間。恋人との時間。ペットとの時間。俳優たちとの時間。
これらの時間たちが、そのまま会場に持ち込まれていました。
特に「灰」という作品には、彼を取り巻く環境が散りばめられていて、20分を越す映像ですが、最後まで目が離せませんでした。

また「花火」という映像では、ガラスにプロジェクションされていて、暗闇の中で光る閃光がとても印象的。
映像的な美しさとともに、そこに孕む第二のGhost、見えざる力の存在もうかがわせます。
爆音と暗闇は、とても不穏な空気を纏っていて、これもまた目が離せない光景でした。

そして、この後アピチャッポン特集に行ったのは正解で、彼の映画制作の元となる映像もいくつか展覧会に出ていて、映画を見ながら場面と展示を行き来できたのはよかったです。

アピチャッポン特集では「ブリスフリー・ユアーズ」と「トロピカル・マラディ」を観ました。
「ブリスフリー・ユアーズ」は、彼がカンヌで「ある視点」賞をとり、彼の名を世界に知らしめた最初の作品です。(名前長すぎですが・・・)
何と言っても開始1時間ほどしてからオープニングが流れるという構造が印象的で、前半と後半で話がガラッと変わります。
特に後半の森をさまよう男女の様は美しかったのですが、最後が個人的にいただけなかった。
僕が思ういい映画って、「あ、終わる」ってとこでカチッと終わる映画なんです。
その点で、この映画は、最後がダラダラとしてしまって、あーあってなった。
観客の忍耐を試すかのような映像で、正直イラっとしてしまって後味悪かった。
その点「トロピカル・マラディ」がほとんど完璧と言っていい映画でした。
以前から観てみたいなと思っていた作品ですが、日本だと東京以外の上映がなくて、なかなか観られず念願叶っての映画鑑賞。
そして期待を遥かに超える作品で、もっといろんなところで上映してほしいしDVDも出してほしい。
この映画も前半と後半でガラッと印象が変化します。
「ブリスフリー・ユアーズ」よりも激変するので、本当に同じ話なのかと疑うほどでした。
何と言っても後半の森の中で虎を追う場面は、息を飲むし、目は冴えっぱなしになりました。
ほとんど暗闇の薄明かりの中で撮影された映像で、観客の想像力がフルに回転します。
最近の彼の作品は、とても直接的な表現が多いので、こういう気配を描いた作品をまた撮ってほしいですね。
「トロピカル・マラディ」は僕の中で彼の最高傑作となりました。

展覧会は来年1月29日まで(こちら)。アピチャッポン特集は1月13日まで(こちら)。
できれば両方セットで行くのがオススメ。
イメフォの特集は上映作品が毎日変わるのでご注意を。
2月のアピチャッポンの舞台「FEVER ROOM」も行こうかすんごく悩んでます・・・。
ちょっと落ち着いてたのにほぼ毎月東京行っちゃってる病再発の気配。


それではよいお年を。

トーマス・ルフ展@東京国立近代美術館

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最近は色々スルー気味ですがこれは見逃すわけにはいくまい、ってことでお江戸へ。
目的は近美で開催中の「トーマス・ルフ」展。
このところデマンド、グルスキー、ティルマンスとドイツ写真の巨人たちの展覧会が相次いでますが、ついにルフです。
ドイツ写真家の中だったら個人的に一番好きかも。
そして実際大満足な展覧会でした。

まずは初期の巨大なポートレート作品からスタート。
その後建築シリーズやインテリアシリーズなどが続きますが、初期の作品ってびっくりするぐらい見るところがない。
いや、これ悪口とかじゃなくて、この「見るべきものは何もない」感じがすごいというか、ものは写ってるのに何も写ってないように感じるこの無の感覚が不気味でついつい気になってしまう。
ストレートフォトとコンセプトフォトの中間に絶妙な感覚で立っちゃってる感じ。
ベッヒャーとか見ると、明らかにコンセプトがあるなってのがわかるんだけど、ルフはそこがわからない。

そしてルフのすごいのは、結構初期の方になって、カメラを放棄しちゃうところ。
1989年の「Sterne」は、ヨーロッパ南天天文台が天体望遠鏡で撮影して天体の写真のイメージを使用していて、この作品から自分が撮ったイメージではなく、すでにどこかにあるイメージを使って写真作品にしてしまっている。
写真のアプロプリエーションを最もラディカルにやってる「写真家」。
特に僕が好きなのは「jpeg」という作品で、タイトル通りインターネット上にあるjpegの画像をでっかく引き伸ばした写真なんだけど、実際物理的に自分がその写真の前に立って、近寄ったり遠ざかったりすることで揺らぐ目の解像度と写真の解像度の往来がとても面白い。そして単純にjpegの荒れが美しい。
さらに今回いいなと思ったのが「ma.r.s」の3Dバージョン。
会場に3Dメガネが用意されてて、観客がそれかけながら見るという、なんともチープな内容なんだけど、実際メガネをかけて3Dになった像を見ると普通にオォ!ってなる。これは火星の表面を撮影したイメージなんだけど、その凹凸の感じが腑に落ちるというか、このイメージじゃないと3Dにした意味ないよなっていう説得力があった。他の作品でこれやられても寒いだけになるけど、誰も行ったことのない火星の表面をイメージを通して簡単に触れた気になれるっていう写真の魔力みたいなのを改めて感じられる作品でした。
ちなみにカタログにも3Dメガネついてますw
あと、「zycles」っていう作品は、三次元ドローイングで説明読んでもちょっと何言ってるかわかんないって感じやったんやけど、これに関しては写真ですらないってのが笑った。元のメディアがキャンバスですからね。

こんな感じで、中には?ってのもあるけど、いかにカメラを使わずに写真の可能性を広げられるかっていう追求が、こうやって一気に見せられると本当に面白い。
無理やり行って本当に良かった。11月13日まで。その後金沢に巡回します。こちら
後は来年か再来年あたりトーマス・シュトゥルート展でしょうか。


後、観たいのが他になかったので、リニューアルして新しくなった写真美術館(TOP MUSEUM!)へ。
杉本博司展がやってましたが、この人どんどん趣味悪くなっていくな。。。
とりあえず上の階の「世界の終わり」的な展示はほぼ流し見。
下の階の新しい廃墟劇場シリーズは見応えがありました。もう普通に写真やってほしい。
写美(TOP MUSUMなんて恥ずかしくて言えない)は次回アピチャッポン・ウィーラセタクン展てことで気になる。
普通に「トロピカル・マラディ」が観たいんですが。


追伸
ブログ12年目突入しました。

あいちトリエンナーレ2016

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3回目となるあいちトリエンナーレ。
前回も行ってないし、今回もパス予定だったのだけど、友達に誘われて行ってきました。
昨今「地域アート」の問題で散々議論されてるけど、もはや国内の芸術祭には食傷気味。
ましてや、地域復興の目的のある地方の芸術祭と違って、すでに満たされてる都市でやる芸術祭にどういう意味があるのか。
もう3回目になるトリエンナーレだけど、名古屋の街に根付いてるようには全く見えない。
確かに告知は街中で多く見るけど、それが何なのか市民の人たちに伝わってるのかしら。
テーマも「虹のキャラヴァンサライ」って一体・・・。
実際全体通して見ても特にまとまりも感じられずって感じでした。
とはいえ、名古屋、豊橋、岡崎と3都市とも回ったので良かったのだけ抜粋。

まずは名古屋。
名古屋はいくつか会場ありますが、僕が好きだったのは愛知県美術館の後半と街中のいくつかだけ。
名古屋市美術館の作品群は一つもピンとこなかったです。
愛知県美術館の作品の中でも飛び抜けて良かったのが三田村光土里のインスタレーション。
ランダムなオブジェが、絶妙なバランスで配置されていて、さらにハッとさせられるような言葉が散りばめられている。
いくら見ても見飽きることのない、いつまでもそこにいたいと感じさせてくれる空間でした。

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三田村さんまで、本当にピンとくるのがなかったんだけど、この最後の最後らへんから立て続けにマーク・マンダース、大巻伸嗣、松原慈と好きな作品が続く。
マーク・マンダースは今までで一番良かった。
大巻さんのは踏まれてからも見てみたい。彼は栄の損保ビルや岡崎でも展示してて、このトリエンナーレで最も活躍してる作家かも。
松井さんのはとてもポエティックで繊細な空間。閉館間際だったのでゆっくり見れず残念。

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栄会場の旧明治屋栄ビルでは寺田就子の元バレェ教室を使ったインスタレーション。さすがでした。

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場所は移動して豊橋。
ここでメインになってたのは開発ビルっていう会場。
10階から数フロアあって、なかなか体力消耗するけど、動線がかなりわかりやすくて良かった。
この中では久門剛史のインスタレーションが気持ち良かった。
窓のようなフレームに薄いカーテン。これにランダムに光や風が当たる。
ビルの窓からの自然光も手伝って、とても爽快な作品でした。

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しかし、この豊橋エリアではもう全部持ってっちゃったんじゃないのってぐらい度肝抜かれたのがラウラ・リマ。
なんと4階建てのビルまるごと鳥小屋に変えちゃいました。
中には100匹もいたらしい。これはすごかった。。。

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最後に岡崎会場。ここが一番過酷だった。。。
駅でレンタサイクルをトリエンナーレのチケットがあれば無料で貸してくれるので借りましょう。歩くのは無理。
結構な範囲を行くんだけど、良かったのは岡崎シビコの野村在ぐらいかなぁ。
会場の退廃的な空間とものすごくマッチしててかっこ良かった。

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以上こんな感じ。行く人の参考になれば。
後半も色々イベントがあるみたいなのでHP等でチェックしましょう。映像プログラムもあるし。10/23まで。こちら

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田中功起 「共にいることの可能性、その試み」 @水戸芸術館

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もう半月以上前になっちゃいましたが東京に行ってきました。
いくつか観てきたのですが、特に「関係性の美学」以降の作家の展示を3つ立て続けに観ました。

まずは水戸芸術館で開催されてる田中功起展。
2013年のヴェニスビエンナーレ日本館の個展で特別表彰を受けて以来初の日本の美術館での大型個展。
それだけにある程度の期待はしていましたが、正直モヤモヤの残る内容でした。
展示空間を、ただの場にしていたインスタレーションとしてみれば相当クオリティが高かったと思います。
しかし内容は、6日間のワークショップの記録を並べたもので、そこで「共同体は可能か」と言った内容が吟味されるのだけれど、あまりに欺瞞的というか、最終的にこの結果は明らかにエラーを起こすことを予期して作られてるように見えて、とても居心地が悪かったです。
あの日本館での美しい調和は完全に失われていました。
今回のテーマは深く震災に根付いています。
これまで裏方だった作家本人も積極的に映像に参加しているしインタビューまで受けてる。
こういう直接的な態度を展覧会で見せることにどういった意味があるんだろうと思ってしまいました。
日本館では、直接関係ないけど、震災にゆるく結びついているという、その関係がとても心に染み渡るようだったんだけど、今回は押し付けがましさすら感じてしまいました。
これから田中さんはこういう方向に作品をシフトしてしまうんだとしたら非常に残念です。
それとも今回直接2011年に被災した水戸芸術館での展示ということでそうしたのでしょうか。
ちょっと腑に落ちない展示でした。
とはいえ貴重な機会なので水戸は遠いけど足を伸ばしてあの場を体験してみるのはいいことだと思います。5月15日まで。こちら


あと、東京都現代美術館でのArtists' Guildを迎えたMOTアニュアル「キセイノセイキ」もまた腑に落ちない展覧会でした。
これも前述の田中さんも出してた2012年のMOTアニュアルが良すぎただけに、どうしても比べてしまう展示ですね。
美術館批判とも取れる内容を美術館でやってるだけに、説得力がないしあまりにドメスティック。
風桶の時は、各作家の作品同士がうまく手を結び合ってる印象があったんだけど、今回のは全然その感覚がなかった。
すんごい大まかな傾向のものを同じフォルダーにとりあえず詰めちゃった感じ。
同時にピクサー展やってたけど、そっちから流れてきたお客さん相当引くんだろうなぁと。。。5月29日まで。


もひとつオペラシティでやってたサイモン・フジワラ展もひどかった。。。
田中さん同様空間の使い方は抜群にうまくて、ひとつの展示空間に様々な物質が置かれてる様は爽快。
ただ、作品として、過去の作品のダイジェストみたいな感じで、ウェブサイトの作品紹介をマウスでクリックしながらスラスラ見ていくような感じで、現実の展覧会としてのダイナミックさは皆無。
彼のルーツの断片でもある日本での初の大きな個展なのに、なんでこうなったのか残念。。。
今度はがっつり新作で大きな個展を観てみたいです。こちらは既に終了済み。


これらの展示があんまりだったのは、僕の興味がここ数年でまた変異したせいもあると思います。
震災以降特に作家自ら、作家であること、作品を作ることという、根源的な問いを改めて突き詰めて、これまで自明と思われてきた制度に改めて真っ向勝負を挑んていくような、田中さんを始めとする作家の姿に心動かされた時期もありましたが、あれから5年が経過して、揺り戻しで純粋に美しいと思えるものを観てみたいという欲求が出てきたように思います。
あの日本館の展示をピークにして、作家たちの自意識的な展示を観ても感想が出てこない自分がいます。
最近発売になった「地域アート」の本も読んでみましたが、これまたドメスティックすぎて、全然内容が入らず。というか、この本の主題である「地域アート」の源流を築いたとも言える北川フラムさんが参加してない時点でこれを本にまでする価値があるのかっていう内容。ただただファミレスかどっかで作家たちが内輪であーだこーだ言ってるだけに思えて辟易しました。


その点で今回最も良かったのは自分でも意外な横浜美術館での村上隆コレクション展
森美での自身の展覧会がひどかったのでどうだろうと思いつつ友人に勧められて横浜へ。
結果的に、この美術館で観た展示の中で一番良かったと言えるぐらい良かった。
やはり作家だけあって展示の仕方が本当にうまくて唸りました。
あのどうしようもない入り口の大空間も、キーファーや李禹煥等のインスタレーションでビシッと決まってたし、何よりあの膨大な作品たちをほとんどストレスもなく観られたのは本当に奇跡。
普段より壁にかかってる平面も多いし、作品と作品の隙間だって本当に狭いのに不思議と干渉していない。
やはり村上さんはディレクション力がすごいんだと改めて思いました。
そしてコレクションの内容も凄すぎた。。。
でも、なんかすごいコレクションに愛情を感じたし、見せびらかされてる感じが全然なかった。
これは杉本博司とは全く違うところですね。
杉本さんのコレクションは、あくまで自分の趣味の良さと、それらを自身の作品の正当化に結びつける口実に見えてしまう部分があるんだけど、村上コレクション展では、自身の作品が一切展示されてないし、え、こんなんも持ってるの?っていう村上隆のイメージとは全く違うものが幾つかあって面白かったですね。
小泉明朗さんやミカ・ロッテンバーグの作品を持ってるのは意外だったなー。キーファーもね。
帰りのショップで思わず展覧会に出ていた尾形アツシさんの飯茶碗を買ってしまった。
とても気持ち良い展覧会でした。こちらも既に終了済み。


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ハイレッド・センター:「直接行動」の軌跡 @ 名古屋市美術館

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2013年も残すところあと少しとなりました。
以前お伝えした通り、このブログは今年いっぱいを持ちまして一旦休止とさせていただく予定です。
来年からは私個人の活動に関しては何かあり次第ここでもお知らせする予定ですが、これまでのように観てきた展覧会を逐一レポートすることはないと思います。よっぽど何か書きたいことがあれば書きます。
ってことでこの記事が多分今年ラストの鑑賞記事かも。

久々に18きっぷで名古屋へ。
思えば今年の最初も名古屋に行ってましたね。
そしてその時も奥村さんの作品観てる。
名古屋は、あいちトリエンナーレが終わってアートラボあいちも閉鎖。
長者町も寄りましたがなんだかすごく寂しかったです。
今後トリエンナーレは継続されるんでしょうか?
まあ、今年のトリエンナーレ行ってないけど。

今回の目的は名古屋市美術館で開催中のハイレッド・センター展
彼らの活動から半世紀。なんと初の回顧展(?)です!
今まで開かれてなかったのが不思議でなりませんが、メンバーがやりたがらなかったってのも大きいのかな。
それだけに、今回の展覧会は知った瞬間からアドレナリンでまくりました。
やはりハイレッド・センターと言えば日本近代美術史の「伝説」ですからね。
彼らの活動に関しては、赤瀬川原平氏の書いた「東京ミキサー計画」に詳しいですが、やはりこうして「現物」が登場する展覧会は同じ知識でも情報量が全然違います。
展覧会初っ端から赤瀬川さんの「ヴァギナ」の作品で、図像は何度も見たことあったけど、生で見るのは初めてで早速興奮しました。
他にも「千円札」や「洗濯バサミ」、「紐」という3人の代名詞と言える作品が続々と登場して、しかも読売アンデパンダンと同じような展示のされ方で、学芸員の方々の熱意を感じました。
そして、作品も去ることながら写真や、招待状などの資料が所狭しと並べられていて、彼らの「直接行動」の証拠物品が溢れていました。
特に「敗戦記念晩餐会」の整理券とか、内科画廊で開催された「大パノラマ展」の「閉鎖」シールとかよくもこんなの残してたなってのがいっぱいあって面白かったです。
トリエンナーレの時に使っていた仮設の階段とか再利用されてて、この動線も楽しかったですね。彼らの「撹拌」が展覧会に応用されてる感じでした。松濤美術館へ巡回する時はどうなるのかな?
日本の近現代美術史において、未だに語り続けられるこの「直接行動」。
たった2年弱の間にこんな「伝説」作り上げて、しかもその後も3人自身まで「伝説」になってるんだから、凄過ぎますね。
去年のMoMAでの東京展では、ハイライトとなっていたようですが、彼ら単独の展覧会をもっと海外に知らしめて欲しいですね。具体やもの派よりもっと先を行ってる世界にも類を見ないこの活動。日本から生まれたことに誇りに思うし、僕ら今の世代も彼らを超えなければと強く思いました。
素晴らしい展覧会。名古屋での展示は今月23日まで。その後来年2月より東京の松濤美術館で開催。
カタログも2000円で相当貴重な資料。買いです。
ところで、英語にするとHi-Red Centerってなってるけど、「高」ならHighじゃないのか?
それにしても最近ベーコン展といい大阪に巡回しない展覧会多いなー。。。


反重力 浮遊|時空旅行|パラレル・ワールド@豊田市美術館

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こちらも楽しみにしていた展覧会。
反重力。Antigravity。聞くだけでわくわくするタイトルですね。
この言葉から普通に重力からの解放を想像していて、そうなってくると、やっぱ色んな作家が思い浮かんじゃうわけで、真っ先に浮かんだのはTomas Salceno。それから八谷和彦。でもこの展覧会にはその二人は出てないわけで、作家リスト見る限りちょっと残念だったんですが、実際展覧会見てみると、僕の想像してた以上にスケールの大きな展覧会でいい意味で裏切られました。
まず最初に1階で出迎えてくれるのがジルヴィナス・ケンピナスのビデオテープが扇風機の風で舞ってる作品。これのもっと大きな囲まれるバージョンを昔初めてNYに行った時に見て感動したのを思い出しました。(というか当時何も知らず夏に行ったらほとんどのギャラリーが夏休みで閉まってて、開いてる貴重なギャラリーでやってたのが彼の展覧会だったんですよね)
彼の作品は非常に単純な仕掛けで「浮遊」がヴィジュアル化されてて気持ちいいですね。
展覧会の導入としてもキャッチーでした。
そして中原浩大+井上明彦の無重力状態を体験する作品。文字通り「無重力」。
次のカールステン・ヘラーの作品はやられたーって感じでした。ネオン管が平行に並んでて、上から下へ点滅してる空間なんですが、タイトルが「ネオン・エレベーター」。?ってなって中に入ると、確かにエレベーターで昇ってるような錯覚が。。。これも一種の「浮遊」ですね。
次のやくしまるえつこの作品はよくわからなかったけど、相対性理論のボーカルなんですね。
レアンドロ・エルリッヒの作品、年々酷くなってません?女木島の作品も酷かったけどこれも相当酷い。
中村竜二の作品もなぁ、、、ノーコメント。
奥村さんの作品は、映像最後まで見ましたがやっぱ印象に残りますね。
特に多元宇宙的な話は、この展覧会の奥行きをかなり広げていて、2階の河原温の作品に自分の中でつながって鳥肌が立ちました。
というのも、河原さんはいつものデートペインティングが出ていて、これだけだとイマイチ「反重力」にピンと来ないんだけど、なんと全く同じ日付の作品が2枚も出てて、世界が真っ二つに裂けた感覚がぐわーってやってきて、奥村さんの「多元宇宙」とつながったんですよね。
この展覧会は「反重力」という大きなフォルダの中にタイトルの副題にあるような「浮遊」や「時空」「パラレルワールド」「真空」のような小さなフォルダが入ってる印象なんだけど、その小フォルダ内に入ってるファイル(作品)同士のつながりがイマイチ希薄で、ちょっと分けすぎたんじゃないかな、って思いました。そんな中で奥村さんの作品と河原さんの作品が自分の中で同期した瞬間があったのは貴重でしたね。
前述のハイレッド・センター展に出てた「宇宙の缶詰」ともつながってるのは確信犯?
特に2階は、僕の中で全然ピンとこなくって、うーんってなってたところに河原さんだったので安心しました。
それにしてもあの大きな吹き抜け空間に内藤礼を持ってきたのは英断ですね。
あそこは明らかに磁場が変わっていて、すごかった。
あそこにTomas Salcenoの作品来てもよかったと思うけど、やっぱ内藤さんのスケールはでかい。
12月1日のトークも行きたかったなー。
中谷芙二子さんの霧の作品、もっと全体覆ってほしかったけどよかったです。

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テーマ : アート・デザイン
ジャンル : 学問・文化・芸術

ARK NOVA by Anish Kapoor x 磯崎新

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ずっと楽しみにしてたカプーアの移動コンサートホール。
2011年のパリのモニュメンタで発表された「Leviathan」の改変版。
このモニュメンタは行けず悔しかったので、このARK NOVAはなんとしてでも行きたかった。
そして無理してでも行った甲斐がありすぎました。もう神です。美しすぎる怪物。
ポリエステルでできた赤い表面は、周囲の景色を反映して、特に夕景がすごかった。
中は撮影禁止だったけど、テートのユニリバーシリーズのようにラッパ型の幕が真ん中を貫いてて崇高さが凄まじかった。。。
中はここで見れます。
ここで僕は歌舞伎を観たのだけれど、笛や鼓、三味線がこの幕の中で鳴り響いた時はもう鳥肌が立ちました。。。メインは10月12日に行われるルツェルンフィルのオーケストラなんだけど、カプーアの空間の中で日本芸能なんてそうそうない、っていうか一生ないかもしれないので、歌舞伎を選びました。そして大正解でしたね。まるで捧げられているかのように繰り広げられる舞台。すばらしかったです。特に前半の勧進帳の舞は見事すぎた。後半の坂田藤十郎の舞はよくわからなかったなぁ。本当はこっちがメインのはずなんだけど。
この後どこかに巡回するのかはわからないので、機会があれば是非。
坂本龍一やあまちゃんで一躍有名になった大友良英さんのライブもあります。
またこのチケットの売り上げは復興支援にもつながるので、チケット余ってるなら買いです。
http://ark-nova.com/ja/matsushima

この場所も松島の景色が見渡せるすばらしいところでした。

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Anish Kapoor @ Leeum
Anish Kapoor @ Royal Academy of Arts
Anish Kapoor @ Lisson Gallery



テーマ : アート・デザイン
ジャンル : 学問・文化・芸術

アンドレアス・グルスキー展@国立新美術館

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東京に行ってきました。
今回は展覧会目的ではなかったですが、ちゃっかりいくつか観てきました。
まずはグルスキー。
と、その前に皆さんに覚えておいていただきたいことがあります。

国立新美術館は火曜休館です。

まんまとやられました。。。着いたら休館の文字。あれ、早く着きすぎたかな?と思ったら違った。
普通月曜休館ですよね。なんなんでしょうか。
ちなみに横浜美術館は木曜休館です。

それはさておきグルスキー展。
大阪にも巡回してくるからいいかとも思ったんですが、観れなかったので余計観たくなって次の日リベンジ。
これが予想を遥かに超えてよかった!
まず、この展覧会の何がすごいって出品作品数が尋常じゃない。
海外作家の名前を掲げながら、ここまでの作品数を集めた展覧会って意外にないんですよね。
結構観た後に次の展示室へ続くってなってて、あと数点かと思ったら、数十点待ち構えててビビった。

そして、僕はグルスキーが正直そこまで好きじゃありませんでした。
あんなのただのイメージでしょ、と鷹をくくってました。
その「ただのイメージ」であることの凄さが、今回これだけ一気に見せられると恐ろしい程の説得力で持ってせまってきます。(僕は今まで最大でも5点ぐらいしか一度に観たことはありませんでした)
よく彼の写真は、絵画に例えられるけれど、僕は彼の作品を絵画的とは全く思いません。
実際、カタログに収録されてる3名のテキストすべてに、グルスキー作品の絵画性が取り上げられててげんなりでした。
じゃあ、なぜ彼の作品は絵画的ではないのか。
それは単純に、彼の作品のものとしての物質性のなさです。
グルスキーの作品は、徹底して平面です。
その平面性のラディカルさが、「ただのイメージ」であることを強化している。
例えば絵画はどれだけ平面性を謳っても、絵の具という物質を表面に載せている限り平面になり得ない。
でも、グルスキーの写真は、アクリルによって、出て来るものを押し込めているような印象すらある。
彼のポロックの作品を撮った作品(「無題VI」1997)は、絵画に対する彼なりの挑戦状にすら見えました。
ある意味ポロックは、絵画に置ける平面の嘘を暴いた人と言えるかもしれません。
彼の作品を実際に観ると、表面に絵の具という素材がそのまま張り付き凹凸がすごいです。
そんな絵画ですら、写真にしたら、ちゃんと平面になる。
そうグルスキーは問いかけているような印象すら受けました。
そして、その平面性を徹底することで、イメージから重力も奪い取る。
特に地面を俯瞰するような作品群(「メットマン、高速道路」1993、「マドンナI」2001、「ニャチャン」2004、「福山」2004、「ベーリッツ」2007等々)は、まるで今にも画面から下に滑り落ちそうな気にすらなるんですが、それを表面のアクリルが押し付けてるような見え方ができておもしろかった。
最新作の「バンコク」シリーズもまさにそうですね。川の水面が垂直に立てられているわけですから。
(これをカタログ論考ではニューマンのイメージと重ねてましたが、そういう見方は個人的にあまりおもしろくないです)

あと、グルスキーがベーコンよろしく、作品作りに新聞やテレビからイメージをもらってきてるっていう話は非常におもしろいですね。
1990年の「東京証券取引所」は、日本の新聞の写真を見て思いついたそうです。
ベーコンと違って、彼の場合、写真から写真と同メディアを行き来しているわけですからね。
同じように、飛行機に乗っている際に見る上空映像から着想を得た2010年のシリーズもそうなんですが、この作品に関しては、これまでの平面性から相当逸脱しているように見えて非常に興味深かったです。
特に「南極」は、浮き上がってすら見えるんですよ。
これまでの平面さからは全く違う感じでびっくりしました。
このシリーズからはグルスキーの変化を感じられて、今後も楽しみになりました。

展覧会としては、作品数多くてよかったんですが、やっぱり新作を混ぜこぜにするというやり方はいまいち効果がよくわかりませんでした。
その点カタログは年代順に並んでるのでわかりやすくおすすめです。ちょっと高いですが。
あと、会場でちょっとでも近づくとブザーが鳴るのあれ完全にアウトでしょ。。。
ただでも近づいて見たくなる作品なので、あちこちでブザーなりまくってましたw
それはともかく、本当にいい展覧会なので、是非ご覧下さい。
東京は9月16日まで、大阪は来年の2月14日からです。
http://gursky.jp/

去年のデマンドからドイツ写真家が続くので、今度はThomas Ruffが観たいです。


秘密の湖 @ ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション
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人に勧められて行ってきました。都現美やアートコンプレックスのある清澄白河の次の駅、水天宮前駅の出口からすぐ。
ここは普段版画家浜口陽三の版画コレクションがメインらしいです。
今回の企画展は、詩人のたかはしむつお氏が企画し、浜口陽三のコレクションに加え、池内晶子、福田尚代、三宅沙織の3名の女性作家を集めて企画されました。
タイトル「秘密の湖」は彼の詩の中からの抜粋みたいです。
個人的には、池内晶子さんの作品が観たくて行きましたが、どれも作品としてのクオリティが高く、規模としては大きくない展覧会でしたがとても見応えがありました。
一人一人の作品が単純によかったですね。
三宅さんのフォトグラムの作品は、技法が気になってしまって、ちゃんと彼女の物語には入れ込めなかったです。でも美しい世界観でしたね。
福田さんの作品は、恐るべき手仕事に圧倒されました。。。
そして池内さんの作品。版画とインスタレーションですが、地下の暗がりに浮かぶ赤い絹糸の様は凄まじく美しかったです。
ただ、ひとつの展覧会というより、そこまで4人の作家が一緒にやってる必然性は見受けられなかったかな。
8月11日まで。作品はどれもすごくいいです。


あとは、都現美のフランシス・アリス展 ジブラルタル海峡編
2008年に行われた「川を渡る前に橋を渡るな」という作品のプロジェクトをひたすら見せるという感じで、メキシコ編と比べるとそこまでおもしろくなかったですね。2階の、キューバとアメリカを船で結ぶプロジェクトのドキュメント映像の方がおもしろかったな。
それよか、コレクションの泉さんの作品反則です。笑い転げそうになった。。。

それから、ミヅマでやってた宮永愛子展にも行ってきました。
いつの間にかミヅマギャラリー場所移って立派な感じになってた!
展示自体は昨年の国立国際で展示した椅子がメイン。
あとは靴や時計など、おなじみの日常品をナフタリンで作り、それを樹脂で閉じ込めた作品。穴が開いてて、そこにはシールでふたがされてます。購入者のみが開けることができ、開けるとそこからナフタリンが気化し、いずれナフタリンがなくなって樹脂には日常品の抜け殻だけが残るというもの。開けたい!


アートじゃないけどワタリウムでやってる寺山修司展もよかった。
行ったら前回のJR展の名残でボッタの建築がJR仕様だった。あれはいいのか?
それよか寺山修司ですが、最初に彼が小学校時代に作った学級新聞や通知表など、ちょっとやめてあげて!ってなるようなプライベートが晒されてるんですが、彼子供時代から尋常じゃないです。中学校のテストの答案とか、応え方がいちいち文学的w
19歳で病気を患い入院生活を余儀なくするも、その時に作家としてデビューしてるってどういうこと。
ラジオドラマ等を経て、30歳ぐらいで天井桟敷を結成。同い年とは思えない。。。
それから46歳で死ぬまでの間、様々なメディアを駆使して表現を研ぎすませていく。
映画は今でも観れますが、演劇は観れないので、今回の展示はかなり貴重。
特に、展覧会タイトルになってる「ノック」は、街に飛び出して行った超実験演劇で、これは実際体験してみたかったな。。。実際にパフォーマンスを行った場所の地図もらえます。10月27日まで。

テーマ : アート・デザイン
ジャンル : 学問・文化・芸術

寺田就子「雨滴のレンズ」@ GALLERY CAPTION

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寺田さんの個展に行ってきました。
キャプションでの個展は2011年の「曇りの日の影」、2012年の「blue moment」と毎年コンスタントにやられてて、3月のグループ展にも参加されてますが、彼女のすごいのは、毎回同じ会場なのに、作品を通して毎回毎回全く違う体験をさせてくれるところ。作品をこれだけコンスタントに作るだけでも大変なのに、マンネリ化するとかパターンに陥ることなく、毎度新鮮な気持ちを与えられるのは驚異的です。
さらに、毎回何かしら前進してるのがわかって、本当にすごい作家だと思います。
今回のテーマは雨。
まず入ってすぐの枯れた植物を使った作品からやられました。
今までタンポポの綿毛や蜘蛛の糸など、有機的な素材を使っていたことはありましたが、これだけ植物単体の形が現れた作品を僕は初めて見ました。しかしそれがトレーシングペーパーや銅線などと共に、寺田さんの作品の中にしっくりと収まってるのがすごいです。
そして最初の小さな部屋では、水というこれまた有機的な素材が積極的に使われていて、特に奥のビーズの粒を伝って上から水が滴り落ちてくる作品には動的な要素も加わり、寺田さんのこれまでの作品とはまた違った要素が出てきたのはおもしろかったです。波紋の光やしたたる水がまるで光の粒が落ちてきてるように見えるのは本当に美しかったです。
廊下の真ん中には水が少し張られたアクリルの盆があり、そこには上のスポットの光が水の中に玉となって浮いているように見えたり、床に波紋が映り込んだり、寺田さんの作品は、オブジェの枠をどんどん越えていって周りの空間にまで影響を積極的に及ぼしていきます。
奥の部屋のドローイングもすばらしかった。水彩色鉛筆で描いた絵を実際の雨でにじませるいうもの。
折りよく僕が行った日は雨で、外の雨音を聞きながら、この寺田ワールドに浸るのは本当に気持ちよかった。
キャプションの空間は、ホワイトキューブには珍しく大きな窓がたくさんあって、そこから外部の光や音がどんどん入ってきて作品に影響を及ぼします。
空間を完全にコントロールしたがる作家もいますが、寺田さんはその変化を作品に積極的に取り込んでいて、特にここ最近の作品はその感覚が顕著に現れています。
多分この空間との相性がすごくいいんでしょうね。お互いに刺激しあってる感じがして、この空間があるが故に寺田さんの作品も一緒に前進してる感じがします。
この日はトークがあって、寺田さんのルーツや作品作りのお話を色々聞くことができました。
改めて芯の通った強い人だなぁという印象です。
いつも展覧会を見る度に僕が考えてることを見透かされてるような気がして時々怖いときがあります。
前回blue momentの時もそうでしたが、今回も雨という現象は僕がここ数年気になって作品に取り込んでるものなので、ドキドキしながら見てました。僕も負けないようにがんばります!
寺田就子展は7月13日まで。詳しくはこちら。終了間際ですがおすすめです。
<関連記事>
寺田就子「blue moment」@ GALLERY CAPTION
寺田就子展ー影の隙きまに眩うー@galerie16
寺田就子「曇りの日の影」@GALLERY CAPTION


フランシス・ベーコン展 @ 豊田市美術館
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東近美に続き、まさかのベーコン展2回目!おっかけです。
作品自体は前回舐め回すように観たし、保坂さんのお話も聞いていたので、今回は谷口吉生の建築空間の中で、ベーコンの作品はどう呼吸しているか、というマニアックな観点から観たくて行ってきました。
でも、この点に関して、ほとんど空間と噛み合ってる感はなく、ただ巡回してきましたって感じの箱扱いで非常に残念でした。
あの天窓は是非開けて欲しかったなぁ。。。自然光でベーコンを観たらさぞ美しかろう。(ということをTwitterでつぶやいたら担当の方から反応があり、やはりあの天窓開けたかったけど保存の問題で叶わなかったそうです。)
それと、会場が東近美より広い分、正直すかすかな印象。
あれ、こんだけしかなかったっけ?と思ってしまいました。。。
まあ、その分一点一点と対峙できる感はあるんですが、なんかベーコンの場合集中してみるというより、隣の作品と干渉しあう感じが結構大きいんですよね。それはトリプティック観たらわかることですが。なのでこの点に関してもマイナス。。。
最後のフォーサイスのダンスはこっちの方がよかったですが。
そんな感じで、ちょっと残念でした。もちろんベーコン自体は素晴らしいですが。9月1日まで。
それにしても豊田市美めっちゃ久々。石上純也展以来か。あのボランティアの日々が懐かしい。。。
次回の反重力展もおもしろそうなので、また年末あたり名古屋市美のハイレッドセンター展と併せて行くことになりそうです。あいトリは微妙。
今回小吹さんもつぶやいてましたが、名古屋駅からバスを使ってみました。めっちゃ快適!おすすめです。
http://www.meitetsu-bus.co.jp/express/toyota/


ハルトシュラ mental sketch modified -Jimin Chun /川村元紀展-@ CAS
Twitterを通して知り合った長谷川新さんキュレーションの展覧会に行ってきました。
長谷川さんはお若いのにアートクラスタぶりが半端なくて、毎度勉強させてもらってます。
川村さんの話は長谷川さんを通して知っていたものの、作品を観たことはなく、正直あまり僕の得意な作品ではない感じを受けていたので、観に行くのが怖かったんですが(笑)、意外にといったら完全に失礼ですが、楽しんで観られました。
もっとわけわかんないものを想像してたんだけど、造形的に腑に落ちるというか、単純にきれいな形がいくつか発見できました。これは彼の意図ではないかもしれないし、まちがった見方なのかもしれませんが僕はそう見ました。
Twitterとかで流れてくる発言や長谷川さんの見解から、作品から意味を拒むというキーワードが出て来るんだけれど、確かに意味はわからなかったです。でも造形物的に「わかる」という。でもその先に一体何があるの?って単純に思いました。
例えば前述のベーコンも意味(或は物語)から逃れようとしてきた作家の一人だとも言えるけれど、彼はその逃げ方が潔いというか、逃げてる感じがしないんですよね。
川村さんの作品は、そこから逃げてる感じを受けたんですが、じゃあその先に?ってのが見えなかった。
まあ、もっと突っ込んでいくとその先もあるんでしょうけど、作品からは少なくとも見えなかったですね。
多分その辺は最終日のトークであったのかもしれません。
あと、もう一方ジミンさんという韓国の作家さんの作品も一緒に展示していて、川村さん同様素材に日常品が使われてるという共通点はあるものの、川村さんとジミンさんの壁の間に驚く程ビビッドな違いがありました。壁の面でまったく色が違うというか。その辺りのキュレーティングポイントも聞いてみたかったです。

テーマ : アート・デザイン
ジャンル : 学問・文化・芸術

フランシス・ベーコン展@東京国立近代美術館

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「待ちに待った」という形容詞がこれほど相応しい展覧会も久々な気がします。
日本では実に30年ぶりのフランシス・ベーコン展です。
近年のベーコン絵画の価格高騰の中、国内でこの規模の展覧会は奇跡と言えるかも。
実際本展を企画された保坂健二郎さんも2009年テート、プラド、メトロポリタンでベーコン展が開催された折にもartscapeの記事で「ベーコン作品の価格が高騰してしまった今日では、そうしたリーディング・ミュージアムでないとその回顧展を開催できなくなってしまったのだろうかと、美術館人としては不安になってしまうのである。」と述べられていて、その数年後に実現させるなんてすごいです。
僕自身もテートでの展覧会見れなくて悔しい思いをしたので今回本当に嬉しい。
「2008年に注目する作家/展覧会とその理由」

さて、そんな奇跡の展覧会ですが、内容は33点、そのうちトリプティックが6点と、一見少ないようにも感じられますが、実際見てみるとこれでも相当お腹いっぱいになれます。
これまで何度も図録で見てきましたが、やはりあの大きさで見ると図版と全然違う!
ベーコンの絵画は大体等身で描かれているので、迫ってくる感じがすごい。
色の鮮やかさや、キャンバスの裏地がそのまま出てるやつとか生々しい。
そしてなんといってもトリプティックがずらっと並んだ部屋は言葉も出ませんでした。
特に晩年、死の数年前に描かれた1987年のトリプティックにはやられました。
あそこまで物語の読めない絵画は見たことがありません。
絵画はやはりどうしてもそこに何かを読み取ろうとしてしまうのですが、ベーコンの絵画はそこをすごいパワーでねじ伏せます。抽象画ならまだしも、歪んでいるとはいえ、こうしてはっきり人物を描いているにもかかわらず、圧倒的な沈黙で目の前に現れているのは本当に奇跡。
この展覧会は身体をひとつのテーマに挙げていて、このトリプティックが展示されてる部屋のタイトルはまさに「物語らない身体」。
ベーコンはトリプティックという本来宗教画など伝統絵画に使われるやり方を敢えて使い、絵画の「物語る」という役割を改めて剥ぎ取っています。
そこには何段階もの否定が繰り返され、大きなポリフォニーとなって、「ベーコンの絵画」としか言い様のないものまで昇華させています。すごすぎる。
また、彼は積極的に金色の額を使っていて、これもまた伝統絵画の因習を利用しています。
近年の画家は額に入れずに、キャンバスむき出しで展示することが多いですが、ベーコンは必ず額装します。それも決まって金色の額。これが不思議とどの絵画にもフィットしているんですよね。これもまた現物見ないとわからない効果ですね。図録には額縁まで載せませんし。そしてまたその額のアクリルの反射が暗い絵だと強くて絵が見にくかったりするんですが、これもベーコンの意図。これをベーコンは「距離」と言ってますが、この体験も生で見てなんぼです。
あと展覧会には土方巽やフォーサイスのまさに身体を使ったベーコン的ダンスも映像で見れます。

今回、この展覧会では何度かレクチャーもあって、なんと「初級者編」「中級者編」「上級者編」と分かれていて、男なら「上級者編」でしょ!ってことでこれに合わせて聞きに行きました。
以後後学の為ほぼメモです。登壇者は担当学芸員の保坂健二郎さん。
のっけからTwitterの画面が出てきて面食らいました。
元学芸員の小松崎拓男さんの本展に対する辛辣なコメント。これです。
その中の「ベーコンってもっと暴力的なのでは?」という言葉に保坂さんは引っかかった模様。
しかし、こうしたパブリックな場で応答するとは保坂さん凄いですw
実際ベーコンも自分の絵を「an attempt to bring the figurative thing up on to the nervous system more violently and more poignantly (人物像を神経組織に対してより暴力的にそしてより痛烈にもたらす試み」と評しているところからも「暴力」はベーコンを語る上で必須単語みたいなものです。
この「暴力」という言葉1つとって見ても色々解釈があって、まず哲学者のジョルジュ・ソレルは、暴力をforceとviolenceに分け、前者が物理的暴力、後者が意志的/創造的力に分類。
またベンヤミンは神話的暴力と神的暴力に分け、前者を隷属を強要する力、後者はその隷属を打破する力と分類。
どちらにしろ、ベーコン絵画に現れる暴力はviolenceであり、神的暴力であるということはわかると思います。
つまりリテラルな暴力じゃないということ。
一方彼が選ぶモチーフにはリテラルな暴力(force/神話的暴力)の含まれるものが多いのも確かです。
と、その前に彼は自分の絵を描くのに写真を使っていたというのは彼の絵画を読み解くのに重要だと思います。なんせ肖像画すら写真家に撮らせてその人を前にして描くということをほとんどしなかったそうですからね。(しかもその撮影現場にすら立ち会ってなかったという。。。)一旦ものごとを写真にしてしまってからじゃないと描けなかったんでしょうね。そういう意味では、ベーコンという画家は極端な「20世紀画家」なのかもしれません。彼は1909年に生まれ、1992年に死んでいますが、見事に20世紀を走り抜けています。20世紀しか知らない画家という言い方もできますが、これだけ画像に溢れている21世紀に生きていたらどうなってたんでしょうか。
それはさておき、彼の死後、あのカオスなアトリエから様々な図像が発見されました。
マイブリッジやヴェラスケス、エイゼンシュタイン等の画像を利用しているのは生前のインタビュー等で明らかにされていましたが、今回のレクチャーではナチスのイメージがたくさん見つかったことを知りました。最近の出版されたイギリスの美術史家マーティン・ハマーが書いた「Francis Bacon and Nazi Propaganda」という本で、多くのベーコン絵画がナチスの写真を元に描かれていると主張されています。なるほど!ってやつと?ってやつがありましたが(笑)、確かに「暴力」を表すのにナチス程優れたイメージもないでしょうね。
「暴力」に近いもので「権力」の問題もあります。これは彼を一躍有名にした教皇を描いたシリーズに顕著にあらわているのかもしれません。彼は1965年を機に教皇の絵を描くのをやめます。それは、彼がそれまで絶対権力の象徴として鎮座していたことがベーコンにとって優れたモチーフであったのに、1962年から65年まで行われたバチカン公会議で、そのヒエラルキーが崩れ、ベーコンにとっては一気に興味の対象ではなくなったのかもしれません。その辺りは展覧会中にも触れられていますが、一見ランダムに選べている図像でも、そこにはある種の必然性が潜んでいることを教えられます。
また、写真を引用するということで言えば、イギリスの画家、ウォルター・シッカートの影響も欠かせないと保坂さんは言います。確かにシッカートの絵のポーズとまったく同じような絵もあります。(今回出品されてる1959年の「横たわる身体」なんかはまさにそうですね)
また、今回なるほど!と思ったのが、ベーコン絵画に良く出てくる矢印の謎。これは、彼のアトリエから出てきた柔道や空手、忍術(!)のようなマーシャルアーツ系の本にヒントがあって、よく組み手なんかを解説してる図で、→が描かれてて、それもそのまま引用しちゃってるんですね。目から鱗でした。。。
彼は徹底して客観的な目を持ち合わせていたんですね。
だからこそ、写真を見て描くというプロセスはより客観的に描くのに重要だったのでしょう。
時代もちょうど世界が冷戦へと移り、まさに「見える暴力」から「見えない暴力」へと移行していき、ベーコンの絵画を追って行くと時代の空気みたいなものが反映されてる気がします。
一方で、彼の古典に対する憧れというのもおもしろくて、これだけ20世紀を反映しながら、彼が言及するのはヴェラスケスやレンブラントのような画家達が大半です。
そして、ボードレールやオスカー・ワイルドの影響も大きく、特にボードレールの提唱したモデルニテの概念は、彼の人生に置いて大きな指針となっていたようです。
ちなみにその概念とは、non fini(未完)、fragmentaire(断片的)、insignifiance(無意味)、autonomie(自己言及的)で、そのうち断片的や無意味というのは、彼の「物語らない」絵画を見ているとよくわかります。
ここでおもしろかったのはnon finiに関しての保坂さんの考え。
近代以前の絵画には、「完成」というゴールがあった。
つまり絵画の上からニスを塗ることでこれ以上手が加えられないようにすること。
近代以降の絵画は絵の具そのものの物質感を残して、決してニスなんて塗りません。
タッチをそのまま残したマネが近代絵画の父と呼ばれるのはその為です。
しかし、ベーコンは近代の画家である以上それに従うのは当然ながら、やはり古典の憧れは捨てきれない。
そこで登場したのがあの額縁だったのではないかというのが保坂さんの推測です。
ベーコンはニスの代わりにアクリルで絵画を被うことで、昔の絵画のような反射を再現しているのではと。
これはインタビュー等でも発言されてないので実際どうかはわかりませんが、おもしろいですね。
そんなこんなで、相当内容の詰まったレクチャーで大変勉強になりました。
にしても前に並んでたおばちゃん4人組は果たして本当に上級者だったのかな。。。

この展覧会は東近美で5月26日まで開催された後、6月8日より豊田市美術館へ巡回します。
谷口吉生建築とベーコン。。。これはこれで別に見てみたいですね。。。
フランシス・ベーコン展公式ウェブサイト http://bacon.exhn.jp/


東近美では、「ゆがむ人」と題して、ベーコンにちなんだコレクション展も開催中。
ナウマンの映像など、意外ながらベーコン絵画を連想させるものや、ベーコンも持っていたと言われるミショーの絵画なんかもあって、小さいスペースながら見応えがありました。
あと、ベーコン関係ないけど、村上春樹の新作小説の表紙になったのとは別のバージョンのモーリス・ルイスの絵画も展示されてます。偶然かな?



テーマ : アート・デザイン
ジャンル : 学問・文化・芸術

フランシス・アリス展 メキシコ編@東京都現代美術館

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今年初上京物語です。
まずは都現美へ。
とりあえず前回のMOTアニュアル2012のカタログがどうしても欲しかったので、入館してショップに直行してなんとかゲットしました。これでこの上京の目的半分は達成。
平日ってこともあってかがら空きで、客自分しかいませんでしたw
で、現在都現美ではフランシス・アリス展がやってます。
しかも「メキシコ編」と「ジブラルタル海峡編」という2期に分けての開催ってことでかなり力入ってます。広島現美にも巡回するみたいやけど、あっちは一気に1回でやっちゃうみたいやから全作品出るとは思えないのでこっちで。ただ6月末から始まるジブラルタル海峡篇行けるか微妙なんですが。。。
とにかく今回はメキシコ編。
彼はベルギー人でメキシコに在住。しかも建築出身という中々歪んだ経歴。
それを端的に表してるのが、最初の壁の大きな写真、「Turista(1994)」。
地元(メキシコ)の配管工とかに混じって、「Turista(観光客)」という看板を掲げて立ってます。
最初アリスの顔とか知らなかったので一瞬どの人かわからず焦りましたが、最後の最後、会場を一巡したところでまたここに辿り着くので、その頃にはアリスの顔が自分の頭の中で馴染んでて、改めて味わうことができました笑
全部挙げていくとキリがないんで、いくつか好きな作品を。
アリスは実際ペインティングとアニメーションの作品しか見たことがなくて、イマイチ自分の中で作家像がわからないまま見て回って思ったのが、凄く美的感覚の鋭い人なんだな、と思いました。
結構政治的な背景がフィーチャーされがちなんだけれど、それ以前にどの作品も詩的で、行為として美しくてとても好感が持てました。
特に氷を溶けきるまで街中引いて回る「Sometimes Doing Something Leads to Nothing (1997)」や、広場の塔の周りを羊を引き連れて歩く「Patriotic Tales (1997)」や、今回の目玉でもある、ドンキホーテよろしく竜巻に突っ込んでいく「Tornado (2000-2010)」なんかは、見ていてうっとりしました。
また出品作ではないけれど、会場で流されてたドキュメンタリー内の800人の人々と砂漠の砂を掃きながら巨大な砂山を超えていく「When Faith Moves Mountains (2002)」なんかはヴィジュアルとしても行為としても本当に美しいですよね。
この「行為として美しい」というのが彼の真骨頂かもしれませんね。
彼はドキュメンタリーの中でこう言ってました。
「時に詩的なことをすれば政治的になり、政治的なことをすれば詩的になる」
ジブラルタル海峡編も楽しみです。メキシコ編は6月9日まで。こちら


都現美では現在同時開催で桂ゆき展もやってます。
結構好きなペインティングなんですが、キャラっぽいのが出てくる辺りは萎えます。
アメリカに渡って抽象絵画になっていく辺りが一番好きですね。ロスコっぽいのもあった。
晩年はオブジェ思考が強いのか、こっちもあまり好きじゃなかったです。
また、コレクション展は相変わらずのクオリティ。本当コレクション見るだけで価値がある。
今回は「イメージ」を焦点に当てて、1923年の関東大震災から、2013年の現在を結ぶ100年の物語。
最近戦前から万博ぐらいまでの日本美術系の本を読み漁ってるので、前半はかなり勉強になりました。
最後の最後に去年都現美で個展を開催したトーマス・デマンドの東日本大震災直後の福島第一原子力発電所内部を再現した写真で終わってるのにはゾクッと来ました。一室あの作品だけってのもいい。
なので、ピピロッティ・リストをいつまで置き続けるんだっていう思いもありましたw
せっかくデマンドでビシッと終わってるのに、おまけみたいにリストがある。。。悪い作品じゃないけどこれだけはずっと置いてますよね。なんでやろ。片付けるの面倒なのか(ぉ
2階は杉本博司から始まり、「指差し作業員」こと竹内公太の作品があったのにはびっくりしました。所蔵してたんですね。あとジョルジュ・ルースも所蔵してたのは知らなかった。
これだけで立派すぎる企画展ですよね。都現美はいつもお腹いっぱいになります。御馳走様です。

「ソフィ カル―最後のとき/最初のとき」@原美術館
写真
アリスのドキュメンタリーの中で「この国(メキシコ)で現代アートをやるということは搾取になるのかもしれない」といったようなことを言ってましたが、今回のソフィ・カルの作品にはその「搾取」をすごく感じました。
まずのっけからテーマが海ということで、杉本博司の「海景」があってビビった。豪華。
そして大きな部屋では、海をバックにカメラを見つめる老人の映像と、カメラに背を向け、海を見つめている(ように見える)人々の映像群。
二階では、盲者の人々の写真と、彼らがその視力を失った時のエピソード、そして最後に見たものの写真。
彼らを見世物とすることで、この展示は成立している。
彼らの人生を彼女の作品にすることによって、搾取しているとも言えるのかもしれない。
ただ、ソフィ・カルの見せ方があまりに美しく、そういった搾取も美の前には良しとせんばかりの気概があって、やはり彼女はすごい作家だなと思い知らされた展示でもありました。6月30日まで。

武蔵美優秀展@武蔵野美術大学
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武蔵美の優秀展そのものというより、僕のTwitterで話題だった、百瀬文さんの「聞こえない木下さんに聞いたいくつかのこと」を見に行きました。
この作品は、聾者である木下知威という方とのインタビュー映像みたいなもので、彼は手話を使わず、百瀬さんの唇の動きを見て会話するんですが、その会話は意図的に歪められ、次第に百瀬さんは方言を交えたり、でたらめな音を当てはめたり、最後には無音で口だけ動かして木下さんと「会話」している。
木下さんは唇の動きしか見ていないので、そんなことおかまいなしにその「会話」は成立している。
最初百瀬さんが話し言葉を歪め始めた時に、なんだかすごく背徳感情のようなものが湧いて気分が悪くなりました。ここにもカル同様の搾取を感じる。
以前木下さんにお会いしたことがあって、筆談等を通して会話させてもらって、最も印象的だったのが、僕が今はTwitterとかがあって、文字だけでやり取りできるので便利ですね、と言ったら、確かに日本語の出来る聾者にとっては便利だけどね、という言葉が返ってきて唖然とした。自分は、目が見えるんだから文字を読み書きできるのは当たり前と決め込んでいて、実は多くの聾者の人は読めても書けない人が多いそうです。なぜなら手話には助詞がないので、助詞の使い分けが本当に難しいんだそう。やはり言葉は耳で覚えて行く要素が大きいので限界があって、それをある一定の年齢までに習得しないと一生できないままらしい。
その人の立場に実際に立ってみないとわからないことってたくさんあって、多分百瀬さんの作品見ながら、自分達はわかりあえない中、綱渡りみたいな状態でなんとかコミュニケーションをとっているといったことを思いました。
ところで、五美大展の時はヘッドフォンで展示されてたそうだけど、個人的にはその方がよかったんじゃないかな、と思いました。その状態でなら音無しバージョンでも見れて、より木下さんと近い立場でその「会話」を聞くことも出来たんじゃないかと。映像には字幕もついてるので、音無しで見たらやはり普通に喋ってるようにしか見えませんし。
あと優秀展一応ぐるっと回ったけど、特に印象に残ったのはなかったな。。。
博士課程の発表展も同時にやってて、以前アートコートフロンティアで拝見した野村在さんの展示がやってた。
以前は破裂する液体や砂などが展示台の上に無形の彫刻のような写真作品を制作されてたけれど、今回は具体的な物が風景の中で重力を失い浮遊しているような写真作品だった。
また、真ん中の機械が段々光りはじめるんだけれどあれは何だったかよくわからなかった。。。

Chim↑Pom「PAVILION」@岡本太郎記念館
「背徳感」といえばこの人たちの真骨頂かもしれません。
ただ、今回は岡本太郎との共演ということもあり、すごく優等生な感じの展示でした。
でも僕はこっちの方が好きです。太郎への敬意をすごく感じました。
というか、今回の展示はなるべくしてなった必然性を感じる展覧会で、納まりがすごく良かったです。
目玉は多分「岡本太郎の骨」でしょうね。
月の石よろしく恭しく展示されております。
行ったらエリィ女史がアイドル写真のようにして記念撮影してたw

他には
田中功起 「Beholding Performer, Performing Beholder」@ CNAC LAB
Simon Fujiwara「Aphrodisiac Foundations」@ TARO NASU
楽園創造(パラダイス)―芸術と日常の新地平― vol.1 平川ヒロ @ gallery αM
「椿会展2013 -初心―」@ SHISEIDO GALLERY
なんかも見ました。
田中さんのやってたCNAC LABって会場が中々見つからず、なぜかゲストルームみたいなところに出てしまって完全迷子になりつつ辿り着きました。
今回はマリンバ奏者2人がお互い演奏者と観者になり、観者は演奏者を鏡で映し出す。
そのそれぞれの映像を左右の壁にマルチプロジェクション。
会場内にもいくつか鏡が吊るされて、映像がそこにも映る。
どうしても両方一度に見ることはできないけれど、鏡の角度によっては見ることが出来る。
そんな中、いつの間にか両方とも同一人物になってたりしてドキッとしました。
サイモンの展示は、父と母が初めて出会った帝国ホテルを舞台に繰り広げられる物語を地図と文章で表してて、ここまで個人史を利用して作品を作れるサイモンはやはりすごいです。
最後は帝国ホテルのバーを再現したものまで登場しました。
αMでやってた展示はよくわかりませんでした。リアルジャパネスクみたい(悪い意味で)
椿会も毎回ですが、イマイチ統一性もなくよくわからない展示ですね。
そして相変わらず内藤さんの作品はやっぱりすごい。

テーマ : アート・デザイン
ジャンル : 学問・文化・芸術

ス・ドホ「パーフェクト・ホーム」@金沢21世紀美術館

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12月の悲劇のリベンジで再び金沢を訪れました。。。
そこまで好きな作家じゃないけどここまで来たら引き下がれない質でして。
といことで、スー・ドーホーの展覧会です。
なぜか金沢でも広島でも表記がス・ドホと全くのばさなくなってしまいましたが、僕の中ではのばす方が自然なので今後もスー・ドーホーでいきたいと思います。

今回の展覧会は、昨年広島市現代美術館でやってた展覧会の巡回かと思ってたら違いました。
広島のは「in between」というタイトルで、今回のは「PERFECT HOME」。
家をテーマに絞った展覧会で、展覧会として非常にまとまっていたと思います。
のっけから新作で、おなじみの布で出来た門に今回は映像が投影されてました。
この展開は初めてですね。
映像自体はオリエンタルな感じが強過ぎてあれでしたが、門が投影用の布になって機能してる様は気持ちよかったですね。烏が群れるシーンは圧巻でした。
次の部屋ではベルリン滞在時に発表した布でできた廊下。これぞ真骨頂って作品です。
布でできたドアノブ等が標本のように展示されてるのがおもしろかったです。
他にもトラックで移動する家や、敷地と敷地の間に存在する家、西洋の家の中に存在する東洋の家、西洋の家にパラシュートでやってきて激突する東洋の家等、家ネタ満載w
天井高を利用して3階まである布の家とか、空間とかなりマッチしていて気持ちよかったです。
個人的に彼の人形を使った作品より、家の作品が圧倒的に好きなので大満足でした。
まあ、ここまでまとめて家ネタ連発されると少し疲れましたが。。。
展覧会としては非常によくできたものだと思いましたね。

同時開催で、「ソンエリュミエール、そして叡智」という壮大なタイトルの展覧会も。
こちらはChim↑Pomや梅田哲也等の若手から、ゴヤまで幅広い展示です。
のっけから「SUPER RAT」は強烈でしたね。先日NHKでちょうどこのネズミの特集してました。
梅田さんの作品はインタラクティブでかなり楽しまれてました。
他にもフィッシュリ&ヴァイスの映像や奈良美智のセラミック彫刻なんかもありました。
中でもチャップマン兄弟のヒットラーの絵の上から直接上描きした作品は、その日にtwitterで流れてきた作品だったのでめっちゃタイムリーでした。
でもこの展覧会での収穫は村上隆の「シーブリーズ」(1991)が見れたことですね。
彼の初期作品は、結構好きですが、中々生で見られないので。
特にこの作品は気になってて、矩形の構造体のシャッターが決まった時間に開いて、中には裏表8灯ずつ設置された水銀灯がものすごい光を放っていて観客の目を眩ます作品。あの配置は曼荼羅をイメージしているんだろうか。実際眩しさと共に来る熱もすごかったです。
マイケル・リンの壁は、今回のために村上隆の壁紙に変わってました。
こっちは相変わらずのスーパーフラットでしたが。

あとは、津村耕佑率いるファッションブランドFINAL HOMEの展示もやってました。
スー・ドーホーの「PERFECT HOME」に合わせたんでしょうか?笑
好きなブランドなので展示があると聞いてうれしかったですが、狭いのとプレゼン方法がシンプル過ぎてあまり魅力を伝えきれてなかった感がありました。
3.11以降の世界により響くコンセプトなだけに勿体なかったですね。

スー・ドーホー展とソンエリミュエール展は3月17日まで。
来月16,17日にはピピロッティ・リストの映画上映があるらしい。。。他にどこかでやらないかな。
FINAL HOME展は6月30日まで。
連休だけあって凄まじい人でした。来る度にすごい美術館だなと思います。
そして久々にここのランチビュッフェも堪能できた。いつもいっぱいで入れない。
そんでもってこんだけ金沢来といて初めて前の兼六園にも行きました。迷路みたいだった。
そんなこんなで金沢リベンジ達成。自分お疲れ。

テーマ : アート・デザイン
ジャンル : 学問・文化・芸術

APMoA Project, ARCH vol.4 奥村雄樹「善兵衛の目玉(宇宙編)」@愛知県美術館

名古屋に行ってきました。
主な目的はうつせみ展のカタログをアートラボあいちの皆さんにお届けすること。
皆さん元気そうでなにより。新年の挨拶もできてよかった。
ラボでは販売もしていただけることになったので、気になる方はラボにて直接お声かけください。サンプルも見せてもらえると思います。
http://www.artlabaichi.net/

そのラボでやってた日韓交流展が中々見応えがありました。
展示がすごくかっこよかった。
中でも笹岡敬さんの作品がよかったです。
カメラに照明を直接当てるとあんなことになるとは。

それと話題の「であ・しゅとぅるむ」展にも行ってきました。
インディペンデント・キュレーターの筒井宏樹氏による企画。
様々な作家がごった煮で展示されてて圧巻です。
敢えてちゃんと見れないようになってるんでしょうか。気散じ。
泉太郎さんが出展されてて、もしかしたらまだ作業してるかもと思って行ったら本当に作業中やった笑
作品は一応見られる状態になってて、どこが完成してないんですか?って聞いたらわからないって言われた!「でもほら、なんかしっくりいってないでしょ?」って笑
がんばってください!
あと、その下では「のこりもの」という様々な分野の学者が集まって作った展示があって、興味深かったけどもう少し大きな規模で見たかったと思いましたね。

今回観た中で一番印象深いのは愛知県美でやってる奥村雄樹展
奥村さんの作品は前から気になってて、ちゃんと観る機会が中々なくて、実際初めて観たのがこないだのMOTアニュアル。あれもでも変化球な感じやしね。
今回のは以前にも発表されてる「善兵衛の目玉(宇宙編)」。
日本昔ばなしに出てきた話を元に落語家の笑福亭里光とコラボして作った創作話。
話自体は、善兵衛という人物がある日物見の集団の中で目玉を取り出して持ってた傘につけて高いところからものを見てたらカラスに持ってかれて宇宙まで行って、やがてカラスがたまたま善兵衛の家の庭に落っことして、またはめたら今度は逆にはめてしまい、体の中をのぞくことになる。で、善兵衛はその技を使って医者になる決心をして、、、っていうお話。
この辺は奥村さんの「くうそうかいぼうがく」につながるテーマですね。
あとイームスの有名な映像作品も思い起こしました。(この映像改めて見るとめっちゃGoogleマップですね。。。)




その落語の様子を映像にしたもの。
わざわざ「映像にしたもの」と書いたのは、この「映像化する」という行為そのものが意識的に作品に取り入れられてるのを強く感じたからです。
この落語自体は、貝塚市にある岩崎善兵衛ランドというところで上演されました。
この岩崎善兵衛という人物は日本に望遠鏡を普及させた人物で、その当時の望遠鏡も今回の展示室の前に展示されてます。
元の日本昔ばなしの「善兵衛」と岩崎善兵衛は特に同一人物というわけでもないんですが、目玉の話と望遠鏡とが合致して、この善兵衛ランドに企画を持ち込んだそうです。
大阪でやってるんだったら観に行きたかったな、と思う反面、この作品は映像になってから見ないとやっぱり奥村さんの作品にならないと思いました。落語自体はあくまで里光さんの作品。
最初は純粋にその落語を楽しんでたんですが、最期の最期、落語が終わってからお客さんがはけていく中で、撮ってたカメラも映り込むんですが、その瞬間やられた!と思いました。
というのは、この「目玉」の話を通して、映像を見ることのレイヤーをすごく意識させられたからです。
まず落語を見るお客さんの目があり、その次にカメラという目があり、さらにその映像を見ている自分の目があるという3段階のレイヤー構造です。
また、この話自体が、デカルト以降の近代的視野、つまり一点透視図法のような固定された目玉から完全に自由なのも面白いですよね。宇宙まで行ったり体内に入ったり。
22分の映像でしたがすごく楽しめました。2月11日まで。
クリムト展のお客さんがすごい勢いで通り過ぎて行くのも楽しかったですw

名古屋滞在たった2時間半でしたが、ここまで観れるとは我ながらすごい。
本当はこの後京都も回る予定でしたが体調不良により持ち越し。。。


追記
ちょうどこの記事に出てくる泉さんと奥村さんの作品について言及してる作家の水野亮さんのツイート群がおもしろいのでリンク貼っておきます。>http://twilog.org/drawinghell/date-120318

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「水と土の芸術祭」@ 新潟市

新潟市の水と土の芸術祭(みずつち)に行ってきました。
以前1月に行ったことがあって、その時はそこまで雪も積もってなくて、意外に冬でも大丈夫っしょ!と思ったのが運の尽きでした。もう散々な目に遭いましたよ。。。
前日ぐらい東京駅で新潟行きの電車ことごとく止まってましたからね。。。
それでもめげることなく行きました。夜行バス。

早朝に着いて、そのまま土屋公雄の作品のある巻駅へ。
そこからバスなんですが、これが中々来ない!バス停で凍死寸前でした。。。
で、いざバスに乗り目的のバス停で降りたはいいものの、どこにあるのかわからない!
徒歩10分ってなってたけどあれ完全に嘘ですね。ひどいです。
上堰潟という池みたいなところにあるんだけど、これが雪に埋もれててわからない!!
「海抜ゼロ」という作品だけに、もはや雪に埋もれて見えないんじゃ、、、。
とか思いつつ雪をかき分け歩くこと10分ほどで看板発見!なんとか探し当てました。

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テンションがあがって、そのまま先まで進んだときに悲劇発生。
じゃぼん。
足が思いっきり水につかりました。
誰もいない池のほとりで叫び声が響き渡りました。
凍傷寸前。。。もういやや。。。
その足を引きずってバス停まで行ったら行ったばかりで次のバス3時間後。。。
タクシーすら見えず、仕方なく歩いて駅まで1時間。
本当は車で移動したかったんですが雪道を走る自信がなく。
せめて土日に出てる周遊バスみたいなのを利用すべきですね。

そんなこんなで駅まで着いて、次の西野達の作品まで。
これも最寄りの矢代田駅から徒歩20分。鬼。
今度は電車の時刻もちゃんと確認。与えられた時間は1時間弱!
競歩のように早足で雪道を進み目的地到着。

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家の屋根をとっぱらって、その上に箱を載せ、観客は上から家の中をのぞくという力業。
実際に誰か住んでるみたいで、この時は誰もいませんでしたが生活感たっぷり。
余韻に浸る間もなく駅へ。逃したら1時間こないので。

新潟駅に帰ってきてバスで美術館まで。
目的は美術館でやってる草間彌生展、ではなく、その前にある公園内の近藤洋平の作品。
というか今回の目的はこの近藤君の作品でした。

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すごい立派なモニュメントでびっくり。恒久設置になればいいのに。
鏡面と木、向こう側の景色が解け合って中々面白いです。
鏡面に向かい側の草間女史の姿も映ってました笑 お見事!

そしてこれまたバスがなかったので歩いてメイン会場まで。
ここにみぞれのような雪が襲ってきて、もうびしょびしょ。。。泣きそう。
途中のNadegata Instant Partyの展示があったので逃げ込みました。受付の人引いてたと思う。

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廃園になった幼稚園を使って、そこにあった釜でみんなで焼き物を焼き、それを物語にして即効の劇を繰り広げるというもの。MOTアニュアル同様一般の人々を巻き込みながら作っていく手法。中々楽しめました。

暖まって出てきたら雪も止んでて、そのままメイン会場へ。
昔の市場を使っててすごく雰囲気がありました。
手前にあるテトラポットは冨井大裕さんの作品。

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受付もある旧水産会館では、会議室などの部屋を使って各々展示がされてて、ようやく展覧会らしい展覧会にたどり着いたといった感じでした。
面白かったのは、結構シビアな問題を扱ってる展示が多かったこと。
例えばMOTアニュアルにも出してる下道基行さんなんかは、「境界線」をテーマに写真やオブジェ等を展示していてとても興味深かったし、アイヌ問題や水俣問題に取り組んでる作品もありました。
祝祭的な行事と化した日本の芸術イベントで、こういう問題に中々触れないことが多いんですが、今回そこはすごく感心しました。ただのお祭りにせずに、自分たちが普段見ようとしない問題を突きつけるのも芸術の役割のひとつなので、そういうところにもっと目を向けられたら良いですね。

そして最後に隣の大かまぼこという会場。
手前には大友良英と飴屋法水たちのインスタレーション。これは圧巻。
大友さんの音が各所で鳴り響いてます。

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奥には原口典之のインスタレーション。これもすごい。海水の雨が降り注いでます。手前は油。

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この会場は大スペクタクルでしたね。なんか久々にやられました。フィナーレにもってこい。
海に向かって並べられた靴たちは津波を想起させられて怖かったですが。
24日の最終日にはここで大友さんのコンサート(?)があるみたい。聞きたい!


そんなこんなで大変な目をして観てきたみずつち。
印象に残る作品が多く見れたので結果オーライで!
これから観に行かれる方はくれぐれもお気をつけて。。。
あと、作品が広範囲すぎて中々一日では観きれません。
しかも冬は開館時間が短いところが多く、結構諦めました。
石川直樹や照屋勇賢、あと戸井田君の作品なんかも観たかったんだけどな。。。
それと閉館日も会場によって違うので注意。土日は全部やってるのでやっぱ土日に行くべきです。

「水と土の芸術祭」website >> http://www.mizu-tsuchi.jp/

テーマ : アート・デザイン
ジャンル : 学問・文化・芸術

佐々瞬「それらの日々をへて、あの日がやってくる」@東京都現代美術館

先月に引き続きまたまた東京に行ってました。うーん、以前のペースに戻りつつある。。。
で、前回良過ぎた近美と都現美を再訪。

まずは近美。
前回「実験場1950s」をほとんど満足に見られなかったので。
今回は1幕見ずに2幕のみ。第1幕と第2幕でチケット分けてくれたらいいのに。
それはさておき、やはりしっかり観ておくべき内容ですね、これは。
河原温の「浴室」シリーズってよく見るとすごいです。これは必見。
暮らしの手帖もあなどるなかれで、壁に書かれた文章がいちいち重いです。
最初は「美しい」が付いてたんですね。「美しい暮らしの手帖」。
個人的にはこの展覧会に出されてる映像群が相当きます。
近美はフィルムセンターも銀座に持ってるので(元々こっちが最初の場所)、やはりこういった映像群のコレクションの質は高いですね。
再び戦争に向かおうとする日本政府へのデモ行進なんか今とかわらないじゃないですか。
違うのは国民の意識だけかな。大きな違いですが。
近美だからこそできる展覧会で、この美術館の底力を見た気がしました。

そして都現美へ。
向かう前に清澄白河のギャラリーコンプレックスビルへ。久々。
久々過ぎて次々と現れるホワイトキューブに目が回りました。
目的はTERRA TOKYOの増本泰斗さんの個展。
以前水戸芸で見たことがあるけれど、こういう参加型の作品は参加しないと、その跡を見ても取り残された感がどうしてもありますね。「踊る阿呆に見る阿呆 同じ阿呆なら踊らにゃ損損」ってやつです。会期中に都内数カ所でイベントがあるみたいなんで、参加できるなら参加したかったです。
あとShugoArtsでイケムラレイコ展なんかもやってたけど、個人的にいいなと思ったのはタカイシイでやってたヘレン・ミラの展覧会。初めて見たけど、ミニマルなんだけどどこか温かくて、展示の仕方とかすごくかっこよかった。
あとコンプレックスビルじゃないけど、近くにあるHARMAS GALLERYの高橋大輔展もよかった。
厚塗りなんてもんじゃないぐらい絵の具が塗り込められてて、ちょっと館勝生さんを思い出した。色味が全然違うし、載せ方も全然違うけど。
今回は過去の作品を展示してたみたいやけど、個人的にはポートフォリオに載ってた最新作が観たかったな。色がしぼられてすごくかっこよかった。
それにしてもこれ乾くまでにどれぐらいかかるんだろうか。。。

で、本題の都現美です。
たどり着くまでにいつの間にかアート系の古本屋さんがいくつか出来てて、花から花へみたいな感じで中々都現美まで辿り着けなかった。。。
それはさておき、MOTアニュアル再訪です。今回はこれだけ。
相変わらず受付の人の田中さんのアナウンスが忙しそうでした笑
エスカレーターを昇ると、森田さんの作品を探してゴミ箱を漁ってる人がいました。相変わらず変な展覧会ですね笑
今回は前回あまりちゃんと観れなかったNadegata Instant Partyと奥村さん佐々瞬さんの作品を中心に。
行ったらちょうどNadegataの上映が始まったばかりで、移っていく映像とともに観客も移動する感じが楽しかった笑
しかし今まであまり意識しなかったけど、「団塊」って言われる方にしたら嫌な名前ですね。
思いっきり一塊にされてるわけだから。「オンリーワン」なんて尊重されない感じですね。
でもこの人たちの「ナンバーワン」の意識ってやっぱ強かったんだろうな、って、映像観ながらぼーっと考えてました。そんな彼らが築いた未来が善くも悪くも今なわけですね。
そして奥村さんの作品は、相変わらず作品の範囲がどこまでなのか計りかねます。
映像観てるときは、もう個々の誰かとしてしか観れない。どんなに奥村さんの字幕を意識しても、いつの間にかその意識は外れて「作品」に持っていかれてしまう。
この意識の満ち引きみたいなのがおもしろいですね。
それから佐々瞬さん。今回メモをできるだけ丁寧に読んでました。
この日はちょうど彼のパフォーマンスがあるというので、閉館後まで居残りました。
閉館後18時半からパフォーマンスが開始。
震災で亡くした友人との記憶の更新。
高校の時にその友人に言ってしまった一言に対して、謝れなかった自分を過去に遡ってどうにか謝ってみるというもので、開始前にいくつかのシナリオが観客に配られました。
それ読みながら、こういう過去への更新欲って誰でもあるよなーと思った。
「ああ言えばよかった」とか「あんなこと言うんじゃなかった」とか。この場合は後者。
そしてパフォーマンス開始。それまでのこのパフォーマンスを実際に観たことはないけれど、過去の映像を観るとその友人の役を演じる人がいて、その人に向かって話しかけるんだけど、今回は佐々さんが独白のような形で話していた。
そして2つぐらいシナリオ通りに進んだところで様子が変わる。
何度かこのパフォーマンスを繰り返す中で、なんとなく友人が選びそうなシナリオ(もしくは佐々さんが望むシナリオ)がわかって、これ以上パフォーマンスが続けられなくなってきたよう。
途中で、これまでその友人を演じてきた人が現れて、これまでを振り返る。
そしてこのパフォーマンスをもう今回きりで終わると宣言(メモに書いて)終了。
多分この作品は良いとか悪いとか評価不能で、彼個人の喪の作業にまったくの他人がつきあってるといった感じでその拠り所のなさが異様でした。
これを観客の前でやることで彼にとっては色々得られるものがあるんだろうけど、じゃあ一体観客は何をこのパフォーマンスから得られるのだろうか?
終わった後の帰り道、なんだか雲を掴むみたいなフワフワした気持ちで帰った。
でも、今回の上京で最も印象に残る出来事だったことは間違いない。
あれは何だったんだろう?彼の経験を共有できたとは思えないし、彼のパフォーマンスを通して結局過去は更新できないと当たり前の壁にぶち当たることしかできなかったのかもしれない。
奇しくもその前日に再び東北地方を地震が襲って、あの日の感覚が鮮明に蘇ったばかりだったので、なんだか感慨深かったです。
それにしてもMOTアニュアルやっぱりおもしろいなー。図録出たら絶対買う。店員さんに聞いたら来年になってしまうとのこと。もしかしたら来月また上京するかも。恵比寿のNaDiff Galleryで今週から始まる森田さんの展示も観たいし、αMの田中さんの展示も観たい。こうしてまた東京行く回数が増えていくのか。。。


最後に横浜のBankARTの川俣正展
本当はこれがメインだったんだけど、なんか期待しすぎたかも。
もちろんよかったんやけど、何かが足りなかったな。
足りなかったというよりかは、むしろアーカイブが余計だった。
あのインスタレーションの空間の使い方はやっぱりさすがだと思ったし、もしあれだけなら結構満足して展覧会を楽しめたんだと思うんやけど、アーカイブがあるせいでちょっとした回顧展みたいになってしまってすごく勿体なかったと思います。展覧会は1月13日まで。
それにしても、カタログ付き鑑賞券が2500円ってのはお得すぎた。
カタログだけで3000円もするのに、このカタログをゲットするだけでも価値がありますね。
川俣さんって、これだけのキャリアながら、これといったカタログがなくて、以前から出てほしいなと思ってたのですごくうれしい。
あと、日本大通にあるGALERIE PARIS(パリじゃないのに)でも川俣正展がやってます。
こっちはBankの展示のドローイングを展示してるみたいなんだけど、何を血迷ったか日曜日に行ってしまってもちろん閉まってた。。。ガラス越しに観ましたとも!こっちは12月17日まで。

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MOTアニュアル2012 風が吹けば桶屋が儲かる@東京都現代美術館
川俣正「通路」@東京都現代美術館

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MOTアニュアル2012 風が吹けば桶屋が儲かる@東京都現代美術館

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さて、上京記事ラストです。
今回観た中で最も、というか今年観た中で最もよかった展覧会。
現在東京都現代美術館で開催中のMOTアニュアル2012です。
副題に「風が吹けば桶屋が儲かる」とついてて、最初観た時はなんや奇を衒ったタイトルやな、ぐらいにしか思ってなかったんですが、実際観てみるとこのタイトルがものすごく沁みます。
この言葉は日本のことわざで、何の関係もないような事柄が実は結びついてるぐらいの意味ですが、今回のこの展示でも、何の関係もない作品同士が観て行くうちに折り重なっていって因果を形成していく過程がまざまざと体感されます。
この感覚ってやっぱ言葉にできないんですが、ボレロに近いのかな?
でも、そんな奇麗なハーモニーじゃなくて、むしろノイズに近い。ってこんな言葉使うとあまりよろしくないように聞こえるんですけど、前の展示室の作品のノイズがひたすら追いかぶさっていく感じ。
個々の作品で言えば、正直好きな作品もあるし好きじゃない作品もあったけど、もうそういうレベルでは語れない展覧会だと思います。
展覧会の中で一人か二人の作家だけが飛び抜けて評価される展覧会は失敗だと思ってます。
そうではなく、ひとつの総体として観られる展覧会こそ成功と言えると僕は考えます。
その点でまさしくこの展覧会は僕の中では大成功の展覧会でした。
これだけ個々に展示室が分かれておきながら、ここまで一つのものとして観れる展覧会ってそうそうないと思います。それには相当綿密な打ち合わせが事前に築き上げられたんじゃないでしょうか。
作家もキュレーターも共犯関係にあるすごく美しい展示でした。
まあ、敢えて個々の作品を挙げるなら、まずのっけから受付で「田中功起さんの作品は美術館内にはありません」とパンチを食らわせられるとこからこの展覧会は始まるんですが(笑)、展示室でいうと、まず森田浩章さんの展示。作品の場所が書かれたインストラクションがずらっと並んでて、まずそこに作品はあるとも言えるしないとも言える不思議な展示。
「いちゃついてるカップルがいる」みたいなのの下に「現在このイベントは開催しておりません」と書いてたのには笑った。
とりあえずインストラクション見ていくと館内に色々仕掛けがある(或はないかもしれない)のがわかるんだけど、その場では見れないし、体験できない不思議な距離感がおもしろかったです。
続いて下道基行さんの作品ですが、正直この展覧会の中ではかなり浮いた存在だったかも。
下道さんが唯一作品らしい作品を作ってるので。最後に彼の旅の記録をコピーできるコーナーがあって、お持ち帰りが出来ます。
最初の森田さんのもそうですが、こうやって持って帰るものが今回すごく多い。
その時点で、もう館内では収まってないんですよね。
まあ、それは田中さんに顕著なんですが、この展覧会は、展示室という空間にも縛られてないし、持ち帰ったりイベントを外でやることで会期にも縛られない。
展覧会という制度を恐ろしいぐらい破ってるラディカルな展覧会です。
さらには、展覧会自体を見切るのが困難というのも挙げられます。
それは次のNadegata Instant Partyと佐々瞬さんの作品に顕著で、もう見きれる量じゃない情報の波で、僕はほぼ諦めた、っていうか、その波を浴びてるだけで気持ちよくて敢えてささっと見ました。この二組の作品はまた今度行くと思うのでその時にちゃんと観ます。すいません。
そしてさらに作者とは、作品とはなんぞやって問うのが奥村雄樹さんと田村友一郎さんの作品。
特に奥村さんの作品はヤバかったです笑
彼は作家業と共に翻訳の仕事もしていて、なんと今回その翻訳の仕事が作品になってました!
これまでやってきた田中功起さんの作品やレム・コールハースやサイモン・フジワラのインタビュー映像が流れてて、もはや誰の作品かわからない。だけど最後に「翻訳 奥村雄樹」って出てぞくっとする。
普段ほとんど意識することなんてないけど、翻訳というのは、やはりその訳者のバイアスを通して理解してるんですね。それを考えると本人の言葉以上に強いのかもしれない。恐ろしいです。これも今度観た時ちゃんと観よう。
あと、奥村さんはミュージアムショップに「空想解剖学」と題して子供たちと一緒にやったワークショップと、ポスター(?)を展示してるのでお見逃しなく。
で、田村さんの作品は、この美術館のコレクションを使って一つのストーリーを作るというもの。なので、造形物としては田村さん自身が作ったものはありません!すごい。。。
田村さんはさらに地下の駐車場にも展示があります。当初施設の問題で会期初めは観れなかったそうですが、僕が言った時には観れました。確かによくこんなところでって場所です。
家が再現されてて中に入れるんですが、ちゃぶ台にとりあえず座って目の前で監視の人がずっといるのは居心地悪かったです笑
そして、今回最もラディカルな「展示」をやってのけたのが田中功起さん。
冒頭にも言われたように、「田中功起さんの作品は美術館内にはありません」。
入り口で桶屋展終了までの田中さんのスケジュール表が配られます。(誕生日まで記載されてるw)
このスケジュールすべてが今回の出品作というわけです。
一応館内にも2階に「展示スペース」が設けられてますが、そこには何もないんですよね。
皆必死に何かを探してるさまがおもしろかった笑
で、田中さんの出品作として、僕が行った日は、渋谷のユーロスペースで作品の上映会と、林卓行さんとのトークが開催されてたので行ってきました。
映像は「A Piano played by Five Pianists at Once」という作品で、タイトル通り、ひとつのピアノを5人のピアニストで弾くというもの。
彼らには「A Soundtrack for Collective Engagement」というお題だけが与えられてて、その手がかりだけを元にひたすら5人でひとつの曲を作り上げていこうとする。
田中さんからの指示はまったくなくて、彼らはその目標の見えなさに苛立ったり四苦八苦しながら最終的にはそれらしいものが出来上がって終わる。
僕は音楽の素養がほぼないので、最後に出来上がった曲もそれっぽく聞こえて普通に感動したんですが(笑)、この映像の目的はもちろんその曲ではなく、彼らが無茶な目標に向かう中で見せるしぐさだとか個性だとか人間模様だとかがこの映像では浮き彫りになってくるのがおもしろいんですね。
でも、やっぱ映画館で映像作品を観るって体験自体が個人的には楽しくて、その最後普通に感動してしまったのも、映画館で普通に映画を観てる感覚に陥ってたからだと思います。
まあ、それがいいか悪いかわからないけれど、僕はこの映画館で映像を見せるというのは、やはり正しい作法なんじゃないかな、と改めて思いました。美術館の展示室で映像見せられても、やっぱ100%楽しめたことなんてないって言っても過言じゃないし。集中する装置としての映画館はやはり威力抜群です。美術館もレクチャーホールとか映像見せられる環境があるなら積極的にそこも展示室として解放すべきだと思いましたね。
それはともかく、その後トークだったんですが、事前にARTiTの往復書簡を読んで予習してたんですが、なんか、そこに触れるか触れないか微妙な感じで、しかも音楽的なこととか正直あまり重要じゃないんじゃない?というようなところを結構話されたりして僕的には消化不良でした。まあ、あまり時間もなかったってのもあるんですが。
むしろ先にも触れたような映画館で見せることとかの問題にも触れてほしかったなと思いました。
で、最後に質問のコーナーもとれなかったので、なんと質問はTwitterでとのこと笑
なので僕もちゃっかり質問したら、本当に真摯に応えてくださって感動しました。
ちなみに質疑応答の内容は以下。(著作権とかあるのかな?)

森川穣 ‏@MoriMino
@kktnk 昨日上映会拝見させていただきました。質問時間がなかったのでこちらで失礼します。田中さんにとってご自身が出演される場合と他者を撮る場合とで大きな違いってありますか?昨日拝見していてやはり彼らの会話は大きな要素だったように感じました。ご自身の時は無言の場合が多いので。

田中功起 ‏@kktnk
@MoriMino ありがとうございました。遅い時間で質問時間とれなかったのが残念でした。最近のものの中ではヤシの葉ビデオではまあまあしゃべっていますが、そこでもどちらかというと訪ねてきた人の反応を引き出す、彼らの発話そのものを重要視しています。
MOTでの奥村作品内作品に顕著ですが、ぼくはとにかく遠巻きを歩き、その場のコントロール不可能な場所から見守るしかないって状況に追いやられています。その意味では自分がでるでないは大きく違いますよね。自分が出ているとどうしてもコントロールしようとしてしまうので。
ただ、昨日のトークのように、ライブで話すと、コントロールしているしていないの境目が曖昧になって、それで満足してしまって、映像作品として自分が出て会話があるものを作ろうとはしていないのかもしれませんね。でもそう指摘されるとそのうちやることもあるかもしれません。

森川穣 ‏@MoriMino
@kktnk 丁寧にお応えいただきありがとうございます。他者を撮ってる周囲に田中さんご自身も存在しているというのも重要かもしれませんね。今後の展開も期待しております。お忙しい中ありがとうございました。

田中功起 ‏@kktnk
@MoriMino 確かにそうですね、ぼくを知らないひとは気づかないけど、ぼく自身が周りをうろうろしているのは、ヘアカット、ピアノ、詩人、次回作ビデオ、すべてに共通していて、それがこの手法の必然としていまさらながら意識されつつあるって感じです。

という内容(笑) んー、いい時代になりました。
やっぱ田中さんの映像の他者性が気になるんですよね。田中さんの他者を撮った映像は、まるで宇宙人を撮影しているかのような、圧倒的他者性を感じます。あの圧倒的な距離感って何なんだろうなって。でも自身を撮った作品でもまるで自分を他人のように撮ってるところがあるんですよね。近年の作品に他者が入ってくるようになったのは、以前田中さんのポッドキャストで学芸員の保坂健二郎さんが「なぜ田中さんの作品に他者が入ってこないのか」って指摘の影響はやはり大きいのかもしれません。
こういうTwitterやポッドキャストの公開も含めて田中さんのこの公共への意識はすごいですね。
実は今回の作品もネットで観れます。こちら。普通こんなことしませんよね。
今回のMOTでの出品作は、田中さんの態度そのものが出品されてる感じですね。(ハロルド・ゼーマンの伝説的展覧会タイトルではないですが)
来年のヴェニスも本当に楽しみです。
また、今回の出品作として、この展覧会を企画したキュレーター西川美穂子さんとの往復書簡もあって、これもおもしろいです。このやり取りがどういう風に転ぶのかも楽しみですね。
いつも展覧会の挨拶文ってテキトーに流しちゃうんですが、今回はこの西川さんの文章もものすごく美しかったです。
この上映会も含め「桶」展の体験は時間が経てば経つほど際立ってくる。本当にいい展覧会を観た時ってこんな感じ。僕の中で風が吹き荒れてます。
こんな展覧会が日本で観れることに感謝です。
企画された西川さんを始め、作家さんを含む関係者の皆様に拍手です。
またカタログが出たぐらいにもう一回観に行きたいです。装丁も立花文穂さんなので楽しみです。次はもっと時間かけて観ます。
まあ、問題は見事に一般受けが難しいところでしょうか。。。僕が観てた時にちょうどデザイン専門学校の学生たちが一斉に入ってきてましたが彼らは果たして楽しめたのだろうか。。。
あと、この展覧会では普通マイナスに機能する、観きれなさとか気散じがいいように作用するんですが、そのテンションで同時に開催されてる「アートと音楽」や常設展を観るとなんのこっちゃになります。
ってことで「アートと音楽」に関しては何の感想もありません。すいません。
常設は次行った時にアニュアルより先に観ることにします笑
これから行く人はアニュアルを最後に回ることをおすすめします。
展覧会は来年2月3日まで。美術好きなら是非!こちら

森田さんのロッカーの作品本当にありました!
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「美術にぶるっ!」@東京国立近代美術館
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こっちもどんなタイトルやねんってタイトルですが(笑)、評判がよかったので行ってきました。
開館60周年を記念して開催される、館のベストセレクションを集めたコレクション展。
ベストセレクションというだけあってすごかったです。。。
これも時間かけて観るべきでした。次ですね、次。
中でも横山大観の「生々流転」にはさすがにぶるっときました。
40mもの長い墨絵で、もう画面の流れ方とか墨の濃淡とか素晴らしいです。
さっきの話じゃないけど、長過ぎて観きれないのもまたいい。
また、戦争画のコーナーはものすごいですね。
中でも藤田の「アッツ島玉砕」と「サイパン島同胞臣節を全うす」が観れたのは大きかった。
さすがにぶるっポイントが高いです。
あと、エレベーター前の田中さんの作品おもしろすぎてずっと観ちゃいました。
おかげで最後全然時間無くて、二部の「実験場1950s」はほぼ観れてませんよ。。。次。
素晴らしいな、と思ったのが、美術館をちゃんとアップデートしようとしているところ。
日本画の展示室なんかが顕著で、壁が濃紺になってて、導線とか本当に見事。
先の大観の巻物なんか、ちゃんと導線通り進めば右から左に奇麗に流れて観られる。
ノーストレスでほとんどの作品が観れちゃいました。これって普通のことのようですごいこと。
あと、「建築を思う場所」という、以前の谷口吉郎設計を思わせる場所を敢えて何も飾らずに見せてるところとか憎いなと思いました。
やはり、ここには、田中さんのヴェニス日本館コミッショナーである蔵谷美香さんや、保坂健次郎さん等の優れた学芸員がこの美術館にいるのが大きいんでしょうね。
こないだの「14の夕べ」とかも、ものすごいイベントですよね。
東京に住みたいとは思わないけど、この近美や都現美があるのはやっぱりうらやましいです。

ちなみに現在近美にスタジオムンバイのコミッションワークも展示中です。
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あと、ベーコン展のプレチラシが出来てた。早く観たいです!

テーマ : アート・デザイン
ジャンル : 学問・文化・芸術

須田悦弘展@千葉市美術館

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関東で観てきた個展をいくつかレポートします。
須田悦弘展@千葉市美術館
中西夏之「韻 洗濯バサミは攪拌行動を主張する 擦れ違い/遠のく紫 近づく白斑」@川村記念美術館
さわひらき「Whirl」@神奈川県民ホールギャラリー
エルネスト・ネト「Madness is part of Life」@ Espace Louis Vuitton Tokyo

すべてネタバレ含みますので読みたい方だけどうぞ。

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テーマ : アート・デザイン
ジャンル : 学問・文化・芸術

内藤礼「地上はどんなところだったか」@ 空蓮房

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久々に東京に行ってきました。といっても6月以来ですが。
以前に比べてぐっと上京回数が減りましたね。
その分今回色々観ていて体力の衰えを感じました笑
以前なら平気でいくつも歩いてたのに、3つめぐらいでへろへろ。。。
実際観る展覧会数も減りました。といっても多いですが笑
ってことでレポります。

まず今回の上京で大きかった展示のひとつが空蓮房の内藤礼展ですね。
こちらは初期の内藤作品を思わす予約制。
しかも会期中水木金の10時から15時までという。。。
上京のタイミングに合わせてメールを送ったら、15時から特別にとっていただきました。
今サイトを見たら会期中の予約全部埋まってしまったみたいです。。。
で、内容ですが、そこはやはりあまり触れない方がいいと思うので控えます。
ただ、その空蓮房がどういう場所かということだけでも。
ここは、なんとお寺の中にあります。
名前だけでもなんとなくそういう雰囲気がありましたが、着いて少し焦りました笑
境内の中に、白い箱があって、そこが「空蓮房」という空間です。
写真のようなすこし低い茶室のにじり口のような入り口から一人ずつ入っていきます。
元々茶室だったのかな?と思って聞いたら違って、本当に純粋にギャラリースペースとして作ったらしい。すごい。。。
中も相当すごくて、角がRになった空間で、今回は小さな明かり取りのみの光で見せてました。
その光の入り方がものすごく美しくて、僕が行った夕方に入りかけぐらいの時間帯の方がぼんやりしていていいような気がしました。最初住職さんは15時以降だとちょっと暗いかもと心配されてたようですが。内藤さんの作品も見れば見るほどぼやけてきて不思議な感じでした。
結局20分ぐらいそこで過ごして友人と交代しました。
どうやらこの空間は2006年に建てられたようで、以前にも畠山直哉なんかも展示してます。
住職さん自身も以前写真をやっておられたそうで、作品をいかに見せるかというのは、作家側はすごく考えているのに、見せる側で考えてる人がほとんどいないというところから、この空間を作られたそうです。
そのお話はすごくわかって、ついつい話し込んでしまいました。
内藤さんは今ギャラリー小柳でも展示されていますが、やはりあそこで見た印象と、この空蓮房で見た印象ではまったく別の体験だったのはまちがいありません。
作品に出逢いに行くという態度そのものがこの空間では重要になってきます。
その為に、まず一礼して入る装置としてにじり口があるんですね。
この「作品に出逢いに行く」というのはものすごく鑑賞体験として重要だと思います。
もちろん小柳はあくまでビジネスもありますので、そこをどうこう言うつもりはありませんが、やはり内藤さんのような作品は、こういう空間で見せるのが一番だと感じました。
しかし世の中にはこういう志のある方がちゃんといらっしゃるんですね。うれしかったです。
それにしても内藤さんの人形のような作品の展開は驚きでした。
以前国立国際のトークでも紹介されてましたが、実際に対峙してみると、これだけ形が具体的でありながら、内藤さんの見せたいものは、以前にも増して抽象化しているのが実感できました。
実際眺めながらこれが一体なんなのかわからなさすぎて戸惑いますが、時間をかけるとそれを飛び越えちゃう感覚がありました。普通のギャラリーではむずかしいかもしれません。
これからどういう展開にいくのかも非常に楽しみです。
空蓮房の展示は予約埋まっちゃったので今からでは見れませんが、小柳は11月22日までやってます。

<関連記事>
豊島美術館 by 内藤礼+西沢立衛
内藤礼「すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している」@神奈川近美鎌倉
内藤礼「母型」@ 発電所美術館

テーマ : アート・デザイン
ジャンル : 学問・文化・芸術

土屋公雄展「夢のあとに/交差する時間」@福井県立美術館

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久々のレビュー記事です。
本来のモードを忘れて告知ばかりですいませんでした。
ってことでこの9月10月に観た展覧会です。
この9月10月はベテラン作家の凄みを感じることの多い月でした。
最も素晴らしかったのは先月まで福井県立美術館で開催されてた土屋公雄の展覧会。
以前から彼の作品は好きで観てましたが、今回美術館まるごと展示すると聞いて、結構無理して福井まで行ってきました。でも行った甲斐がありました!
まず入ってすぐの吹き抜けの作品からやられました。
「あの時」というタイトルの作品で、縄でくくられた4つの時計が吊るされています。
それぞれ8:15、11:02、5:46、14:46で止まっています。言うまでもない「あの時」たち。
そして、奥には磨りガラスで出来た構造体に入った灰。
この灰は家一軒分の灰だそうですが、灰になったらこんなものかと思うような量でかなりわびしい思いがしました。この家の記憶も何もかも灰になってしまうのはやっぱり悲しい。
そして、最大のインスタレーションが登場。これはマジですごかった。。。
トタン屋根がずらーーーっと会場を埋め尽くしていて、じっとみてるとジュッという音が聞こえる。
なんとこのトタン屋根熱っせられてて、上から水が落ちてきてそれが蒸発してたんですね。
このジュッという音が胸に沁みてきて中々その場を離れられませんでした。
さらに、「生きられた家」という作品は、家の形をした構造物に、花柄のカーテンのような布がかけられていて、中には椅子と蛍光灯が設置されてます。この布は蓄光が施されていて、電気が消えると緑に光って家の形が浮かび上がります。僕はでも蛍光灯のついてる時の方が好きでした。とても美しい作品。
さらに奥には家の柱がグリッドに並べられた作品とかもう見どころ満載。
この廃材はどこから集められてきたのでしょうか。。。
さらに2階の常設展も土屋さんがプロデュースしていて、割れた陶器を使って月の満ち欠けを表した自身の作品「月」と月を題材にした美術館のコレクションとコラボしてました。この「月」は東京都現美でも観たことありますが何度観てもいい。
あと、「ポートレート」と題した作品があって、色んな形の矩形が壁にずらっと並べられてるんですが、それが何なのか近づくまでわからない。実はそれらは全部鏡で、汚れてたり曇ったりで中々像を映さない。これもすごいインスタレーションでした。
さらにさらに地下には「未現像の記憶」と題した鉄の部屋があって、そこに入ると壁と天井が時計で覆われていて、それぞれ時を刻んでます。その重なった音がなぜか水中の音みたいに聞こえるんですが、どこにいるのかわからなくなってしまう感覚はすごかったです。
とまあ、ざざっと走り書きしましたけど、やっぱりあの凄みは観てみないと伝わらないですね。
一ヶ月しかやってなくて、もっと長いことやってくれたらよかったのにと思います。
この展覧会はやはり震災がひとつのテーマになっています。
これまで記憶を大きなテーマでやってこられた土屋さんだからこそ今回の震災は、相当大きなものだったと思います。
実際震災以降何度も被災地を訪れボランティアをしながら今回の展示を作っていったのだとか。
ただ、あまり震災というものに縛られてこの展覧会を観るのは違うと思いました。
カタログにもあまりにそれと作品を結びつけすぎていてちょっとがっかり。
彼の作品は、その以前も以降もやはり揺るぎないものがあります。実際観て確信しました。
こういう、芯のある作家はやっぱり信頼できるなと思いますね。
震災があったからどーこーっていうのはやっぱり違うと思う。
震災以降ソーシャルアートというのが取りざたされてるけど、僕はほとんど興味ないです。
もちろんそれがいけないとは思わないけど、でもやっぱり100年後1000年後に観ても共有できる普遍的な強さをもった作品が僕は好きです。


その文脈でいくと、愛知の小牧にあるメナード美術館でやってた舟越桂展もすごかった。
舟越さんって、メディアでも多く取り上げられたりして、ちょっとポップなイメージもあるけど、でもやはり芯の強い作家だなと思いました。
特に最新作「月の降る森」は泣きそうなぐらい美しかった。
展示方法もよかったんやけど、本当これもその場から中々離れられなかった。
「美しい」っていうと陳腐に聞こえるけど、それでもやっぱ「美しい」と言わざるを得ない。
他にも舟越さんの代表作も集まっててかなりすごい展覧会でした。
あと、メナード初めて行ったけど、所蔵品がすごかった!
アンソール代表作もあったし、シーレのドローイングめっちゃすごかった!
名古屋からは離れてますが、これは観る価値あると思います。11月25日まで。


そして、関西ですが、なんといってもYoshimi Artsでやってる館勝生展はすばらしすぎた。
多分関西じゃない方はほとんどわからないんじゃないかな。
愛知県美術館には所蔵がありますけどね。あの作品は素晴らしいです。
そしてまさにその愛知の作品を観たYoshimi Artsのオーナーさんがそれに惚れ込んで今回の展覧会が実現したんだとか。やっぱ彼の作品は強いですからね。
その館さんは残念ながらもう既にこの世の方ではありません。
2009年に44歳という若さで亡くなられました。
僕は生前から彼の作品が好きで観るたびにその場に立ち尽くしてました。
思えば2003年、学生の頃ギャラリーを回りだした本当に最初の頃にギャラリー白でやってるのを観て衝撃を受けました。「忘れられない絵」っていくつかありますが、その時みた館さんの作品もその一つです。
そして今回、入る前のガラス越しでやられました。
正面にかけられていたスクエアの大作は本当にすごい。
ちょっとベーコンを思わすような緊張感がありますね。
単純に絵の具の物質感とかよりも、もう構図が見事です。
今回何点か展示されてて、すべて晩年のものですが、正面の作品が一番よかった。
改めて惜しい人を亡くしたんだなと思わせてくれる展覧会でした。11月4日までなので是非。
国立国際にも所蔵がありますね。今展示中なんかな?


あといくつか。
まず六甲ミーツアートは今村君が出してたので、初めて観てきました。
それにしても電車で行くとめちゃくちゃ遠くてしんどかったです。。。
阪急六甲駅からバスでケーブルの駅まで行ってさらにケーブル乗ってさらにバス。。。
全部回る気はなかったので、植物園とオルゴール館だけ行きました。
ミーツアートのチケットは1800円で全部回れますが、この2つだと共通券1200円ってのがあるので僕はそれを購入。正直簡単に忍び込めそうでしたが。。。ボソっ
それはともかく予想より遥かに楽しめました。
今村君の作品もすばらしかった。キノコより控えめに生えてる街灯たち。
これがグランプリってのはやっぱりすごいなー。
あと、渡辺英二さんの蝶の作品はあそこにぴったりでしたね。
加藤泉さんの彫刻も馴染んでたし、来年SHISEIDO ART EGGに出される久門さんの作品もよかった。
クワクボさんのは国立国際で観たのとはちょっと違ってました。安定感がある。
オルゴール館も楽しい作品がいっぱいで、僕的にこの2館で大満足でしたね。11月25日まで。

あとは、BIWAKO BIENNALEも行きました。
今回は近江八幡だけでなく、東近江の五個荘にも広がってます。あとやっとビエンナーレになったw
僕は近江八幡エリアだけ回りました。目当ては大舩さんと川北さん。
大舩さんのはロープウェイを上った先のお寺の中というすごい場所。
そこにめちゃくちゃでかい円の作品と掛け軸の作品がありました。
自分的には奥の部屋の黒い長い絵が好きでしたね。
近江を一望できる絶景と共にあの澄んだ空気は大舩さんの作品に合います。
さらに友人川北さんの作品を観に天籟宮へ。
この建物経年でちょっと堀の方に傾いてるんですが、それと呼応するように、川北さんのストロークがまるで流れ落ちるような展示になってておもしろかった。こういう場所に合ったユニークな展示おもしろいなーと思って連絡したら狙ってないとのことでした笑
あと同じ天籟のサークルサイドさんのも単純な仕掛けだけどおもしろかった。
他には永井俊平さんのカネ吉別邸の天井裏の作品もおもしろかった。服が人になっていくみたい。
全体として、五個荘も増えた分近江八幡の会場は減って結構すぐ回れました。
自分が前回展示してた家はベーグル屋さんになっててびっくりでした。
でもやっぱ自分のやった「うつせみ」とは全く逆のベクトルでの空間の使い方だったんで、少々苦笑い気味でした。ちょっと勿体なかったです。こちらは11月4日まで。

あと、アンスティチュ・フランセ関西(関西日仏学館の方が言いやすかったのに)の大舩さんの個展。
作品自体は前に観たことあるけど所変われば見え方も変わりますね。
特に窓に逆光で見せてる展示は意表をつかれておもしろかった。
日中と日没後で楽しませてもらいました。
あとここのカフェはおすすめです。おしゃれやしのんびりしてるしケーキセット500円やし。
それにWifiも飛んでるのでPC作業も出来ます。近所にも欲しい。何の宣伝やねん。

それから伊丹市美術館の中原浩大展。アートクラスタ必見といったとこでしょうか。
でも僕には全然その良さがわからないっす。すいません。
日本アートの文脈的には相当重要な人なんだろうけど、いかんせん作品が。。。
地下の美術館所蔵のブロンズ像と中原さんの軽いドローイングの対比がおもしろかった。
来年同美術館でやる棚田康司さんの展示が気になります。


そんな感じで!

テーマ : アート・デザイン
ジャンル : 学問・文化・芸術

寺田就子「blue moment」@ GALLERY CAPTION

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寺田さんの個展初日にお邪魔してきました。
関西以外の展覧会観に行くのすごく久々。といっても6月以来ですが。
寺田さんといえば昨夏の同ギャラリーの個展がものすごくよかったんですが、今回もすばらしかった。
以前にも増して、周囲の環境への賛美というか、作品の境界がどんどん広がっているようで、進化を遂げていました。すごいです。
最初の部屋では、一つの電球に対して、それぞれが波及効果を及ぼすような作品群。
ちょっと説明できませんが、これは今年最初の16での個展に近い感じですね。
しかし白眉は奥の部屋。
特にアクリル板とガラス板を使った「窓を映すための窓」は本当に好きです。
このギャラリーは窓がすごく特徴的で、そこから自然光が燦々と入ってくる感じがとても好きなんですが、まさにその窓を讃えるような作品でとてもうれしかったです。
今回の展覧会タイトル「blue moment」とは朝焼け前または夕焼け後に一瞬空が真っ青になる瞬間のことらしく、このギャラリーで迎えるその瞬間がとても好きなんだそう。
だから、その瞬間をうまくとらえられたら真っ青の窓が映るかもしれませんね。見てみたい。
時間や時期によっても色々見え方違いそうでまた観に行きたいです。
10月13日まで。おすすめです。
http://homepage1.nifty.com/caption/homepage/shuko/ex12.htm

その前に名古屋にも行ってきました。
まずはケンジタキさんではこちらも村岡三郎展の初日。
過去作の展示でしたが相変わらずかっこよすぎます。。。
特にDMにもなってる酸素ボンベと絨毯の組み合わせがすごくいいです。
2階のドローイングもものすごく魅力的でした。

また、長者町のN-MARKさんではタムラサトル展の最終日。
こちらはちょうど作家さんも来られてました。
ベアリングで回るハートやNやナイキのマーク。
まんまやけど、謎の重厚感が出てておもしろかったです。

あと、アートラボあいちでは、色々やってましたが、空き地プロジェクトがおもしろかったな。
石上純也やん!ってのもあったけど。。。
名古屋活気づいてていい感じです。
それにしてもSTANDING PINEさんは僕が行く時にかぎってしまってて縁がないです。。。
あと某ギャラリーに行ったら作家がギャラリースペースで寝ててびびって逃げて帰ってきた。
最初パフォーマンスかと思ったけど違ったみたいでした笑


小牧市にて今度お世話になる常懐荘での後輩たちの展示。
京都精華大学と愛知県立芸術大学の学生がやってる「懐」展。
偶然にも僕が高校の時から知ってる矢島与萌さんも出しててビビった。
いわゆるメル友ってやつでした笑
彼女の作品、床の間をそのまま再現したような感じやったけど見事にハマってた。
現在彼女は女木島にあるMEGI HOUSEってとこでレジデンスして制作してるみたい。
他にも精華の後輩岸本さんの作品とかすんごい溶け込んでた。
薬師川さんのも空間といい感じに合ってたし、中々いい展示でした。
こちらは9月16日まで。名鉄小牧線の味岡駅から歩いて10分ぐらいです。

テーマ : アート・デザイン
ジャンル : 学問・文化・芸術

川内倫子「照度 あめつち 影を見る」@東京都写真美術館

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横浜で用事ができたので、先月から写美で始まった川内倫子展へ。
川内さんの作品はずっと追いかけてるけど、考えたら美術館での個展って見るの初。
ギャラリーの個展はロンドンで見てるけど。こちら
この個展で川内さんの写真にどっぷりハマってしまいました。。。

入って最初の部屋は昨年出したILLUMINANCEシリーズのオリジナルプリント。
通路両サイドに展開していきます。
この辺はまあ、写真集で見まくってただけに正直あまり感動もなく。

問題は次の部屋。
入った瞬間「え!」って声が出そうになりました。
映像作品なんですが、もう「写真が動いてる!」って感じ。
まあ、映像は写真が動いたものってのは当たり前っちゃ当たり前なんですが、その原初的な驚きが何のためらいもなく出てしまいました。
ここまで写真と映像がリンクしてるものって見たことがないです。
川内倫子の写真がそのまま動画になってるみたいな。
こんな映像撮ってたんですね。知りませんでした。
どこかで発表してるところもその映像の中に入っていました。
いつまでも見続けてしまいます。結局1ループ分は動けなかった。

次の部屋では、これまでの作品のコンタクトシートを継ぎ接ぎされた作品が出てました。
なんだかこの展覧会は、写真ができる舞台裏を見せているように思えましたね。

そして最後の部屋は素晴らしかった。
写真美術館であそこまでのインスタレーションを見たのは初めてですね。
インスタレーションといっても、映像2点と写真数点、ライトボックスがただ置いていて、かっちりとひとつのインスタレーションってわけじゃないんですが、あの部屋が一体となってた感覚がありました。
写美のスペースってなんか全然かっこ良くないし、難しいんですよね。
石内都展も畠山直哉展もなんかそこまで入れなかったけど、川内展はそこを見事にカバーしてた。
2点の映像は鳥が延々と群れをなして水の上を飛んでるのと阿蘇山の野焼き。
前者は2010年のブライトンビエンナーレに出品した作品だそう。
川内さんが映像をやってるのすら知らなかった。。。
それにしても後者の阿蘇山の野焼き映像はすごかった。
焼き始めから焼き終わりまですっかり見入ってしまった。。。
その野焼きの写真シリーズも含め、この新作「あめつち」はまた新たな展開でしたね。
でも同じ部屋にあった、エルサレムの嘆きの壁や銀鏡神社の儀式(ライトボックス)、夜空をレーザーポインターで照らした作品たちの連関がよくわかりませんでしたね。
日常的なものから宇宙的なものへと興味が移っていってるのかな?
野焼き以外はイマイチぴんときませんでした。

素晴らしい展覧会でした。期待以上。
でも図録があまりに微妙。。。
装丁ペラペラやし(あえて?)内容も新作あめつち以外はほとんど他の写真集に収録済。
インタビューとかは興味あったけどイマイチ踏ん切りつかず購入見送りました。
あめつちシリーズはまた改めて写真集として出して欲しいですね。

ところで5月25日には内藤礼さんとの対談があったそうだけどどんな感じやってんやろ。。。
個人的に鉄板な組み合わせ。。。聞きたかった!

展覧会は7月16日までです。

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内藤礼アーティスト・トーク@国立国際美術館

先日国立国際美術館で行われた内藤礼さんのアーティスト・トークに行ってきました。
これは国立国際の30周年を記念して全館使って開催中の「コレクションの誘惑」展の関連企画で、この展覧会の関連企画は異常に豪華。
歴代館長たちによるシンポジウムに始まり、「写真の現在」と題されたシンポジウムは2日間に渡り超豪華メンバーで繰り広げられました。特に後者は両日とも整理券は一瞬でなくなったそうですね。このシンポジウムシリーズは、「もの派再考」展時の「野生の近代」や「絵画の庭」展時の「絵画の時代」などと並ぶ、国立国際が力を入れてるもので、どれも本となって販売中です。この「写真の現在」も秋には刊行予定とか。
アーティスト・トークも充実。小沢剛さんや伊藤存さん。そしてこの内藤礼さん。
内藤さんのトークって中々ないので、これは外したくないと思っていました。
ってことで気合い入れて会館30分前に着きましたが、それでも7番目。強い。
まあ、とりあえず先着130名にはもれずに済んで一安心。
トークの14時まで近所で時間をつぶしました。
ちなみにコレクション展は見てません。もう何回も見てるし。

さて、いよいよトークです。
豊島美術館オープン時のトークをYouTubeで見ていたので、正直どうなることかと心配していたのですが、今回は国立国際学芸員の島さんとの対談形式だったので、内藤さんもリラックスして話されていたように思います。
なんでも島さんとは25年もの付き合いだそうで、途中何度かおもしろい感じになってました。
特に今回内藤さんの希望で作品のスライドを一切使わなかったので、島さんがホワイトボードに作品の形態を描こうとするんですが、その図がお粗末だったのか、しばしば内藤さんから「それは何?」と叱咤されまくってました笑 それでも果敢に図解に挑戦する島さんもすごい!

トーク全体を聞いて感じたのは、内藤礼という人間の芯の強さでした。
もう、自分がやりたいことは何が何でも貫き通すあの姿勢はすごいです。
特に90年代の頃の、観客が一人でしか入れない作品たちは、会期中作家がずっとメンテナンスの為に張り付いていないといけなくて、1995年の国立国際での「見事に晴れて訪れるを待て」でも、会期の2ヶ月間ずっと大阪のホテルに住んで、メンテナンスし続けたそう。
当時の国立国際というと、まだ万博公園内にあって、来場人数もめちゃくちゃ少ない頃だったので、特に入場制限をかけなくても済んだそうですが、ヴェニスビエンナーレの日本館で発表された「地上にひとつの場所を」の時なんかは大変な騒ぎになって相当批判にさらされたそう。それでも作品と1対1というスタイルは固持し続けました。
ヴェニスと同時に開催されたドイツのカルメル会修道院での「たくさんのものが呼び出されている」でも、日本から行くのにわざわざ予約を取らないと見れないという徹底ぶり。
この頃の内藤さんの仕事を目撃した人は相当レアですね。
なにせ、これらの作品は作家が張り付いていかないといけないので、購入は不可能。
現在どこの場所にも存在せず、美術館にも収蔵されていません。
それでも作品のパーツはすべて保管しているそう。
島さんは、地面に置かれていない、「遠さの下、光の根はたいら」なら収蔵可能かもしれないと考えたこともあったそうです。
かつて中沢新一は彼女の作品を「暴力批判としての芸術の、もっとも徹底した形態」と評しましたが、彼女自身は、これらの作品に潜む暴力に気づき始めたそうです。すなわち、監視も置かず、観客にはすべて信頼してゆだねるのに対して、学芸員たちには一切触れさせないという矛盾。そして、作者自身が作っては消えていくものたちへの寂寞に少しずつ傷を負っていくということ。
それらの暴力を少しずつ自覚していった頃に舞い込んできたのが直島の家プロジェクトの依頼。
これまで消えていくものしか作ってこなかった内藤さんに依頼されたそのプロジェクトはなんと恒久設置作品。そんなことが果たして可能なのかといぶかしがったそうですが、いざ行ってみると、そのプロジェクトの真摯さにうたれ引き受けることになりました。
さらに、ここでも作品と1対1というスタイルは健在ですが、このできあがった作品「このことを」では、家の下に隙間があって、そこを通る人の気配や生活の音などがどんどん入っていくというのはこれまでの作品にはあり得なかったことでした。
他者というのを徹底的に排除していた90年代の作品に対し、これ以降積極的に他者を引き受けていきます。
大山崎や佐久島で行われた展覧会では、ワークショップすら開催するほど。
そしてこの辺りから作品のタイトルもシンプルになっていきます。
それまでのタイトルは個人的に結構好きだったんですが、これらのソースもこのトークで披露されました。
「遠さの下、光の根はたいら」は、当時知人の紹介で知り合った詩人の佐藤みちお(漢字不明)さんの詩の中にあった言葉だそう。「地上にひとつの場所を」はゴダールの「右側に気をつけろ」の中での台詞からの引用だとか。意外ですね。
今はほとんどの作品に「母型」というタイトルをつけてますね。
これは発電所美術館で行われた展覧会から現れてきた言葉で、豊島美術館の作品も同タイトル。
彼女の作品には「地上」という言葉がよく出てきますが、僕は彼女の作品の中にいる時に、むしろ自分がどこにいるのか、今がいつなのか、といった場所性や時間性から完全に解放される感覚があります。自分が無になるというか、本当に凄まじい感覚ですね。
特に豊島美術館はそうで、あれは1日中いても全然問題ないと思う。
内藤さんは、開館と同時に入るのがおすすめと仰ってました。
10分位は何もない状態からスタートし、続々と地下から水が這い上がっていく光景が繰り広げられるとのこと。また夕方の西日がコンクリートに反射するのも美しいとのことなので、結局一日おらなあかんやん!って笑
また行きたいなぁ。色んな気候で楽しみたいですね。
あと、2009年に開催された神奈川県立近代美術館で行われた展示でも新しいことが起こっていて、それは具象的なモチーフを導入したこと。これまで内藤さんの作品には具体的にものは使っているものの、具象的なモチーフは一切省かれていました。しかし神奈川近美では、プリント柄の布や風船、顔に見立てたボタンなど、今までではありえなかったモチーフがいくつか登場していました。
内藤さんの中でこれらのことは今でも整理中で、これからどう結実していくかを見届けているところなんだとか。
僕は見てませんが、昨年末の東京の個展でも、小さな木の人形の彫り物が登場したらしく、以降NYのグループ展や今現在ベルリンで開催中の個展でもたくさん登場していて、今で300体ぐらいあるそう。めっちゃ気になる!
これからどういう方向に内藤さんが向かっていくのか非常に楽しみです。

<関連記事>
豊島美術館 by 内藤礼+西沢立衛
内藤礼「すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している」@神奈川近美鎌倉
直島 再々訪
内藤礼「母型」@ 発電所美術館


ところで、最近国立国際美術館元館長の館畠さんのインタビューが公開されました。
いくつか興味深い部分もあるのでおすすめです。ちょっと長いですが。

日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴ 建畠晢インタヴュー1
日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴ 建畠晢インタヴュー2

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