地点「ロミオとジュリエット」@ 早稲田大学大隈講堂



なんだか上京の理由がほぼ地点の新作公演のためになってる。。。
9月には「みちゆき」と「ブレヒト売り」、11月には「ヘッダ・ガブラー」、そしてこの「ロミオとジュリエット」。
ほぼ毎月と言っていいほど新作を発表し、さらにその間も休むことなく過去作品を上演。
一体この人たちはどうなってるのか。。。理解が追いつかないほどの過酷すぎるスケジュール。
それでも毎回作品の質は落ちるどころか、確実にスマッシュヒットを決めてくる。
僕はただただフォローするだけで必死であります。

そんな彼らの「ロミオとジュリエット」。
過去にシェイクスピアは「コリオレイナス」を上演しているけれど、あれもすごかった。一生忘れられない舞台。
にしても「ロミオとジュリエット」。
知らない人はいないんじゃないかというぐらいこの有名な演目をどう地点が演じるのか。
さらに今回は「ファッツァー」「ミステリヤ・ブッフ」に続く空間現代とのコラボ。期待しかありません。
僕は戯曲に関してはほとんど知らないし、正直ブレヒトもチェーホフもイプセンもほぼ無知。
そんな知識のない僕でも地点の舞台にはぐんぐん吸い寄せられてしまう。
僕でも知ってる「ロミオとジュリエット」がどんな風に見えるのか楽しみすぎました。

会場は早稲田大学の大隈講堂。
1927年竣工後、重要文化財にも登録されてるスーパー建築。
早稲田といえばこの大隈講堂を連想する人も多いはず。
かくいう僕は早稲田大学初潜入でしたが広いのなんの。規模が僕の大学と桁違い。。。
いざ大隈講堂は本当に素晴らしい建物で、中はリニューアルされて新しくなってるものの、外観やところどころのディテールはそのままで入った途端にシュッとした気持ちになりました。
こんな立派な舞台で地点が観られるなんて感動。

さて、「ロミオとジュリエット」地点ver.はやはりすごかった。
これが「ロミオとジュリエット」!?っていうぶっ壊しっぷりと、相変わらずわけがわかんないのに話の悲劇性が頭じゃなくて体に沁みてくる感覚はすごい。
今回も地点の団員さん(小林さんと小河原さん)が上演前にお客さんを席に誘導という演出w
「かもめ」でも上演前に安部さんがお茶をいれてくれたりするけど、素敵な演出ですね。
舞台上にはいかにも滑りそうなスロープの舞台。
「光のない。」や「スポーツ劇」でも坂は登場しますが、演者さんには身体的にかなりキツそう。。。
実際ジュリエット役の河野さんとロミオ役の田中さんは、手をついて三伏横飛びしながらセリフ言うっていうかなり無茶なことやってて、あれで息切れせず、台詞も飛ばずにやってのけるのは凄すぎる。。。
ところで田中祐気さん、地点の大きな舞台によく助っ人で参加するけど、もう地点に入っちゃえばいいのにと思っちゃうのは僕だけ?出たら主役クラスの役を与えられてるし。
それはさておき「ロミジュリ」。
構成はさっきのロミジュリの二人の他に、4人(石田さん、小河原さん、窪田さん、小林さん)が神父(?)、で安部さんがストーリーテラー(?)なのかな。相変わらず構成はわかりにくいですが、少なくとも恋的のパリスは登場しなかったように思います。
安部さんのアジテーションにも近い叫びは相変わらず圧倒されます。
それに空間現代の演奏が加わり、その度にセリフは強引に中断されます。
上演中は、結構笑いが起きたりして、途中まで喜劇色が強いんですが、いつの間にか後半悲劇になっていて、ロミオとジュリエットが代わる代わる死んだり蘇ったりする展開はかなり狂気です。
死んだロミオの手を掴んで三伏横飛びしながら引っ張るジュリエットの姿は本当に悲劇的。
変な喩えですが、子供が死んだことに気づかないまま抱き続ける猿を見ているような感覚。
動きはコミカルなのに、目の前で起こっていることは残酷。
このギャップに心が締め付けられるような感覚に襲われます。
最後は二人が息絶えて、上演前から照らしていた二つの丸い照明が一つになり月のように空に浮かぶという演出。
舞台演出は本当にシンプルで、ひたすら地点と空間現代の身体が舞台上に放り出されてる印象。
これだけ有名な演目も、すっかり地点色に染めてしまいました。素晴らしい。
こんなすごい舞台2日間だけしかやらないなんて。。。
その後はさらに早稲田小劇場ドラマ館で「CHITENの近現代語」を上演らしい。凄すぎる。
4月には恒例のKAATとの新作舞台「忘れる日本人」が。
なんと昨年地点の三浦さんも審査員として参加した戯曲賞で大賞を受賞し、地点が演じた「みちゆき」のあの松本俊太郎さんの原作。この「忘れる日本人」は地点の発行している雑誌「地下室」にも連載されていて、すごいコラボレーション。
そもそも松本さんが戯曲を書き始めたのは、地点のカルチベートプログラムという、レパートリー作品を見てエッセイを書くというプログラムに参加したのがきっかけ。
地点から始まった松本さんと地点が、KAATという大舞台で花開きます。これも楽しみ。
4月、また横浜まで参ります。。。
3月は埼玉でピナバウシュ、5月は東京でローザス。。。
最近東京方面に来るときはほぼ舞台関係。観たい美術展もそんなになくなっちゃった。
今回も1つも観てません。
妹島さんの葛飾北斎美術館は気になったのでやっと行けた。
その日の両国は、ちょうど稀勢の里が優勝した日で盛り上がってました。
普通にお相撲さんが歩いてて不思議な光景でした。。。

すみだ北斎美術館 by 妹島和世

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アピチャッポン・ウィーラセタクン「亡霊たち」@ 東京都写真美術館

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写美(TOP MUSEUMとは言いたくない)と、イメージフォーラムでやってるアピチャッポン特集に行ってきました。
後者の「トロピカル・マラディ」がメインでしたが、まずは写美へ。

美術館でのアピチャッポンの展示はグループ展でも@kcuaの個展でも観てるけど、正直ピンときたことはなくて、それはきっと彼の映像はある程度長い時間観ないと沁みてこないからだと思うのです。
展覧会だとどうしても散漫になるし、映像を一個一個丁寧に観られる環境じゃない。
その点映画館は、映像を観るのに特化した場所だから彼の作品は生きてくる。
なので、今回の展覧会もさほど期待はしていなかったのだけど、驚くほどによかったです。

まずタイトルがいい。
英題の"Ghosts in the Darkness"は彼が以前に書いた論考のタイトルらしい。
この「Ghosts」というワードは、彼の作品を表すのにとても適した単語だと思います。
彼の映像にはしばしばこの世のものとあの世のものが曖昧に描かれます。
「プンミおじさんの森」なんかは顕著ですが、新作の「光りの墓」なんかもまさにです。
近年特にあの世とこの世が地続きになってる感覚があります。
さらに以下この展覧会の冒頭で書かれていたテキスト

Ghostには二つの意味が潜んでいます。ひとつは写真や映像などのメディアを媒介することで作用する映像自体が持つ特性です。もうひとつは、現実社会で作用する目に見えない力、すなわち政治屋歴史の中に潜むモンスターのような見えざる力のことです。

ひとつ目の映像の持つGhostというのはすごくわかります。
よく昔の映画なんかを観てると、そこに出てる俳優も監督もこの世にはいないんだよなぁとしみじみ思うことがあります。
しかし作品だけはしっかりとそこに生き続けている。
以前TEDで河瀬直美監督も仰ってましたが、映像にすることで過ぎた時間を立ち返らすことができます。
The value of movies: Naomi Kawase at TEDxTokyo

この展覧会では、アピチャッポンの日常の愛おしさが伝わってくる映像がたくさん出ています。
家族との時間。恋人との時間。ペットとの時間。俳優たちとの時間。
これらの時間たちが、そのまま会場に持ち込まれていました。
特に「灰」という作品には、彼を取り巻く環境が散りばめられていて、20分を越す映像ですが、最後まで目が離せませんでした。

また「花火」という映像では、ガラスにプロジェクションされていて、暗闇の中で光る閃光がとても印象的。
映像的な美しさとともに、そこに孕む第二のGhost、見えざる力の存在もうかがわせます。
爆音と暗闇は、とても不穏な空気を纏っていて、これもまた目が離せない光景でした。

そして、この後アピチャッポン特集に行ったのは正解で、彼の映画制作の元となる映像もいくつか展覧会に出ていて、映画を見ながら場面と展示を行き来できたのはよかったです。

アピチャッポン特集では「ブリスフリー・ユアーズ」と「トロピカル・マラディ」を観ました。
「ブリスフリー・ユアーズ」は、彼がカンヌで「ある視点」賞をとり、彼の名を世界に知らしめた最初の作品です。(名前長すぎですが・・・)
何と言っても開始1時間ほどしてからオープニングが流れるという構造が印象的で、前半と後半で話がガラッと変わります。
特に後半の森をさまよう男女の様は美しかったのですが、最後が個人的にいただけなかった。
僕が思ういい映画って、「あ、終わる」ってとこでカチッと終わる映画なんです。
その点で、この映画は、最後がダラダラとしてしまって、あーあってなった。
観客の忍耐を試すかのような映像で、正直イラっとしてしまって後味悪かった。
その点「トロピカル・マラディ」がほとんど完璧と言っていい映画でした。
以前から観てみたいなと思っていた作品ですが、日本だと東京以外の上映がなくて、なかなか観られず念願叶っての映画鑑賞。
そして期待を遥かに超える作品で、もっといろんなところで上映してほしいしDVDも出してほしい。
この映画も前半と後半でガラッと印象が変化します。
「ブリスフリー・ユアーズ」よりも激変するので、本当に同じ話なのかと疑うほどでした。
何と言っても後半の森の中で虎を追う場面は、息を飲むし、目は冴えっぱなしになりました。
ほとんど暗闇の薄明かりの中で撮影された映像で、観客の想像力がフルに回転します。
最近の彼の作品は、とても直接的な表現が多いので、こういう気配を描いた作品をまた撮ってほしいですね。
「トロピカル・マラディ」は僕の中で彼の最高傑作となりました。

展覧会は来年1月29日まで(こちら)。アピチャッポン特集は1月13日まで(こちら)。
できれば両方セットで行くのがオススメ。
イメフォの特集は上映作品が毎日変わるのでご注意を。
2月のアピチャッポンの舞台「FEVER ROOM」も行こうかすんごく悩んでます・・・。
ちょっと落ち着いてたのにほぼ毎月東京行っちゃってる病再発の気配。


それではよいお年を。

岡山芸術交流

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岡山芸術交流に行ってきました。
今や各地で開催されまくってる国際展に正直もう辟易してますが、この岡山の芸術祭は他と一線を画すものとして外せませんでした。
というのもアーティストディレクターがリアム・ギリックで、出品作家が「今」を代表する作家ばかり!所謂リレーショナルアートと言われる潮流の渦中の作家をこれだけ集中して観られる機会はそうありません。しかも国内で。
当日は晴れ。さすが「晴れの国」岡山。
以下作品の写真をざっくり。

Pierre Hyughe「Zoodram 4」
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Pierre Hyughe「Untitled (Human Mask)」
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Pierre Hyughe「Untitled」
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Rikrit Tiravanija「untitled 2016 (this is A/this is not A/this is both A and not-A/this is neither A nor not-A)」
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Ryan Gander「Because Editorial is Costly」
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Simon Fujiwara「Joanne」
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眞島竜男「281」
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荒木悠「WRONG REVISION」
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Jose Leon Carrillo「Place occupied by zero (Okayama PANTONE 072,178,3245)
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Liam Gillick「Development」
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Peter Fischli David Weiss「Untitled (Mobile)」
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まずは林原美術館でユイグの「Untitled (Human Mask)」が観れたのはとても嬉しかった。
彼の作品はここで3点展示されてるけれど、どれも人類の文明の醒めた目を感じられる知的な作品群。
特に上記の作品は、無人と化した福島の被曝エリアを撮ったもので、とても鮮烈。
今東京のヴィトンでもユイグの展覧会がやってるから是非観に行きたい。
そして、岡山城下のティラバーニャの茶室。茶会に出てみたかった。
この展覧会唯一と言ってもいいぐらいフォトジェニックだったのがガンダー。
駐車場を破壊して作られたこのインスタレーションのインパクトはすごかった。
よくぞここまでやらせたなぁって感じ。
落下した隕石のようなものは、デ・スティルのジョルジュ・ヴァントンゲルローの作品を元に作られてるらしく、20世紀初頭の作品が時空を超えて岡山に落ちて来たという設定らしい笑
岡山県天神山文化プラザのサイモン・フジワラは、自身の高校時代の女教師を元に制作されたもの。
彼女が新たな自分を築き上げる過程を写真と映像、SNSをも駆使しながら展開。フジワラらしい作品。
そして眞島竜男は今回最も岡山を意識した作品。
駅前にある桃太郎像と1962年に開催された岡山国体時に制作されたというトーテムポールの関係を、粘土の彫刻で現し、その制作過程を映像で見せながら、桃太郎伝説の推移を徹底したリサーチの下で語るという作品。これは結構記憶に残る名作だったと思います。友人曰く「桃太郎が嫌いになった」とのこと笑
今回のメイン会場は旧後楽園天神校舎跡地。会場前にはプルーヴェの学校も。
ここにはディレクターでもあるギリックの作品や、下道さんの「境界」を意識した作品など、印象に残る作品が目白押しですが、その中でも荒木悠の作品は新鮮でした。
荒木さんの作品は横浜美術館で見たけれど、その時はピンとこなかったのが、今回すごく腑に落ちた感じ。
タコにまつわるお話だけれど、それがどこまでが本当でどこからが嘘なのかがわからない。
その曖昧さがとっても美しかった。
タコの干し方がキリストの磔刑に似てるってのは面白かった。
これは中々他の場所で発表しにくいかもしれないけど、とてもいい作品だと思いました。
あとはオリエント美術館のフィシュリヴァイスは相変わらずゆるくてよかった。
ざっくり内容はこんな感じ。

結論を言うと、この芸術祭はとても良かったと言わざるをえません。
大絶賛とまでは言いませんが、いくつかの点で賛辞を送るべき箇所がありました。

まずは規模です。
中には1時間を超える映像作品なんかもありますが、テキトーに端折って観れば1日で十分楽しめます。
実際ジョーン・ジョナスの80分を超える映像や、ドミニク・ゴンザレス=フォースターの映像プログラムなんかは飛ばしちゃいました、すいません。
それでもいつもは端折っちゃうような映像群も僕としては丁寧に観られたし、朝から回って夕方までには観終わることができました。
全てが徒歩圏内にありながら、お城から美術館まで様々な場所を見られるのも良かった。
自分の父が岡山出身なので、岡山は何度も来ていたものの、ここまで丁寧に歩いたことはなかったんですよね。
時間あれば後楽園もと思いましたが、さすがにその余裕はなかった。
今回の国際展には、クロスカンパニーの石原康晴氏の尽力が大きかったでしょう。
彼は現代美術の大コレクターで、今後岡山に私立の現代美術館も建てる計画もあるそうな。
(以前京都で見たケントリッジの巨大インスタレーションも彼の持ち物)
岡山は何気に日本初の美術館を立上げた大原孫三郎氏や、ベネッセの福武總一郎氏など、美術のパトロンとも言える人々の系譜が連綿としてあり、石原氏は次世代にあたります。
今後この岡山芸術交流も存続するのか気になるところですね。

次にキュレーション。
これはギリックの手腕に驚かされました。
「development」という主題は正直よくわからなかったんですが、それでもこれだけ年齢も国籍も様々(25歳から80歳、16カ国)な作家たちを集めて、多様でありながら、一つにうまくまとまっていました。
ほとんどがフォトジェニックな作品ではなく、観客が能動的に考えなければならないので、現代美術初心者には結構難しいかもしれませんが、ファンとしては考えさせられる知的なゲームを本気で楽しむことができました。
そして何と言っても作品のクオリティが高い。
過去の作品ではなく新作が多いというのも見応えがある理由の一つですね。
ギリックはキュレーションはこれで最後と言ってますがもったいないです。
実際キュレーターをやってみて、彼らがどうしてあんなにクレイジーなのかがわかったそうです笑

僕が今回の作家たちに共通して好感を持てたのは、ギリックもインタビューで言ってますが、所謂「自己表現」に終わってない点です。(ギリックの表現で言えば、「一般的な意味での自己というのを作品の前面に押し出すような作家は一切いません」)
みんな自己の向こう側にあるさらに大きな世界に言及した作品が多かったように思えます。
サイモン・フジワラや下道さんのように、自分は入ってるんだけど、決して内向きの自己に向かってない。
その先の新しい地平に向けて、意識を投げてる姿がとてもいいです。
そして、無理をして地域性に焦点を当ててないところ。
ここは微妙なところで、当てなさすぎても「ここでやる意味」が消えちゃうので、そこはバランスよく、例えば眞島さんの桃太郎の作品を入れるなどして、とてもいいバランスでした。
ここ最近の「地域アート」は、どうしても地域に迎合しちゃうところがあるので、そことは違いましたね。
ギリックは実際作家たちに岡山という都市に反応してくれとは一切言わず、普通に来て普通に作品を作ってください、という頼み方をしたそうです。
ギリックはここ数年の作品にまとわりつく「リサーチ」という言葉が免罪符になっているんじゃないかという疑問を持っています。リサーチと言えばちゃんと考えられた作品と見てくれる。でもその「リサーチ」を客観的に精査する人はいない。そういうのって確かにそうだよなぁと思いますね。
ギリックはイギリスのYBA世代ど真ん中にいる作家なのに、そこに回収されず、常に批評的な目を持ってやってきたとてもクレバーな作家なんだなぁと、この展覧会で改めて思い知らされました。

ちなみに冒頭の岡山駅に掲げられた大看板もギリックの作品。
タイトルは「From Yu to You」。
出品作家が羅列されてますが、最初が荒木悠のYuで、最後が観客のYouです。
どうしてメインビジュアルが目なのかという問いにギリックは答えています。

「日本と「目」の関係は深いように思います。私が15年前に初めて来日したとき、他の経験と比べて、日本にはとても独特の視線のかわし方があると感じました。これは今まで体験したことのない風習でした。」

日本人にとってはよくわからないけれど、目配せの仕方は確かにあるかもしれません。
いろんなことに改めて気付かせてくれる、濃密な展覧会でした。11月27日まで。こちら

「自画像の思想史」 by 木下長宏

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久々の本の紹介です。
木下長宏氏による「自画像の思想史」。
以前から自画像という存在が気になっていて、もう興味ドンピシャな本で一気に読んじゃいました。
木下氏は近年ゴッホ、ミケランジェロ、岡倉覺三と、一人一人の個人史をあくまで彼らの作品を通して丁寧に再発見していくような仕事を立て続けに発表してらっしゃったけど、僕は個人的にこういう全体的な大きな歴史を取り扱った作品が好き。木下氏としては2009年に発表された「美を生きるための26章」以来ですね。
続きは以下。長いです。



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維新派「アマハラ」@平城宮跡維新派「アマハラ」@平城宮跡



維新派最後の舞台へ。。。
(ネタバレになるので続きは以下)

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トーマス・ルフ展@東京国立近代美術館

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最近は色々スルー気味ですがこれは見逃すわけにはいくまい、ってことでお江戸へ。
目的は近美で開催中の「トーマス・ルフ」展。
このところデマンド、グルスキー、ティルマンスとドイツ写真の巨人たちの展覧会が相次いでますが、ついにルフです。
ドイツ写真家の中だったら個人的に一番好きかも。
そして実際大満足な展覧会でした。

まずは初期の巨大なポートレート作品からスタート。
その後建築シリーズやインテリアシリーズなどが続きますが、初期の作品ってびっくりするぐらい見るところがない。
いや、これ悪口とかじゃなくて、この「見るべきものは何もない」感じがすごいというか、ものは写ってるのに何も写ってないように感じるこの無の感覚が不気味でついつい気になってしまう。
ストレートフォトとコンセプトフォトの中間に絶妙な感覚で立っちゃってる感じ。
ベッヒャーとか見ると、明らかにコンセプトがあるなってのがわかるんだけど、ルフはそこがわからない。

そしてルフのすごいのは、結構初期の方になって、カメラを放棄しちゃうところ。
1989年の「Sterne」は、ヨーロッパ南天天文台が天体望遠鏡で撮影して天体の写真のイメージを使用していて、この作品から自分が撮ったイメージではなく、すでにどこかにあるイメージを使って写真作品にしてしまっている。
写真のアプロプリエーションを最もラディカルにやってる「写真家」。
特に僕が好きなのは「jpeg」という作品で、タイトル通りインターネット上にあるjpegの画像をでっかく引き伸ばした写真なんだけど、実際物理的に自分がその写真の前に立って、近寄ったり遠ざかったりすることで揺らぐ目の解像度と写真の解像度の往来がとても面白い。そして単純にjpegの荒れが美しい。
さらに今回いいなと思ったのが「ma.r.s」の3Dバージョン。
会場に3Dメガネが用意されてて、観客がそれかけながら見るという、なんともチープな内容なんだけど、実際メガネをかけて3Dになった像を見ると普通にオォ!ってなる。これは火星の表面を撮影したイメージなんだけど、その凹凸の感じが腑に落ちるというか、このイメージじゃないと3Dにした意味ないよなっていう説得力があった。他の作品でこれやられても寒いだけになるけど、誰も行ったことのない火星の表面をイメージを通して簡単に触れた気になれるっていう写真の魔力みたいなのを改めて感じられる作品でした。
ちなみにカタログにも3Dメガネついてますw
あと、「zycles」っていう作品は、三次元ドローイングで説明読んでもちょっと何言ってるかわかんないって感じやったんやけど、これに関しては写真ですらないってのが笑った。元のメディアがキャンバスですからね。

こんな感じで、中には?ってのもあるけど、いかにカメラを使わずに写真の可能性を広げられるかっていう追求が、こうやって一気に見せられると本当に面白い。
無理やり行って本当に良かった。11月13日まで。その後金沢に巡回します。こちら
後は来年か再来年あたりトーマス・シュトゥルート展でしょうか。


後、観たいのが他になかったので、リニューアルして新しくなった写真美術館(TOP MUSEUM!)へ。
杉本博司展がやってましたが、この人どんどん趣味悪くなっていくな。。。
とりあえず上の階の「世界の終わり」的な展示はほぼ流し見。
下の階の新しい廃墟劇場シリーズは見応えがありました。もう普通に写真やってほしい。
写美(TOP MUSUMなんて恥ずかしくて言えない)は次回アピチャッポン・ウィーラセタクン展てことで気になる。
普通に「トロピカル・マラディ」が観たいんですが。


追伸
ブログ12年目突入しました。

地点「みちゆき」 @愛知県芸術劇場



昨年の「茨姫」に続き、愛知県芸術劇場が主催する戯曲賞の優秀作品を実際に舞台化する企画の第二弾。
今回はなんと、以前地点のアンダースローでレパートリー作品を観てエッセイを書くというカルチベートプログラムに参加した松原俊太郎さんが受賞しました。
自分の書いた戯曲が実際に舞台化されるなんて。しかも演じるのは地点。贅沢な賞です。

たった4日間のみの舞台にはもったいないぐらい素晴らしい内容でした。
今回は映像作家の伊藤高志氏とコラボレート。
舞台上の2つの幕に映される映像。そしてその幕越しに現れる演者の「影」。
そう、実際の演者の姿は舞台中盤まで現れることはありません。すごい。
唯一石田さんだけが「実像」として現れます。
彼が「あっち」と「こっち」を行き来し、「あっち」から「こっち」に出てこようとする「影」を無理やり引き戻します。
しかしいつの間にやらミイラ取りがミイラになるように、影達はいつの間にか「こっち」に出てきて、石田さんは影になってしまいます。
唯一河野さんだけが最初から最後まで影のままでいます。
河野さん以外が全員「こっち」に出てきた場面で、「あっち」では全員分の影が投影されていて(実際は河野さんだけが本物の影)、映像の世界と現実の世界がごっちゃになる様は圧巻。
さらに最後は暗転して全てが影の世界になってしまうという構造があまりに見事で鳥肌が立ちました。
映像が「影像」だった頃の起源にまで抵触しているようで、本当に興味深かった。
プラトン洞窟のように、我々は影を見てそれを真実だと思っているかもしれないけれど、たとえそうで何が悪い。
この虚実が極めて混ぜこぜになっちゃう感覚は凄まじい体験でした。
僕の最近の興味の「光」と「影」があまりにも見事な形で演劇になっていたのでかなり刺激を受けてしまった。
最近見た地点の中でダントツでよかった。もう一回ぐらい見たいけど、これは愛知の戯曲賞作品なので再演はなさそう。

ちなみに相変わらず舞台の内容はほとんど入ってこないんだけど(笑)、それでも見せ切っちゃうのはやっぱりすごい。(いいのか悪いのかわからんけど・・・)
こっからまた地点は新作を立て続けに発表します。
10月に「ブレヒト売り」、11月に「ヘッダ・ガブラー」、そして1月はなんと「ロミオとジュリエット」!
さらにレパートリーも上演したり、毎度ながらその人間離れしたバイタリティに舌を巻いてしまう。
これからもついていきます。

あいちトリエンナーレ2016

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3回目となるあいちトリエンナーレ。
前回も行ってないし、今回もパス予定だったのだけど、友達に誘われて行ってきました。
昨今「地域アート」の問題で散々議論されてるけど、もはや国内の芸術祭には食傷気味。
ましてや、地域復興の目的のある地方の芸術祭と違って、すでに満たされてる都市でやる芸術祭にどういう意味があるのか。
もう3回目になるトリエンナーレだけど、名古屋の街に根付いてるようには全く見えない。
確かに告知は街中で多く見るけど、それが何なのか市民の人たちに伝わってるのかしら。
テーマも「虹のキャラヴァンサライ」って一体・・・。
実際全体通して見ても特にまとまりも感じられずって感じでした。
とはいえ、名古屋、豊橋、岡崎と3都市とも回ったので良かったのだけ抜粋。

まずは名古屋。
名古屋はいくつか会場ありますが、僕が好きだったのは愛知県美術館の後半と街中のいくつかだけ。
名古屋市美術館の作品群は一つもピンとこなかったです。
愛知県美術館の作品の中でも飛び抜けて良かったのが三田村光土里のインスタレーション。
ランダムなオブジェが、絶妙なバランスで配置されていて、さらにハッとさせられるような言葉が散りばめられている。
いくら見ても見飽きることのない、いつまでもそこにいたいと感じさせてくれる空間でした。

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三田村さんまで、本当にピンとくるのがなかったんだけど、この最後の最後らへんから立て続けにマーク・マンダース、大巻伸嗣、松原慈と好きな作品が続く。
マーク・マンダースは今までで一番良かった。
大巻さんのは踏まれてからも見てみたい。彼は栄の損保ビルや岡崎でも展示してて、このトリエンナーレで最も活躍してる作家かも。
松井さんのはとてもポエティックで繊細な空間。閉館間際だったのでゆっくり見れず残念。

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栄会場の旧明治屋栄ビルでは寺田就子の元バレェ教室を使ったインスタレーション。さすがでした。

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場所は移動して豊橋。
ここでメインになってたのは開発ビルっていう会場。
10階から数フロアあって、なかなか体力消耗するけど、動線がかなりわかりやすくて良かった。
この中では久門剛史のインスタレーションが気持ち良かった。
窓のようなフレームに薄いカーテン。これにランダムに光や風が当たる。
ビルの窓からの自然光も手伝って、とても爽快な作品でした。

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しかし、この豊橋エリアではもう全部持ってっちゃったんじゃないのってぐらい度肝抜かれたのがラウラ・リマ。
なんと4階建てのビルまるごと鳥小屋に変えちゃいました。
中には100匹もいたらしい。これはすごかった。。。

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最後に岡崎会場。ここが一番過酷だった。。。
駅でレンタサイクルをトリエンナーレのチケットがあれば無料で貸してくれるので借りましょう。歩くのは無理。
結構な範囲を行くんだけど、良かったのは岡崎シビコの野村在ぐらいかなぁ。
会場の退廃的な空間とものすごくマッチしててかっこ良かった。

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以上こんな感じ。行く人の参考になれば。
後半も色々イベントがあるみたいなのでHP等でチェックしましょう。映像プログラムもあるし。10/23まで。こちら

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Mona Hatoum @ Tate Modern

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今回の欧州記事ラストです。
ラストはやはりテートモダン。
6月に新館がオープンし、ただでも広かったのにさらに広く。
おかげで全部回る頃にはぐったりしました。。。
元の建物をBoiler House、新館をSwitch Houseという名前で呼ばれていました。
H&deMによる新館は、正直期待はずれでした。なんか建築としてのワクワクがない。
発表から二転三転して今の形に落ち着きましたが、まあ色々あったんでしょう。
建物としての機能もこれからといった感じで半分くらいのフロアが公開されてませんでした。
新館に先立って公開されたTankなる地下空間はやはりめちゃくちゃカッコよかったです。
この建物のキャパシティの深さを感じられる空間で、ここでは主にパフォーマンスがメイン。

Boiler Houseの方ではモナ・ハトゥムの個展が開催されてました。
オキーフもやってたけど時間もなかったのでパス。。。
近年改めて大きな個展が連発している彼女。昨年もポンピドゥーでやってました。
来年はヒロシマ賞受賞記念の展覧会が広島市現代美術館で開催されますね。
なんとなくYBAのイメージがあったんだけど、彼女は彼らより一回りぐらい上の世代だったんですね。
彼女はレバノンで生まれ、イギリスに移り住んで今も拠点はイギリスです。
彼女の作品からは、暴力と普段の生活は薄皮一枚でしか隔てられていないことを教えられます。
家庭用のチーズおろし器を大きくして彫刻にした作品なんかは、何かの処刑器具にしか見えません。
また、僕が好きだったのは「Twelve Windows」という作品で、洗濯物のように12枚の布が洗濯バサミで止められていて、それぞれ刺繍が施されていますが、それはパレスチナの難民女性が施したもの。
こういう家庭的なものと、そこに潜む社会的な背景の組み合わせがとても上手いと思います。
また、最後にひっそりとテラスに展示されてた土嚢から植物が生えてる作品も僕のお気に入りの一つ。
ただ、改めて彼女のこれまでの全体の仕事を見ていると、あまりに美しく、それこそ美術作品然としすぎているというか、その感じが個人的にはそこまで入り込めなかったです。
来年の広島の展示は機会があったら観たいけど、今回で十分かなって感じもしますね。
テートの展示は8月21日まで。


さて、テートモダンですが、前回2年前に訪れた際、コレクションが僕の学生時代とそこまで変わってなくて結構ショックだったんですが、今回ガラッと様変わりしていて、さすがテートという感じ。
ブラック+カロ、ロスコ+モネなど、お家芸とも言えるテーマ別の組み合わせも絶妙。
カプーアとケリーの部屋では、ティノ・セーガルの「作品」が歌ってたりして楽しかった。
Switch Houseの展示は大空間にいくつかの作品という感じで、NYの新ホイットニーみたいな感じであまり新鮮味なかった。それでもジャッドとホワイトリード、ビュレンが一緒にあったりするのはいいなぁと。

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Artist Roomというくくりでいくつか一人の作家にフィーチャーした部屋は素晴らしかった。
Boiler Houseではリヒターやベッヒャーなどが贅沢に展示されてた。
日本からは高梨豊さんの展示も。
アヴァカノヴィッチの展示室も崇高な空気が流れてて素晴らしかった。
Switch Houseではブルジョワやレベッカ・ホルンがほぼ個展かと思われるぐらい充実してた。

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しかし何よりも驚いたのが1970年に東京で開催された「人間と物質」展の展示室があったこと!
これを常設に置くなんて、やはりテートはすごい。。。
高松二郎とペノーネが隣り合って並んでるのはかなりの感涙モノ。

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とまあ、やっぱテートはすごいなぁという感じでした。これからまたどうなるのか楽しみ。
テート以外に今回はギャラリーもいくつか。
その多くが僕の学生時代よりはるかにでかくなってた。
Hauser&Wirthなんてどっからどこまでが敷地なのかよくわからなかった。
WhiteCubeは移転後欧州一でかい空間になったそうだけど、空間としては全く面白くなかった。
それなら相変わらず普遍なガゴーシアンは今回久々に行ったけど、やっぱり空間が素晴らしい。
初めてロンドンに来て訪れた時の感動が再び蘇りました。
まあ、でかさで言ったらどこもNYに敵わないわけだから、もっと空間の質を極めてほしいですね。
さらに新しくできたハーストが始めたNewport Street Galleryにも行ってきました。
行ったらジェフ・クーンズがやっててまんまやんけと思った。空間もこれまた普通。
レストランは完全にハースト全開って感じで楽しかったです。

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EU離脱で揺れるロンドンですが、やっぱりこの街には世界中の人々を惹きつける力があるし、モナ・ハトゥムのように他国からやってきてイギリスで活躍する作家もたくさん。これを排除する方向にだけは向かわないでほしいです。
今回移転後のセントマーチン大学にも初めて訪問しましたが、以前のボロボロの建物とは打って変わって、古い建物を改装した超オシャレな場所で、学生も相変わらず多国籍。この多様性が刺激を生んで、いい作家を育ててるのは間違いないし、離脱後、学費やビザの影響でこれまでのようにロンドンに留学することも難しくなる他国の学生もたくさん出てくると思う。その影響がイギリスのアートシンーンにどう表れるか全くわからないけれど、ずっとずっと刺激的な街であってほしいなと思います。

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僕が初めてヨーロッパの地を踏んでから足掛け約10年。
今回フランスでマティスの礼拝堂に行けたことで、ヨーロッパの行きたい場所はほぼ制覇してしまいました。
個人的には、そろそろもうヨーロッパではなく他の地域にも行きたいし、いよいよ自分の国に根を下ろして自身のやりたいことを着実にやっていきたいなぁという気持ちもあります。
10年という歳月はほとんど実感がないですが、それまでに築いてきた様々な国に住む友人知人のことを思うと、自分なりに歩んできたんやなぁと感慨深いです。
この経験を生かして、しばらくまた日本で頑張ります。(と言いながらまたどっか行ったりして)
来年のテート・ブリテンのホワイトリードとかめっちゃ観たいけど、我慢我慢。

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